19話 色んな配信者
翌日には灰川は疲れも飛んでスッキリ起きれた、今日は午後から仕事だが午前に配信はしない。
今日の午前は他のVtuberや配信者を見て、どのようにトークしたり配信の流れを作ってるのか見てみるつもりだ。
パソコンを付けて動画サイトを開いて配信中の動画一覧を開く、そこには多種多様な配信が表示されていた。
Vtuber、顔出し配信、ゲーム配信、雑談配信、飲酒配信、ボードゲームの配信、TRPG配信、数え上げればキリがない。
何を見ようか決めかねてしまう量だ、視聴者がゼロから2万人くらいまで様々で、とりあえずテキトーなページを開いてみた。
「さ~て、どんな配信か」
今回は普段のようないい加減な気持ちで見るのとは違う、配信を見て学ばせて貰う気持ちでページを開いた、すると。
『…………』
FPS顔出し配信をしてる人だった、今の所は何も喋ってない。そこまで口数が多くない配信なのかと思ってると。
『………』
喋らない、とにかく喋らない。良い武器を持とうが敵を倒そうが喋らない、配信者を写してる小さなワイプ画面には仏頂面の配信主が映ってるだけだ。
『………』
「なんか喋れよ…あ、負けた」
そうこうしてる内に敵に倒され敗北、その時になってやっと。
『チッ……!!』
「………」
渾身の舌打ち一回、イラついた顔を添えて……これは大ハズレだ、即座に引き返して何も見なかった事にする。コメント欄も誰も書き込んで無かったし、視聴者もゼロだったが納得の内容だ。
こういう配信が好きな人も居るかも知れないが少数派だろう、少なくとも灰川には合わなかった。
「さて、誰かの配信見るかぁ! この人が良さそうだな!」
次に選んだのは同時視聴者が20人くらい居る美少女Vtuberだ、このくらい人が居るなら喋りはあるだろうと踏んでの選択だ。ページを開くと。
『ヤベっ! カメラのモーションキャプチャー切ったままだった!アバターも表示されてねぇ!俺が映ってる! ヤベェ!!』
コメント;オッサンじゃねぇか!知ってたけど
コメント;ユカミちゃんがオッサンだった!
コメント;これで何回目だよオッサン!
美少女かと思ったらオッサンだった、だがリスナーはショックを受けた様子もなく見てる。中身バレしてるタイプのVtuberなのだろう。
Vtuberは誰でも美少女になれるし、動物のキャラにだってなれる。そこが強みだが中身がバレると悲惨な事になることもある。今のがその一例だが、視聴者は中身を承知で来てたようだったからセーフだ。
「……………」
このページもそっと閉じた、三ツ橋エリスの中身がこのオジサンという幻が浮かび、夢に出てきそうな気分になったからだ。
「よーし次は誰にしよっかな!」
その後もアレコレと配信者を見ていく、つまらなくて伸びてない配信、面白くて伸びてる配信、つまらないのに視聴者が来てる配信、面白いのに視聴者が居ない配信、と様々にある。
これは誰かが面白いと思っても別の誰かはつまらなく感じるという、個人による面白さのツボが違う事の表れだ。
つまらないのに伸びてる配信はSNSの使い方が上手いみたいだったり、面白いのに伸びてないのは配信頻度が少なかったりなど、視点を変えると色々な事が見えてくる。
そんな中で灰川が気になる配信が3つほどあった。
地獄の鬼畜ゲークリア耐久
配信者・壁王(男性) 顔出し配信
同時視聴者205人
『うひょ~~!クソゲー!クソゲー!マジクソゲー! やってられっか!はいっ、やりまーすっ!』
『うわ~~! 超ムズい!けど面白いっ~!! あ、負けた!はいクソゲー!』
『おっしゃ!ボス倒した!! ザマァ見ろ!ザコが! え…?第二形態? ちょ、聞いてなっ!!おわぁぁ~~!クソゲーが~~!』
騒がしい男がこれでもか!というくらい喚きながらバトルゲームをプレイしてる、敵にやられボスにやられ、その度にクソゲーと連呼しつつゲームを楽しむ様は笑いを誘う。
『このゲームはアレだな!小さい子にオススメだな! 人生は甘くないって事を教えてくれるぞ!』
『俺様の華麗なプレイを見てな皆ぁ! あっ、また負けた! やってられっか!やっぱやりま~すっ!』
とにかく騒がしくて耳が休まる暇がない、たたみ掛けるような声で面白い事を言いつつプレイしていくスタイルは真似するのが難しいだろう。立派な個性だ。
しかし笑わせる部分が勢い頼りになってて、ネタ自体は普通かそれ以下だ。それでも余りある騒がしい面白さは見習いたいと灰川は感じた。
皆で面白雑談にゃん♪
Vtuber・耳可愛 ニャン子(女性)
同時視聴者520人
『みんな忙しい中来てくれてありがとうにゃん♪ え?ニートだから忙しくない?それもそうだにゃん♪』
『あ、初見さん登録ありがとうにゃん♪ これでモッシさんもニャン子のご主人様にゃんっ♪』
『ニャン子この前面白い漫画見たにゃん、ギャラリー・ベルっていう漫画なんだけど、みんな知ってるかにゃん?』
語尾に「にゃん」と付けて喋る猫耳美少女Vtuberだ、安易なキャラ付けと言われるかも知れないが、安易だからこそ効果が高い。ニャン子というVtuberのキャラにも合っている。
『そういえば最近は深夜の配信に来てくれる人が減ってるにゃん…、みんなもっと来て欲しいにゃん…』
コメント;行く行く!絶対行く!
コメント;SNSでもっと広めるよ!
コメント;ニャン子!友達3人にお勧めしといたよ!
『みんなありがとうにゃん♪ もっと配信するから、みんな友達連れて見に来るにゃん♪』
雑談枠という名の宣伝要求配信だ、しかしここに来てるファン達は満足して楽しんでる。これがこのVtuberの特色なのだろう。
アクが強いが、それ故にハマる人はハマる、一見すると安易に聞こえる語尾なんかもだんだんとクセになるような感じがしてくる。
とにかく持てる味を全部出してストレート勝負をしてるようなVtuberだ、単純なキャラだからこそ強い、そんな感想が出て来る配信だった。
「色んな奴が居るなぁ、俺って個性が薄いのか」
どんどん見ていくと、今の灰川には普段より興味を引かれる配信があった。
怪談配信するぞ!
Vtuber・ホルス(男性)
同時視聴者78人
『そんでさ、そこの旅館は何か変だって思ったわけよ』
『風呂も料理もスゴイ良いけど、なんか寒いってか、不気味ってか』
軽めの語り口の怪談配信だ、こういった配信にしては人が居る方だと思う。怪談というのは配信ではなく動画としてアップされる事が多いから、素人の怪談配信は珍しい。
『っていう感じで終わりなんだけど、みんなどう思う? 旅館の思い出とか怖かった体験あったらコメントに書き込んでくれよな!』
『怖い話はまだまだあるんだけど、ちょっと休憩だな。少し笑い話でもしようかね』
怪談が終わり雑談を交えながら視聴者のコメントを読み上げる、どうやら重くなりがちな怪談配信を軽いノリで進めて行くタイプの配信のようだ。
きっと怪談が好きなのだろう、若いのに今どき怪談を披露するなんて好きじゃ無ければ出来ない事だ。視聴者のウケも良い。
どうやらこの配信者はホストを職業にしてるらしく、怪談が好きすぎて客から怪談のネタを仕入れてるらしい。色んな奴が居るものだ。
旅館の押し入れ
Aさんが一人旅をした時の小さな旅館で体験した話だそうで、非常に怖かった体験との事だ。
その旅館は温泉も料理も良く、部屋だって大きくて満足のいく部屋だったそうだ。この時は旅行シーズンで客が多く、滑り込みで入ったのに有難い事だと思ったらしい。
けれども何故か落ち着かない、寒いような不気味なような感じがする。気のせいだと思う事にして布団に入ったそうだが、電気を消して少しすると金縛りに遭ってしまった。
体を動かそうとするが動かない、目は動くのが余計に怖い。少しの辛抱だと自分に言い聞かせて耐えるが、視界の端の押し入れから強い気配を感じた。
怖い…何か居る、そんな感覚から押し入れをじっと見てしまう、すると…。
突然に押し入れがガラリと開き中から血だらけの女が「ぁぁあぁあぁああぁあ!」と絞り出すような声を上げ、バタバタバタッ!と走り出てきてAさんに向かってくる!それを見た瞬間にAさんは意識が完全に飛んでしまった。
あまりの瞬間的な恐怖で気絶したのだ、気が付くと朝でAさんは急いで旅館を出ようと支度を始めたそうだ。
昨日の事は夢だった、あんな事が現実にある訳が無い、そう考えながら荷物を纏めてるとスマートフォンが無い事に気が付いた。
どこにあるのかバッグや服をさがしてると……押し入れの中からアラーム音が聞こえてくる。
押し入れなんかに置いてない、あんな夢を見た後だから怖い、かと言って調べ無い訳にも行かない……Aさんは意を決して押し入れを開けると、下の段の床の奥にスマートフォンが落ちていた。
きっと何かの間違いで落としてしまったんだ、自分を無理やり納得させながら拾おうと、押し入れの中に身を乗り出すと……耳元のすぐそばで…。
「ぁぁあぁあぁああぁあ!!」
そこから先は思い出せないそうだ、気が付いたら旅館の外でチェックアウトを済ませた後で、無事に旅行も終わり、今に至ってるらしい。
Vtuberのホルスの話はホストクラブの客から聞いた話のようで、話の内容はビックリ系の怪談だ。
軽い語り口ながら早い話し方で、聞き漏らさずに聞こうと集中してると叫び声の部分で驚いて怖さが増すというタイプ。
「けっこう面白かったなぁ、やっぱ怪談は良いよな~、コイツは伸びてほしいぞ~」
楽しませて貰ったお礼にチャンネル登録すると、配信主のホルスから「登録ありがと!グライダー刺身さん!」と言われた。
今使ってるアカウントは視聴専用のアカウントで配信には使ってない、こっちのアカウントでもエリス達のフォローはしてる。
そこからも色んな配信を見て楽しみつつ喋りを学んだりしていき、午後になってバイトに行く時間になった。
灰川がハッピーリレーの事務所に到着したのは午後の2時頃、事務所の中に入って今日の仕事の確認をする。
社長に話し掛けられて先日の礼を言われたり、シャイニングゲートと上手くやっていけそうだという事を聞かされた後に木島が来て今日の仕事内容を説明してもらった。
「今日は配信者の皆さんにホラー配信に関する心霊的な注意事項や、守った方が良い事項などを講義してもらいたいのですが…急な話ですみません」
ハッピーリレーに所属する配信者はエリスやミナミだけではない、他にも多数の配信者やVtuberが在籍してる。
配信者では田中俊介という男性配信者が登録者7万人、グループyour-tuberではロック・バウというパリピ系グループtuberが登録者10万人、Vtuberではリアン・イシジマという女性Vtuberが登録者17万人と、その他にも色々な配信者たちが在籍してるのだ。
来週のホラー配信でのテコ入れは多数の配信者が参加する、その人たちにオカルトに関する注意事項を講義しろとの事だ。
「いえ、それはバイトの採用の時に聞かされてたので準備はしてました、上手く話せるかは保証できませんが」
「ありがとうございます、では後でホールに来てください。灰川さんから預かった講義資料なども配信者の皆さんにお渡ししてありますので」
これに関しては灰川も事前に用意しておいた、資料も仕事時間中に作ってあるし問題はない。
木島は別の仕事があるので同席出来ないから、講義は灰川に完全に任せきりになる。これも少し不安だ。
「もし配信者たちが真面目に講義を聞かなくて、何かがあったりしたら責任は持てないですよ。それに講義するのは初めてなので、ちゃんと伝わらずにトラブルが起きた時とかも…」
「分かっています、そういった面の責任の所在はハッピーリレーにありますので、心配なさらず講義をしてくれると助かります」
オカルトというのは好き嫌いや興味の有る無しが割とハッキリ分かれるジャンルだ、真面目に話を聞かない受講者も居るかも知れない。
そもそもが配信の世界でそれなりの成功を収めてる若者が、誰かの指図を受けるのを嫌ってたり、オカルトなどバカにして最初から聞く気が無い奴も居るかも知れないのだ。
承認欲求や自己顕示欲を満たした物が陥る穴、増長と呼ばれる精神状態、簡単に言えば調子に乗ってる者がネットには多い。
増長して調子に乗ってる者が行きつく場所は大概は上ではなく下だ、そういう輩が受講者じゃない事を願うばかりだ。




