第87話 奴隷商船へ潜入開始!
それから二日が経ち――闇奴隷市の開かれる当日がやって来た。
奴隷商船ゴールデン・スレイヴ号の発着する港には、既に多くの人だかりができていた。良家の主人やその息子、大商人、それに王国の高官や政治家たちなど、金持ち連中たちが次々とやって来た馬車から降りて、桟橋の上を歩いてゆく。
男性だけでなく女性の姿も多く見受けられ、誰もが皆今宵のパーティーのためにドレスや燕尾服で着飾っていたが、傲慢な態度で目下の者を手荒く扱っていたり、自分の着ている衣装や持ち物を自慢したり、つまらないジョークで高笑いしていたりと、どいつもこいつも性格悪そうな奴らばかりだった。
そんな中――
「うわヤッバぁ! 見てよラビっち、まるで王国の舞踏会に来てるみたいじゃん。マジテンアゲなんだけど~!」
そう言って桟橋の上を歩いてやって来たのは、ラビとニーナの二人。しかも二人とも、周りの富豪たちに負けず劣らず綺麗なドレスに身を包み、しっかりとおめかしして来ていた。
ニーナは、腰辺りまで深いスリットの入ったライトグリーンのロングドレスを着て、長い金髪をシニヨンにまとめ上げていた。露出度が高くボディラインもくっきり。おまけに歩くと時折スリットからダークエルフ特有の黒肌の美脚がチラ見えして、何ともエロい……ゲフンゲフン、いや、何とも魅惑的だった。
そして一方のラビはというと、彼女のトレードマークである蒼い髪を左右にお団子でまとめ、裾を金糸で縁取られた深紅のドレス――所謂チャイナドレスと呼ばれる衣装を身に着けていた。しかも腰まで切れ目の入ったダブルスリットで、ほぼ丸見えな両脚には、膝上まで丈がある黒ロングニーソをガータベルトで吊るという、悪趣味性癖全開な取り合わせときた。……ちなみに明言しておくが、この衣装を選んだのは俺ではなくニーナである。哀れなことに、ラビはこの日のために、船長室にある衣装棚の前でニーナの衣装選びに何時間も付き合わされ、着せ替え人形にさせられた挙句、このようなドスケベ衣装をチョイスさせられたのだった。
「あっ、あの、ニーナさんっ……流石にこれ、色々と見えちゃいそうですよっ!」
恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にして、ドレスの裾をぎゅっと掴みながらもじもじしてしまうラビ。
「はぁ? 別にイイじゃん、見せちゃえよ~。ほらほら、周りのみんな、ラビっちのことめっちゃエロい目で見てるよ~」
「はぁうぅっ! ちょ、そんなこと言わないでくださいっ!」
「師匠のオジサンだって、エロい目で見てるもんね~?」
『は、はぁ⁉ べっ、べべべ別にそんな目で見てねぇし!』
「あはははっ! めっちゃイモってるんだけど~。ウケるwwww」
チャイナドレス姿をしたラビの首元にフラジウム結晶のペンダントとして吊り下げられた俺は、いきなりそんなことを言われて取り乱してしまい、ニーナに滅茶苦茶からかわれた。
「し、師匠ったら、そんな目で見ないでくださいっ! めっ! ですよっ!」
そして何故か俺までラビに怒られた。誠に遺憾である。……とは言っても、ラビが着替え終えた姿を見た途端、その可愛過ぎる衣装チョイスに、俺も思わず親指立ててしまいそうになったのだが、そのことは黙っておこう。
――暫くすると、町中央にあるサラザリア城の裏から、一隻の大型船がやって来た。色鮮やかな船体は彫刻や金箔で飾り立てられ、三本のマストには真紅の帆が張り巡らされていた。あの船が、タイレル侯爵の所有するゴールデン・スレイヴ号なのだろう。背後には護衛船も数隻引き連れており、さらにはその周りに群がるようにして、魔力で動く小型の魔導ボートが、巣の周りを飛び交う蜂のように船団の周りを巡回していた。
「それにしても、護衛船の数ヤバいね〜。小型の高速艇までウロついてるじゃん。あれだけの数が相手じゃ、流石のオジサンも撃沈されちゃいそう」
『確かに、物々しい警備だな』
よく見ると、周りに立つ警備兵たちが持っている銃も、海賊たちが使っている前装式(銃口から弾や火薬を装填する)のライフルではなく、金属薬莢を装填する連発可能な新型ライフルだった。しかも、水上を徘徊する魔導ボートの上には、複数の機関砲のようなものまで設置されていた。西部劇映画でよく登場するような、銃身が円状に並べられた手回し式ガトリング砲のような武器だ。あれもおそらくは、黒炎竜を痺れさせたガス弾と同じくタイレル商会の開発した新兵器なのだろう。あんなのを食らえば、俺の船でもたちまち蜂の巣にされてしまう。それだけはゴメン被りたい。
奴隷商船ゴールデン・スレイヴ号は港に到着すると、タラップを下ろし、次々とお客を船に乗せ始めた。乗船する際に招待状を確認されたが、ラビとニーナは何食わぬ顔をして警備兵に招待状を渡し、怪しまれることなく入船チェックを通過。奴隷商船の船内へ潜入することに成功した。
煌びやかに装飾された船内は、まるで本当に舞踏会の会場に来たようで、とても船の上であるとは思えなかった。甲板の上には白いクロスが敷かれた長テーブルが置かれており、テーブルの上には美味しそうな料理がズラリと並び、そのテーブルの周りを囲んで、客たちがお酒のグラスを手にして交流していた。船尾楼には楽器を手にした楽団たちが指揮者に合わせて曲を奏でており、彼らの演奏する楽曲に合わせて、華麗にダンスを踊る者たちもいた。
ラビも、その煌びやかな光景に感無量なご様子で、船上に立った途端、ぽかんとしたまま甲板の様子に見入ってしまっていた。
「お~~い、ねぇちょっと、ラビっち大丈夫? 私たちはここにパーティーを楽しむために来たんじゃないんだよ」
そこへ、不意に飛んできたニーナの言葉が、ラビを現実へ引き戻す。
「はっ! ご、ごめんなさい! こんな煌びやかなパーティー会場に来たの、久しぶりで……」
「あははっ、ホントにラビっちってさぁ、どんな時でも初心な反応してくれるよねぇ。ま、そんなところがメチャカワなんだけど♥」
「そっ、そんなことないですよっ!」
そう言われて慌てて首を横に振るラビ。そんな彼女を、犬を愛でるように撫でてから、ニーナは立ち上がり、警戒するように周囲に目を配る。
「ま、取りあえず潜入は成功した訳だし、あとは群がるお客に紛れて、上の甲板から順に探してポーラの居場所を突き止めよっか。彼女もきっとこの船に乗せられているはずだからさ」
「はいっ! ここからは分かれて行動ということですね。ニーナさんも、気をつけてください」
「そういうラビっちこそ、変な奴に絡まれるんじゃないよ~。そのキャワワな衣装に釣られて、変態紳士たちが群がって来ちゃうかもしれないからさ」
「そそ、それはニーナさんがこんな破廉恥な衣装を着させたのが原因じゃないですか!」
そう言い返すラビに向かって「ニヒヒ~」と意地悪な笑みを浮かべて、ニーナは会場の雑踏の中へと消えてしまった。「む~~っ……」と膨れっ面をしたラビに、俺は声をかける。
『さぁ、ここからが正念場だぞラビ。ポーラを見つけて、この船から連れ出すまでが、作戦のうちだからな』
「はい師匠! 一緒に頑張りましょう!」
ラビはそう言って、一人その場でグッと両拳を握り締め、小さくガッツポーズを決めた。