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第97話 監獄の中で◆

 ピチョン……ピチョン……


「………んっ、うぅ……」


 耳元で微かに水滴の落ちる音を聞いて、ラビは目を覚ました。辺りは薄暗く、冷たい空気が漂っている。目の前には鉄格子、残る三方を石の壁で囲われたその部屋は、一目見て監獄の中であると分かった。


「痛っ………」


 ラビは、自分の両腕が真上に引っ張られていることに気付き、ふと目線を上にやると、自分の両手首にかせをはめられ、その枷は天井から下がった鎖に繋がれていた。


「あれ? どうして私こんな……あ、確か奴隷商船の船倉ホールドで誰かに襲われて、それで………あっ、そうだ師匠! 師匠はっ⁉」


 ラビは慌てて首元を確認するが、首から下げていたはずのフラジウム小結晶は無くなってしまっていた。


(そんな……師匠が居ないなんて、私どうすれば……襲われた時に落としちゃったのかな? それとも、師匠やニーナさんたちも一緒に捕まって?)


 彼女は混乱し、不安に駆られて居ても立っても居られなくなる。


(……待って、落ち着いてラビ。まだみんなが捕まったとは限らない。一人になるのもこれが初めてじゃないわ。以前リドエステ中大陸で、仲間のみんなとはぐれちゃって一人になったことがあったけれど、それでもどうにか切り抜けたじゃない! ……でも、あの時はグレンちゃんも一緒だったし、こうして身動きを封じられるようなこともなかったのだけれど……)


 今回はリドエステの時とは違い、敵の牢獄に一人囚われの身。状況は前より遥かに最悪だった。


 ――するとその時、鉄格子の向こう側から、ラビにとって聞き覚えのある声が響く。


「……そ、その声は、まさかラビリスタお嬢様! お嬢様ですか⁉」

「! ポーラさん⁉ 何処に居るの⁉」

「ここです!」


 声のする方を向くと、ラビの入れられた牢獄から、通路を隔てた反対側の牢に、ポーラの姿が見えた。ラビにとって、レウィナス侵攻があって以来の、久々の再会だった。


「ポーラさんっ! 良かった、無事だったんですね! ……って、私も捕まった状況でそんなこと言うのも、変ですよね。えへへ……」


 そう言って照れ隠しのように笑みを溢すラビ。


「呑気に笑っている場合ではありませんお嬢様! どうしてここへ来てしまったのですか⁉ ここは公爵様を殺したライルランド男爵と手を組んでいるタイレル侯爵の根城ねじろなのですよ! お嬢様がここへ来ることも、敵側には既に筒抜けだったというのに、なのになぜ……!」


 怒りと悲しみの混じった声で叫ぶポーラ。しかしラビは、そんな彼女に向かって迷いなくこう答えた。


「例え、私たちの動きが筒抜けになっていようと関係ないです。仲間がピンチなら、例え敵の罠の中に飛び込んででも助けに行きます。実際、私も敵に捕まっちゃったけれど、こうしてまた再会できたじゃないですか!」

「そっ、それは確かにそうですが……しかし、ラビお嬢様は本当に今の状況を理解しておられるのですか⁉ ここへ連れて来られたからには、きっと奴らは私たちを無事には返さない。城の主であるタイレル侯爵は捕虜をいたぶるのが趣味のサディストだし、もう一人は――」


 と、そこまで話した時、唐突に牢の並ぶ通路の奥から、こちらへ近付く足音が聞こえてきた。


「――そしてもう一人は、イカレたヤク中の変態……とでもいったところかな?」


 通路から現れたのは、王立飛空軍司令官クラスの上着を肩に羽織い、右目に眼帯をはめた金髪の男だった。……そして彼の背後には、太った体に貴族の煌びやか衣装を無理やり着せたような格好をしたタイレル侯爵が、にやけた笑みを浮かべて立っていた。


「……あ、あなたは?」

「おっと、これは失礼。自己紹介がまだだったね。私の名前はヴィクター・トレボック。王立飛空軍の最高司令官を務めているしがないジャンキーさ。……そして、後ろに居る方の名前はもちろんご存じだよね? レウィナス侵攻で親無しとなってしまった君に、新たな人生を与えてくれた()()()()叔父様だよ」

「ホッホッ、叔父様とは言ってくれますネ、トレボック君」


 ヴィクターの飛ばした軽い冗談に、太った体を震わせて笑うタイレル侯爵。そんな二人を前に、ラビは眉をしかめ、精一杯の嫌悪を露わにした表情で彼らを睨み付けた。


「新たな人生って……奴隷として鎖に繋がれ、飼い主から虐待されたりなぐさみ者にされ続ける人生の、どこがそんなに素晴らしいのですか⁉」

「ふん、本当にうるさい女狐めぎつねですネェ。……ですが、大きな口を叩いていられるのも今の内ですヨ。その華奢で幼い体に吾輩わがはいの鞭が刻まれ、強がっていた表情が徐々に苦痛と絶望に変わってゆく様を想像するだけで、もう快感が止まりませんネェ!」


 タイレル侯爵はそう言って、チャイナドレス姿のラビをねぶるような目線で眺めた。


「この変態野郎がっ‼ ラビリスタお嬢様に指一本でも触れてみろっ! 私が貴様を八つ裂きにしてやるぞっ!」


 反対の牢でポーラが叫んだが、途端に侯爵の持っていた鞭が飛び、鉄格子をピシリと打った。


「薄汚い犬は黙って見ていることですネェ」

「くっ………」


 鉄格子に阻まれて手出しすることのできないポーラは、侯爵の言う通り、ただ檻の中で拘束されたラビを見ていることしかできなかった。


「さてさて、私としては、侯爵が()()()に入られる前に、少しやっておかなければならないことがある。手っ取り早く済ませることにしようか」


 ヴィクターがそう言うと、牢の扉を開けて中に入り、両手を拘束されているラビの前に立った。


「い、一体私に何をするつもりなの?……」

「心配しなくても大丈夫、別に君を取って食ったりなんてしないから」


 動けないラビの前で、ヴィクターは上着の胸ポケットから小さなガラスのカプセルを取り出し、次に右目に付けていた眼帯を外した。彼の右目があったくぼみには、金色に輝く小さな丸い石がはめ込まれており、その石には紋章のようないんが小さく刻まれていた。


「私は右目を失って以来、この魔石を義眼ぎがんとしてはめているんだ。魔石の力を使うことで、私はとある能力を発動させることができるのだよ」

「……能力? それってどんな――」


 と、そこまで話した時、突然ラビの背筋に寒気が走り、「ひっ!」と声を上げた。


「……ふむ、なるほどねぇ。君の天職は『錬成師アルケミスト』。ゆえに君の持つ能力は『錬金術』であるようだ。しかし、生まれつき持っている魔素拒絶体質症候群アンチ・マナ・シンドロームのせいで、能力のレベルが上がることは無く、今まで使いこなすどころか、一度も発動すらしていないようだね。……あぁ、なんともったいない!」

「あ、あなた、私の病気のことをどうして……」

「この魔石は『鑑定』スキルも付与されていてね。これで見た者の持つ能力や天職を見抜くことができるのだよ。……しかし、この魔石でできることはそれだけではない」


 ヴィクターはそう言って、ラビの胸の前に手を広げると、小声で何かの呪文を唱え始めた。


「まさか――やめろ‼ お嬢様にその力を使うなっ!」


 鉄格子を両手でつかんで揺すぶりながらポーラが叫んだが、ヴィクターは気にすることなく呪文を唱え続けた。するとやがて、彼の目にはめられた魔石が反応し、暗い牢獄の中に黄金こがね色の光を投げた。


「……ぐっ⁉ うぅ……うぁああああああああぁっ!」


 そして同時に、ラビが声を上げて苦しみ始め、手枷の繋がれた鎖をジャラジャラと鳴らし、苦痛に耐えかねて必死に体をよじらせた。ラビの苦痛の声を隣で聞いたタイレル侯爵が、「なかなか良い鳴き声を上げてくれる小鳥ですネェ」と愉快に笑う。


 やがて光が収まると、ラビは力尽きたようにがくりと頭を下げた。彼女の息は荒く、胸は上下に揺れ、額から流れる汗がしずくとなって地面に落ちていった。


「これが、この魔石が持つ真の能力『能力奪取スキルテイカー』だ。私の魔石が君の能力である『錬金術』を一時的に盗み、私の手元にあるマジックアイテム『能力保存筒スキルセイバー』にコピーして保存させた。ほら、この通り」


 ヴィクターが手元にあるガラスのカプセルを見せると、蒼い光を放つ小さな粒子が、まるで生き物のようにカプセルの内側でうごめいていた。


「わ、私の能力を、盗んだの?……」


 弱々しい声で答えるラビに向かって、「その通り!」と彼は声を上げた。


「これまで宝の持ち腐れだった君の能力も、我々がしっかり活用してみせるから、安心したまえ、ラビリスタ君。……あぁ、あと、君のお友達であるポーラ君からも、少々能力を拝借させてもらった。二人とも、ご協力に感謝するよ。これで、私の無敵艦隊は、その言葉の通り()()()()()()のだからね。くっくっくっ……」


 そう言って、ヴィクターは口元を吊り上げて笑った。

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