第74話 上から来るぞ!
それから、俺はローデンシア双子大陸の断層付近の地上に降りて、相手の船を待つために、森の中へ身を隠した。
襲撃の作戦としてはこうだ。ニーナ率いる数人の監視部隊を編成させて地上に降ろし、断層のすぐ近くまで足を運ばせ、崖の真下を通過してゆく船影が居ないか常時監視させる。
そして、通過する獲物を捉えたら、すぐさま監視部隊がロールス信号をクルーエル・ラビ号に向かって放ち、船上で待機する俺たちに伝える。俺は即座に発進し、監視部隊を回収した後、マジックアイテム『神隠しランプ』を使って姿を隠し、断層内に侵入。そのまま上空から先制奇襲を仕掛けるという寸法だ。作戦の提案はニーナとラビ二人が意見を出し合って、最終的にラビが内容をまとめたらしい。初めてにしては良い作戦だと俺も思った。ラビは船乗りとしてだけではなく、策士としての才能も開花させてきたようだ。
「じゃ、監視部隊行ってきま〜す! 獲物を見つけたら、ちゃんと私たちも拾ってよ。副長を差し置いて先に襲撃しに行くとか、マジでやめてよね」
「もちろん、真っ先にニーナさんたちを回収しに行きます! 安心してください」
「約束だかんな! じゃ、後よろ〜」
監視部隊という地味な役回りがあまり気に食わないのか、ニーナは少し不満そうな顔をしてはいたが、ラビから命令されて渋々船を降りていった。
〇
――それから、陽が落ちて空が夕焼けで紅に染まり始めた頃、ようやく地上に降りた監視部隊の動きに変化が起こる。
「船長! 監視部隊からロールス信号を確認! 『ワレ モクヒョウヲ ホソク タダチニ コウドウヲ カイシセヨ』GOサインです!」
望遠鏡で断層付近を監視していた乗組員の一人が声を上げる。
「よし、総帆展帆! 総員戦闘配置に就けっ!」
いよいよ作戦が始まった。マストに登った掌帆手が帆を一斉に広げ、俺は森を離れて断層へと向かう。途中、近くで待機していたニーナ率いる監視部隊を拾って、俺は暗闇の広がる断層の隙間へと船を滑り込ませた。
「ただ獲物が来るまでじっと待つ仕事なんかより、敵船に乗り込んでド派手に暴れてやる方が、やっぱ私の性に合ってるな~」
ニーナがそんなことを口走りながら、弓と矢筒を肩に背負い、ナイフの刃先が欠けていないか確認して鞘に納める。どうやら獲物が現れるまでずっと痺れを切らしていたらしく、もう一刻も早く暴れたくて仕方のない様子だ。まったく、可愛い顔していながら恐ろしい戦闘狂ギャルエルフである。
「断層の下方に船影を確認! 獲物ですっ!」
俺はすかさずスキル「鑑定」を使って、遠くに見える船影の情報を表示させた。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
【船名】プリズン・カート
【船種】バーケンティン(3本マスト)
【用途】奴隷運搬船 【乗員】214名
【武装】8ガロン砲…28門、旋回砲…8門
【総合火力】840
【耐久力】750/750
【船長】ブレイン・ローエンハイム
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
船の大きさは俺とそんなに変わらないが、乗組員の数が多い。恐らく奴隷を積んでいるからだろうが、奴隷の分を差し引いても、人数で圧倒されてしまいそうだ。
――だが、乗組員の士気の高さで言うなら、間違いなくこっちの方が上だろう。皆、獲物を前にした肉食獣のように興奮に胸躍らせ、各々武器を手に乗り込む機会を今か今かと待ちわびている。
「マジックアイテム、『神隠しランプ』を起動! みんな静かに!」
ミズンマストに設置されたランプが煌々と蒼い光を放ち始め、乗っている乗組員を含め、俺の全身がみるみるうちに背景と同化してゆく。
やがて完全に姿を消した俺たちは、音もなく奴隷船プリズン・カート号の背後に忍び寄り、奇襲の機会をうかがった。相手船は狭い亀裂の中央を進んでいるせいで左右に入り込む隙間がないが、左右が駄目なら上から攻めるのみ。俺は上昇して奴隷船のすぐ真上に付けると、スピードを微調整して奴隷船とぴったり並行となるようにした。
「……よし、いいぞラビ、おっ始めようぜ!」
「はい師匠。では皆さん、奇襲作戦開始です!」
ラビが小声で合図すると同時に、船縁で待機していた斬り込み部隊が一斉に縄を投げ、垂れ下がった縄を早々と伝って相手船のマストへ乗り移ってゆく。彼らはエルフ特有の俊敏な足取りで音もなく移動し、マスト中央の檣楼に立っていた見張りたちを息も吐かさぬまま刺し殺した。一瞬で檣楼を制圧した海賊たちは、下の甲板を覗き込み、敵の数と位置を確認した。斬り込み隊の準備が整ったところで、副長のニーナがナイフを引き抜いて号令をかける。
「野郎共かかれ~~~~っ!」
「「「オォ―――――ッ!!」」」
その声を合図として、次々と甲板へ飛び下りてゆく海賊たち。突然真上から雨のように降ってきた彼らを前に、奴隷船の乗組員たちは完全に不意を突かれ、瞬く間に甲板上は血を血で洗う戦場と化した。
ニーナ率いる斬り込み隊の襲撃が成功し、後からも多くの乗組員たちが戦場に身を投じてゆく。その中になぜかラビもしれっと紛れ込んでいて、武器を手にして相手船へ乗り移ろうと準備していた。
「師匠、私も行ってくるので、舵をお願いします!」
「おっ、おいラビ待て! いきなり実戦はキツいんじゃないのか? 大丈夫なのか?」
「大丈夫です! 私は海賊船の船長なんです! みんなの先頭に立って立派に戦えなきゃ、船長になった意味がありません!」
そう力強く答え返すラビ。確かにその心意気は立派だが、正直言って今彼女が突っ込んで行っても、前みたいに敵に囲まれて絶体絶命になる未来しか見えない。勇敢と無謀をはき違えられては困る。だからお前は大人しく船に残って――
……と、伝えようとしたときには既に遅く、ラビは下ろされたロープを伝って敵船へと乗り込みにかかっていた。おい! 俺の忠告を最後まで聞けっ!
俺の忠告も聞かず、ラビはロープを伝って乱戦真っただ中の奴隷船甲板へと下りてゆく。
……が、ロープを伝って降りること自体が初めてなせいか、容量がつかめずに途中ですぐに立ち往生してしまう。
「うぅ、手が痺れるっ……それに脚も、もう限界……きゃっ!」
とうとう耐えきれずに綱から手を放してしまうラビ。当然重力に逆らうことはできず、彼女の体は真っ逆さまに下へ落ちてゆく。
「いやぁあ~~~~~~っ!!」
しかし、そこへニーナが彼女の落下地点へ滑り込み、間一髪でラビを両腕の中に受け止めた。
「はいナイスキャッチぃ!」
「あっ、ニーナさん! ありがとうございますっ!」
「もー、放っておくといっつもこうなんだから、ウチらの船長は。言っとくけど、戦場でドジっ子アピールなんていらないから」
ニーナはそう言ってあきれながらも、ラビを甲板の上に降ろしてやる。
「さ、戦いはまだまだこれからだよ未熟者。準備はオッケー?」
以前にも一度言われた言葉をそのまま返されて、ラビは少し恥ずかしそうに顔を赤らめながらも、腰に携えていた舶刀を引き抜き、仲間たちに号令する。
「野郎共怯むな! 私たち海賊の底力を見せ付けなさいっ!」
「「「「ウオォ―――――――ッ!!」」」」
ラビの掛け声に、海賊たちは剣を掲げて雄叫びを上げ、ひたすら敵船員に向かって斬りかかってゆく。ラビも負けじと襲いかかってくる敵の刃を受け止めては交わし、上手く一撃を加えながら、ニーナと共に甲板を次々と制圧してゆく。
少し前まで、このような戦闘の場で戦いのやり方すらも分からず、ただ海賊たちの勢いに翻弄されるがままだったラビ。しかし、航海する中でニーナに剣術を教えてもらったり、戦闘で生き残るための知恵や心得を教えてもらったおかげで、今となっては海賊たちの立派な一味として、戦いに加わることができていた。側から見ていても、俺はラビの成長ぶりをひしひしと感じていた。雄叫びを上げながら剣を振り回すなんて、とてもお嬢様らしからぬ野蛮な行為ではあるのだが、戦場で勇ましく戦う姿には、どことなく他者には無い華麗な美しさまで感じられるほどだった。
――とそのとき、敵船長が居るであろう後甲板へ向かっていたラビの前へ、不意に一人の人影が死角から飛び出し、ラビと剣を交わらせた。
カイィィン!!
「ぐっ――!」
その素早い剣撃を寸前で受け止めたラビは、剣を振るってきた相手の顔を一目見て、驚愕のあまり目を見開いた。
「あっ! あなたは………メリヘナさんっ⁉」