第8話 乗組員絶賛募集中!
最初に船内の害獣大討伐を行ってから、早三日が経ったのだが……
依然として、テールラットとポイズンバットは、俺の船内に居座り続けていた。あいつら、狩っても狩っても、知らないうちにまたどこからかヒョイと姿を現してくる。まるでGを見ているようだ。あいつらの繁殖能力は一体どうなっているのだろうか?
しかも、奴らのステータスを見てみると――
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【種族】テールラット
【HP】40/40
【MP】0/0
【攻撃】21 【防御】14 【体力】30
【知性】13 【器用】10 【精神】25
【保持スキル】警戒:Lv3、噛み付き:Lv2、夜目:Lv2、雷耐性:Lv1
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『ちゃっかり「雷耐性」取得してやがるし……こいつら、繁殖しながら進化してやがるのか? ったく、タチが悪いぜ』
とはいっても、今の俺には所詮屁みたいなものなのだがな。
『“自然の理よ、我が手に委ね、我が意志のままに操る術を見出したまえ――顕現せよ、雷放出”』
下砲列甲板の船尾に現れた魔法陣から雷光が放たれ、船尾から船首へ向かって稲妻が甲板内を一閃した。左右に並んでいた真鍮製の大砲にも稲妻が飛び火して、バチバチと火花が散る。電撃が収まるころには、何十匹ものテールラットが甲板の上に転がっていた。
図書室にある魔術書のおかげで、俺はこの三日間の間にいくつもの四元素魔術の基礎といえる呪文を全て覚えていた。どうせやることも何もない。スキル「念動」もLv6になり、かなり重いもの――例えば、大砲一門を台座ごと持ち上げて動かすこともできるようになった。
だが、念動を使ってできることは、あくまで物を持ち上げたり動かしたりすることだけで、畳まれた帆を固定するロープを解いたり、大砲に弾を込めたり、床を掃除したりなどの器用さを必要とする作業まではできなかった。
『やっぱり乗組員が欲しいよなぁ……』
ボヤくように独り言をつぶやいていると、湖が大きく盛り上がり、水しぶきを上げて、例の恐竜親子が姿を現した。
『おいでになったな。もう餌なら準備済みだ。食ったらさっさとお家へ帰れよ』
俺は下の甲板であらかじめ捕っておいたテールラットの死骸を入れたバケツを後甲板に並べると、水族館のイベントでエサをやる飼育員のごとく、湖に向かって放り投げてやった。
相変わらずすごい食い付きだった。よほど腹が減っていたのだろう。こんなに食ってくれるのなら、やる側も清々しさを感じてしまう。池にいる鯉に餌をやって興奮する子どもたちの気持ちも、何となく分かるような気がした。
バケツ一杯に入っていたテールラットの死骸を全て放り投げ、その全てを食らい尽くしてしまった恐竜親子。しかし、まだ満足していないようで、お代わり欲しそうに俺の船体を突いて揺すってくる。
『おいおい、揺らすな揺らすな。まだ食い足りないのか? もう粗方捕り尽くしちまったし、もうお前らにやるものは何も――いや、待てよ……』
俺はふと思い出したように、船の最下層へと目を向けた。
船倉――濁った汚水の溜まるこの不潔な場所には、なるべくなら目も向けたくなかったのだが、それでも一つだけ試してみたいことがあった。
『このよどんだ水の中にも何か潜んでそうなんだよな……怖いもの見たさというか、前から気になってはいたんだが……』
俺はとまどいながらも、船倉に溜まった汚水に向かって、雷魔法を唱えてみた。
すると、その途端――
バチャバチャバチャバチャ‼
『うえっ⁉』
淀んだ水溜まりの中から、正体不明の生物が何十匹も、まるでトビウオのように飛び出してきたのである。その生き物はヌメヌメとした体をしていて、見た目は巨大なウミウシ――いや、むしろナメクジにそっくりだった。
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【種族】ウィークスラッグ
【HP】10/10
【MP】0/0
【攻撃】3 【防御】5 【体力】10
【知性】1 【器用】2 【精神】9
【保持スキル】酸耐性:Lv2、物理耐性:Lv1
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『やっぱりナメクジじゃねぇか! しかも弱いし! こんなの、いくら殺したって経験値稼げねぇよ』
ステータスを見る限り弱すぎるのは明らかだが、見た目の気持ち悪さでは類を抜いてトップだろう。
俺の放った雷魔法で感電したナメクジたちの死骸が、淀んだ水面にプカプカと浮いている。……なんだか、この世の終わりを見たような気分になって、思わず吐き気を催しそうになった。――まぁ俺、船だから吐こうにも吐けないんだけれども。
『さすがにコレは、あの親子食べないだろうなぁ……まぁ一応やってみるか』
俺は、表面に浮いた灰汁をすくうようにバケツでナメクジたちをかき集め、上の階層へ運んで、湖に向けて放り投げてやる。
するとこの恐竜親子、テールラットを投げた時よりも美味そうにがっついて、それらを全て平らげてしまったのである。
『いやいや食うのかよ! お前らどんだけ悪食なんだよ! こんなの見た目からして食えるもんじゃねぇってのに……』
だが、まぁ奴らが美味しく頂いてくれたのなら、結果オーライってことでいいか。そんなことを思いながらナメクジの入った最後のバケツを湖に向けて放ったところで、急に「念動」が使えなくなり、バケツが床に落ちた。
『ちっ、魔力を使い切っちまったのか……』
思わず舌打ちしてしまう。魔力がある間はどうにか自力でやって来れたけど、魔力が尽きればただの動かぬ空船だ。今、俺の身に何か起きても、何もできずに湖の底に沈むだけ。そんな事態は絶対に避けなければならない。隣人の恐竜親子のために、ネズミやらコウモリやらナメクジやら、集めて上の甲板に運ぶだけでもかなり骨が折れたし、おまけに細々《こまごま》とした念動操作は魔力消費も激しいようで、俺の気付かないうちに魔力を使い果たしてしまったらしい。
『……やっぱ、一人でもいいから乗組員が欲しいわ』
無人の閑散とした甲板を眺めながら、俺は一人そうつぶやく。俺を動かすために、やりたいことがまだまだたくさん山積みになっているというのに……
自分の思い通りにできないむず痒さに耐えながら、俺は途方に暮れてしまっていた。