1 人間とは何か
地表から目測30メートル位にある高層マンションの一室。
周りを見渡せば、平日の業務で追われる社会人や主婦の姿がチラホラと。
学校創立記念日97周年目の今日、彼女たちは退屈していた。
1人用のミニソファーで完全に脱力しながらだらりと寝転がっている萌歌は、この前の帰り道と同様にまた他愛も無い話を始める。
「ねぇ美奈子〜。思ったんだけど、なんで97周年目で休みなんだろうね。まぁこちらとしては休めるだけありがたいんだけどさ。……流石に中途半端過ぎない? 普通、100周年くらいまで待ったりしない? もうちょっとなのに」
「確かに、言われてみればそうね。……考えてみたのだけれど、それって”思い出に浸る○慰行為”なんじゃないかしら。この学校が出来た当初の人間はもういないかも知れないけど、100周年間近の今に生きる人はいるじゃない。だから、100周年前に死んでしまうかも分からない自分のためのもの、だったりするんじゃないかって思うわ」
「なるほど……いや○慰行為て。言い方気をつけなよ、一応女の子なんだから。……でも、その考えはわかるかも。自分たちの宝物が『もうすぐ100周年!』って時に死んじゃったら悲しいもんね」
「理解くれてなによりだわ。じゃあ、私は飲み物持ってくるわね。ちょっと適当にくつろいでいて頂戴」
そうして美沙子は、赤子をも魅了するような華麗なターンを見せつけ、長い脚を強調して歩き出す。
対して萌歌は……彼女の了承も取らずに、大きく手を広げて抱きついていた。
そう、ひんやりすべすべの白い肌に背高で抜群のスタイル。
萌歌は美沙子が大好きなのだ。
「ちょっと……いきなり何? 身動きが取りづらいのだけれど。早くどいてもらえるかしら、さもないと今すぐ貴方を圧縮機でぺしゃんこにしそうになるわ」
「え〜やだ。離れたくない。なんなら一生抱きついていたい。ぺしゃんこでもどろんこでもありんこでもなんでもいい〜!」
「あなたはパパ役に必死のおじさんか何かなのかしら。そんなにベタついていたいなら、廊下にあるサボテンとでもくっついてなさい!」
「サボーにゃる2世はいいや~。せめて人間。いや、やっぱり美奈子しかやだ~」
「人の飼っている植物に変な名前をつけるのやめてもらっていいかしら。あの子だってサボボンっていう立派な名前があるのよ。しかも、よりによって貴方につけられるなんて……。あの子の気持ちを考えたら可哀想で仕方ないわ。」
美奈子は深くため息をついて、萌歌の腕を振りほどく。
必然的に床へと倒れた彼女は、なんだか満更でもなさそうな表情を浮かべる。
「はぁ、人間って本当に面倒臭い生き物ね。みんなサボボンみたいになっちゃえばいいのに。ほんと、人間ってなんなのかしら……」
「人間か~。それはきっと私みたいな、カッコよくてカワイイ天才生物なんじゃないかな!」
「別に貴方になんて聞いていないから、勝手に返答しないでくれないかしら。私のつぶやき1つにまでつきまとうのは、キモい通り越して引くわよ。もし人間が貴方みたいなのばかりだったら、もう既に滅んでいるのでしょうね」
「それって美奈子も人間じゃないってこと?」
「違うわよ……。"もし"って言ってるでしょ"もし"って。貴方少しは理解する能力をつけなさい!」
美奈子は大理石の床を力いっぱい踏みつける。
"床が傷つくから"と。萌歌は彼女の下へと這いずった。
背骨が粉々になりそうな程の痛みを受けて、彼女は満足げに笑う。
「貴方、正気かしら。……はぁ、ホント人間は嫌だわ。こんな下らないことばかりで、もっとすべきことがあるでしょうに」
「でもさ、さっきの学校の話もそうだけど。人間ってみんなそうなんじゃない? くだらないことをして、笑い合って。今日を生きればいい。ただ、それだけなんじゃないかな」
「……合理性の欠片もないわね。ーーでも、"人間は失敗をする者"として定義するなら賛成できるわ。だって今も、こうして貴方と過ごしているのだから」
「ひどいなぁ……。でも、そんな美奈子もすきだよ。人類が消え去るまで……いや、この世界が消滅するまでいっしょにいよ!」
「重いわね」
「そうかな」
「えぇ、貴方の体重くらいにはね」
「なんだ……。ーー軽いじゃん」