第86話 作戦会議
タイレル侯爵の私有船であるゴールデン・スレイヴ号で月に一度開かれる闇奴隷市の招待状を手にした俺たちは、誰も居ない橋桁の下に集い、秘密会議を開いていた。
「招待状に書かれた内容によれば、奴隷市の開催は二日後。夜になると船が出て、町の港で参加者たちを乗せて、それからサラザリア城周辺を回遊しながら、一晩かけてパーティーを楽しむっぽいね〜」
ニーナが招待状のカードに書かれた内容を読みながら言う。さらにカードの裏側には、今月の目玉商品として選ばれている奴隷の名前が一覧となって書き出されていた。
「あっ! ビンゴ〜! ポーラの名前み~っけ!」
しかも、その一覧にはポーラ・アルテマの名前も記載されていた。どうやら次の奴隷市で、ポーラも目玉商品として売り出される予定らしい。
持ち物の中にこの招待状があったということは、あの富豪の夫婦たちも奴隷市に参加する予定だったのだろう。二人ともクロムが食べてしまった今、この招待状は遺品となってしまった訳だが……
「……でも、残された遺品も使いようだよね〜」
突然そう話を切り出すニーナに、「えっ?」とラビが疑問の声を上げる。
――流石はニーナ、早速また何か悪巧みを思い付いたらしい。
◯
「……ってなカンジで、ラビっちのお友達を華麗に助け出そうってワケ! 名付けて、『変態紳士から囚われのメイド長を盗み出せ』大作戦っ!」
『いや、だからネーミングもっとどうにかならないのかよ……』
俺が呆れていると、作戦内容を聞いたラビが、おずおずと手を上げて答える。
「でっ、でも……私とニーナさんの二人だけで奴隷商船に潜入するなんて、そんなのあまりに無謀過ぎるんじゃないですか?」
「だって仕方ないじゃん。船への招待状は二枚しかない訳だし、怪しまれずに乗り込むにはこの手しかないと思うんだけど~?」
ニーナの考えた案とは、ラビの話した通り、手にした招待状を提示して商船の客として紛れ込み、ポーラを救い出そうという考えだった。確かに気付かれない意味では名案だと思うが、潜入できたところで、上手くポーラを船の外まで連れ出せるかどうか分からないし、かなりリスクも大きいと思う。
「もっと綿密な計画を立ててから実行に移した方が良いのではないでしょうか?」
メリヘナもそう意見するが、ニーナは首を横に振る。
「もうそんなヒマ無いっつーの! あと二日で、アンタたちの仲間がキモイ奴らに売り払われちゃうんだよ。今クルーエル・ラビ号はドックに入って修理中だから動かせないし、たったの二日で修理を終わらせるなんてこともできない。だから、私たちだけでやるっきゃないでしょ?」
そう言われて、メリヘナも返す言葉を失う。
確かに、今の俺は船底の修理中で、底板をほとんど外されて中身が剥き出しの状態だ。あんな格好で無理に空を飛べば、瞬く間に木っ端微塵になってしまうだろう。情けない話だが、今の俺では、彼女たちの力になることはできそうにない。
「……分かりました。やりましょう! ポーラさんを救うためにも、多少の無茶くらいどうってことありません!」
「いよっ! 流石は我らがラビっち船長!」
ポーラの救出に意気込むラビを、ニーナがはやし立てる。
「メリヘナさんも、クロムさんも、巻き込んでしまう形にはなりますが、ポーラさんを助けるためにも、協力をお願いします!」
「もちろんですお嬢様。私たち近衛メイド隊ホワイトベアーズのメイド長を救うためにも、このメリヘナ、隊の代表として精一杯尽力いたします!」
「……よく分からないけど、ご褒美のためなら、クロム頑張る!」
メリヘナとクロムも、目的は違えど協力する意志を示してくれた。俺はそんな彼らの様子を、少しばかり困惑した感情で傍から眺める。人間とダークエルフ、それに獣人と魚人が種族の垣根を越えてタッグを組むなんて、他種族入り乱れるこの世界でも類を見ない出来事ではないかと思う。どいつもこいつも癖のある連中ばかりで、とても統率が取れたチームであるとは思えないが……
それでも、今はこいつらに賭けてみるしかない。
ポーラ救出作戦まであと二日――俺たちは、仲間であるメイド長を救うべく、人気の無い水路の桟橋の下で意気投合していた。