250話 アーヴァス家とのやり取り
キャンプイベントは特に問題も起こらずに終わり、灰川は皆を見送って終わりになる。現地解散で後はそれぞれに帰宅して配信したり休んだりして明日からに備える。
「そうだお兄ちゃん、お昼くらいに猫どもが来るから準備とか手伝っておくれ~」
「あっ、そうか、そういやにゃー子達も来るんだったな」
ペット引っ越し業者に頼んで実家から猫たちが送られてくる事になっており、猫たちはペット可の馬路矢場アパートで暮らす事になる。砂遊の部屋はアパート2階だ。
ワンルームの部屋に多数の猫などと一緒に住むのは少し手狭になるので、もう一部屋を借りて猫たちの部屋にする事にしてる。
どの道に馬路矢場アパートは家賃が非常に低く、家賃相場の4分の1くらいの金額なので問題はない。砂遊もVtuberやってた時の稼ぎもあるし、誠治も今は稼ぎに多少の余裕があるから猫の家賃は出すと言った。
「オモチとにゃー子ちゃん来るの!?」
「ギドラも来るんだよね灰川さん!」
「マフ子がこっちに来てくれるんだね~、嬉しすぎるよ~」
「テブクロと福ポンも来るのよねっ! 運動がしたかったら私のお家の庭を使って良いわっ、アパートのお庭じゃ少し狭そうだもの!」
猫たちと仲の良い4人が今すぐ会いたいような雰囲気を出してるが、今日は砂遊の部屋の片付けなどもあるから止めなければいけない。
「悪い皆、今日は片付けとかもあるから明日以降な」
「すいませんね~皆さん、片付いたら猫どもと遊んでやってくださいねぇ~」
「そっかー、それなら仕方ないか」
「誠治、明日にでも砂遊ちゃんのお引っ越し祝いを持ってくわ! ママにもテブクロと福ポンをもっと見せてあげたいわ!」
こうして今日は帰宅して明日以降に備えて休む事になったのだった。
「あ~、疲れた」
馬路矢場アパートに戻って来てから砂遊の部屋の片付けをして、今は自室でくつろぎながら休んでる。
猫たちも疲れがあって猫部屋でグッスリ寝てる。さっきにコンビニに行った時に外からベランダを見たら、ベランダの柵の傍で寝てるオモチのボヨンとしたお腹が見えた。やっぱり猫たちにも疲れはあったようだ。
後は昼寝でもして休みながら時間を潰すかなんて考えてたら、ドアがノックされる。
「ハイカワっ、ボクだよ」
「どうしたんだアリエル? お腹でも減ったのか?」
「ランチはさっき食べたよっ、ボクがいつもお腹が減ってるなんて思わないでよね! パフェはいつでも食べたいよっ!」
「日本のパフェが本当に気に入ったんだなぁ」
何やら用があるようで部屋の中に入れて話を聞く、どうやら幾つか悩んでる事があるようなのだ。むしろまだ日本での生活に慣れ切ってない部分があるから、アリエルは結構な頻度で灰川に色んな事を聞いてる。
アリエルは今の服装は部屋着のようで、普段の白と青のコントラストが綺麗な装服ではない。青のハーフパンツと青のTシャツという出で立ちで、やっぱりちょっとボーイッシュな感じがする服装だ。
だがTシャツには可愛いウサギのイラストが描かれてあり、可愛いフォントで『If you miss me, I'll cry!(寂しくしたら泣いちゃうぞ!)』という文字が書かれてる。
座布団に座って何が聞きたいのか聞くと、アリエルは灰川をちょっと真面目な顔で見据えながら答える。
「ハイカワっ、パパとママが挨拶をしたいって言ってるんだ。ちょっとだけボクのお部屋に来てくれないかなっ」
「えっ? そういやアリエルの親御さんとはメールではやり取りしたけど、顔とかは合わせてないな」
アリエルの部屋のパソコンがアーヴァス家と映像付きの会話アプリで繋がってるらしく、灰川と挨拶をしたいとの事だった。
断る理由もないし灰川としても挨拶はしておかなきゃと思ってたので、そこは普通に応じる事にして隣のアリエルの部屋に行く。
「あ、えっと、ハロー? ないすとぅみーちゅー?」
『hello Mr.haikawa 日本語は出来るので普通に話して頂いてOKですよ。アリエルの父のヴィクターです』
『アリエルの母のエリカです、娘がお世話になってます』
流暢な日本語で話されて逆に恐縮してしまう、ヴィクターはともかくエリカは若く見えて凄く容姿が整ってる。アリエルの両親なのが顔で分かる、それくらいイケメンと美女の夫婦だった。
『灰川さん、アリエルは日本でしっかり生活できてますか?』
「はい、まだ慣れない部分も多々あると思いますが、アリエルさんはしっかりやれてます」
『アリーは日本でテレビなどに出る活動をするとの事ですが、大丈夫そうですか?』
「まだ本格的な活動は始まってませんが、既にテレビ局には売り込んで仕事の算段は付いてる状態です」
画面越しのアリエルの両親に向かって現状を報告し、小学校への編入手続きや住居の事などは心配ない事を伝えた。
国籍などはイギリスのままだが、留学ビザなどで在留資格を得てる事などを灰川も聞く。
『本来ならダメな事ですが、今回は緊急だったのでアーヴァス家の力を使って、少しばかり強硬でアリエルの在留資格を取らせて頂きました』
「そうなんですね、仕方ないと思います。一連の事は把握してますから」
その他にも諸々の礼を言われたり、灰川も色んな事を説明してアリエルの日本での生活をサポートすると伝える。
『灰川さん、この度のアリエルの日本での生活は想定外の事ではありますが、試練という面もありますので甘やかす事は控えて頂けると助かります』
「分かりました、ですが困った事などがあったらしっかりサポートします。日本の生活とヨーロッパの生活では違いも大きいでしょうから」
アリエルの両親は名家の人とあって厳しいようだが、娘の事をしっかり気に掛けて心配しており、慣れない場所でアリエルがちゃんと生活できるか不安のようだった。
芸能活動などに関しては本人の自主性を重んじて口を出さないようにするらしく、余程の事が無い限りは何も言わないそうだ。むしろサポートする準備すらあると言われる。
『灰川さんにアーヴァス家の事を説明します、聞いて下さいますか?』
断る理由もないため灰川は頷き、アーヴァス夫妻から家の事を説明される。
アーヴァス家は資産家の家で、不動産業、金融業、ホテル経営、IT業、その他にも様々な事業をしてる家だそうだ。
古くから続くイングランド貴族の家だったそうで、今も名家として存在する家なのだと聞く。だがアーヴァス家はあまり名前を表に出したくない理由もあり、経営会社はアーヴァスが元締めだとかは表に出にくいようになってるそうだ。
その秘匿性は四楓院家より強いようで、爵位もあるというのに一般人どころか資産家にも深く知る人は少ない家なのだと説明される。
つまりは四楓院と同じように、灰川家と違って没落しなかった家であり、現在でも成功を収めてる家系だという事だ。しかし灰川が聞くべき所はそこではない。
「ヴィクターさん、エリカさん、そっちの方面の家の話は理解しました。それで本題なのですが……アリエルさんに掛けられた呪いの事です」
『はい、是非にオカルティズムに関する方面の話をしましょう』
まずはアーヴァス家のオカルト方面の説明を受ける、内容は部外者である灰川には話せない部分もあるが、それでも説明すべき事は話してくれた。
アーヴァス家は聖剣の担い手が生まれる家であり、剣自体はイングランド統一以前から有してたというが証拠などは無いらしい。それが本当だとすると1000年以上も歴史がある事になる。
所有してる聖剣は本家の長男が担い手に選ばれた一振りと、同じく本家の長女であるアリエルが担い手のファースの合計で二振り。
アリエルも兄もMID7というヨーロッパ地域で活動する対超常存在機関に所属しており、財力でもオカルトの世界でも大きな強い力があるようだ。
聖剣は他にも存在してアーヴァス家だけが所有してる訳ではなく、他にも聖剣の家系は存在する。だが家同士は仲が悪い事が多いそうで、中にはMID7という秘密機関を嫌ってる家も多いらしい。
「まずアリエルさんの呪いですが、非常に厄介な矛盾の呪いです。簡単には解呪は出来ません」
『はい、こちらも調べて把握してます。無理に帰ろうとしても絶対に成功しない、そういう呪いですね』
オカルトには一般的に知られてないだけで様々な怖いモノがあり、アリエルに掛けられた呪いもその一つだ。解呪には何年も掛かるし、普通は一生涯に渡って解けないレベルの個人狙い撃ち呪術である。
『カース・ブレイクに関しては灰川さんにお願い致します、まさか聖剣の加護を飛び越えて呪われるとは思っておりませんでしたので…』
「いえ、あんな高度な個人専用呪術は俺も見た事ありません、というか個人専用呪術の存在は知ってましたが、実際に見たのは初めてでした」
アリエルの聖剣の加護は凄い力だし、アーヴァス家も呪いに関しては対策も取って来たが飛び越えられた。
かなりの危機的状況だがアーヴァス本家には、もう一振りの聖剣があるから致命的ではない。とにかくヴィクターとエリカは灰川にアリエルに掛けられた呪いの対抗を頼む。
『灰川さん、折り入っての頼みがあります。このまま引き続いてファースの力の充填をお願い出来ませんか? そうしなければ聖剣の力が失われてしまうのです』
アリエルが今持ってるファースは模造聖剣だが、模造品の力を切らしてしまったら本体も眠りについてしまうリスクがある。そうしたら100年ほどファースは使用不可になるのだ。
アーヴァス家からしたら絶対に避けるべき事象であり、そのためなら金を積もうが頭を下げようが何でもする所存との事だ。
「解呪やエネルギー充填に掛かる費用は以前にお伝えした金額で構いません、多額の金銭を取るつもりはありませんので」
『分かりました、ですが聖剣の担い手に掛けられた呪いの解除と、聖剣のエネルギー充填を行えるほどの人に1回で50ポンド以下の報酬しか払わないとなると、家の沽券に関わります』
「えっ、ですが本当にそのくらいの金額で充分ですが…」
『そういう訳にはいかないのです、凄まじい損失を防いでくれるお方を安く使うなどという事は、ノブリスオブリケイションにもアーヴァス家の騎士道にも反します』
どうやら金持ちの貴族にはそれに見合った誇りや格式という物があるようで、安い報酬で解呪と充填などさせられないとの事だった。
アーヴァス家の資産は本家と分家を合わせて相当な金額に上るらしく、そんな家が1回1万円以下で聖剣のエネルギー充填などという、ほぼ不可能と思われてた事を頼む事など失礼を通り越した最低な行いだと語られた。
『なので灰川さんには別の形でお礼をさせて頂きます、それに関してはまだ考慮しておりますので』
「わ、分かりました」
アーヴァス家にだって事情はあるし体裁などもある、安い報酬では家の誇りにも関わるから支払わせろという話だ。
前にMID7のジャックを通して話した内容では、余った金はどこかに寄付でもしてくれという話にしたが、それとは別に灰川に何か利をもたらさなければ家名に泥を塗る事になるとのことだ。
『アリー、日本の食事は口に合うかしら? アリーは好き嫌いはないけど、こっちとは食文化も違うだろうから』
「それがねママ! ジャパンにはパフェっていう、すごく美味しいスウィート・トリートがあるんだっ! ママもジャパンに来て食べたら、きっと気に入ると思うなっ、くふふっ」
『そうなのね、良かったわアリー。ママたちも仕事で日本に行くかもしれないから、その時は~~……』
「ジョシュア兄さんは元気? もうずっと会ってないし、規則で連絡も出来ないから~~……」
アリエルも久しぶりに父と母と話せて嬉しそうであり、灰川もアリエルの両親とやり取りをして解呪や充填、アリエルの日本での活動を頼まれたのだった。
アリエルの日本での生活についても、試練という側面があるため過度に甘やかさないよう言われたが、アリエルの居ない時に。
『娘は寂しがり屋で甘えん坊な部分もあるので、気持ちが下向かないように心のサポートをしてもらえると助かります』
と言われ、アーヴァス家からはアリエルに対して金銭は別として、生活活動面での支援はしないとも暗に言われたのだった。
やはり厳しい部分もある家のようだが、アリエルも日本での生活は自身の成長に繋がるだろうと納得してる。
アーヴァス家とのやり取りが終わり、アリエルの部屋で灰川とアリエルは2人となる。
「パパとママが元気そうで良かったっ、ちゃんとボクもジャパンで生活できてるって伝えられたしねっ」
「俺もアリエルの両親と話が出来て良かったよ、金持ちの家って言うから怖い人が出て来るかと思って不安だったけどな」
「パパもママもとっても優しいよっ、厳しい所もあるけど大好きさっ、くふふっ」
アリエル自慢の両親だが忙しくて連絡が取り難く、その上で家の方針で連絡も制限されるから今回に話が出来たのは嬉しかったようだ。
「そういやアリエルの部屋って案外と物が少ないんだな、タンスとテーブルとベッドくらいしか無いし」
「うん、でもそんなに多くの物は必要ないよ、本当はもっと可愛いものが欲しいんだけどね」
アリエルの部屋はフローリングマットが敷かれて、その上でベッドなどが置かれてる。クマのぬいぐるみのフォーラもベッドに座ってこっちを見てる感じだ。
洗濯機などもあるしキッチンも物は揃ってるが、料理はまだ一人では危ないとの家の判断からデリバリーサービスを利用してるのを聞いてる。
パソコンもスマホもあるがネットの使用には制限があり、見れるサイトは少ない。しかし今の状況では周囲から様々な情報が得られるから、この制限は無いも同然と言って良いだろう。
「パパとママもボクのランドセル可愛いって言ってくれたしっ、いっぱいお話しできて良かったっ。ママにもジャパンのパフェを食べてもらいたいなっ、くふふっ」
「両親もアリエルと話せて嬉しかったと思うぞ、凄く立派そうなご両親だったなぁ」
「そうでしょっ? ボクの自慢のファミリーさっ! もちろん兄さんもねっ」
大好きな両親と話せてアリエルはとても上機嫌だ、前は呪いのせいで帰れずほとんど笑えなくなってたのを感じさせない程に明るい笑顔を見せてくれてる。
家と話した事で色々とやらなければならない事も聞いたりしたし、アリエルも英語で何かを両親と話してた。
名家というのは灰川のような一般家庭人には分からない仕来りや家の決まりごとがあるらしく、聖剣を有する家は現在もそういう所が多いようだ。
灰川としては聖剣なんて物はゲームのアイテムのような認識を最近まで持ってたが、今までも普通人が知らない場所で活躍してきた歴史があると聞いて驚いた。
もっとも自分だって霊能者だし、普通は理解されない界隈でも生きてきた身だ。驚きはしたが信じるほかに無いだろう。
「ハイカワ、この辺りで剣術のトレーニングが出来る場所ってないかなっ? それとファースのお手入れする道具とかも欲しいなっ、あとフォーラのためにぬいぐるみ用のソープもっ」
「注文が多いなぁ、剣術トレーニングだったらアパートの庭でやれば良いだろうし、ファースの手入れの道具は刀剣を扱ってる店とかかね、ぬいぐるみの石鹸はネット通販とかか?」
「あとクラスメイトのユメカがランドセルに可愛いステッカーを貼ってたんだっ、僕も欲しいなっ」
「ステッカーかぁ、ああいうのって教師に怒られたりするからな~。それはまた今度だな」
「それと近くのカフェに美味しいストロベリーパフェがあるって聞いたんだっ、ジャパンのストロベリーってすごく美味しいんだよねっ!? 連れてって欲しいな~、くふふっ」
両親と話せて気分が良いからか、アリエルは矢継ぎ早に要望を出してくる。流石に灰川だけでは判断しにくい内容も多いから保留もしつつ答えて行った。
灰川は『それにしても可愛いな』と思う、サラサラのショートカットの金髪や澄んだ色の綺麗な青い目、整った顔立ちに見てるだけで癒される気持ちになる。
最初は男の子だと間違えてしまったし、やっぱり見た目は髪の短さや普段の装服のせいもあってボーイッシュさはある。だが今は女の子として認識してるから問題ない。
市乃や空羽たちも可愛いと思うが、彼女たちとアリエルや佳那美の可愛さは少しタイプが違うものだ。懐いてくれてる事もあって凄く甘やかしたくなる。
「よし、じゃあ今夜は砂遊の引っ越し祝いも兼ねて食べに行くか! ちょっとキャンプで疲れてるしなっ」
「やったぁ! じゃあそれまでジャパンの勉強を復習しておくよっ、ストロベリーパフェ楽しみだっ!」
そんなこんなで結局は今日もアリエルはパフェを食べる事になる、けっこう食べてるが飽きないんだろうか?
「ヴィクター、今のが灰川という日本の霊能力者か」
「はい、MID7のジャックの報告にもあった通り、何者かが聖剣の加護を越えて掛けたアリエル専用呪術の解呪と、ファースのエネルギー充填を担ってくれる男です」
ここはアーヴァス家の本家の屋敷の会議広間であり、20名ほどのアーヴァス家の有力な者達が集まっていた。実は灰川とアリエルが話してた先はここに繋がっていたのである。
先程の通話はアリエルの近況確認と両親とのコミュニケーションの意味合いもあったが、同時に聖剣の加護を越えた実質解呪不可能の呪いに対抗でき、世界最初の剣の力を宿した聖剣ファースの模造剣のエネルギー充填を出来る男を確認したかったという意味合いもある。
とても広い屋敷と敷地を有し、敷地内には聖剣を収めてパワーを充填するためのアーヴァス聖堂まである。古くからある名家であり、政界や経済界にも通じる隠れた名家だ。
「ジャックが言うのだから解呪も充填も嘘は言ってないのだろう、実際に充填される所をジャックもアリエルも目の前で見たと言うのですから」
「だとしたら凄まじい霊能力者だぞ…1人の力で充填など考えた事もない…! 機序が複雑で必要な霊力の量も質も多岐に渡りすぎるのだから…!」
「アリエルも随分と懐いてるように見えた、ジャックも悪人では決してないと言ってたのだし、どうやら安心できそうだな」
「アリエルっ、相変わらず可愛かったわっ…! アリーを見てるだけでパン5つ食べれちゃいそうなくらいよっ…!」
「ひとまずは安心と言った所か、一時はファースが眠りにつくのではと気が気でなかった」
灰川の霊能力の情報はMID7のジャックから報告されており、上位ヴァンパイアを単独で捕縛する程の力を持ってる事も聞き及んでる。
解呪にしても充填にしても嘘みたいな話だったし、その上で上位ヴァンパイアに勝つだなんて普通は考えられない。過去には上位ヴァンパイアに聖剣の担い手が殺された事も複数回あったのだ。
その他にもアーヴァス家の調べで霊能活動では決して大金を取らない事や、仕事もまあまあ普通に出来る感じっぽいだとか、そういった情報も得ていた。あと配信があり得ないくらいつまらないという情報も入ってる。
調べはしたのだが灰川という男は別に有名人でもなく、そんなに多くの情報は得られなかった。しかし日本の国家超常対処局に協力してる事などから、霊能力では恐ろしく有能なことが分かる。
「ヴィクター、エリカ、灰川という霊能者をどう見る?」
「父上、私は霊能力はありますが経営方面の人間です。ですがジャックの話を聞く限りは類を見ない逸材かと」
アリエルの父であるヴィクターはアーヴァス家の次期家長だが、今はヴィクターの父のクレイグである。ヴィクターは聖剣には選ばれず、その時の担い手は分家の者だった。
アリエルと兄のジョシュアは久方ぶりに本家の者が聖剣の担い手として選ばれたという事もあり、アーヴァス家では大いに喜ばれたのである。
聖剣に選ばれるという事は特別な事ではあるが、それは決して選ばれなかった者が劣ってるという事ではない。相性や星座の関係性など様々な要因で決まるとの事だ。
しかしやはり本家の者が担い手として選ばれた場合は加護なども強くなるようで、剣の強さも最大限に発揮されるという事情がある。それは現代においても変わらないらしい。
「マーキス、あの灰川という人物をアーヴァス家で囲ってしまうのはどうでしょうか? そうすれば先代の担い手のような事になる可能性は…」
「彼は金や権力で動く男ではないとジャックは言ってたぞ、それに既に日本のフィクサーと呼べる家の息が掛かってる可能性があるという話だ」
「しかし…やはり聖剣を力を充填できるほどの逸材、逃がすにはあまりに惜しいですな」
聖剣の担い手は決して楽ではなく、聖剣の担い手は早くに亡くなる事も多い。超常存在との戦いに敗れたり、加護に溺れて過信して無茶をするような性格になってしまった事などが原因で死ぬことが昔からあるのだ。
アーヴァス家の担い手も例外ではなく、先代の担い手は超常存在に敗れて戦死してる。アリエルだってそうなってしまう可能性はあるが、それでも戦いにおいては甘えが許されないのが担い手だ。
それを鑑みた場合、強い霊能力を持った人物をサポートに置くのが望ましい。しかしそんな都合の良い者はそうそう見つからない、そもそも聖剣の担い手をサポート出来るほどの霊能を持った者が見つからない。
アーヴァス家は霊能力を持った者が多いし、聖剣の家系として家の者たちは加護も少しながら受けてる。そんな家の者達でもアリエルたちのサポートは出来ない。
MID7に籍を置かせてるのは戦い方を学ぶためという側面もあり、彼らならサポートは可能だが、それでも充分ではないのだ。
しかも大体のアーヴァスの人間は経営とか俳優活動とかで忙しく、霊能力に関する知識も充分ではない者が多い。会議広間に集まってる者達も半分以上は霊能知識は非常に低く、家を支える経営業や投資の方面の専門家だ。
それでも聖剣の力は分かってるし、アーヴァス家の者だということに誇りもある。
あの男をどうやってアーヴァス家の力に取り込むか、そんな考えが広まる中でアリエルの母のエリカが口を開いた。
「ならばアリエルと結婚して頂きましょう、それが一番ですわ」
「「!!」」
その発言に会議広間がザワつく、まさか実の母親ともあろう者が娘を誰とも知れない奴と結婚させると言うのか!?
「待てエリカ! アリエルは9才なんだぞ!? そんな話は早いだろう! そもそも恋人が居る可能性だって高いかもしれないぞ!」
「私がアナタと結婚前提で初めて会ったのは8才の時でしたわよ、霊能力の相性も良くて格好良いお兄さんだと思いましたわ」
実はヴィクターとエリカは早い内から結婚前提で話が進められており、本人達も色々あった上で今に至ってる。
名家は普通の家と違い、こんな話も出て来るのがセレブリティ世界。2人はとても仲が良い夫婦であり、今もしっかり愛し合ってる。
「ふむ…確かにそれも一つの手だが、アリエルの意思が最も大事だ。ヴィクターとエリカの時も判断は自分たちでさせていただろう、それにヴィクターが言う通り灰川という男に恋人が居ないとも限らん」
「お父様、もちろん判断はアリエルがする事です。でも話は早い方が良いのですよ、そうでなければ……」
戦いの加護を受けられなかったアリエルは、超常存在に負けて殺されてしまうかもしれない。そこまではエリカは怖くて口に出せなかったが、集まってる者達には伝わった。
負けて死ぬかもしれない、それは実際にあるかもしれない事なのだ。そんな事になって欲しくない、その思いは一同の意見が合う。
「だが灰川という男が話を受ける筈がない、いくらアリエルの容姿が整ってるとはいえ9才なのだからな」
「そうだエリカ! そんな簡単に行く訳がないだろう! 誰が年齢が二桁にすら満たない子に結婚の約束なんてするんだ!」
「あら? 年齢が二桁に満たない子に結婚の約束をしてくれたアナタがそれを言うの?」
「うっっ!! そ、それは…あの時は子供相手だったから、ジョーク半分だったのもあるぞ…っ」
家の取り決めのようなものだったとはいえ、何やらヴィクターにも心当たりがあるらしい。妻にそう言われると黙るしかなかった。
エリカにとってはアリエルが死なない事が第一であり、その危険性を大きく下げてくれる可能性が高い灰川の存在は見過ごせない。なにせ上位ヴァンパイアに無傷で勝利した男なのだ。
しかも女の直感とでも言うのか、灰川という男とアリエルは相性も悪くなさそうだ。アリエルの事をしっかり考えて支えてくれる、ヴィクターのような男性だと感じる。
エリカはアリエルが聖剣に選ばれた時は、娘を失う怖さで毎日を泣いて過ごした。なにせ息子と違って戦いに関する加護を得られなかったのだ、アリエルはこのままでは遠からず死んでしまうと感じた。
アリエルが兄に続いてMID7に入った時には夫婦がMID7に前よりも強力な金銭支援をして、アリエルが死なないように守ってた。それが呪いで日本から帰れなくなったと聞いた時は失神するほどのショックを受けたのである。
「結婚か…いかに強い霊能力が有ろうとアリエルも簡単には納得せんだろう、だが考慮はしておかなければな…」
「出来る事ならアリエルが二桁年齢になる前に話を進めたいですわね、まずはアリエルがその気になってくれるかが問題ですわ」
「流石に話が早すぎる……私とエリカの時とは状況も違うじゃないか…! しかし…アリエルが死ぬなんて耐えられないっ…どうすれば良いんだっ…!」
話は簡単には決められないが、灰川という男をアリエルの結婚相手として考慮することに風向きが行く。
少なくとも対超常存在におけるパートナーとして迎え入れたいが、それでは絆が弱すぎてイザという時に頼りにならない可能性があるとの考えもある。
アーヴァス家の聖剣の担い手は超常存在と戦って、存在意義を示さなくては聖剣の力は眠りについてしまう。少なくとも危険な超常存在を見て見ぬふりをしてしまえば、急速にその可能性は高くなる。
戦いから逃げるための道は塞がれてるも同然であり、その事はアリエルも分かってるし逃げる気も無いのが厄介だ。
しかも超常存在に対抗するだけではなく、その他の分野でも成果を示さなければ剣の力は弱くなったりする。だがこちらの制限に関しては割と緩いのだが、とにかく何かと苦労が多い人生になってしまうのは否めない。
まずはアリエルの結婚だとかそういう話は即決なんか出来ないから保留にしておき、アーヴァス家の会議は次の議題に移るのだった。
しかしエリカには懸念もある、アリエルはああ見えて人見知りな所がある。だが灰川という人には懐いてるのが分かったから、そこに懸念はない。
だが、アリエルの持つとある特性を知っても灰川という男が傍に居てくれるか不安だ。その事は今は言わない事にしておくのだった。
「ハイカワっ! ポストに入ってたチラシに今から行くカフェの情報があるよ! ミルクチョコレイトのパフェも始めたんだって!」
「おおっ、この店だったのか。でもこの店はパフェよりケーキとシュークリームの方が人気だぞ」
「ケーキもシュークリームも大好きさっ! ジャパンは甘いお菓子がいっぱいだねっ、でもボクはパフェが最高のスウィーツだと思うよっ、くふふっ」
アーヴァス家でそんな話がされてるなんて事は露知らず、灰川とアリエルは楽しくチラシを見て笑ってる。この後に砂遊と朋絵も誘ってカフェに行き、砂遊の引っ越し祝い代わりに食事をしたのだった。
そして灰川たちは当然ながら、アーヴァス家の会議の場に緊急で連絡が入ってる事も知らなかった。
連絡をして来たのは日本にある英国資本の高級ホテル、ブリティッシュ・アールホテルだ。このホテルの資本にはアーヴァス家も関わってる。




