第90話 船上で大乱闘!◆
「もうマジで最悪なんだけど……」
迫る兵士たちを前に悪態を吐くニーナ。これでは、相手に気付かれずに潜入してポーラを救い出す計画は失敗。救出作戦が白紙に戻ってしまった今、一刻も早くこの船から脱出しなければならない。
(こうなったらもうプランBだ! とことん暴れて、この会場を無茶苦茶にした隙に逃げ出してやる!)
ニーナは半ばやけくそになり、指を口に咥えてピュ――――ッと大きな口笛を鳴らした。
すると、その刹那――
ドガガッ!!
突然ゴールデン・スレイヴ号が鈍い音を上げて左右に大きく揺れ動き、船上に居た全員がよろめいた。
(今だっ!)
ニーナは隙を狙って目の前の兵士に飛び掛かり、持っていた銃を奪い取ると、銃床で相手の顔面を殴り付けて気絶させた。
抵抗するニーナを止めようと、他の兵士たちも慌てて銃を構えるが、それよりも先に、ニーナがドレスのスリットから覗かせた脚を振り上げ、こちらを狙う相手の銃を蹴り飛ばした。
パァン!
蹴った衝撃で銃が暴発し、でたらめに撃ち出された弾が、別の兵士の脳天を撃ち抜く。撃たれた兵士はテーブルの上に倒れ、そこに並んでいた豪華な料理を台無しにし、敷かれていた白いテーブルクロスを真っ赤な血で汚した。
響き渡る銃声に、船上はたちまち大パニックに陥った。悲鳴を上げて逃げ惑う乗客たち。中にはパニックのあまり、自ら船の外へ身を投げ出してしまう者もいた。
「大変だ! 船が浸水しているぞ! 急いで船から逃げるんだ!」
下の甲板で誰かがそう叫び、混乱はさらに大きくなってゆく一方である。
そんな中、乗客たちの混乱に紛れて、甲板上ではニーナと兵士たちが激しい肉弾戦を繰り広げていた。
際どいドレス姿であるにもかかわらず、ニーナは一切の羞恥を捨てて相手に飛び掛かってゆく。一人の兵士に体当たりしたかと思えば、倒れたところへ首に三角締めを決め込み、グイと腰を捻ってその首をへし折った。
すかさず敵の構える銃の狙いを撹乱するように床の上を転がると、傍に落ちていた銃を拾って、遠くに居た兵士目掛けてぶっ放し、襲いかかって来るもう一人には、弾切れになった銃をその顔面に投げ付ける。相手が怯んだ隙に体制を立て直すと、トドメの強烈ジャンプキックをお見舞いし、一撃ノックアウト!
アクションを起こす度に着ているドレスの裾がふわりと舞い上がり、見えるか見えないかギリギリのラインで華麗な美脚が宙を舞っては、群がる敵兵たちを次々と打ち倒してゆくニーナ。
そうして、とうとう残る最後の一人に強烈な回し蹴りを決め込み、相手がもんどり打って倒れてしまうと、ニーナはふぅと一息吐いて、乱れてしまったドレスの裾を叩いて直した。
「私が女だからってナメてかかるとか、マジ有り得ないんですけどぉ~。一昨日出直して来やがれザァ~~~コが!」
襲い掛かる敵兵全員をたった一人で相手したニーナは、ノックアウトした兵士たちに向かって中指を突き付けた。
――と、そこへ突然、彼女の立っているすぐ近くの床板がバリバリと音を立てて砕け飛び、床に大きな穴が穿たれる。
ぽっかり空いたその穴からヌッと現れたのは、黒い頭に白のアイパッチが目立つシャチのクロムだった。
「お前、クロム呼んだ?」
「アホっ! 来るのが遅いっつーの、この白黒頭っ!」
床下から顔を出したクロムに向かって、ニーナの一喝が飛ぶ。
どうしてシャチ顔の彼女がここに居るのかというと――
ついさっきニーナが吹いた口笛を合図に、それまで海中に潜んでいたクロムがゴールデン・スレイヴ号を目掛けて突進し、船底に大穴を開けてしまったのだ。船を襲った揺れはその時のもので、空いた穴から大量の水が流れ込み、船倉はほぼ水浸しになってしまっていた。このままでは十分も持たずにこの船は沈没してしまうだろう。
「だから、クロムは白黒頭じゃなくてクロムだよ」
「んなことどーでもいいから、とりま周りに居る敵の兵士を蹴散らしてくれる⁉ メリヘナも来てるの?」
「うん、この船の下でずっと待ってるって言ってた。クロム、ここに居る奴ら、みんなガブガブしていいの?」
「それは駄目っ! あんな腹黒い奴らを食ったって腹下すだけだっつーの!」
ニーナはクロムに言い付けてから、船首へと目を向ける。
ついさっきまで船首楼のステージ上に立っていたヴィクターはいつの間にか姿を消し、何処を探しても見当たらない。逃げたのだろうか?
「くっそ、アイツどこ行ったのよ……ラビっちも行方不明だしさぁ。意外と状況マズくね?」
ニーナが困ってしまっていたその時、背後から「ニーナ様、こちらです!」とメリヘナの声が飛んできた。振り返ると、メイド服姿のメリヘナが船の縁にカギ付きロープを引っかけ、船の上へ登って来ているところだった。
「メリっち! 脱出用の船は準備できてる?」
「小型の魔導ボートが一隻、この下に繋いであります。ですが、船を隠している『神隠しランプ』の魔力がそろそろ切れてしまいそうです。早く逃げないと、私たちが見つかるのも時間の問題かと!」
メリヘナが急いで逃げるよう進言するが、ニーナは首を横に振る。
「逃げるのちょい待って! まだラビっちと合流できてないの。探さなきゃ!」
しかし、そうは言うものの、既に船の浸水が激しく、船体は大きく傾き、下の甲板も膝辺りまで水かさが増してきていた。これではラビを探しに行けない。
すると、二人の前にクロムがやって来る。どうやら我慢できずに乗客の何人かを食べてしまったらしく、誰のものか分からない捥ぎ取った腕を口に咥えていた。
クロムは、思い出したように二人に向かってこう言う。
「そういえばクロム、さっき下で面白いもの見つけたの」
「はぁ? もう何よ白黒頭、今は忙しくてそれどころじゃないってのに!」
「ほら、見て。船の底で、喋る小石見つけた。こいつ、石のくせに『自分も一緒に連れて行け』ってうるさく言うから、お前たちのところまで持って来てやったの」
クロムは得意気にそう言って、ニーナたちの前に手を差し出して見せる。その手の中にあったのは、ラビが首にかけていた小さなフラジウム結晶のペンダントだった。
「あ! これって……」