第75話 思わぬ再会
「……ら、ラビリスタお嬢様っ⁉︎」
剣を交わした相手側も、声を聞いてラビだと分かったらしく、慌てて背後に飛び退き、剣を構え直した。よく見ると、ラビと剣を交わしたそいつは、ラビより五つ六つくらい年上の女の子で、シーツのように純白な髪をショートカットでまとめ、モフモフの毛で覆われた丸い耳とフサフサな尻尾を生やしていた。時折り、その耳や尻尾が彼女の揺れる感情に合わせてひょこひょこと動いていた。
(この子、獣人か? どうやらラビと面識があるみたいだが……)
しかも、よく見れば、その少女と同じく白髪でケモミミを生やした獣人は、彼女の他にも数多く船に乗り込んでいて、薄い布地の汚れた衣服を一枚だけ着せられた彼らは、各々剣を手にして海賊たちと必死に戦っていた。
ラビと面識あるその獣人の子は、襲ってきた海賊の中にラビが紛れ込んでいることに驚きを隠せないようで、薄灰色の瞳をぱちくりさせていた。
「そんな……どうして、お嬢様がここに……」
「メリヘナさんこそ、どうして奴隷船なんかに――」
ラビがそう尋ねようとしたとき、突然上層にある後甲板の方から、大声が飛んでくる。
「おいっ! 何をモタついている! 海賊を殺せ! 薄汚い野蛮人共を皆殺しにするんだ!」
後甲板の上で声を荒らげる一人の男。どうやらあいつが、この奴隷船の船長であるらしい。ロシュール王国軍人のようで、王立飛空軍の軍服を身に付けたその男は、自分は戦いもせずに、下の甲板で戦う獣人たちに向かって鞭打つように罵声を浴びせかけていた。命令を受けた獣人たちは恐れ慄きながらも、命令に逆らうまいと必死に剣を振るって突撃してゆく。
その様子を見た俺は、状況を即座に理解した。
(あの船長……この船の奴隷に、無理やり戦いを強いているのか!)
ラビと面識ある女の子を含め、船に居る獣人たちには皆、鉄製の首輪が付けられていた。奴隷たちに無理やり戦いを強制させ、自分たちは何もしないでただ命令を下すだけ。ああいう身勝手で卑怯なヤツらは、見ていて反吐が出そうになる。
「そいつを殺せ! 何をしている! 早く殺せと言っておるだろうが!」
男からそう命令され、ラビの前に立つ獣人少女は困惑の表情を浮かべる。
「でっ、でも私は………」
「つべこべ言わずに殺せっ! 相手が女子どもだろうと容赦するなっ!」
そうけしかけられ、獣人の少女は躊躇うものの、勢いに任せてラビに向かい剣を振り上げようとする。――しかし、明らかに迷いのある剣先はがくがくと震え、戦いたくない意志が彼女の態度にありありと表れていた。
「む……無理ですっ! いくら命令でも、元仕えていたご主人様の御息女であるラビリスタお嬢様を自ら手にかけるなんて……そんなことできませんっ!」
そしてとうとう、獣人の少女は耐えられないとばかりに声を上げて、その場に剣を投げてしまう。
「愚か者がっ! 私の命令に背く者はどうなるか、分かっているのだろうなっ!」
そう言って、船長の男は片腕を突き出して見せる。すると、男の指にはめられていた指輪が、キラリと赤い光を投げ、それに連動するように、獣人たちの首に付けられた首輪も赤く光った。
「――ぐっ! うぅっ! あぁあああああぁっ!」
途端に、周りに居た獣人たちが皆、一斉にその場でもがき苦しみ始めた。ラビの前に立つ獣人の少女も、表情を歪ませてその場に膝を突き、呻き声を上げて倒れ、床を転がって苦痛の声を上げる。
この異変を見た途端、俺はかつて前にも一度、これと同じ光景を目にしていたことを思い出す。
「ラビっ! 奴が手にはめてるあの指輪だ!」
「―――っ! 了解です! ニーナさんっ!!」
ラビの合図に、ニーナも意図を察してすぐ反応し、「あいよっ!」と背中の矢筒から矢を一本抜いて弓を引き、即座に一矢を放った。
放たれた矢は、敵船長の掲げた手の内へと吸い込まれ、指輪のはまった人差し指を含めた数本が弾け飛び、指輪が甲板の床に転がった。
「ぎゃあああああああっ!! 私の指がぁあああああっ!」
「はぁ? なによ、指だけじゃ足りないワケ~? ならもっとサービスしてあげるっ!」
シュッシュッシュッ!
立て続けにニーナが矢を放ち、合わせて五本の矢が腹と首、そして頭を順に貫いた。敵船長の男はショックのあまり口をかっ開いたまま、ピクピクと体を痙攣させて船縁から落下し、暗闇の広がる断層の底へと真っ逆さまに落ちていった。
指輪が男の手から離れ、獣人たちにかけられた苦痛の魔法も解けたらしく、それまで苦しみ藻掻いていた彼らは苦痛から解放された。
ラビが、床に落ちていた指輪を見つけて拾い上げる。
「師匠、これって………」
『ああ、獣人たちに付けられた首輪も見てみろ。以前ラビが奴隷だったときに付けられていたものと同じだ。主人のはめている指輪と連動して、首輪を付けた相手を強制的に従わせる。……まったく、とんだマジックアイテムだな』
ラビは指輪を床に落とし、思い切り足で踏み付けて壊した。途端に呪いの術式が解除され、獣人の首に付いていた首輪が音を立てて外れる。
それから、ラビはすぐさま目の前に倒れていた獣人の少女に駆け寄り、彼女を抱き起こしてやった。
『ラビ、この子は?』
「この人は白熊族のメリヘナ・マルサリアさん。彼女は、かつて私が住んでいたレウィナス公爵邸でメイドをしていた方なんです。まだ幼い私の面倒をよく見てくれて、一緒に庭で遊んだり、本を読み聞かせてくれたりしていました」
なるほど、どうりで彼女がラビのことを「ラビリスタお嬢様」と呼んでいたのも納得がいく。しかし、獣人をメイドに雇うとは、あまり聞かない話であるような気もするのだが……
「それに、彼女はただのメイドじゃないんです。レウィナス公爵邸の守備を務める近衛メイド隊の副メイド長という肩書きも持っているんですよ」
『近衛メイド隊?』
また変な名前が出てきた。近衛? メイド? 全く関係を見出せない言葉が並んだその単語に、俺は首を傾げてしまった。