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第99話 殺人竜は、殺人竜でしかない◆

「………それって、どういうことなの?」


 ヴィクターの明かした事実に、困惑を隠せないラビ。


「くくっ、信じられないかね? ……では、そんな半信半疑なラビリスタ君に、こんな昔話をしてあげよう。あちこちの町で暴れては、炎で人間を焼き殺していた殺人竜と、その竜を退治しようとした狩猟船の老船長のお話だ」


 彼は唐突に話題を変えて、とある昔話をラビに聞かせ始める。


「その殺人竜はとても強くて、本当に誰の手にも終えなくてね。これまで多くの者がその竜を討ち取ろうと果敢に挑戦したが、全て失敗に終わっていた。

 ……だがそんな時、とある狩猟船の老船長が、最強とうたわれた殺人竜に挑んだ。彼はかれこれ三十年もの間、殺人竜を追い続けていて、奴を討伐するために狩猟船に乗り、他の竜を何十匹も狩り続けてきた凄腕の船長であり、凄腕の猟師だった。

 幾人もの人間を殺めてきた殺人竜と、幾匹もの竜を討伐してきた熟練の老船長。双方の戦いは熾烈しれつを極めた。そうして最終的に、老船長の乗る狩猟船が、見事殺人竜を討ち取ることに成功した。

 老船長は、地に落ちた殺人竜の息の根を止めようと、倒れた竜へ恐る恐る近付いた。そうして、竜の喉元に剣を突き立てようとしたその時、彼の心の内に、これまで狩りをしてきた三十年間で、全く抱いてすらこなかった感情が、突然沸き上がってきたんだ。――その感情が何か、分かるかね?

 ……そう、()()の感情さ。その老船長は、仕留めるのに自分の人生をかけてきた永遠のライバルとも言えるその殺人竜に、いつの間にか好意すら抱いていたという訳さ。

 結局、彼は竜にトドメを刺さなかった。これまで三十年、たくさんの竜を狩ってきた中で、初めてその竜だけを生かして帰してやった訳だ。なんとも感動的な話じゃないか」


 彼はそこまで語り終えると、「君もそう思っただろう?」と同意を求めるようにラビの方を見た。

 しかしラビは、これまでの話と今語り聞かせた話との繋がりを見出すことができず、只々《ただただ》困惑するばかりだった。


「――さて、ここまでなら、この昔話は単に老船長と竜の友情物語として語り継がれてきたかもしれないね。……しかしながら、この話にはまだ続きがあってね。老船長に命を救われた竜は、その後どうなったのか? 老船長のもとへ行き、助けてもらった恩返しをしたのか? ……いいや、違うね。その竜は、仲間の竜を呼び集めて、()()()()()()()()()()()()()()()()のさ。塵も残さずね」


 彼の言葉に、ラビは思わず息を呑んだ。


「くっくっ……そう! 生き長らえたその竜は、自分を死の淵まで追いやった老船長を、心の底から恨んでいた。だから、恩をあだで返したのだよ。老船長が善意で見逃してやったところで、所詮しょせん殺人竜は殺人竜でしかなかった。殺人竜や仲間の竜たちは、人間にコケにされた恨みつらみを炎の吐息ブレスに乗せて町ごと焼き払った。老船長の家は燃やされ、本人はもちろんのこと、彼の親族、子どもも、孫も、そして周りに住んでいた町の人々も、全員が焼き殺された。――たった一人の老船長が抱いてしまった慈悲の心により、町一つが全滅してしまったのだよ」


 ヴィクターは話の顛末てんまつを話し合えると、青ざめているラビに向かって、この話を聞かせた真意を語った。


「これは、今でも界隈で語り継がれている昔話だ。どんな相手であれ、慈悲をかけることは自身に破滅をもたらすという、いましめを込めた御伽おとぎ話さ。……しかしながら、浅はかにも先人が教えた教訓を守らなかった愚か者が、この時代にも存在した。……それが、君の父親だよ」

「……お、お父様が? どうして……」

「当時、私が船団を率いて王国へ殴り込みをかけた時、王国側の艦隊を率いていたのは、君の父シェイムズ・ T(ティーグ)・レウィナス提督だった。彼は本当に優れた指揮官だったよ。私の船団は瞬く間に王国艦隊に飲み込まれ、次々と撃破されていった。私の船も包囲されて、シェイムズの乗る旗艦が接舷した途端、王国軍兵士たちが私の船に乗り込んできた。私も彼と直接剣を交えたが、君の父親は剣術もまた人並外れて優れていてね。不覚にも私は彼の剣を顔に受けて、右目に重傷を負った。これは、その時に受けた傷跡だよ」


 彼はそう言って、魔石のはまった右目に色濃く残る傷跡を指し示した。


「この一撃を食らった時点で、もう私の負けは確定していた。私はシェイムズの前で膝を突き、自分の死を覚悟したよ。……いや、むしろ殺してほしいとまで思ったね。右目に消せない傷を残したまま、後の人生を負け犬として生きていくくらいなら、いっそのこと殺された方がマシだ。『さぁ、早くその剣でこの首をはねてくれ!』 私は彼にそう懇願こんがんしたよ」


 ヴィクターは両拳を強く握りしめて啖呵たんかを切る。


「……しかしながら、私の望みは叶わなかった。君の父親は、君に似て本当に真面目で慈悲深い性格でね。私を殺さずに、王国の捕虜として国へ連れ帰った。その数週間後、捕虜を収容する牢の中に、一通の手紙が届いた。ヨハンから私に宛てた、羅針会を破門する由の書かれた手紙だった。私は牢の中で一人、怒りと絶望に震えながら叫んだよ。――『なぜあの時、殺してくれなかった!』と!」


 彼の悲痛な心の叫びが、監獄の中に響き渡った。

 ヴィクターは、まるで舞台に立つ役者のように、演技を交えながらラビに当時の話を語り聞かせていた。その迫真な演技を前に、ラビも言葉を失ってしまうほどだった。


 しかし、彼はそれまで感情的だった態度をクルリと一変させ、冷たい口調でこう言葉を続ける。


「――と、ここまでなら単に私の身に起きた悲劇を語っただけに過ぎないのだが……()()()()()()()()()()()()()()。君はもう知っているはずだよ、この話の顛末てんまつがどうなったのかを――」


 ここで初めて、ラビは理解した。彼が自分に御伽話を聞かせた理由。その御伽話の内容を、ヴィクターの語った過去と重ね合わせれば、必然的に一つの回答に行き着くからだ。


 "所詮、殺人竜は殺人竜でしかない"――


「………あなたが殺したのね。私のお父様とお母様を」

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