268話 報復の会議
渋谷での一件の後、灰川は三檜に車に乗せられて移動していた。
警護主任である三檜 剣栄は助手席に座り、運転手は三檜 剣造という運転手兼警護の人物、運転手の剣造は以前の依頼の時にも運転を担当してくれた人だ。
後部座席の横に座ってるのは灰川と柴道 修馬という20代後半くらいの男で、先程に灰川の今日の警護を担当していた1人である。
今日の警護担当はもう一人、雨膳という人物が居るのだが、彼はもう一台の車に乗っている。
「……灰川先生、アイツらに何をやったんですか…? 外傷も無かったし、武器を取り出す暇も与えず8人を制圧するなんて…」
不良グループに襲われた灰川だったが、その事件は警護の柴道たちが到着した時には片付いていた。
柴道はすぐに空きスペースに到着したのだが、ヤンキー達は何の外傷もないのに地面に倒れ伏し、全身を振り回しながらのたうち回っていたのだ。
その暴れようは尋常なものではなく、まるで酷い拷問でも受けてるかのようで、柴道には何が起こってるのか分からなかった。
声も響いたが即座に不良少年たちの声が出ないように柴道と雨膳が気絶させて対処し、到着したワゴン車に袋に詰めて乗せられて行ってる。これらに目撃者は居ない。
周囲の雑居ビルに入ってた者達も、あの場所は不良の溜まり場になってたのは分かってたようで、報復を恐れて通報とかもしなかったようだ。
「すいません…これに関しては誰にも言わないと決めてますんで…。ですが、彼らはああいった痛みを与えられても仕方ない事をやってました…」
「そ、そうですか……先生に危害を加えようとした話は聞きましたので、ですがあんな子供たちが本当にそんなマネをしてたんですかね」
灰川は陰の呪術についての詳細は誰かに話す気はない、人を呪う力は非常に怖いものだ。
先程に使用した『敗呪・ゆびもらい』は最近に祓った悪魔ルーザが使った呪いであり、それを身に受けた灰川は使えるようになってしまった。
しかし無条件にポンポン使えるものではなく、条件が必要になる。
灰川が非常に大きな嫌悪感や悪意を持った相手、その相手が非常に強い業を持ってる、灰川個人に対して強い害意を持つなど、発動には条件が多い。
ゆびもらい先生やルーザが使う時は別の条件があったのだろうが、灰川は性格的に陰の呪いに不向きなため条件は相当に厳しいものになってる。こんな条件だと普通人に向けてはまず使う事が出来ない。
しかも1人に付き1回しか使えないという制約もあり、灰川が使った場合の持続時間は最大で2分。
陰呪術に付き物の呪いの反動もあるが、灰川は霊力が常識外れに強いため反動は大概は蹴散らせる。だからと言って安全という訳ではなく、精神に及ぼす『人を苦しませる嫌悪や精神増長』などの悪影響までは消しきれない。
彼らに掛けた呪いは既に解いてあり、これ以上は反動が来る危険はない。もし継続的に長い間の陰呪術を行使できたなら、灰川でも消しきれない反動が来ただろう。
「柴道、灰川先生に失礼だ。奴らが言ってた事が本当なら、未成年が多いとはいえ奴らは何をされても文句は言えん立場だ」
「はいっ、すいませんでした灰川先生」
「灰川先生にも霊能力で人に言えない事や、我々のようなオカルト素人に説明が出来ない事もあるだろう、あまり踏み込むんじゃない」
助手席に座る剣栄が釘を刺して話は終わるが、現状としては全てが解決した訳じゃない。
「ところで、この車が赤坂のホテルに向かってるのはお聞きしたんですが、あっちのワゴンも一緒に行くんですか? 俺としてはアイツらの顔はあまり見たくないと言いますか…」
「ご安心ください、アイツらを乗せた車は別の所に行きます。少しばかり聞きたい事がありますし、四楓院の最重要客人に手を出した連中に、何の土産も持たせず返すのは看板に関わりますので」
「ちょ…! まさか殺すとかは…無いですよね…っ?」
「四楓院は殺しなどは率先してやりません、例え敵対者であろうともです」
剣栄が言うには四楓院は財力と権力の家であり、決して暴力の家ではないという。
しかし長い歴史の中では、殺人を含む非道な手段で家を脅かした組織、四楓院家の者や重要関係者を綿密な計画を立てて誘拐した者達、そういった連中の排除もやって来たそうなのだ。
中には大掛かりな計画で国家簒奪を企んだ者達が居たそうで、政治的な事情あって国が手を出せず四楓院の戦力と財力で対応した事があったらしい。
もちろんそれらの件は密約があって表にはなってないが、こういった事の対処もしてるからこそのの名家なのかもしれないと灰川は思う。
じかし、商売敵や政敵などは向こうが暴力的手段を使わない限り、もしくは四楓院が囲ってる者や企業に暴力手段で言う事を聞かせたりしない限り、四楓院の方から暴力的な手段に出る事は決してないと説明された。この事には命を懸けても良いと加えられる。
「世界を見れば国家を揺るがす事件など普通に発生しています、それは日本などの先進国であっても起こる事はあるのです」
「そ、そうなんですか…? 流石に信じ難いと言いますか…」
「そういった事件が発生する国は情報収集能力が欠けていたり、そういった計画を事前に潰す力が無かったという事なのです。大国であっても付け入る隙が見つかれば突こうとする奴は出て来ます」
自由と平和と平等は簡単には守れない、自由だった国が軍やテロリストに政権を奪われ独裁国家になった例も実際にある。
それは企業なども同じ事であり、むしろ国家より小規模な企業や富裕者といった者達が狙われやすい。
「時には裏から周りの秩序を守ったりする、そういう事もしなければアイツらのような無法連中が出て来てしまうのです」
「なるほど…」
「奴らは捕まらなければ何やっても良いという典型的な無法思考です、その捕まらないと思わせる要因が何なのか、しっかり我々が聞きますので」
剣栄が言うには彼らが言ってた事は証拠がなく、警察に引き渡しても無駄になる可能性があるとの事だ。
ハッキリ言って彼らの話は、普通なら荒唐無稽な戯言としか受け止められない内容だった。証拠もなくあんな話を警察が真面目に聞くとは思えないし、彼らも正直に話すなんて考えられない。
そもそも彼らが集団の全容を知ってるかも怪しいものだが、SSP社が掴んでる話だと最近はヤバい裏の情報があるらしく、彼らに聞く事にしたとのことだ。
「到着しました、赤坂レヴァールホテルです。中で総会長がお待ちです、会長は仕事でホテルには居ませんが、会議には出席するとの事ですので」
「分かりました、ありがとうございます」
「こちら警護チーム、ただいま到着しましたのでお送りいたします」
灰川は全ての仕事をキャンセルして赤坂に来ており、今から四楓院の緊急会議に出席する事となった。
その事は花田社長と渡辺社長にもそれとなく話しており、灰川事務所の業務は全て2社が一時的に請け負って協力してくれる事になってる。前園にも連絡しており、重要な仕事が入ったため留守にすると言って謝っておいた。
赤坂レヴァールホテル、高級なホテルで灰川もニュースとかで見覚えがあった。
たまに政治家とか海外要人が記者とかに囲まれ歓迎されながら出て来るような、そんな格式があるホテルだ。少し前にもアリエルの実家関係の高級ホテルに入ったが、灰川はこういう場所は場違いな気がしてならない。
剣栄と柴道に付き添われて正面エントランスからホテルに入り、ドアマンのような人に案内されてエレベーターに乗って上に行く。
どうやら政治家や実業家のために会議室として使える広間があるようで、そこに向かってるとの事だ。
「あの、陣伍さんって忙しいんじゃないですか…? 俺なんかのために時間を割くことなんて~~…」
「先程も言いましたが、最重要客人を家畜にするなんて言い放った反社会連中を何もせず放置したら、それは四楓院の沽券に関わるのです。それに総会長と会長は激しくお怒りですので」
最重要客人として迎えてる灰川を滅茶苦茶にすると言った者を放っておく、その話が広がれば四楓院の関係者や他の客人が『四楓院に関わっても守ってくれない』と考えてしまう。
そうなれば四楓院の財界での求心力は低下し、力の影響が弱くなる。それどころかグループが舐められて、囲ってる人や企業に舐めたマネをする者だって出てくる可能性がある。
出てからでは遅い、可能性の時点で徹底的に潰す、そうしなければ看板は守れない。
これが商売上のぶつかり合いだったら話は別だが、直接的かつ暴力的な危害、そして市民安全に関わる法を無視した行いをされたのだから、出方はソレに順じたものになる確率が高いとの事だ。
「それと灰川先生、最近は危険な連中が幅を利かせてる事に総会長と会長は憂慮してます。その怒りもありますので」
「分かりました、ありがとうございます」
普段は暴力的な手段など絶対に使わない家だ、そんな家が本気で怒ってる。その理由は灰川への危害だけが理由ではないらしく、そこについては安心する。
今回は見逃せる限度を超えた出来事であり、仮に灰川が報復は止めて下さいと頼んでも全く何もしないのは無理だろう。灰川以外の被害も出てるのだから、そちらの分の怒りだってある。
高級な内装の廊下を歩いて目的の部屋に案内され、ドアマンに開けてもらって中に入ると。
「おお! 灰川先生、ご無事で何よりです。お1人で8人もの不逞の輩を倒してしまったとあっては、警護の立つ瀬がありませんな、ふはははっ」
「いえ、柴道さんと雨膳さんのおかげで助かったようなものです。陣伍さん、あ、いえ、総会長」
「そんな堅苦しい呼び方はせず、いつも通り陣伍と呼んで下され、感謝の心は忘れてはおりませんぞ」
「分かりました陣伍さん、今回はお騒がせしてすみません」
「騒がせてるのは調子に乗った悪い連中の方ですぞ、灰川先生が責任を感じるのは筋違いというものですな」
確かにそうだが灰川としては自分が騒ぎを起こしてしまった事は申し訳ないとは思う、しかし基本的に法律ではどんな場所であれ人を襲って家畜同然にして良いなんて事は無い。
「灰川先生にお渡しした血判金名刺は、何があろうと四楓院、そしてグループに連なる者達が味方に付くという意味なのですよ。自由と安全を保障すると言い変えても良いでしょうな」
「ありがとうございます、お陰様で凄く助かっています」
自由と安全、それは身体の自由や安全という意味は当然含まれるが、ビジネスや財や権力に関する自由と安全も含まれる。
ビジネスや権力の自由というのは、○○の仕事が欲しいと相談すれば即座に入るし、国会議員になりたいと相談すれば次の選挙で受からせるといったような意味だ。
もちろん四楓院と言えど限度はあるが、それらが簡単に叶ってしまうというのは現代社会では恐ろしいほどの権力優遇である。
「その血判金名刺は中でも特別な物でしてな、それを持つ御仁に明確な悪意を持って危害を加えた、それどころか家族も含めて家畜にすると言い放った……これは許される事ではありませんぞ…」
「そ、そう……ですねっ…」
「ほっほっほ、最近は悪どい連中が調子にのっとると聞いてましてな、今までは世に表立って極力は干渉しないという形で警察に任せておったのですが、今回ばかりは黙っとれんです」
四楓院は別に正義の味方じゃない、悪人が居ようが何だろうが、それを捕まえるのも裁くのも国の仕事だ。
確かに裏で動く事はあるが、それは家の者に手を出した連中や、どうしても国が対処できない事態が発生した時のみである。
だが今回は最重要客人である灰川に危害が及んだ、これを放っておく事は出来ない。
国にも秘密機関があるのは灰川も知ってるが、やはり国の機関だから政治的なしがらみとかがあるのだろうと灰川は思ってる。
「それにですな…ちょっとばかし我々のグループにもネズミの被害が出てましてな、近々にどうにかしようと思っておった所なのですよ」
「えっ、それって損害とか出てるって事なんですかっ?」
「出ておりますな、調べた所では影武神と東京カオスランナーとかいう馬鹿ども、他にも横浜ナイトサタンとかいう連中だそうですぞ」
どうやら四楓院グループの社員や会社に被害が出てるらしく、そろそろ怒りが限界だったとの事だ。陣伍が言ったグループの名前は灰川も聞き覚えがあった。
怒りが溜まってた所に孫娘の命を救ってくれた灰川への危害、これによって一気に怒りのボルテージが上がり、今は完全噴火状態となってるらしい。
「本来ならば警察の動きを強めさせて悪人集団は締め上げるというのが正しい筋なのですがな、そうも言っておれんくなりました」
「普通だったらそういう手を使うんですか…なるほどぉ…」
なんだか段々と陣伍が怖くなってくる、黒い怒りのオーラが立ち昇ってるように見えるのだ。
通常であれば四楓院グループが直接に手を下す事などせず、危険グループなどは法的機関を使って締め上げるらしい。
方法としては『○○組を締め上げろ、そしたら来期は節税を多少は控える』、などの手段で手柄を持たせる等の方法だそうだ。権力者に限らず、人は手柄とか箔という物が大好きなようだ。
もちろん他にも方法は幾らでもあるそうで、国家機関を動かす手段は多く有してるとの事だ。しかし、どんな手段を使うにしても土産や花は持たせ約束は必ず守るそうで、それこそが上に立つ者の資質という物なのかもしれない。
事前に恩を売っておくとかもあるようだが、最も効果的なのは『天下り先に関する事』らしい。
「倅と嫁の間にやっと生まれた、可愛い可愛い八重香の命の恩人である灰川先生を家族ともども家畜に……ほっほっほ、ご挨拶じゃのう…」
「そ、その…水でも飲んで落ち着いた方が~…」
陣伍の背後に凄まじい怒りのオーラが見える、話し掛けるのも怖いレベルだ。
高級ホテルの高層階の会議室の空気が重い、中に居る人達からは部屋から出て行ってしまいたいオーラが感じられる。窓の外の晴れやかない日差しですら空気を和らげられない程だ。
「すみませんな灰川先生、少しばかりやる事がございますので失礼させて頂きますぞ」
「は、はいっ、お気を付けて!」
陣伍はこめかみに青筋を浮かべたまま付き添いを連れて会議室から出ていった、恐らく近くの個室で何かしらの連絡でもあるのだろう。
だが、その出ていく途中に灰川の近くで警護役をしていた三檜剣栄に話し掛け。
「剣栄…灰川先生とご家族を家畜にしようとしたネズミどものおもてなしは、しっかりやっとるか?」
「まだ準備中です、少し揺らせば洗いざらい吐くと思いますので」
「そうかそうか、吐かせた内容の裏も取っておけ。丸腰の灰川先生が無傷で武装した悪漢どもを制圧か、ワシも見てみたかったものじゃな」
「残念ですが柴道も雨膳も現場は見ておりません」
そんな会話が聞こえて来て、恐らくだが不良連中は尋問される前に全て言うだろうとの事だ。
灰川が掛けた呪いの痛みのトラウマもあるだろうし、たぶん何でも言うと思う。灰川もゆびもらいの呪いの被害者だが、あんな物は耐えきれるものじゃない。
既に呪いは解いてるし彼らには同じ呪いは掛けれないが、もしまたあの謎の痛みが来ると思ったら、余程の信念か事情が無い限りは正直に答えるに決まってる。
灰川は知り合いの居ない会議室に残された形で、どうすれば良いのか分からず浮足立つ。
会議室の中を見渡すと、既に何人かの人物が集まってる。みんな立派で高そうなスーツを着た人ばかりだ。そんな人達が頃合いだと感じたのか椅子から立ち、灰川に挨拶をしに向かって来た。
「初めまして灰川さん、地本治と言います。よろしくお願いします」
「佐藤です、客人名簿で拝見させて頂きました」
「右舷堂です、大変な目に遭われたけど、逆に相手集団を1人で大変な目に遭わせたとか~~……」
見るからに立派な人達に挨拶され畏まるが、灰川としては誰が誰なのか分からない。
しかし彼らは名前は名乗っても役職は名乗らない、この場所ではそういう決まりになってるのだろうか。その代わりに名刺などは手渡されたので、灰川も名刺を返して答える対応を重ねていく。
よく見てみると数人程は何処かで顔を見たような気がするが、どこで見たのか思い出せない。
見る暇のなかった名刺には警察庁なんたらとか、内閣なんたら、その他にも何やら見えたが、気のせいとしか思えないような肩書ばかりのように思えた。
「あの、灰川さんはオカルト方面に明るいとお聞きしてるのですが」
「え? はい、多少は自信がある分野ですね」
そう聞いて来たのは地本治という50代後半くらいの男性で、名刺に警察庁なんたらと書いてあったような気がする。目の前で名刺を確認するのも気が引けるので、見直したりはしない。
「実は困ってる事がありまして、灰川さんのような方だったら詳しいかもと思い立ったのですが」
「どんな事でしょうか? 俺で良ければお答えします」
「実は幾つか説明の付かない不可解で重大なヤマが上がってまして、ある事件が発生した家に~…」
話を聞こうとした時だった、会議室の中に陣伍が残りの出席者と思われる人達を引き連れて入室して会話は中断されてしまった。
どうやら出席者の座る位置は決まってるらしく、それぞれが迷うことなく席に着く。
「灰川先生、こちらの席にどうぞ」
三檜 剣栄に案内されて灰川は上座の陣伍の隣に座らせられる、なんだかジロジロ見られる位置っぽくて苦手な感じがした。
「まずは皆さん、忙しい中で集めさせて悪かったのう。ではこれより、対抗会議を始めようと思う」
今から始まるのは牙を剥いてきた危険集団に、どのように対抗し、どのくらいまでなら隠蔽できるかという会議だ。
会議参加者は国家機関の上層部や裏に通じる四楓院関係者で、当然ながら奴らの後ろに控える黒幕も洗い出す。
四楓院関係の会社や関係者も調子に乗ってる危険グループの被害を受けた所があるらしく、そちらの件も悪辣さは目に余り過ぎるものがあったそうだ。
「まずは地本治、警察が奴らを検挙せん理由を答えてもらおうかのぅ……分かりません、記憶にございませんが通用せん事は分かっとるな…?」
「~~! は、はい! まず根本から説明いたしますとっ、警察というのは現行犯以外は基本的に証拠と令状が無ければ~~……」
警察関係の地本治が自分たちより社会知識が少なそうな灰川にも分かるよう、基礎から説明をしていく。
しかしその途中、会議室のドアが開いて誰かが入って来た。
「ん?英明? お前は大浜証券に行ってたのではなかったのか?」
「総会長、大浜の証券マネーロンダリング問題に関する会議は、調査を強くしてやり過ぎの者を掴んだら国税庁を入れるという事で決定しました」
英明は今回の報を聞いて仕事を早めに終わらせて赤坂に来た、そうしなければ気が済まなかったのだ。
「ふむ、そうか。まあ妥当な所じゃろうな、そういう事だそうだ萩尾」
「はい、総会長、会長! 助かります!」
席に座っていた萩尾という人は立ち上がって陣伍と英明に頭を下げる、税に関連する役人か何かなのだろうか?
この人物も陣伍や英明に何らかの恩義があるか、もしくは逆らえない理由があるのだろうが、そこら辺の事情は灰川にはよく分からない。
税の高級役人であれば、むしろ資産家の方が逆らえないイメージがあったが、何やら灰川が思ってたのと違うようだった。
マネーロンダリングとはヤクザなどの裏社会の専売特許ではなく、企業が脱税した金を税務署に怪しまれずに使えるようにするものも多い。そこら辺の問題が関わっていそうだと思う。
「灰川先生、挨拶が遅れてすみません。この度は恐ろしい目に遭われたという事で、当家の失態です」
「いえ、とんでもないです英明さん! 自分から危ない所に踏み入ったんですし、自分の責任ですって!」
「そうだとしても襲われたのは事実です。我々に被害を及ぼし、更に恩人でありお世話になってる灰川先生に危害が及んだとなると、これ以上は我慢が出来ませんので」
どうやら英明も灰川が襲われる以前から相当に怒りが蓄積されてたらしく、そこに今回の事件があって怒りは天井を突き破って噴火という状態になったようだ。
英明は30才前半の年齢で普段からカリスマ性や貫禄があるとても優秀な人物なのだが、今は娘の恩人が被害に遭ったという事で怒りのオーラが凄い。
もし娘の八重香が直接に誘拐などの被害を受けたなら、自分で日本刀でも持って突撃でもするんじゃないかくらいに思える。
普段は人格者であり温厚な英明が目に見えて怒ってる、その雰囲気は会議室内に伝播して空気を更に重くさせた。
「灰川先生はご自分で悪漢どもを片付けたと聞いて驚きました、なんでも柴道が駆け付けた時には既に全員が悲鳴を上げて転がってたとか」
「ま、まあ、運が良かったと言いますかぁ」
なんだか会議室に居る者達の灰川を見る目が変わっていく。
路上の喧嘩が強そうには見えない、実は格闘技の達人?、霊能力の事を聞いてる一部の者は『超能力で倒した?』、とか冗談半分に思ってしまう。
そこは別に重要ではない、大事なのはここからどうするか、どのように危険グループを割り出して被害を受けた者達の報復するか、どのくらいまでなら隠蔽が可能なのかという部分だ。
「そういえばお聞きしましたよ。身の程を知らない連中が灰川先生を家族も割り出して全てを搾り取り、家畜にして遊んでやると言ったとか、はははっ」
「あ、あはは……いや、まぁ、そんな感じでしたね」
「なかなか面白いジョークですね! 最近の“自分は悪人だ”と思ってる連中のお笑いのセンスは中々のようです! 少し感心してしまいましたよ! はははははっ!」
「は、はははっ…! で、ですよね~!」
英明は今まで灰川が見た事ないくらい笑ってる。実はそんなに怒ってないのか?と、灰川は自分が怒られてる訳でもないのに、少し安心してしまった。
バリンッッ!!
そんな音が聞こえた、その音の元は……英明が手に持っていた湯飲み茶碗だった。
高級ホテルの高そうな湯飲みが、まるで握り潰されたかのように割れている。というより握り潰されて割れていた。
「さて、総会長、灰川先生、お集りの皆さん、会議を始めましょうか。今回の騒動に掛かる資金は全て私のポケットマネーから出させて頂きます、何としてでも満足の行く結果を出しましょう」
「そ、そのぉ……はい…」
英明はあまりの怒りで逆に笑ってしまってたらしい、陣伍もそんな感じだったが英明の方が怒りは強いように思える。
割れた湯飲みと零れたお茶を会議室の中に控えていたSSP社の警護が片付け、関係者以外には内容が絶対に漏れない極秘の治安会議が執り行われる。
灰川としてはやり過ぎは良くないと思う気持ちはあるが、渋谷の空きスペースで遭遇した出来事や感じた気配から考えるに、敵は何をされても文句は言えないような事をやってる可能性が高い。
騒ぎを大きくしたくない気持ちもあるにはあるが、悪質性が天井突破の打ち上げロケット状態の連中を放っておく訳にもいかないのも分かる。
すぐに会議が再開され、警察関係者らしき地本治が続けて喋り出したのであった。




