146話 シャイニングゲートのステージ
シャイニングゲート本業事務所の中にあるスタジオには現在、多数のスタッフと自由鷹ナツハ、竜胆れもん、染谷川小路が入ってイベントライブ配信の3Dモーションキャプチャーをしていた。
服装は3人とも黒いピッチリした服を着ており、ステージやオンラインライブに映されてる可愛くてカラフルな衣装とは対照的だ。これはモーションキャプチャスーツという物で、体の動きを3Dモデルに反映させるためのスーツである。
「ナツハ先輩っ、小路ちゃん、灰川さん居るっすよっ」
「本当だね、イベントが成功するように頑張ってくれてるんだ」
「灰川さん居るの~? じゃあちょっとだけイジワルしちゃお~」
グリーンバック背景のステージに立つナツハとれもんが会場映像の中に灰川の姿を見つけ、目の見えない小路にもコッソリ話してイタズラっぽい表情を浮かべる。3人とも中身は高校生であり、ちょっとした面白い事をやってみたい年頃だ。
会場ホールでステージ前係をやってる灰川は、ファンがステージに寄り過ぎないように構える係をしていた。
シャイニングゲートのブースに限らずVフェスは過熱しており、熱に当てられたファン達が過剰な動きをしないよう見張る役目である。
ライブやコンサートが発する熱というのは特別なもので、普段は普通に生活してる人ですら大胆な行動を取らせる事がある質の熱だ。それが元で事故が発生したライブなどゴマンとあるから、注意を払うのは普通である。
「押さないで下さーい! 柵から前は立ち入り禁止でーす!」
3人の登場により盛り上がるホールは、ファン達が少しでも前に行こうとする動きもあって柵にガチャガチャと当たってる。
見張ったり注意したりしながら移動してると、ステージ前スピーカーの手前に来た辺りでナツハ達が何も喋ってない事に灰川が気が付いた。何かあったのかと正面を向いた時に……。
『『『わぁぁーーー!!』』』
「うおぉっっ!!」
黙ってたと思った3人がいきなり大声を出し、灰川の正面にあったスピーカーから大音量で声が突き抜け、驚いてコケそうになってしまった。
ファン達も驚いた様子だったが、普段の配信ではあまり出来ないだろう少しの沈黙からの不意打ち大声に、会場は笑い声だったり驚きの声だったりの反応をして喜んで沸いてる。
「ナッちゃんの大声ビックリした~!」
「れもんの叫びだ! いつもの配信でも叫んでるよな!」
「小路ちゃんの大声、すっげぇ珍しい!」
3人の大声は会場を盛り上げ、モニターの中のナツハとれもんと小路も笑ってる。ホール内はドカンと笑いに包まれた。
ナツハは3Dモデルの鮮やかな金髪を揺らして笑い、れもんは大きな声で満足そうに笑い、小路は銀髪のロングヘアとフワフワの衣装が小刻みに震えるかのように笑ってる。
『あははっ、みんな驚いてくれたかな? スピーカーの前に居たスタッフさんは驚かせすぎちゃったかなっ』
『みんな笑ってるっすね! スピーカー前のスタッフさん、すいませんっす!』
『むふふ~、盛り上がってるみたいだね~、驚いたスタッフさんの感想、聞いてみたいな~』
これを聞いた灰川は「まさか俺を驚かせるために?」なんて思ったりもしたが、ステージに立つ彼女たちは真面目にやってるだろうから、そんな事はしないだろうと思い直す。それにスピーカー前に居て驚いたスタッフは灰川だけじゃない。
「うわぁ! ナツハちゃんに見られてたスタッフ羨ましい!」
「れもんー! 私もすっごい驚いたよー!」
「小路ちゃんの大きい声、めちゃ可愛かった!」
「俺もスピーカー前で3人の大声浴びたかったぞー!」
会場内は3人の楽しそうな声に更に沸き立ち、ネット配信のオンラインライブではコメントも加速してる。特にオンラインではバーチャル空間映像だから、3人の全身での反応が鮮やかで視聴者は満足してた。
会場客5000人、有料ネット配信客5万超の人数の熱量の高いファン達が全力でライブを楽しんでるのだ。
灰川はやっぱりこの3人は別格なんだなと思い知らされる。こんな数のファンを集めてライブを盛り上げ、そこかしこで名前が叫ばれる。その姿はまさしくアイドルと呼ぶに相応しい。
自由鷹ナツハ・視聴者登録数405万人、竜胆れもん・視聴者登録数300万人。染谷川小路・視聴者登録数250万人、この数字は生半可な物ではないのだと実感してしまう。そんな特別とも言える存在に関わって働いてる事が少し怖くもある。
『じゃあ次は歌ライブだぁ! 3人で今日のために練習したよー!』
『れもんちゃんが一番歌が上手いよね、見た目がボーイッシュで元気っ子だから最初は驚いたよ』
『そうなんだよね~、れもんちゃんは歌上手だよ~、ナっちゃん先輩も凄い綺麗な声だしね~』
良い雰囲気を作りつつミュージックライブに進んで行く、竜胆れもんは幼い頃から歌を習っており上手さに定評がある。歌のCDやダウンロード販売も決定しており、プロ顔負けの歌唱力だ。
ナツハと小路もシャイニングゲートに入所してからレッスンは受けてたが、元から才能があったらしく歌えば歌う程に上手くなって人気が上がってる。
「3人とも歌が上手いから楽しみにしてたよーー!」
「CD出たら絶対買うからねー!」
そして歌のライブが始まった。録音ではなく生歌であり、それもシャイニングゲートが人気の配信企業である理由の一つでもある。
3人はスタジオで気合を入れ直して背筋を伸ばす、声が通りやすい体勢を整えて曲が始まった。流石に生演奏とはいかないが、会場スピーカーのおかげで非常に迫力ある音響になっていた。
『まず最初は私の曲だね~、私この曲が大好きなんだ、3人でライブで歌うの楽しみにしてたよ~』
イントロが流れ出し、会場がワァッ!と沸く。最初は小路の曲で次にれもん、次にナツハという順番だ。
どの曲もそれぞれのためにプロに依頼して作詞作曲された曲であり、小路の曲はゆったりとした優しい曲調で、心安らぐ和やかな歌だ。その曲を3人で歌うのだが……。
「押さないで下さい! もっと下がって! ライブのスマホ撮影は禁止です!」
「係員どけよ! 見えにくいだろ!」
「小路ちゃんの歌だ! やっぱり落ち着く声だなー!!」
「ナっちゃんとれもんちゃんの声も良い! 推しは小路ちゃんだけど!」
せっかくの小路の歌が灰川の耳には全く入って無かった、気を抜けば押し切られる!そうとしか思えないほどファンの勢いがあり、フェスという熱に侵された集団の恐ろしさを身を以て感じる。
柵を越えないよう、柵を動かされないよう注意を続けてる内に小路の曲は終わってしまい、灰川はほとんど聞けず仕舞いになってしまった。
「ナっちゃん先輩、動きの誘導、ありがとうだよ~」
「ううん、凄くしっかり歌えてたよ小路ちゃん、私も小路ちゃんみたいな声も練習しよっかな」
「小路ちゃん、困った事があったらすぐに合図してイイんだからね、年下だからって遠慮はナシっす」
「れもんちゃんもありがとう~、一緒にステージに立てたのが、れもんちゃんとナっちゃん先輩で良かったよ~」
小路は目が不自由なため、実はステージに立つ間はナツハとれもんに助けてもらってる。この会話はマイクを抑えてしてるので観客には届いてない。
さり気なく肩や手をタッチして立ち位置の感覚を教えたり、時には手を握って位置の調整を手伝ったりしてる。声や周囲の音だけではしっかりとした調整は難しいから、周囲が小路をサポートしてるのだ。しかし小路はサポートされるだけの存在ではない。
自分の曲でない歌の時は、持ち前の優しく和やかな声で軽いコーラスを入れたり、健常者より敏感な聴覚を用いて声を調整をしてる。時には2人に事前に決めてある合図で『もっと声を上げた方が良い』『もう少し抑えて余韻を長く』などの指示を出して、ナツハとれもんの歌の魅力を底上げする役割がある。
ナツハもれもんも歌のレッスンはしてるし歌唱力は高いが、聴覚の良さと聴力の使い方の応用は小路には遠く及ばない。小路は高い聴覚を活かして2人の歌のサポートをしてるのだ。
「灰川さんを上手く呼べたみたいだから、ライブ進行はBだね」
「はいっ、自分のサプライズの頼みを聞いてくれて、2人とも感謝してます!」
「最初聞いた時はびっくりしたよ~、後から灰川さんに感想聞きたいな~、むふふ~」
実は灰川がステージ前スタッフに割り振られたのは3人が密かに要望を出したからだ、その事を灰川は知らない。
これは昨日のリハーサル後にれもんが提案した事であり、面白そうだと思ったナツハと小路が賛成して実行しようという話になったのだ。
もちろん個人に向けたサプライズをする事は非公開だ、会社にもファン向けサプライズと説明して許可をもらってる。もし表になったらバッシングを受けかねないが、そういうスリルも実は少し興味があったりする。。
これは表になりようが無いサプライズだ、灰川の事など彼女達以外は知らないのだ。バレなければ問題ないし、別にやましい事でもないから大丈夫だろう。
「じゃあ次は自分の歌っすね! 皆さん行くよぉー!」
会場モニターには煌びやかで可愛らしい衣装の3Dモデルが映されてるが、スタジオでは黒いモーションキャプチャスーツという地味で変な格好だ。見た目だけだとロボットアニメの宇宙服みたいな格好である。
そんな格好だが3人の表情は笑顔で溢れてる、ファン達に喜んでもらえるこの時間が好きで好きで堪らない。配信もライブも大好きだ、その曲がらない心こそが本当の才能という物なのかも知れない。
ちなみにスタジオ内にはスタッフを含めて女性しか居ない、モーションキャプチャスーツは体のラインが強く出てしまい、会社と本人達の方針でこの撮影やライブの形式は男性の入室は禁じられてる。
そのためナツハのスレンダーで全体的に細くも健康的な体のラインや、スポーツで引き締まったれもんの形が良く大き過ぎず小さ過ぎない張りのあるヒップの流線、年齢の割に大きめの小路の胸が柔らかに温かみのある動きをする様子などが繰り広げられてる。
もちろん灰川はそんな事は知らないし、考えてもないので忙しく動き回ってるが、もしこの様子を見ていたら少しは琴線に触れる物があったかもしれない。




