獣人の国の女騎士と幼なじみ騎士〜好きな人と一緒にいたくて鍛えたら、強くなりすぎちゃった……みたいです~
「おい、ネリエ! 騎士やめろっ!!」
まただ。幼なじみの騎士ルヴェルが今日も吠えてくる。
「絶対にやめないよ。だって、――――とにかくやめない!!」
狼獣人国ラガリアーナ。獣人は種族ごとに国を構えている。
ここは狼獣人の国で、王城を守護する第二騎士団の集う兵舎。
私は、第二騎士団に彼ルヴェルとともに入った女騎士ネリエ。ルヴェルは黒い被毛、ツンツンとした少し硬い毛が特徴的だ。対照的に私は白い被毛、柔らかな長い毛の持ち主。
「そもそも何があって、そんな事言うわけ? むしろ私、あなたの事守ってあげなかった? あの時、私が前に出なかったら魔獣達の的になっていたでしょう?」
獣人の国どうし、仲がよいところもあるが、悪いところもある。その中でちょくちょく嫌がらせをしてくるのが猿獣人の国。何かと争いを起こそうとするし、あいつらが手なづけた魔獣を仕掛けてきたりする。今日も魔獣の群れに対応するために第二騎士団は出撃したのだ。
「あれは、その。ありがとう。だけど、オレは頼んでなんかないし、あのあと思いっきりオレを踏んづけて飛んだだろ!」
確かに彼の頬に靴の跡がついていた。
「あら、大きな蚊にかまれたみたいね。薬でももらってきたら?」
「ちげーよ!! ネリが踏んづけたっていってるだろ」
「ちょっと、もうお互い騎士なんだからネリとか呼ばないでよ。ヴェル!!」
「お前こそっ!」
いつもこんな感じだ。本当は喧嘩なんてしたくない。仲良くしたいし、ネリって呼んでくれるのだって嬉しい。だけど、素直に言えないのは彼がどうして騎士になったかを知ってるからだ。
「ナカナル姫を守る騎士になるんだ」
ラガリアーナの姫、ナカナル様。稀代の回復魔法の使い手で苦しんでいる民のためならと国中を癒やしてまわる素晴らしい人。
彼の両親もある病にかかった時、彼女の魔法によって救われた。
私にはそんな力はない。
ルヴェルはきっと騎士になって、いつか姫を守る事が出来るだろう。もしかして、そこで恋が芽生えるかもしれない。
そんなの嫌だ。そう思った私は、毎日特訓をして――。
立派な女騎士になったのだ。彼と姫が出会わないようにするために。
――――、あぁ、駄目だ。今日も喧嘩しか出来なかった。
耳も尻尾も垂れ下がっている。騎士としてかなり情けない姿だ。
気がつけば鍛えすぎて私は彼よりも強くなってしまった。これじゃあ、彼に守ると言ってもらえない。せっかくこんなに近くにいることが出来るのに。
離れてしまうのが嫌で、ずっと一緒にいたくて頑張ったのが裏目にでてしまった。
私が何かと彼を守ろうとしたり、近すぎて恥ずかしくてつい張り飛ばしたり、踏んだり、蹴ったりしてしまうのが彼を怒らせてしまったのだろう。だから、やめろやめろって……。
何で、私こんなポンコツなんだろう。
外から歓声が聞こえて身を乗り出し声がわき起こる先を探す。
太陽のように輝く被毛を持つナカナル姫が手を振っていた。
それをじっと見つめるルヴェルが視界に入る。
羨ましい。私はどう頑張ったってあの力はないのだから。
少しの間、その二人をぼうっと眺めていると、警戒の鐘の音が鳴り響いた。
「魔獣が出たぞっ!! 南西!! 城壁すぐそばだ!!」
残党がいた? 南西は第二騎士団担当だ。
だが団長は王城に報告に行っている。副団長も一緒だ。
すぐに出れるのは私達兵舎待機組だ。
団長が戻るまでの対応は各自判断だ。
「ルヴェル!! 行くぞ!」
私はルヴェルに声をかけ走り出す。
「――っ!? ネリエ」
簡易的な装備しかないけれど、今は機動力優先だ。城壁の階段を駆け上がり下の様子を確かめる。大きな角を持つ巨獣がこちらへと向かっていた。
突撃し城壁を破壊する魔獣だ。先の戦いにいた魔法主体の魔獣とは質が違う。
「ネリエ! 団長が戻るまで待てよ」
待っていれば、城壁は破られ死傷者がでるかもしれない。
私は回復魔法は使えない。だけど――。
先に倒せば、死傷者は出ない。ナカナル様の手を煩わせる事を避けられるのだ。それが回復魔法を使えない私の出来る唯一の【回復魔法】だからっ!!
「行くぞっ!!」
脚に力をいれて、私は城外へと飛び出した。
◇◇◇
「私が騎士で助かったろ? あの魔獣に対抗出来るとは、うんうん。やっぱり私って強いなぁ」
「ばっか!! やっぱり騎士やめろ。ネリ!!」
「うるさい! ちゃんとやっつけたんだからいいだろヴェル!」
私達二人は仲良く、ナカナル様に回復魔法をかけてもらっている。後ろに立つ団長と副団長がながーいため息をこぼしていた。
「はやい対応ありがとうございました」
そう言ってナカナル様は次の場所へと向かう。それを目で追うルヴェルに私は言った。
「デレデレしすぎ。鼻の下のびのびだよ」
「は? 誰が誰にだよ」
ブンブンと首を振りながら彼は立ち上がった。
「ほら、一緒に怒られに行くぞ」
手を差し出され、私は彼のそれをとまどいながら握った。
「怒られるのはルヴェルだけでしょ」
「はぁ? 飛び出してったのはネリエだろ」
「そうしたほうがいいと判断したからよ」
「やっぱお前騎士やめろよ。危なっかしい」
「だから、やめないってば!!」
やめる訳にはいかないんだ。だって、ルヴェルのそばにいたいんだから。
◆◆◆
ネリエが汗を流しに行くと言って場からいなくなった。
途端、数人の男達がオレのまわりに集まってきた。第二騎士団の仲間だ。
「なぁ、最近ネリエさんからいい匂いがしないか?」
「はぁ、んなの気のせいだろ。気のせい!!」
嘘だった。最近ネリエからはクラクラするほどいい匂いがする。女獣人が大人の年齢になって好きな人ができた時に発する匂いだ。匂いが強いほど異性を惹きつけてしまう。彼女は無自覚にその匂いを戦いの最中すら出している。
この匂いは、その女獣人に好意を抱く者にだけ嗅ぎ分ける事が出来る。つまり――。
「いやいや、絶対にネリエさんからいい匂いしますよ」
「そうそう。ルヴェルさんはネリエさんを意識してないからわからないんですよ」
「だなー! はぁ、ネリエさん誰に恋してるんだろ。やっぱりめちゃくちゃ強い獣人なんだろうなぁー。その人にふさわしいように毎日鍛えてるんだろうなぁ」
こいつら全員がネリエに好意を抱いているというわけだ。
「強いだけが取り柄のネリエの何がいいんだか。もっとほら可愛い女子なら街にいっぱいいるだろ」
男が多い騎士団。アイツがそうそう簡単にどうかされたりはないとは思うけれど……。怪我して弱ってる隙をつかれたりなんかしては大変だ。毎日、それを心配しながらだとオレは戦うよりネリエばっかり見てしまう。それに気がついているからかいつもオレは睨まれてる。だから必死に目をそらしてるけれど。
騎士団、やめてオレのお嫁さんになって……なんてくれないよな。いつの間にかオレより強くなってしまった彼女。
小さい時、大好きと言ってくれたから、ならオレはいつだってネリを守ってやると約束したのになぁ。覚えてないのかな。覚えてないんだろうな……。はぁ……。なんで、守るって約束したオレより強くなってるんだよ。でも、約束は約束だ。
「ほら、そんな事より鍛練行こうぜ。次の遠征は厳しいらしいぞ」
好きな人誰だろうな。ネリエより強いと言ったら団長か? 副団長? いや、もしかして第一騎士団の――。考えたってわからないか……。
まあ、ネリエが本当に好きな奴と結ばれるように、変な虫はできるだけ寄せ付けないようにする。彼女が騎士団をやめないのなら、それがオレに今できる、【ネリエを守る】事だ。
読んでいただきありがとうございました♪