172話 プロデューサーの正体
灰川と竜胆れもんは富川プロデューサーに連れられてOBTテレビ局内を歩き、扉の上に撮影中の文字が浮かんでるスタジオの横にある副調整室という所に入った。
「よう佐古田D、ハコ撮り順調? マスタールームうるさいっしょ?」
「お疲れさまです富川プロデューサー、いや~、全然ですよ。あ、OBTテレビディレクターの佐古田と言います」
「初めまして、灰川です。お世話に預かるかも知れないので、お見知りおきお願いいたします」
「初めまして、シャイニング…」
「すいませんっ、こっちの子は事務所から名前出しNGが出てますんで!」
れもんが普通に名乗りそうになってしまうが、咄嗟に灰川が止めて事なきを得る。
竜胆れもんは顔出しをしておらず、誰彼構わず名乗る訳にいかないという事情があるため、会社から『見学の際も名前出しNG』というお触れが出てる。
Vtuberがメディアに出る際に厄介になるのが本人の秘匿性で、芸能人と違って実際の顔を迂闊に晒せないし、自己紹介すら生身では出来ない場合があるのは正直痛い。
これでは失礼な奴とか、お高く留まってる奴とか思われかねず、何かしらの対策が必要だろう。事情が分かってたとしても納得してくれる人ばかりじゃないし、関係者に悪印象を持たれる可能性がある。
「あ~、なるほど、分かりました。話は聞いてますんで、気軽に見てって下さい」
「ありがとうございます、勉強させて頂きます」
「ありがとうございます!」
ここは撮影スタジオではなく副調整室という部屋で、撮影を行うスタジオに必ず付属する部屋だ。ここで撮影されて作られた映像が主調整室に回るらしく、副調整室にはディレクター等の撮影スタッフが居たりする。
ディレクター以外にも何名かのスタッフが居て全員に挨拶して回る。れもんも名前は名乗れないが、何かの事情があるんだろうと汲んで理解してくれた。
灰川は挨拶を大事だと教わっており、特に花田社長から『関係者への挨拶は相手が格上だろうが格下だろうが、入って1日目の新人スタッフだろうが必ず自分から挨拶しなさい』と言われてる。
まだ社名などは名乗ってないが、今度来た時に『前に来た態度悪い奴じゃん』とか思われないようにするための策でもある。
メディア業界では悪い噂は想像以上にあっという間に広がるが、挨拶がちゃんとしてると少しはマシになるなんて話も聞かされた。そして灰川は悪い噂があっという間に広がる理由を思い知ることになる。
「あっ、画面に映ってるの、アコーズレコード事務所のfiveⅡっすよ。学校でも話題になってました」
「へ~、人気あるんだ。イケメンが揃ってるって感じだなぁ、20歳前後くらいかね?」
「たぶんそんな感じっす、自分もあんまり詳しくないから分かんないすけど」
人気で売り出し中の男性アイドルグループが番組出演者の中にいる様で、他にもテレビで見た事のある芸能人が何人か出てる。
撮影中の番組はファミリー向けのクイズ番組らしく、女優とかお笑い芸人とかタレントとかが揃っていた。
「fiveⅡどう? 佐古田Dなら使えそう?」
「駄目ですね、典型的な調子乗ってる連中って感じですよ。言うこと聞かないし番組脚本はシカトだし」
「やっぱり噂通りだったか、アイツらファンの女の子も食ってるらしくてよ、週刊誌に今度スクープが載るってよ」
「あ~聞きましたよエグい話、この番組も多分お蔵入りになるからテキトー撮りっすよ。アイツらの事務所から押されて出したけど、スッパ抜きがなくてももう呼ばなかったでしょうね」
「「!!?」」
富川Pと佐古田Dが灰川とれもんが居るにもかかわらずゴシップネタを話し始め、その内容に驚いてしまう。
「あっ、すいません! 灰川さんとUさんが居るのに、いつもの癖で変な話しちゃったよ…」
「す、すいません! 変な話しちゃって!今のは嘘ですから!オフレコでお願いします!」
「い、いえ、他言はしませんので、普段通りにして頂いて大丈夫です」
「じ、自分もぜんぜん大丈夫ですんでっ、き、気にせずお話してくださいっ」
内心では浮足立つが、芸能界に進出するからには未成年だろうが成人だろうが、この手の話には慣れておかなければならないだろう。れもんをUさんと呼んだのは、unknownのイニシャルを使っただけの呼び方だ。
むしろこういう部分がある世界だと事前に実感できたのは良かったかもしれない、覚悟する準備期間を与えられたようなものだ。
どうやらこんな話が当たり前らしく、灰川とれもんが『気にせず、普段通り』なんて言って業界人と勘違いされたのか、そのまま会話が続いてしまう。富川Pの『慣れておきなさい』という気遣いかもしれない。
まるで出しっぱなしの水道のように聞いてはいけない話が流れていく、投資に失敗したけど人徳と立ち回りで助けられる気配が濃厚なベテラン女優、売れて来た若手芸人が反社会的勢力と関係を持った話、歌手の不倫騒動が近々に出るとか。
「「………」」
もう次から次へとヤバイ話がやり取りされて、噂というのがどれ程早く広まるのかを目の当たりにしたような気になった。
その後はすぐに次のスタジオに移って見学は続くが、ある意味ではスキャンダルの広まりは当然なんだとも感じる。
ディレクターやプロデューサーは芸能人を番組や企画などに起用する立場であり、嫌な噂が付いて回る人を使って痛い目を見たくないのだ。佐古田Dも番組がお蔵入りになると言ってたが、それを避けるためにも情報は必要だという事なのだろう。
芸能人たちからしてもスキャンダルがある者と付き合いがあったら飛び火する事もあるから、それを避けるためにも広がるのは早そうな印象を受ける。雑誌社などにもリークしてもらえる伝手があるように聞こえる。
その後は打ち合わせに使ってた部屋に戻って来て、そのまま話し込む。
「灰川さん、竜胆さん、どうでしたか?」
「はい、勉強になりました!」
「ありがとうございました富川プロデューサー、貴重な勉強になったと思います」
幾つかの番組収録を見て色々な事を知れたし、富川プロデューサーは業界の雰囲気を伝えるために現場の人達と様々なやり取りをしてくれてた。
醜聞話だけでなく、若手芸人の○○は面白みは薄いけど現場の雰囲気を壊さないとか、歌手の○○は礼儀が良くて性格も良いとか、嫌な話と同じくらいの速度で良い噂も広がるみたいだ。
れもんは主に番組収録の現場を見て撮影の雰囲気ややり方を見てたが、灰川は現場の人間の会話や内容にも耳を向けていた。
そこで感じたのは『人気が出ても油断は出来ない』『悪印象を持たれたら長く使ってもらえない』という事だった。人気が出ても態度が悪かったら、業界人から『金にならない』と思われた時点で捨てられる。
もちろんそれは態度が良くたって起こり得るから、業界人は撮影側や出演側に関わらず大きな後ろ盾や有力な繋がりを求める傾向があるとも感じる。立ち回りも人脈も重要になって来そうだ。
「私は番組撮影にはあまり顔を出せませんが、番組ディレクターには灰川さんや出演者、特に2社の方々に失礼の無いよう強く言っておきますので」
「ありがとうございます、打ち合わせやリハーサルもあると思いますので、演者を落ち込ませるような事は控えて頂けると助かります」
「あの方達と繋がってる灰川さんですから、局長レベルの人達から現場はお達しが来ると思いますよ。何かあったら即言って下さい」
強い後ろ盾がある灰川には下手なことは言えないし、2社の出演者に下手な人間は付けさせられない。
パワハラ癖がある人やセクハラする人なんかも中には居るだろうし、そもそもネットの活動者に強い偏見がある者だって居るのは知ってる。
女と見ればすぐに手を出すような輩だって居るし、高校生だろうが中学生だろうがお構いなしに近寄ってくる者も関係者、出演者問わず居るだろう。そんなのと仲良くなったら、どんな噂が流れるか分かったもんじゃない。
所属者を守りつつ仕事を得るのが事務所の仕事なのだから、その辺りはちゃんと話し合わないと彼女たちの今後に関わる。
「じゃあ今日の本題に入らせてもらいますね」
「え?」
「えっ? 竜胆れもんがマイク切り忘れで謝罪が本題の筈じゃ…何かありましたっけ?」
今日の目的は謝罪だったのだが、それは解決した筈だ。蒸し返されて何か言われるのかと身構えてしまうが。
「はははっ、灰川さんも来見野さんもご冗談が上手ですね、隠さなくても大丈夫です。もうそろそろ腹の探り合いは止めましょう」
「え…? あれ…? れもん、来見野って名乗ったか?」
「いや、名乗ってないっす! でもプロデューサーさんなら何かしらで知ってても変ってことは~…」
れもんは本名を名乗ってないが、テレビ局に入る以上は個人情報は渡してるのは分かる。灰川だって住所とか電話番号とか伝えてるし、防犯などの観点からしても普通のことだ。
しかしそれらの個人情報は厳重に管理されるらしく、ごくごく一部の者しか目を通さない。もちろんプロデューサーであっても見れる情報は非常に限られる。
「改めて自己紹介しましょうか、会うのは今日が初めてですが噂は聞いてますし、以前は灰川さんに命を助けられましたよ」
「え? いや、覚えがないんですが…?」
「自分はOBTテレビの職員ですが、同時に国家超常対処局の局員でもあります。特化部門はメディア・ネットワーク情報操作部門、サイトウと言えば少しは思い出して頂けるでしょうか?」
「っっ!! ええっ!? さ、サイトウさんっ!?」
「第3小学校の時に助けて頂いた時はマスクをしてましたからね、しかも気絶してましたし」
国家超常対処局はタナカが属する国の秘密機関で、危険な怪奇現象に対して事態解決や情報の封じ込めなどをしてる。
サイトウはタナカが怪人Nの事件の際に部隊に隊員として組み込まれてた人物で、助けられた恩から灰川にVtuber用のPCをくれた人だ。そのPCは電気代の事情があって使用できない。
PCに詳しい事くらいしか知らなかったが、まさか40歳くらいのテレビ局員だったとは思わなかった。というか本業がどっちなのか分からない。
「え?え? 灰川さん、国家ちょーじょーナントカって何っすか?」
「来見野さん、もう演技をされなくて良いですよ。灰川さんも胡桃名家の末裔の子まで連れて来てくれるとは、心強い限りです」
なにか話が変だ、何かが食い違ってる。
「あの…私は富川プロデューサーが、国家超常対処局のサイトウさんだったと知らなかったんですが…?」
「え? いやいや、以前に自由鷹ナツハさんと来られた時に気付いて、今日は理由を付けて胡桃名家の方も連れて来て下さったんですよね?」
「い、いや…違います。しかも竜胆れもんは国家超常対処局の存在も知りませんでしたし」
「え? いや、だって…」
どうやら富川プロデューサーことサイトウは、テレビマンとして過ごした期間が長くて性格や考え方に影響が出てるようだ。
早とちりする性格が強いようで、そのせいか今回の事を変な形で勘違いしてしまったらしい。
テレビ業界とオカルト界隈に共通する『身内以外には過剰なまでの秘密主義』という悪い側面が相乗効果となり、早とちりを加速させてしまったような気もする。
「竜胆れもんは霊能力はあっても、霊能活動やお祓い等は出来ません。胡桃名家も今は無くなり、来見野という苗字になってます…」
「え…じゃあ全部が勘違いってことですか…? そりゃ自分がプロデューサーに着いたのも、国家超常対処局の差し金あっての事でしたが…でもnew Age stardomは灰川さんの後ろ盾の力があってこその…、胡桃名家の子孫の子は灰川さんが…」
「あ、あのっ、自分は家が霊能者の家系だって最近知りましたっ」
国家機関と大手テレビ局の2足の草鞋を履くという事は、双方のやり方や考え方に強く影響されるという事に繋がる。かなり混乱気味だが、だんだんと話が見えて来る。
どちらも何事にも手回しをして動き、時によっては手回しのための手回しなんて事もある。様々な事を思い通り、予定通りに失敗なく動かそうとすると自然とそうなるのだろう。
その結果として偶然を偶然として捉える事が出来なくなり、何事にも人の意思が介在してると思い込むようになってしまったのだ。
富川プロデューサーにとって今日に灰川と来見野来苑が来局したのは偶然ではなく、忙しくて今日しか開いて無かったから灰川が適当な理由を付けて、来見野来苑と共に国家超常対処局の仕事を手伝いに来てくれたという脳内処理になってた。
つまり富川ことサイトウにとって2人は『シャイニングゲートという仕事相手』ではなく『霊能力者の協力者』という目で見えてたという訳だ。
番組収録を見せたのはテレビ局のプロデューサーでもあるから、そっちの仕事だったというだけだ。
「サイトウさん…国家超常対処局の事を知った竜胆れもんに何かするとかは無いですよね…?」
「し、しませんよ! 誰かに話しても信じてもらえないから秘密機関なんですから、もし言ったとしても何言ってるんだ?としか思われませんし」
「あと四楓院さんは国家超常対処局と繋がりがあるんですか…?」
「すいません、局外の関係者の事は絶対に言えない決まりになってるものでして…ただ、局を知る人は非常に少ないとは言っておきます」
この会話は来苑に聞こえないよう話して、存在を知ったとて国民に何かをするような機関では無い事を明言された。しかし存在を吹聴してバカ扱いされても、それは知った事ではないとも言われた。
新番組は四楓院家の力が大きく関わって企画が決まったようで、そのプロデューサーには国家超常対処局の局員でもある富川Pが局の力もあったのか入り込めたと予測する。四楓院家でも国家超常対処局の存在は知らないのかもしれない。
それが偶然や勘違いと行き違いが組み合わさって、今のような複雑怪奇な事になってしまってる。しかしこんな行き違いは生きてればよくある事で、大なり小なり多くの人が経験してる。
「あ~…れもん、この話は内密にな?」
「分かりました、灰川さんのオカルト関係の繋がりって事ですもんね、国家超常対処局のサイトウさん…富川プロデューサーさんって呼んだ方が良いですか?」
「あはは…今は富川プロデューサーで良いですよ、本当にすいません」
来苑に国家超常対処局のことを口外しないよう釘を刺すが、もし口が滑っても話を信じる人は居ないだろう。しかし先日に7人ミサキの被害に遭った来苑は事情が違う。
「オカルトの話はれもんも居るので、またの機会という事で~…」
「その事なんですけど灰川さん、ちょっとだけ聞いて欲しい事があるっす」
突然にれもんが割って入り、オカルト関係の事は国家超常対処局が絡む事は話せないと言おうとしたのだが。
「OBTテレビって、建物の西側から凄い嫌な感じがするんですけど、それの話なんですか?」
来苑は霊能力が有り、それでいて優れた感知力がある。前も灰川が気付かなかった異変に気付いてた事があったし、今までだって口に出して無かっただけで妙な感じがする事は色々とあったのだ。
「竜胆さんは感知力が相当に高いようですね、その通りです」
「マジですか…」
灰川は感知力が低い上に、普段は霊能力を使ってものを見ないようにしてあり、霊能力に振り回されない生き方をするための修練も積んできたため、怪現象があっても多少の事なら気付かない。
「西から妙なモノを感知したという事なので、注意喚起のためにもお話しておきます。絶対にその場所に所属者の皆さんを近づかせないで下さい」
「何かあるんですか? もし良かったら祓って来ますけど」
「灰川さんでも簡単には祓えないでしょう、それは地獄顕現型空間ですから」
「うっ…確かにそれは…」
「灰川さんは最近になって噂が出回るようになった、0番スタジオという都市伝説は知ってますか?」
0番スタジオとはタナカが話してた噂話だったが、どうやら噂は本当のようで灰川や関係者が巻き込まれないよう話してくれた。
来苑についても感知してしまった以上は危険性を知らないと危ないという事になり、灰川とサイトウの判断でそのまま同席してもらう事にする。
「まず自分はテレビ局にADとして入局してから、しばらくして国家超常対処局にも入局したんですが、0番スタジオはテレビ局に入った当初から存在してました」
富川プロデューサー改めサイトウは、OBTテレビのごく一部の者だけが知る話をし始める。
それはテレビ業界という華やかさの裏に隠された影の部分、成功して誰もが羨むスターになる者達が居る世界の裏の話にまつわるものだった。
地獄、極楽、ヘヴン、インフェルノ、アースガルズのヴァルハラ、ヘルヘイム、そのような死後の世界があるかどうかは分からない。
しかし時にオカルト的な意味での“地獄”としか言いようの無い場所、怒りと苦しみなどのマイナスの念しかない場所が、この世に現れてしまう事がある。
それを地獄顕現型空間と一部の霊能者は呼んでいた。




