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第96話 近衛メイド隊の結成◆

 それから一年後、唐突にして宣告された三大陸間戦争トライアングル・ウォーの開戦により、シェイムズも自分の邸宅を離れ、戦地へとおもむかなければならなくなった。


 出発の当日、屋敷の前には馬車が用意され、準備を済ませた父親が、愛する母子へ暫しの別れを告げていた。


「……じゃあ、行ってくるよ、キアナ」

「ええ。どうか気をつけて、あなた」

「ラビのことをよろしく頼む」

「もちろんよ」


 シェイムズは妻キアナを抱き寄せ、それから彼女の足元で心配そうにこちらを見ているラビの方へ目を向けた。


「ラビも、私が居ない間、ママを困らせるんじゃないぞ」

「………はい、お父様」


 ラビは今にも泣きそうな顔をしていたが、泣いてしまえば母親を困らせてしまうことを分かっていた彼女は、どうにか涙を流さないよう必死になって耐えているのだった。


「……ラビが生まれて、私たちもようやく落ち着いた暮らしができると思っていたのに、こんなことになってしまうなんて……この子がこんな幼い時から、戦争の時代を経験することになるのかと思うと、胸が痛いわ」

「こればかりは仕方がないさ。世界情勢は我が子のことなんて蚊帳かやの外で、良くも悪くも変化し続けるものだからね。どうにか乗り越えていくしかない。なに、戦争が終わればすぐにでも戻って来るよ」


 シェイムズはそう言って妻を慰めていた。


 すると、屋敷の正門の方が何やら騒がしくなった。シェイムズが様子を見に行くと、屋敷の前に集まったたくさんの白熊族の少女たちが、門前払いしようとする衛兵たちと口論になっていたのだ。


「一体どうしたのかね?」


 シェイムズが屋敷を守る衛兵にそう尋ねると、衛兵は困ったようにこう言った。


「白熊族の女たちが、本日戦地へ発つレウィナス公爵にどうしても会って伝えたいことがあると言っておりまして。これほど大勢で来られてしまうと、こちらも通す訳にはいかず……」


 状況を理解したシェイムズは、すぐに兵たちを下がらせ、正門の扉を開けてやった。


 屋敷の中に入ってきた白熊族少女たちの中には、ポーラの姿もあった。


「君たちも、見送りに来てくれたのかな?」


 シェイムズがそう言うと、少女たちを代表してポーラが答えた。


「いいえ。私たちもレウィナス公爵様とご同行を願いたく、ここへ参りました」

「同行? 君たちも戦地へ行きたいというのか? 馬鹿なことを言うんじゃない」


 シェイムズは反対するが、ポーラは毅然とした態度を崩さない。


「レウィナス公爵様、あなたは私たち白熊族を貧困から救い、人間やエルフたちと平等に暮らしていけるために尽力してこられた。おかげで、今の私たちの暮らしは以前より遥かに良くなりました。これも全て、公爵様のお力添えがあったからこそ。だから私たちも、その恩返しをしたいのです」


 そう言って、美しい白髪の少女たちは皆、シェイムズの前で膝を突き、深く頭を下げた。


「私たちは全員、既に『戦士の儀式』を終えた者たちばかりです。私たちは、命を捨てる覚悟でここへ来ております。私たちの英雄であり恩人でもある公爵様をお守りするために、ここに居る私たち全員の命を捧げます。どうか、私たちのご同行をお許しください」


 白熊族の少女たち全員から懇願されてしまったシェイムズは、「ううむ……」と唸って頭を抱えてしまう。彼女たちは生まれた時から戦士として育てられ、大切な仲間を守るために戦えるよう、日々鍛錬を積んできた。そのことはシェイムズも重々承知していたし、戦士としての彼女たちのプライドや覚悟も、その表情や態度から読み取れた。


 しかし、それでもシェイムズは、意を決してこう答えた。


「ありがとう。君たちの私に対する忠誠心は本物だし、まだ若くしてそれだけの決意を持てるのはとても誇らしいことだ。……しかし、残念ながら、君たちを戦地へ送るわけにはいかない。いくら戦士とはいえ、君たちもこの大陸に居る王国民の一員だ。国民を守るのが、我ら王立飛空軍の役割だからね。……それに、君たちはまだ若い。この先の将来有望な若い命を、戦場で簡単に散らせてしまうのは心が痛むし、絶対にそんなことはしたくない。そこをどうか、分かってほしい」


 シェイムズの言葉に、ポーラたちは少し残念そうに肩を落としつつも、「……承知いたしました。それが主人の命とあらば、私たちも従うまでです」と答えた。


 しかしここで、シェイムズがさらに言葉を続ける。


「……と、そこで一つ、私から君たちに提案があるんだ。君たち、この屋敷で働いてみてはどうかな?」

「? 働く……ですか?」


 唐突な提案に、思わずキョトンとしてしまうポーラ。


「そう。相手の役に立てることは、何も戦うことだけとは限らない。他にも色々あるよ。例えば家事、掃除洗濯とか、必要品の買出しとか。だから、もし良ければ、私が君たちをこの屋敷の専属メイドとして雇おう。この屋敷での仕事を、君たちに任せたい。……それに、戦士である優秀な君たちには、屋敷の警備も併せてお願いしようかな。我が屋敷のメイドけん近衛兵として、活躍してみる気はないかね?」


 シェイムズの提案に、少女たちは互いに目配せを交わし合った後、意見がまとまったようで、ポーラが彼の方を見て答えた。


「公爵様がそう望まれるのであれば、私たち一同、喜んで御勤めさせていただきます!」

「うむ、よろしい! では君たちを、この屋敷専属の『近衛メイド隊』に任命しよう。どうだい、キアナ?」

「ええ、とっても素敵ね。あなたたちはきっと良いチームになれるわ。チーム名も考えておかなきゃね」


 キアナも、シェイムズの提案に同意し、ここに、近衛メイド隊は正式に結成されたのだった。


「ポーラちゃんと、これからも一緒に居られるの⁉︎ 嬉しい! これからもよろしくね、ポーラちゃん!」

「だから、『ちゃん』付けはやめ――コホン……いえ、これからもよろしくお願いいたします、ラビリスタお嬢様」


 それまでずっと暗かったラビの顔が、パァッと明るくなった。我が子の楽し気な表情を見たシェイムズは、それまで心の奥でわだかまっていたモヤモヤが晴れたような気がして、結成したばかりの近衛メイド隊代表であるポーラに、こう伝えた。


「……では、ポーラ。私が居ない間、妻と娘をよろしく頼むよ。今は戦時中だ、安全なこの大陸にも、いつかは戦争の火の粉が飛んで来るかもしれない。その時は、君たちが二人を守ってやってくれ」

「……かしこまりました。この命にかけて、必ず」


 「はは、それは頼もしいな」とシェイムズは笑ってポーラの肩を叩き、それから彼は戦地へ向かうべく、馬車に乗って、屋敷を後にしたのだった。



「さ、みんな並んで」


 キアナがそう言って手を叩くと、可憐な白黒メイド服に身を包んだ白熊族の少女五十人が、屋敷の広間に整列した。列の先頭には、メイド長のポーラ・アルテマ。そして隣には、副メイド長に任命されたメリヘナ・マルサリアが、緊張した面持ちで立っている。


 全員が並び終えたのを見て、キアナは言う。


「それでは、これからあなたたちに、メイドとしてやるべきお仕事を教えていきます。……と、その前に、あなたたち、もうチーム名は決めたのかしら?」


 そう尋ねられ、先頭に立つポーラが一歩前に歩み出て、胸を張って答えた。


「はい。もちろん決めてあります、奥様。私たちのチームは――」


「「「「近衛メイド隊『ホワイトベアーズ』!」」」」


 少女たちの元気な声が、広間に響き渡った。

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