15話 心霊体験の予後 1
シャイニングゲート、約100名の女性Vtuberを有する会社で、今や業界ナンバー1の呼び声が高い企業。
Vtuberの面白さはもちろん、企画の良さに3Dモデルの可愛さ、大人から子供まで安心して楽しめる健全スタイル、熱心かつ幅広いファン層を持つ。
最近では女子小学生が将来なりたい職業に『シャイニングゲートのVtuber』がランクインしたと話題になった、一企業の契約職員になりたいという事項がこんなに書かれる事は初だったらしい。その副産物として子供の親などもファンになった人が増えたとか。
ゲームや各種の配信、3Dライブ、企業案件、コラボ商品、その他何をやらせても大成功して名前を上げ続けてる会社、Vtuber企業の王とも言える会社だ。
コンビニに入れば何かしらのコラボ商品がある、街を歩けば街頭モニターにCMか宣伝が流れてる、飲食店に入って耳を澄ませれば誰かが話題に上げて会話してる、今や国内で知らない人の方が少ない配信企業だ。
ハッピーリレーと比べると総合での売り上げは10倍?20倍?それ程の違いがある会社、名前も風格も完全に上位の企業……そんな所の社長とトップ配信者が灰川を名指してハッピーリレーに来社した。
灰川は一も二もなくハッピーリレー事務所に呼び出された、断る事など出来ない雰囲気だったのだ。
事務所からはタクシーを使っても良いから来いと言われたが、電車はまだ動いてる時間であり、持ち合わせがないから電車に乗って渋谷に向かう。
本日2度目のハッピーリレーの事務所に着いたのは夜の9時前になり、ロビーに入るとまだ勤務していた受付案内の佐藤さんが緊張した面持ちで応接室まで案内してくれた。
「失礼します」
「灰川さん、やっと来た!」
「お疲れ様です、灰川さん」
応接室に入るとハッピーリレー社長、シャイニングゲートの社長と思われる男性と容姿の整った少女、恐らくはVtuber界ナンバー1の自由鷹ナツハだ。5階で配信を終えたエリスとミナミも居て挨拶してくれた。他にも給仕の中里さんもお茶を汲んでて意外と人が多い。
「来てくれたか灰川君、疲れてる所悪かったね。掛けてくれるかな?」
「はい社長…」
応接室の中には静かで重い空気が漂ってる、何があったのか、何で呼び出されたか分からないが……こういう時は大体は何か悪い事が起こった時だ。
「灰川君、こちらは配信企業シャイニングゲートの社長の渡辺 信二社長、こちらの方はシャイニングゲートのVtuberの自由鷹 ナツハさんだ」
「よろしくお願いいたします、灰川と言います」
「よろしくお願いします、渡辺です」
渡辺社長と挨拶を交わす。40代くらいの真面目そうで真摯な人物に見える、清潔感があり出来る男という出で立ちだ。
「初めまして、灰川です」
「……どうも…」
自由鷹ナツハと紹介された人物は18才くらいだろうか、エリスやミナミ達と比べて少し大人びてる印象を持った。
綺麗なセミロングの黒髪に目鼻立ちの整ったルックス、身長も低くは無さそうで男性の灰川と同じか少し低いくらいに見える。スレンダーで細い印象のモデル体型といった感じがする。
美少女から美女になりかけの少女といった感じだ、こんな整った容姿の人がトップVtuberだなんて、不公平だと感じてしまう。今は暗い雰囲気が出て近寄りがたいが、普段はとても美人な事が伺える。このまま俳優にだってなれそうだ。
だがエリスとミナミという前例を見てるから衝撃度は低い、美人や可愛い女の子はVtuberになった方が良いんじゃないか?
「え、エリスとミナミも座った方が良いんじゃないか? 配信終わって疲れてるだろ? はは…」
「わ、私はそろそろ帰ろっかなーなんて」
「灰川さんが居ろと言うなら…」
二人は重い空気が流れる応接室から逃げるタイミングを伺ってたようだ、社長が応接室に挨拶がてら二人を呼んだのだろうが、思ったよりも暗い空気が流れて参ってるみたいだ。
重い空気の原因は自由鷹ナツハだ、さっきから俯いて心ここにあらずと言った出で立ちだ。不安と緊張が誰が見ても見て取れる。
「それで渡辺社長、自由鷹さん、灰川君も来たのでそろそろ要件を…」
「すいませんっしたぁ~!!」
「「!!?」」
要件の話に入ろうと思ったら灰川がいきなり大声で謝罪して土下座を始める、突然の行動に室内に居た全員が灰川に目を向けた。
「俺がネット掲示板に書いた、シャイニングゲートのCGモデルってクオリティ低くねぇか?って書いたのバレたんすよねっ!? すいやせんしたっ!もう愛媛リンゴちゃんのCGモデルにケチ付けないから許してくださいよぉ!」
「「…………」」
いきなりの謝罪に全員が呆気に取られてるが、灰川としては呼び出される理由はこれくらいしか考えられなかった。とはいえ流石にナツハの様子を見れば少し勘づいてしまった感じはある、今のは灰川なりの場を和ませるジョークのつもりだった。
「ふふっ、愛媛リンゴちゃんのCGモデルは出来が悪いってネットで話題になったの、シャイニングゲートの皆も知ってるから大丈夫ですよ」
やっと自由鷹ナツハの表情に明るみが差した、ここに来て初めて喋ってくれたのだった。
「そ、そうなんすかっ? じゃあ殺し屋さし向けたり自宅を爆破とかはされないんすねっ?」
「灰川さんっ、Vtuber事務所にどんなイメージ持ってんのっ!? それ配信企業っていうよりマフィアかギャングだよ!?」
「どっちも似たようなもんだろ、金を巻き上げてるとことか似てるし」
「超風評被害だ!」
エリスが適度に突っ込んでくれて場の空気が和らぐ、どうにかまともに話が出来る環境が整ったのだった。
その後は本題に入る前に自己紹介をやり直した、さっきは空気が重くて誰もまともに聞いてる雰囲気ではなかったからだ。
自由鷹ナツハ、視聴登録者は400万人、SNSで呟いた事は即座にトレンドワードに、配信の同時視聴者数は常に10万越え、アイドルVtuberの代名詞、女子の憧れランキング上位、もはや動く伝説みたいな事になってる。
エリスやミナミも凄いVtuberだが、自由鷹ナツハは更に格が上、あらゆる面においてVtuber界隈の頂点に君臨してる。
容姿も良い、このままアイドルか女優にでもなれそうだ。きっと高校か大学ではモテるだろう、天はこの子に二物も三物も与えたようだ。
本来なら明るく礼儀正しいキャラが売りの性格のVtuberだが、今は影を潜めてる。そんな彼女が何故ハッピーリレーに来たのか。
「社長と渡辺社長はお知り合いだったんですか? 同じ業界だから驚きはしませんが」
ミナミが興味本位というか、場に会話の空気を作るために問いかける。こんな時間に格下とはいえライバル会社に訪ねて来るのだから、知ってる仲なのかと思ったら。
「いや、今日が初対面のはず、ですよね?」
「そうですね、緊急を要すると思い急遽訪ねさせて貰いました、皆さんご迷惑をおかけします」
「い、いえ、そんな」
何かしらの対面はあったと思ったが完全初対面、よほどの事が無ければ来はしないだろう。
「あの何故俺なんか訪ねて来られたんですか? 自分は有名人って訳じゃないと思うんですが」
そこが分からなかった、灰川の身の上を知らなければ単なる一般人でしかない。
「実は私の知り合いにハッピーリレーさんの配信者さんの友達が居まして、その人づてにハッピーリレーさんが凄い霊能力者さんを雇ったと聞いて…」
自由鷹ナツハの知り合いの知り合いから灰川というか、ハッピーリレーがオカルト配信のために霊能力者を雇ったと聞いたとの事だ。
「じゃあ霊能力者に用があるんですね、でも天下のシャイニングゲートともなれば、自分以外にも優秀な人を頼れると思うんですが」
灰川自身も灰川家も霊能界隈では別に有名ではない、知ってる人も居るが大体は没落した家という嘲笑の目で見られてる。それだって灰川家を知ってるというだけで凄い博識だ。
「もう何人も頼ったんですけど…解決しなかったんです」
「そうでしたか」
話を聞くと既に色んな人を頼った後だった、ネットを探して見つけた除霊を請け負う人や、心霊系の芸能人の霊能者、他にも除霊をして動画投稿してるYour-tuberなどに頼んだが、全て効果は無かったらしい。
「そもそも何があったんですか? 幽霊か何かの悩みっていうのは予想が付くんですが」
「それもお話しします、実は…」
テレビ局の楽屋
高校3年生ながらに人気vtuberの自由鷹ナツハはテレビに出演するためにテレビ局に訪れていた、既に何度もテレビには出ていて局の内部もある程度は分かり、スタジオや楽屋の位置も把握してる。
その日はテレビの収録も終わりスタッフや共演者に挨拶してから帰ろうと思い、自分に宛がわれた楽屋に戻ろうと思ってた時に誰も、いつも誰も使ってない楽屋のドアが少し開いてたそうだ。
それを見て何故かそこの楽屋部屋に入りたい、自分の楽屋ではないのに中を確かめたいと強く感じた。そう思った時にはドアノブに手が伸びて扉を開き、空き楽屋の中に入ってたらしい。
中は当然ながら誰も居なく荷物なども無い。化粧をするための席や、部屋の中央にはテーブルとイス、別に変な所は無かった。
その時は何も感じなかったどうだが、唐突に『この楽屋で過去にスタッフさんが亡くなってたら怖いな』と思った……そう思った瞬間に自分は何で今そんな事を考えた?と疑問に思い、その瞬間に全身が寒くなり恐怖感が広がった。
楽屋を出なければ、早くここから出なければ、即座に出ようと思った時に鏡に映った自分が見えたそうだ……その自分の顔は満面の笑顔だった。
それから後にスタッフに例の楽屋は何なのか?と聞いたところ、あそこは過去に2人のスタッフが立て続けに事故と心臓発作で亡くなり、怖いからという理由で使われなくなった楽屋とのことだった。
普段は鍵が閉められてるし、もう1年以上も開けられてないと自由鷹ナツハは聞かされた。あの時になぜ部屋に入れたのか、なぜ鍵が開いてたのかは分からないそうだ。
「私はあの時、絶対に笑ってませんっ! 笑顔なんて作れるような状況じゃなかったんです!」
その後も自由鷹ナツハの周りで変な事が頻発するようになった、鏡を見ると笑っても無いのに笑ってる、自宅のマンションの部屋で人の気配がする、他にも……。
「自由鷹さん、もういいです分かりました」
「まだ変な事があるんです! クローゼットの中から音がしたり!ドアが勝手に開いたり!」
「もういいですから落ち着きましょう、自由鷹さん!」
灰川は少々声を大きくして無理矢理に話を止めた、何故なら……その話をしてる自由鷹ナツハの表情が満面の笑みだったからだ。
「異常事態が起こってる事は分かりました、渡辺社長が焦るお気持ちも分かります」
彼女の恐怖感と焦燥感はかなりの物だ、聞けばもう2週間も同じ状況で精神的にも完全に限界に見える。
今まで見てもらった霊能者はお祓いや除霊が終わった後に「もう大丈夫です」とか言ったらしいが、全く収まる気配がなかった。
5日ほど配信もしておらず、精神的にも限界らしく、ライバル会社でも何でも良いから助けて欲しいとの事だった。
「ハッピーリレーさんの方に頼み事をするのは失礼だと承知しているのですが、見ての通りでして…」
怖いと思ってるのに笑顔を浮かべてしまう、身の回りで怪奇現象が頻発、明らかにおかしい状態だ。
心療内科にも行ったが、疲労と不安から来る精神圧迫症状だと診断され薬も出たが、何も変わってない。
「灰川君の見立てではどうだね?」
「何とも言えませんね、少なくとも呪いの類は掛かってないと思います」
社長が話しかけてきて答える。分からないことだらけだが、今の所は目の前で怪現象が起こる気配はない。
話を聞いた以上、頼られた以上はどうにかしてあげたいと灰川は思う。しかし事はバイト雇用とはいえライバル企業の売れっ子を助けろという内容だ。
灰川が断ってもいずれは解決するだろう、怪奇現象で死に追いやられるというのは稀なのだ。霊能者として雇われてる以上は勝手に利敵行為をする訳にもいかない……それが大人としての正しい考えだが。
「じゃあさっさと解決しますかぁ!」
「「!!」」
元から断る気など無かった、どうせハナからアルバイトの身であり、クビになった所でどうにかなる。ハッピーリレーから賠償金とか請求されても、その時はその時だ。
灰川は物事を疑がって深く考えるタイプではあるが、結局は短絡的な一族の生まれであり、彼もその一人である。
「渡辺社長、自由鷹ナツハさん、上手くいったらこれから仲良くして行きましょう」
「はい、ハッピーリレーさんとは仲良くやっていきたいと考えてますよ」
灰川の突然の依頼の受諾に社長同士がビジネスのやり取りをしてる、普通なら先に社長にお伺いを立てたりするものだが、ダメだと言われてしまった場合が厄介になってしまうから敢えて伺いを立てなかった。深いようで短絡的な考えである。
社長が少し恨めしそうな顔を灰川に向けてるが、社長の面目を潰すとまでは行ってないから大丈夫だろう。
「灰川さん、やるんだね! なっつんのこと助けてあげて!」
「また人助けをするなんて、流石です灰川さんっ」
「まぁな! 俺さすがだよな!」
いい気になった灰川は調子の乗った感じで笑う、彼は褒められたり持ち上げられたりするのに弱い。
エリスとミナミも喜んでるようで、思わず自由鷹ナツの事をファン愛称の『なっつん』と呼んでしまってた。
「よろしくお願いしますっ、もう限界なんですっ」
自由鷹も灰川に感謝する、本当に追い込まれた人間は藁にも縋るというが、彼女は敵に縋るほどにまで追い込まれていた。
何人かの霊媒師が除霊したが効果なし、彼らがインチキだったのかどうかは分からないが、インチキ霊能者が多いのは事実だ。霊能者を名乗るのに資格は要らない、ただ『自分は霊能者です』と言えばいい。それだけで誰でも霊能者を名乗れる。
今の時代は祈祷師や拝み屋が見られなくなったが、代わりにネットで霊能者を名乗る者が増えている。彼らの中にもニセ者や売名だけが目的の嘘つきも居るかも知れない。
そうでなくとも霊能力には相性みたいな物があると灰川は思ってる、男の霊は見えるけど女の霊は見えないとか、未練を残して死んだ幽霊は祓えるけど、怨念を残してる霊は無理など、そう言った感じだ。
自由鷹ナツハは運悪くそういったインチキか、相性の悪い霊能者を頼ってしまったのかもしれない。
「ナツハさん、灰川さんが解決するって言ったから、もう大丈夫だよっ!」
「大船に乗ったつもりでいて下さい、ナツハ先輩。灰川さんは凄い人なんです」
「ありがとうエリスちゃん、ミナミちゃん、二人の配信も見させて貰ってるよ、可愛くて面白いなって思ってたの」
場に明るい空気が流れ、Vtuber同士の交流が始まり、灰川は準備をするために一旦席を外した。




