204話 プレイヤー達の協力
OBTテレビ内のスタジオは局内にも局外にも幾つもあり、局内のスタジオで撮影される番組は総じて人気番組かつ有名番組だ。
局内撮影の新番組の場合は有名芸能人が多数出演する番組、もしくは大きな期待が寄せられる番組という感じである。
ハッピーリレーとシャイニングゲートの名前でスポンサーを集めた新番組、new Age stardomは例外的な枠組みである後ろ盾枠、背後に強い資本が構えてるからこそ実現した番組だ。
部外の会社が全国テレビで番組を持つなんて生半可な事じゃない、知名度、資本、出演者の知名度や技量、様々に関係してくる。
もしどこかのタレントや芸人が全国テレビでメイン番組を持てたら泣いて喜ぶ、メインではないレギュラー番組が決まったとしても名前が売れてない人だったら『夢じゃないよな?』と自分を疑うだろう。
テレビの力は昔ほど強くないと言われるようになって久しい、本当にそうだろうか?
ニュース、クイズ番組、お笑い番組、グルメ番組、音楽番組、様々なテレビ番組がある。
信頼度が低いとか、偏向報道が多いなどの問題も言われるようになって久しいが、そこに目を向けずに『動画やエンターテインメントとしての完成度』という目を向けたら、やはりネットの世界より強いように見える。
アナログフィルムを使ってた時代から続く編集技術、その技術や技法が編み出されて来た土台、脚本家や演出家が『どうやったら面白くなるか?』を考え続けて来た世界、ステージの上も縁の下も重厚かつ情熱で溢れてる世界だ。
「もうすぐ本番だねっ、皆で最高の番組にしようっ」
「ディレクターさんとカメラさんの指示は確認OKですよ、ナツハ先輩っ」
「エリスちゃんの良さ、しっかりアピールしますねっ」
「私が出る時は思いっきりやってくれて良いわっ、れもん先輩っ!」
「OKだよツバサちゃんっ、自分も思いっきり笑って雰囲気作るっす!」
リハーサルをしっかりやって収録本番が近づき、スタジオの緊張感が高まる。悪い緊張感じゃなく、空気が張りつつ体を強張らせないような良い緊張感だ。
出演者たちの仲も良好、司会を務めるドラグンガールズの2人とも親睦を深めて絡みやすい雰囲気を作れた。メインになる自由鷹ナツハと竜胆れもんも、3Dモデルを動かすためのモーションキャプチャースーツを着て準備は整ってる。
モーションキャプチャースーツはどうしても体の線が出てしまうが、そこはもう仕方ない。既婚者限定で男性スタッフも居るが、彼らは全員がナツハやれもんを変な目で見たりしておらず、少しでも良い物を作ろうと本気の目をしてる。
Vtuberが活動に本気なように、映像クリエイターである者達も『俺が一番の映像家になってやる!』『国民を俺の撮影で泣かせて笑わせてやる!』という意気込みの者達は多いのだ。
「渡辺社長、灰川君は上手くやってくれてるでしょうかね?」
「思っていたより危険な業界という事でしたもんね、金名刺を使って良い具合に皆の安全を守ってくれるよう言ってくれてると良いんですが」
社長達はVtuberたちの番組収録への不安は消えており、今はしっかりと見守りつつ所属者達の身辺の安全を警戒してる。
花田社長は過去に俳優が勝手にスタジオに入り込んでアイドルを口説いてた、なんて話も聞いて笑った事があったが今は笑い話じゃない。安全地帯など存在しないから権力や知名度という安全を得なければならない。
もし何かをされて加害者をネットで晒したりしても、向こうのファンが『嘘つくな!』とか言って食って掛かって来る事は簡単に予想できる。何より所属者が精神ダメージを受けるだろう。
そんな事態にならないよう警戒しているが、今の所は何もない。
「そーいえば灰川さん、まだ戻ってきてないねー」
「そうだねエリスちゃん、忙しいんだと思います」
エリス達も灰川がなかなか戻って来ない事に気が付くが、普通に仕事があって忙しいんだと思ってる。
出来たら自分たちの初収録の雄姿を見届けて欲しいが、私たちがしっかり活動できるよう働いてくれてるんだと思うと、感謝の気持ちが大きく湧いてきた。
「じゃあ10分後に本番入りまーす! 皆さん準備お願いしまーす!」
「「「はいっ!」」
灰川が居なくたって状況は普通に進む、むしろここに居たって実質的には何もやれる事がない。
5人がチラっと聞いた話だと、灰川は何かの催し物の手伝いみたいな事をしてるみたいに聞こえたので『本番収録が終わるまでに来なかったら行ってみようかな』なんて内心で思ってたりもするのだった。
「店員さん! ワールド・ブレイブ・リンクのブースターパックを10万円分お願いしやす!」
「10万!?」
一方その頃、灰川はテレビ局近くの複合施設にある大型TCGショップに来て、富川Pと取締役3名、それと才知と共にデッキ構築に勤しんでいた。
流石は上級国民のテレビ局上層部であり、10万円程度の金額なら痛くも痒くもないらしい。100万円でも痛くないかもしれない。
「駄目です! 良いカード出ませんでした!」
「レアは出ましたが、灰川さんの指定する効果じゃないですね、ボツで」
「才知、このカードはどうなんだ?」
「オヤジ、それだと無効化できるからダメだ」
和藤は結構な金額を銀行から下ろしてカードを購入し、合計6人でパックを開けて使えるカードを探してる。
和藤親子には灰川がかなり強力な陽呪術を使って精神の均衡を戻させ、今は冷静に先を見据えて行動を取っていた。
「灰川さん、俺はパックを開けるだけにしといた方が良さそうです、カードを見たらすぐに対策が思い浮かぶんですよ」
「おいおい…そうなったら勝てるデッキが組めないじゃん、俺だってそんなに詳しい訳じゃないんだし」
TCGとは新ルールの導入や新種のカード導入によりルールが変わってしまう事が多々あり、今のワールド・ブレイブ・リンク(WBL)は灰川がプレイしてた頃とはルールがかなり違っていた。
ゲーム全体にどのようなカードがあるのかも把握してないし、どんな効果を持ったどんな属性のカードがあるか、それをどれだけ知ってるかも重要なのだ。
「たぶん灰川さんのデッキを俺が知ったら、試合前にぱぱっとデッキ組み換えさせられると思います。そういう予感があるんですよ」
「予感か…たぶん正解なんだろうな、そしたらどうやって勝てるデッキを作れば良いんだよ…」
才知にはデッキの弱点なども聞いてるのだが、それらは少しのデッキ変更で克服可能な弱点ばかりで、まさに変幻自在のデッキという感じだ。
デッキ編成も教えられたが付け入る隙が少なく、お祓いに適したデッキ構築という縛りもあって上手いこと進んでない。お祓いに良い感じのカードが出たと思ったら、効果が良くなくて採用できないなんて事もある。
しかも灰川がお祓いに使えると思って覚えてたカードは現在は売られてないなんて事もあり、そういう時勢的な面でも困ってる。
そんな悩みを抱えてる時に話し掛けて来た人が居た。
「あの、何かお悩みでしたら相談に乗りましょうか?」
「え? 店員さん?」
灰川一行は店内のバトルスペースという、カードゲームをしたりカード談義やパック剥きしたりする場所で作業してた。
そこに普段は見ない連中が凄い勢いでカードを買ってパックを開けてる姿を見て、ただ事じゃない何かを感じて声を掛けて来たのだ。
「それと世界25位のサイーチ選手ですよね? 何かお探しのカードがあるなら、パックを剥くよりショーケース販売を見るのも良いと思いますけど」
「「!!」」
ショーケース販売、カードショップにはレアカードなどを1枚から販売してるコーナーがあり、そこでお目当てのカードが買える事があるのだ。
「忘れてた! そういうのあるんだった!」
「俺は販売カードは使えない縛りがあるんだと思ってましたけど、良いんですか」
「元の持ち主の念が籠ってなけりゃOKだな、使えるカードも探せばありそうだぜ」
「お探しのカードがあるんでしたら我々に言えばすぐに対応しますので」
店としてもパックを買ってもらえるのは有難いだろうが、無暗に買ってる客を見たら流石に声を掛けるようだ。
そこから『才知のデッキに勝てるデッキを作りたい(条件付き)』という情報をボカして伝え、少し悩んだ後に店員がバトルスペースに居た人達に向かって。
「おーい! ビョージャクさん、無理男さん、大工源さん! デッキ構築の手伝いしてくんない!?」
「ごほっ…ごほっ…、構いませんよ…」
「無理って言いたいけど、全然OK」
「構わねぇぜ! 何でも聞いてくれやがれ!」
店員の知り合い客がデッキ構築を助けてくれる事になり、更に彼らが他の客に声を掛ける。
「サイーチさん来てるらしいよ、デッキ構築の助けが要るんだってさ」
「マジ? 世界25位が今さら?」
「なんか条件があるらしいけど、サイーチさんに勝てるデッキが急遽必要なんだってさ」
TCGショップの中のワールド・ブレイブ・リンクのプレイヤーたちが集まって来る。中には割と名の知られたプレイヤーが居たり、才知に大会で敗れた人なんかも来てた。
この店にはガチ勢がよく来る事でも知られてる店で、灰川一行以外にも多数のプレイヤーが集っていたのだ。
「皆さんお願いします! 力を貸して下さい!とても大事な勝負なんです!」
大きな声を出したのは和藤代表取締役社長だ、陽呪術で落ち着けたとはいえ息子が死ぬか生きるかの局面であり、出来る手立ては何でもする心構えだった。
和藤はOBTテレビの取締役社長、大まかに言えば組織の中で2番目に強い権限を持った人だ。多くの努力や苦労の末に今の地位があるが、彼の人生は決して褒められてばかりの物ではない。
和藤は一般家庭の生まれだが頭が良く、1流大学卒業後はテレビ局にエリート組として入社し、番組制作などの現場仕事をして業界の事を学びつつ順調に出世していった。
ゴマすりも上手かったし、製作を手掛けた番組は何本かヒットも飛ばした。そうする内に様々な芸能人や業界人と繋がりが出来て行った。
そうこうしてる内にお見合いで結婚して息子が2人生まれ、普通に幸せな家庭を築いてたのだが、彼は自分でも気付かない内に少しづつ業界の毒に侵されていってたのだ。
出世して上に行くとコネを作りたがる人が金を用意してやって来た、テレビに出たいと言う若く美人なタレント志望と知り合った、局内の人間が自分にかしづいて来る。
そうなると人間は誰しも『自分は偉い』と理解する、自分の権力で好きに出来る。その環境は聖人すら堕落させかねない毒であり、和藤はその毒に長く浸かる事になる。
そこに加えて裏切りや国や権力者からの圧力、株主や視聴者たちからの罵声、長時間労働による疲弊、そういった耐えがたいストレスもあって心が擦り減っていったのだ。
最初は誇らしかった、しかし今はストレスでいっぱい。そんな現実から逃げるように愛人を囲ったり、業界内の問題に目を向けないよう過ごすようになった。
だが今は血を分けた息子が、幼い頃に『父さんのようになりたい』と言ってくれた息子が命の瀬戸際に立たされてる。ならば全てを投げ捨てでも助けたい、こんな局面になって初めて自分の心に気が付いた。
「私からもお願いします、これ如何で一人の人生がどうなるか決まるのです、皆様ご協力ください」
「自分からもお願いします、世話になって来た人の子がどうなるか、ここで決まるんです。どうかお願いします」
取締役会長と専務取締役代表執行役員も頭を下げる、彼らも和藤と遠くない経歴を歩んできた。やはり全てを褒められた人間ではないが、助けたいと思う心は同じだった。
不祥事もあった、裏切りもあった、狡い手で出世した事もあった。しかしナイフで人を刺し殺した事も無ければ、そんな事が出来る人間でもない。
目の前で自分が手を差し伸べなければ死んでしまうかもしれない人が居る状況で、ただ見過ごして何も思わないような人でなしではないのだ。
集まったカードゲーマー達が彼らの本当にただ事ではない雰囲気を感じ取る、ここで失敗したら多分……誰かの何かが終わる、取り返しが付かない何かが失われる、それを感じ取った。
本気の頼みと願い、命にすら係わる頼み、その重みをカードゲーマーたちは感じ取った。これは本当の頼みを受けた人にしか分からないタイプの感覚で、多くの人が人生で一度は感じるだろう『重み』というものだった。
「ごほっ…ごほっ…、私が知る事なら、何でもお教えしましょう…」
「無理って言えないよねコレ、全然OK!」
「てやんでぇ! オイラが勝たしてやらぁ! 任せとけってんだ!」
「サイーチさんのマジックガール&ヒーローズか…この条件で勝つのは厳しいね…」
「事情は知らんけど、やんなきゃいけねぇんだろ? だったらやるしかねぇな!」
大会などでは敵対関係にある者達が、グループ間で仲が悪いと言われてる人達が、同好の士のために結束した。
何か知らんがサイーチに負けられない何かがある、サイーチ選手まで頭を下げてる、イケメンのサイーチは気に入らんが同じTCGを愛する仲間だ。見捨てる道理など1mmすらない!
「皆っ、ありがとうっ…! 俺っ…ワールド・ブレイブ・リンクやって良かったっ…! ありがとうっ…!」
「なに泣いてんだよサイーチ君、今からここに居る全員で君のデッキを負かそうってんだぜ? 覚悟しとけやい!」
「俺の植物系デッキは参考になるかい? 悪魔属性デッキもあるよ!」
互いに本名など知らない、繋がりは同じゲームのプレイヤーであるという事だけ、だがそれで良い。それだけで繋がる何かがある、それだけでしか繋げられない何かが彼らにはあるのだ。
この光景は取締役たちの心に、何か熱いもの、自分たちが忘れてしまった何かを感じていた。
出世して失った思いやりや助け合いの心かもしれない、面白い番組を作って視聴者に喜んでもらえた時の嬉しさかもしれない、上だけを見て下を見なくなってた事かもしれない。
彼らの助けを借りたい、誰かを利用するのではなく、熱き心を持った彼らの手を借りたい、心からそう思えていた。
「どのカードが良いかなぁ…枚数が多過ぎてなぁ…」
「販売コーナーで売ってないカードもあるのでパック購入は続けてもらってますが、それにしても多いですよね」
灰川は富川Pと一緒に販売コーナーに来て、使えそうなカードを探してる。
TCGカードショップ、カードミリオンお台場はかなり大きなショップで、WBLのカードの取り扱いも非常に多い。
ショーケースにはWBLのカードがズラリと並び、安ければ100円以下、高ければ10万円なんてカードが売られてる。見てるだけで時間が掛かりそうだ。
「こんな時にカード博士みたいな人が居たらなぁ~」
「呼びました?」
「うおっ! 誰ですか!?」
「カード博士店員ですよ、WBLをメインでやってます」
カードショップには大体はカードに詳しい店員の1人や2人は居る、その中でもカードに凄く詳しい人のようだった。
また事情をボカして話し、オカルトなどの事は伏せて条件を満たしたデッキを組んで勝たなければならない事を説明する。
「なるほど、特定の効果を持ったカードを含ませてサイーチ選手に勝たなければならないんですね」
「そうなんですよ、出来ませんかね?」
「WBLのカードプールは約3万種類、組み合わせ次第でしょうね」
「おお! 可能性が出て来た!」
「しかし見た所、サイーチ選手のデッキへの理解力が足りて無いようですね」
TCGのデッキには様々な物があり、その理解力が足りてないと言われる。
「あのデッキはマジックガール&ヒーローズというデッキで、版権作品である魔法のメロディ少女・プリコーダーズなどへの理解も重要になります」
カード効果が原作を再現したものや意識したものであるため、そこを突くために作品への理解も重要になる場面があるという事らしい。
特定の行動を制限されたら弱くなるとか、ある条件を満たしたら取り返しのつかない強さになるなど、作品を知ってれば動きが予測できる場合があるそうなのだ。
「オリジナルカードも多数が入ってますが、あのデッキは~~……」
そこから才知のデッキに関する知識や構成要素、デッキの中に垣間見えるストーリーなどを聞いていった。
店員から話を聞いた事により理解力が上がり、カード販売コーナーで目ぼしいカードを素早く見て購入し、今はバトルスペースで様々な人達の意見を聞いてデッキを組んでる。
「魔法少女系ユニットに有効なカードは必須ですよ、策略カードの“魔法少女捕獲計画”を入れるのはどうですか?」
「悪くなさそうですね、条件にも大きく外れてないし」
「プリコーダーズにばかり目を向けてると足を掬われるぜ、機動勇士シュテルンのカードの“マシーネン・ファルケ”をパイロットのエアハルトと一緒に入れるのは?」
「こっちはムズイかもです、フィールドに出す条件が満たせない可能性あります」
「ごほっ…ごほっ…どうしても雑多なデッキになっちゃいますね、政治テーマカードの魔術スペル“新政権発足”はどうですか?」
灰川はワールド・ブレイブ・リンクのプレイヤー達からアドバイスを受けつつデッキを作る。誰しもカードに詳しく、条件に合ったカードをどんどん教えてもらえた。
才知を助けるたに灰川は必死に頭と霊能力を動かし、才知は少しでも自分が負ける確率を上げるため外で体を動かして疲れを溜める。プレイヤー達は重大な何かのために自分しか知り得ないアドバンテージ情報を惜しみなく出していた。
「我々は大事なことを忘れてましたね…OBTテレビはいつからこうなったんでしょう」
専務が誰に向けるでもなく喋る。最初から出世希望だったが、今は汚い事や狡い事に躊躇を見せない精神性になってた自分たちを後悔と共に振り返った。
性の問題、金の問題、権力の問題、組織が大きくなると必ずついて回る問題だ。権力者に擦り寄るために金や物を差し出したり、権力を維持するために誰かに責任を押し付けたり、昔の自分だったら絶対にやらなかった筈だ。人間性が変わっていったのを自覚した。
そこに富川Pが言葉を放った。
「国や大きな組織は自浄作用が無くなると、権力者や特権階級の欲を満たす道具に成り果てます。人を使い捨てて何とも思わないような性質になるんですよ」
過去や世界を見れば幾らでも例がある、国民を弾圧して特権階級だけが贅沢に暮らす資源大国の独裁国家、経営陣に権力と金が集中して社員を使い潰すブラック企業。
それらは国家や組織の大義名分から外れ、一部の者だけが欲望を満たすための道具に成り果ててる。OBTテレビも例外ではなかった、
下の者が上に逆らえない構造を作り、望んでない意見をする奴は冷遇し、忖度の集団になってしまってる。これはOBTテレビだけの責任ではない、大金が動く芸能界というものそのものに起因する問題だ。
ではどうすれば少しでも変わるのか、少しでも今の状況から脱却できる足掛かりが掴めるのか。
「彼らを見て下さい、才知君は我々が作ったアニメを楽しく見てくれてます、プレイヤーの皆さんは我々が制作した作品が参戦するカードゲームを本気でプレイしてくれてます」
取締役たちの目の先に居るのはテレビ局が作ったアニメを楽しむファンや、そのアニメが参戦するカードゲームに本気になって取り組む人たちだ。
「しっかしOBTテレビの奴らはスゲェよな! 子供向けアニメをWBLに参戦させるなんて、俺は好きだぜ!」
「本社がそこにあっから行ってきて感謝を伝えて来れば? 朝番組のプリコーダーズも深夜アニメも作ってくれてありがとうってよ」
「バカ言うなって、誰も聞いてくれる筈ねぇだろ、相手にもされねぇっての」
「「!!」」
時に感謝の言葉は人を救う、取締役たちは長らく聞いて無かった視聴者の生の感謝の言葉を聞いて、魂から何か重くて暗い物が抜けるような感覚を覚えた。
彼らに自分たちがOBTテレビの経営陣だという事は明かしておらず、これは彼らの本心の声である。
「俺は昔にやってたマジシャンウィッチが好きだったな、OBTだと今はサブスクでドラマ見てるし」
「今度にVtuberが主体になってやる新番組あるじゃん、あれかなり期待してるよ」
「俺も期待してる! WBLのアニメも、また始まるみたいだしな」
それらの声は経営陣である彼らの心に届いた、生きた感謝の声は心の薬になるものだ。
自浄作用とか組織の健全化が叫ばれる現代だが、それらを成すのは所詮は人だ。まずは自浄作用という構造を作る人達の心が浄化され、気持ちを裏切る訳にはいかないという心を持ってもらわないといけない。
自分たちがGOサインを出した番組を楽しんでくれる人達を裏切れない、自分たちに感謝の心を持ってくれてる人達を裏切れない、そういう心を持ってもらうのも大事な気がする。
「今回の騒動は我々への天罰なのかもな…それが何の因果か才知君に行ってしまったのかもしれん…」
「会長、私が最も権力を笠に着てたのかも知れません…今さら遅いですが、反省しようと思いますよ…」
批判が目立つ今の世の中、感謝を伝える事の大切さや重要性は大きくなってる。良い物事には『当たり前』と思わず感謝と尊敬を、それはきっと忘れられがちな大事なことだ。
感謝の言葉が言える環境、感謝の言葉が届く環境、それらを本当の意味で作るのは難しいだろう。だからこそ価値がある。
「よっしゃ出来た! これならマジックガール&ヒーローズに勝てるぜ!」
「まとまりのないデッキですけど、対抗は充分に出来ますよ」
「無理なんて言わせないぜ! これならOKだ!」
やがて灰川のデッキが完成し、後はバトルで勝つだけだが問題がある。
この場所では霊脈の関係で祓いの効果を出し切れず、店内ではお祓いカードバトルは出来ないという事だ。
さっきの公園も今は人が多いようで使用不可、そこで取締役たちが灰川と才知のバトルの場所を提案した。
「そこなら大丈夫です、上手く行きますよ」
「良いのかオヤジ…? 一般人どころか関係者だってあんまり入れないだろ」
「才知、お前の一世一代のバトルなんだ、それに相応しい場所だろう。そこでしっかり負けてくれ」
その場所にはこの場に居るプレイヤー達も招待する事となり、周囲にはざわつきが広まってる。
このバトルの行く末を彼らは見守る資格がある、たとえどのような結末になろうとも見届けてもらいたい。そういう心からの申し出だ。
プレイヤー達も勝敗の行く末によっては、何か取り返しのつかない事になるのは何となく分かってる、恐らくは人の命、恐らくはサイーチ選手の生命に関わる何かだ。
しかし彼らは何が起ころうと全員がバトルを見届けるという決断をした、このバトルは自分たちには見届ける義務があると感じた。
「よし行くか、俺たちのバトルフィールドによ」
「はい、行きましょう。俺の最後のバトルになるかもしれない場所…オヤジが人生を懸けて仕事した場所、OBTテレビ本社に」
現在時刻は16時過ぎ、タイムリミットまでは4時間ないくらいである。
灰川にとっては絶対に負けられない戦い、才知にとっては絶対に負けなければいけない戦いが始まる。
ワールド・ブレイブ・リンク世界ランク25位、和藤才知の操るマジックガール&ヒーローズデッキ。
霊能力者の灰川誠治とお台場TCGショップに集まった強豪プレイヤー達が組んだ、無差別雑多のお祓いデッキ。
運命を分けるバトルが始まる。
そのバトルフィールドになるのはOBTテレビ本社ビル35階、屋上ヘリポートだ。
日が落ち行くお台場の空の下、風がある場所でもバトル可能なカードマットを使って運命の試合が行われる。




