25話 軽いお仕事
「よっしゃ配信だー! 俺だってツバサみたいにバズってやるってぇの!」
帰宅して色々と済ませた後に配信を始める、時刻は夜の12時を過ぎてる。
配信の前に何のゲーム配信が人気か調べてから始める事にしたが、今日の人気ゲームは先程にツバサがプレイして話題になった『ハウスクラフト3』が人気になっていた。
「はいどうも! 灰川メビウスでーす! 今日はVtuberの子がバズって話題になったのにあやかって、ハウスクラフト3をやっていきまーす!」
自分が原因で話題に上ったような物だが、灰川にその自覚は薄い。むしろ自分が配信で話題になるなら、ツバサが作った話題に自分も乗っかっていくプライドの無さは平気で見せてくれる配信者だ。
「俺もコンクリの小屋作ってからログハウス作っちゃおっかなー!」
ツバサには偉そうに努力を怠るなとか言っときながら、自分はツバサの真似して視聴者をゲットしようとしてる。やはり短絡的な家系の血は濃いようだ。
「誰か来ねぇかな~、1万人くらい」
時間も時間であり牛丼ちゃんことエリス達が来る様子はない、きっと今頃は布団の中でぐっすりだろう。
「あれ…? 明日って午前の出勤…?」
明日は最後の講義があり午前にハッピーリレーに行かなくてはならない、灰川は完全に忘れていた。
「今日は1時間くらいの配信にしとくか、しっかし俺の配信誰も来ないな」
灰川の配信はマジで誰も来ない、面白い配信をしようと心掛けてるが、配信を宣伝する事が無いから誰にも気付かれないのだ。配信タイトルも凝ってるとは言い難いから視聴者が惹かれないのも無理はない。
しかも他者の配信の良さは気が付けるが、それを自分の配信に生かせるかどうかは別問題で、今の所は空回り中だ。
『コメント;あなたの配信が劇的に変わる!同時視聴者倍増も夢じゃない!詳細はこちらhttp~~~……』
「スパムかよ~、同時視聴者倍増しても0が倍増しても0なんだよなぁ~」
その日は結局知り合いも新たな視聴者も来る事は無く、次の日に仕事があるため1時間ほどで配信を終えてしまった。
こんな奴が超人気tuberから意見を求められるのが信じられないような内容の配信だ、灰川は自分ですらそう思いつつ「まあ良いか!」とか考えながら眠りに付いた。
翌日、ハッピーリレーの事務所で心霊配信の講義を終えて、休憩室でコンビニで買って来た弁当を食べようと思い中に入って席に座った。
今日は金曜日で、明日と明後日を超えれば18歳未満でも夜10時以降の仕事が許可されるという新法が施行される。
それに合わせて配信企業は忙しさを増しており、ハッピーリレーも例外ではない。昼時間でも職員は休む暇が無いようで、昼食すらまともに取れない状況のようだ。
灰川は本来なら午前で仕事が終わりのはずだったが、急遽としてホラー配信をする配信者たちのためにお札を作って欲しいと言われ、午後も仕事になってしまった。良い金になるから灰川としては構わない。
休憩室にはお札を作る道具も持ち込んでいる、他に開いてる部屋が無いらしく休憩室の一角で作業する事になってしまった。
「ん? 新人バイトか、こんな所で何してるんだ?」
「事業部の中本部長? じつはアレコレでして~」
「そうか、お札を作る場所が無いのか、事業部も今は場所が無いな、すまんな力になれなくて」
「いえ、気にかけてくれてありがとうございます」
中本部長は外仕事から帰って来た所のようだった、ネクタイを緩めて灰川の正面の椅子に座り、そこから少し話をする事になった。
「灰川だったな、随分とホラーに詳しいそうだが、霊能者でもそういうの好きなもんなのか?」
「自分は好きですよ、もちろん中本部長がテレビ局時代に手掛けた作品も見ましたし」
中本部長は過去にテレビ局でプロデューサーとしてホラー作品を何個も手掛けてる、そのどれもが良質なホラーとして評価されてる人物だ。
「今回のハッピーリレーのホラー企画は中本部長が提案したんですか?」
「いや、俺はむしろ反対派だった、今時の連中は怖いモノを甘く見てるからロクな事にならないと思ったからな」
中本部長はテレビ局時代にホラーに関わる中で様々な体験をしたそうだ、だから軽い気持ちでホラー企画をするべきじゃないと反対意見を出してたそうだ。
どんな体験をしたのか聞くと、こんな話を聞かせてくれた。
撮影用のカツラ
中本さんがテレビ局でホラー番組のプロデューサーをしていた頃、撮影用のカツラが濡れてしまったのでスタジオで吊るして干してたそうだ。
その日は役者もスタッフも帰っており、中本さんは仕事が残ってたので別室で事務仕事をしてると、忘れ物をした事に気が付いてスタジオに戻った。
忘れ物はすぐに見つかり戻ろうとしたが、視界の端に吊るして干してあるカツラが目に入った。吊るされてるカツラというのは不気味なもので、何でもないのにゾっとするような感じがする。
嫌なもの見たと思い歩き出そうとした時に……風も無いのにカツラが回り出した、カツラの前面が中本さんの方を向く。
「そしたらよ、凄い恨みの表情をした女の顔があったんだよ」
そんな物を見て怖くない訳もなく、中本さんは逃げ出した。その後も中本さんは何度も怪奇現象に遭遇したらしい。
短めの怪談だ、早めに聞けてオチも早い一分怪談と言われるものに属する怪談だろう。一分怪談は今の時代にあってるのか、だんだん増えてきている。
「やっぱホラーに関係した仕事をしてる人って、何かしらの体験があるんですね」
「他にも色々あったよ、今度聞かせてやるぞ、特に俺は都市伝説に詳しいからな」
中本部長は仕事に戻り、灰川もお札を作っていく。元から梵字(インドで使われる文字、日本では仏教で様々な所で使われてる)が書き込まれてるので、そこに魔除けの気を注ぐだけだ。
周囲を見て誰も居ない事を確認する、人前でやるのは少し気恥ずかしい。誰も居ないかったからさっそく印を結んで気を注ごうとしたが。
「あ、灰川さん居たんだ、こにちわー」
「エリス、早いな、学校は?」
「今日は連休前で午前授業になったんだよー」
今日は大型連休前の最後の日で、午前授業になる高校もいくつかあるらしい。ミナミの通う忠善女子高校は普通授業らしい。
「何やってんの灰川さん、お仕事?」
「ああ、ホラー配信する人達のためにお札を作れって言われてさ、今から印を結んで気を注入して終わりのとこだよ」
「ふーん、じゃあちょっと見てるねー」
誰かに見られるのは恥ずかしいが、エリスにはもう見せてるし大丈夫だ。灰川は呼吸を整え背筋を伸ばし、印を結んで半目になる。
その状態で無心になり、呼吸を呪法の形に整え、心の中で灰川家に伝わる五行真言という言葉を唱える。
(火は土を活かす、土は金を活かす、金は水を活かす、水は木を活かす、ここに相生の理)
(火は金を克す、金は木を克す、木は土を克す、土は水を克す、水は火を克す、ここに相克の理)
(五行の流れよ、ここに宿り五行の流れ乱せし者から常世の者達を守れ、灰川誠治が命じ、宿す)
灰川家に伝わる五行の印を結び、お札にエネルギーを注ぐ、これで大概の悪いモノからは守ってくれる力がお札に宿った。
灰川家はかつては霊能の名門家系で五行思想に基づいた術が得意な家であり、強い力を持った陰陽師や巫女を輩出してきた家系だ。没落したが今も力は健在で、見る者が見ればお札には十分なエネルギーが宿った事が分かるだろう。
「よし終わり、これでよっぽどの事が無い限りは守られる」
無事にお札作りも終わり、片付けをしてると。
「灰川さんってさ、霊能力を使ってる時、カッコイイよね」
「え? そうか?」
「うん、今だって印だっけか、やってる時カッコ良かったよ」
まさかそんな事を言われるとは思ってなかった、灰川は少し嬉しくなってしまう。
「そう言って貰えるとありがたいよ、印とかめっちゃ練習させられたからな~、苦労が報われたぜ」
「やっぱ練習とかするんだ、最初から出来る訳じゃないんだね」
「当たり前だろ、こんな複雑な手の動き、練習しなきゃ絶対無理だって」
灰川は子供の頃から印を結ぶ練習をさせられたし、今でも練習する事がある。当たり前にやってるように見えても、これは長い練習の賜物だ。もっともツバサの件の時は印は完璧だったが、使う術を間違えてたが。
「ところでエリスは何しに来たんだ? 配信か?」
「ちょっと用があっただけで、そっちは終わったんだけど、灰川さんに後で連絡しようと思ってたから丁度よかったよ」
エリスは灰川に用があったらしく、事務所で会ったのは都合が良かったらしい。何の用か聞いてみると。
「ホラー配信の前に、怖い話をちょっと聞いてもらいたくってさ、練習したいんだ」
「練習か、分かったよ」
特に断る理由もないので気軽に受ける、どうせバイトの時間も終わってヒマなのだから、そのくらいは訳もない。
「良かったと思うぞ、怖い感じもちゃんとあったし、エリスのキャラも損なってないと思う」
「そう!? 良かったー、怖い話をして怖いって言って貰えると嬉しいものなんだねっ」
エリスの話が終わり、感想を求められたので良かったと伝える。怪談を話して怖いと言って貰えるのは嬉しい物だ、そのために話してると言っても良いのだから。
「でも場面の転換の時にはエリスなら、もう少しオーバーに話しても良いかもな」
「あー、やり過ぎなくらいが私には合ってるのか、参考にするねっ」
「でも全体的に良かったと思う、このまま配信で話してもリスナー受けは良いんじゃないか?」
「でももう少し練習しなきゃだよ、本番は三日後なんだしねー」
明日と明後日が終われば週が明ける、そうなったら本番がやってくるのだ。それまでに磨きを掛けたい気持ちは分かる。
どんな話でもそうだが、話をする上手さに完成なんて無い。話をする事を至上命題にしている落語家や講談師、それこそ怪談師は日夜練習に励む。あーした方が良い、こーした方が伝わる、それを毎日毎日考えてるが、ほとんどの噺家は己の芸の完成を見ずに引退していくのだ。
話の才能ある者が一生を捧げても完成しない、それが『話』という物だ。たったこれだけの期間でちゃんと話せてるエリスは凄いと灰川は思ってる。
「あんまし気負い過ぎるなよ、充分やれてるんだから」
「うん、でも出来る限りの事はやるよー、満足のいく配信したいしねっ」
エリスは三日後を不安ながらも楽しみにしてる、新しい事への挑戦はいつだって新感覚だ。
エリスと話してから帰宅し、一眠りしてから夕食やシャワーを済ませてパソコンの前に陣取る。
「よし、配信するかぁ」
今日も今日とて配信だ、家での所要を済ませてる間にエリスとミナミの配信は終わってしまい、今日もちゃんと見る事は出来なかったが、また今度見れば良いだろう。
それよりも自分だって配信者なのだから配信したい、見るのも好きだが自分で配信するのはもっと好き、灰川はさっそく準備を終えてスタートを押す。
「はい、こんにちわ、灰川メビウスです! 今日はなんかやって行きたいと思います!」
何するか決めてないけど、取りあえず配信する。行き当たりばったりでも平気で配信できるのが灰川だ。
「とりあえずハウスクラフト3は昨日やったし、今日は別ゲーでもやろうかな~」
などと何をするか決めかねてると、今日一人目の視聴者がやって来た。
『マリモー;来てやったわよ!』
「え? 誰?」
灰川は自分の視聴者の名前は憶えてる、数が少ないから簡単に覚えられるからだ。だがマリモーという名前に心当たりは無かった。




