24話 生意気中学生 4
その後は3人の配信が終わり、夜10時過ぎにツバサの母親がハッピーリレーに迎えに来るまでの間、灰川とエリスとミナミと木島の4人でツバサの労いと緊急ミーティングをする事になった。
ツバサは配信に熱が入って限界時間ギリギリまで配信し、エリスとミナミも緊急で時間を延長して配信してた。
「ツバサちゃん、凄いバズってたね!? なんであんなにイキナリ凄い事になったの!?」
「本当に驚きました、普通なら一気に同時視聴者が10倍以上になるなんて考えられません」
「これがアタシの実力よ! 恐れ入ったわよね! わはははっ!」
結果としてはツバサは同時視聴者最高数10750人、チャンネル登録者数5500人から35200人に増え、その数は今も増えている。
「良かった…良かったわねツバサちゃんっ…! やっと私のツバサちゃんが世の中に認められたっ…!」
「ふ、ふんっ! アタシは木島さんのモノじゃないけど、喜んでくれてウレシイわっ! わはははっ!」
ひとまずはこれで破幡木ツバサの契約解除の心配は消えただろう、ツバサは運営と視聴者にポテンシャルの高さを見事に見せつけた。
「でも何で突然凄い事になったのかな? ツバサちゃん、配信中に何かあった?」
「そうですね、私は最初からツバサちゃんの配信を見てましたけど、配信が40分を過ぎた頃にいきなり覚醒した感じがしました」
エリスもミナミも、そして何よりツバサの配信を一から見てた木島が違和感を感じてた。
本当に突然に配信者としてのレベルが上がったとしか言いようの無い、そんな事態が発生していたのだ。
「ん~、なんか配信中に凄い背筋が寒くなって、何だか怖い気持ちになったわ」
「え? それって普通なら悪い影響じゃないですか? 私だったらそれで配信を面白くする自信はないです」
体調や気分が悪くなって面白い配信が出来る人間なんて、まず居ないだろう。エリスもミナミも違和感しか感じてない。
「そしたらルームの中にアタシしか居ないのに、誠治の香りがフワってしたと思ったら、体と胸の奥が熱くなって、すごい元気になったわ!」
「「…………」」
灰川は押し黙る、陽呪術を使われた者はたまに嗅覚や聴覚、その他の感覚で術者の気配などを感じる場合があるのだ。今回が正にそれだった。
ツバサは鼻が元から結構利くらしく、どんな匂いも少しでも嗅げば覚えられるそうだ。配信前に肩に手を置かれた時に覚えたのだろうと灰川は推測した。もしかしたら霊嗅覚という能力があるのかもしれない。
「灰川さん、ツバサちゃんに何かした…?」
「ナニモシテナイヨ」
「陽呪術を使いましたね? 灰川さん、なぜツバサちゃんに使われたのですか?♪」
エリスとミナミのプレッシャーが怖い、この雰囲気で言い逃れが出来るほど灰川は余裕が無く、結局は術を使ったと吐いてしまった。
「仕方ないだろ、怨霊が来てツバサを狙ってたんだからよ! 放っておいたらヤバかったんだって!」
怨霊に祟られると大きな不幸、ケガや精神衰弱、事故や事件に巻き込まれたりなどする確率が跳ね上がる。
そうでなくともツバサは寒気を感じて体に影響が出ていたのだ、放っておいたら何かしらの悪影響は避けられなかった。
「本来なら近づかなきゃ良いだけなんだけどよ、向こうから寄ってきたらこうするしかねぇんだって」
「それを証明する手立てはありますか? 職務上、一応は社長に報告しないと…それと何故ハッピーリレーにだけこのような事が?」
「証明は出来ません、オカルトですから。ハッピーリレーにだけ起こってる訳じゃないと思いますよ、でも頻度が多いのは確かですね」
怨霊とは悪霊とも言える存在だ、世の中を見渡せばそこそこ居る類の物である。いきなりの不運や病気はこういった存在が引き起こすこともあるというのが霊能者界隈の常識である。
もちろん世の中の不運が全て怨霊の仕業なんて事は無い、ほとんどは単なる偶然だ。しかし今回のような事もあり、こういう時こそお祓いなどは効果がある。
「それなら仕方ないですよね、さすが灰川さんです! 悪霊からツバサちゃんを助けてくれたんですね!」
「灰川さんの言う事なら信じるよー、私の時だって助けてくれたんだし」
二人は信じてくれたが、後の二人は多分信じないだろうと灰川は踏んだが。
「アタシも信じる、あの寒気すごい嫌な感じだったけど、誠治の香りがしたと思ったら消えて無くなったもん」
「お、おう…そうか、ツバサだけは絶対に否定すると思ってたぞ」
「ううん、あれは絶対に誠治が何とかしてくれたって分かったわよ、詐欺師じゃなかったのね」
「詐欺師じゃねぇわ、本物だっての」
意外にもツバサはあっさり信じて認めてくれた、実際に感じた感覚を否定は出来なかったのだろう。この子は天邪鬼な所はあるが、素直な部分もある子なのかも知れない。
「でもさー、ツバサちゃんがバズったの灰川さんの陽呪術のおかげだとしてさ、それって凄い事だよね」
「そうですよね、ちょっと怖いくらいの効果だと思います」
陽呪術を使ったらツバサは思い切りバズって一夜にして何倍ものチャンネル登録者を手に入れた、まだSNSではツバサの配信がとても面白いという話題が続いており、チャンネル登録者もSNSフォロワーは今も伸びている。
「それは違うぞ、さっき使った陽呪術は本人の持てる力を引き出す術だ、本人の力以上の物を引き出すことも出来るけど努力は絶対に必要になる」
「それってツバサちゃんが努力してたってこと?」
「当然だ、配信見ただけでツバサがとんでもなく努力してる事は分かったぞ」
「~~!!」
灰川の言葉を聞いて一番驚いたのはツバサだった、なんでそんな事が言えるのか?という表情で驚いてる。
「俺も配信者だから分かるんだよ、ツバサは配信中に凄く言葉を選んでる、視聴者を不快にさせないために」
だから喋らなくなる時がある、せっかく見に来てくれてる視聴者を不快な気持ちにさせたくない、不快にさせてしまうのは退屈と思われるより辛いと感じてるからだ。
「本当ならツバサはもっと良い配信が出来る、その証拠がさっきの配信だ。あれこそがツバサの配信の本来の面白さなんだよ」
「………ぐすっ…」
まさかの大褒めにツバサが横で泣きそうになってるが、灰川は気が付かずに言葉を続ける。
「陽呪術は本来の力を出す手伝いをしたに過ぎない、あの面白さは紛れもなくツバサの持ってる物だし、個性だってツバサの物で陽呪術はそこには関与できない」
「そうなんだ…ツバサちゃんって本当は凄いんだ…」
「エリスもミナミも甘く見てたようだな、ツバサは他にも色んな事を勉強して知って配信に生かそうと頑張ってる」
「なぜそう思うのでしょうか? もちろん私もツバサちゃんが頑張ってる事は知ってるつもりですが」
灰川は二人と違いツバサとはさっき出会ったばっかりだから分かる訳ない、ミナミは灰川が言う事とはいえ、そこが納得できない。
「そうじゃなきゃ家を作る時に基礎工事が必要とか、コンクリートをミキサー車で運んでもらうとか、あまり中学2年生の女の子が知ってるとは思えないしな」
これは個人にもよるだろうが、中学2年生の女子が工事現場で使うような知識をサラッと出せるのは違和感がある。特に女子中学生Vtuberという人種には遠い知識だと思ったのだ。
ツバサは配信に生かすために色々な事を知ろうと努力した、それがあの配信には出ていた。
「その他にも色んな雑学や良い配信をするための努力をしてる事くらい予想が付くぞ、ツバサは本当は凄い子だ。エリスもミナミもうかうかしてられんぞ」
ツバサの努力は今まで報われてこなかったが、今日にやっと報われた。
「ごくっ…! そう言われると甘く見てたような気がする…! 油断できないっ…!」
「そうですね、ツバサちゃんは先程も灰川さんの講義が始まるまで、何かの図鑑を読んでましたっ。あれも配信のお勉強だったんですね」
配信者に限らず世の中どんな知識が役に立つか分からない、ツバサはどこかでそれを学び、今に生かそうとしてたのだ。
「ふぇ~~ん! こんなに褒められたの初めてだよ~!」
「うおっ!」
褒めに褒められた事に感極まってツバサは泣き出してしまった。
「こんなに視聴者さん来てくれてうれしかったよ~! バズってうれしかった~! 頑張ってたの分かってもらえてうれしいよ~! うぇ~~ん!」
「落ち着け落ち着け…ほら、ティッシュで鼻拭けって」
「うぇ~~ん!」
その後は泣き止むまで待つが、ツバサの母親は渋滞に巻き込まれたらしく、まだ時間が掛かるとの事だった。
落ち着いたツバサから話を聞いた、ハッピーリレーに入って憧れのVtuberになれたのは良かったが、全くフォロワーが伸びなくて悩んでた。
自分は面白い配信が出来る、努力すれば必ず視聴者さんは増える、そう信じて中学2年生ながら様々な雑学や知識を手当たり次第身に付けたそうだ。
しかし視聴者は伸びず、自信も無くなりかけてた所に胡散臭い霊能者の講義が入り、イラっとしてあんな事を講義中に言ってしまったらしい。
「そこから灰川さんに努力してたの気付かれて、偉いって言われて感動しちゃったんだねー」
「ぅぅ~…、誠治なんかに褒められて泣くなんて、最悪だよ~」
「別に良いだろ、誰に褒められたってよ」
とにかく騒動は終わり、ツバサはバズって努力を認められハッピーエンドとなった。
灰川は努力や向上心を持ち配信に当たるようツバサに再三告げる、今回のことは陽呪術のおかげなどと考えず、あくまで自分の力で掴んだチャンスだと思えと言った。
「分かってるわよ、あれが私の本当の面白さなんだから! 誠治になんか頼らなくても、あの面白さを出せる!」
「その意気だぞ、このチャンスを物にしてみせろよな。必ずできる」
「うんっ!」
陽呪術に頼り過ぎて努力を怠り身を滅ぼした人も過去に居たと灰川家には伝えられてる、陽呪術などと明るい名前が付いてるが呪いは呪いだ。使い方を間違えれば手痛い目に遭う。
しかし使い方を間違えなければ『呪い』となり、心強い味方になってくれる。それを使いこなすことが灰川家流の陽呪術なのである。とか言いながら灰川はさっき使う術を間違えていたのだが。
そうこうしてる内にツバサの母親が到着し、全員帰宅する事になった。
「せ、誠治っ、今日はありがとっ! それと…またアタシの配信に……っ」
ツバサが照れながら礼を言うが、ここで灰川が話を割って重要な事を言った。
「あー、そうそう、陽呪術の反動でメッチャ疲れて腹が減ると思うから、今日はいっぱいメシ食ってさっさと寝るんだぞ」
「~~! そーいうの先に言えー! バカ誠治ー!」
こうして今日の騒動は幕を閉じた。結局エリスとミナミの配信への意見の事は有耶無耶になってしまい、ごく近いうちの配信をじっくり見て言う事になったのだった。




