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第73話 海賊船長としての船出

 万屋アクバで用を済ませた俺とラビは、クルーエル・ラビ号の置かれたドックに戻った。ドックでは、俺の船の隣で眠っていたグレンが起きていて、こちらにやって来るラビの姿を見つけるなり、不機嫌そうな声色で言った。


「……あっ、ラビちゃんお帰り。こっちはもう大変だったんだから」

「えっ? 何かあったの?」


 ラビが不思議そうに首を傾げる。グレンから話を聞いたところによると、俺たちが留守にしている間、港のドックに最強ドラゴンの黒炎竜が来ているといううわさを聞き付けた街の住人たちが、グレンを一目見ようとここへ押し寄せて来たらしい。


「起きたら周りは人だらけでさ……みんなジロジロボクのことを見て……あいつらみんな、ボクを観賞用の竜の置物か何かと勘違いしてるんだよ。おかげでボク、すごく恥ずかしい思いをしたんだから……」


 グレンはそう言って長い首を曲げ、慰めてと言わんばかりにラビの前に巨大な顔を近付ける。ラビは落ち込んでいる彼の鼻先をそっと撫でてやると、微笑みながらこう言った。


「大丈夫、今日アクバさんのお店で『召喚指輪サモンリング』を貰ったから、これを使えば、体の大きなグレンちゃんでも、私の指に付けたこの指輪の中で快適に過ごせるはずだよ」

「本当に? ……それがあれば、ボクはラビちゃんとずっと一緒に居られるの?」


 グレンの問い掛けにラビが大きく頷いてみせると、彼は嬉しがるように目を細めた。


「えっと、じゃあ実際にやってみるね。ええと……こうやって指輪を掲げて、アクバさんから教わった呪文を唱える、と………『召喚獣よ、我が手の内に戻れ』っ!」


 ラビが召喚指輪サモンリングを起動させる呪文を唱えた途端、グレンの巨大な体の全身がまばゆく光り出し、キラキラとした粒子となって崩れ落ちると、そのまま吸い込まれるようにラビの掲げた指輪の宝石の中へ吸い込まれていった。


 指輪の中に取り込まれたグレンに向かって、ラビが声をかける。


「中に入った気分はどう?」


 すると、指輪からグレンの声が返ってくる。


「……うん、なんか、重い体から解放されたみたいで、とても居心地が良いよ……それに、ラビちゃんの手の温もりも感じられるし……気に入っちゃったかも……」


 召喚指輪サモンリングに取り込まれた彼は、中の居心地にご満悦な様子。これでドックが一つ空きになり、停泊代も倍額払わずに済むだろう。


「あっ、ラビっち~~~! 船の修理と荷物の積み込み終わったよ~。どうする? 出航しゅっこる?」


 すると、クルーエル・ラビ号の船上で、副長のニーナがラビに向かって声を上げ、手を振っていた。


「はい! 出航準備お願いします!」

「りょ! よ~し、野郎共聞いたな~? 手空いてる奴は上砲列甲板アッパー・ガンデッキに集合! 錨を上げたら掌帆手しょうはんしゅはマストへ! ほらほらさっさと動け~!」


 ニーナが出航の準備を始め、ラビが急いで船に乗り込むと、「船長が乗船キャプテン・オン・ボード!」と乗組員の一人が声を上げ、周りで作業していた者たちが皆ラビに向かって敬礼する。乗っているニーナ海賊団たちは皆、手練れの水夫ばかりで、強面こわもてなイカついヤツらばかりが集まっているのだが、彼らがまだ子どものラビに向かって律儀に敬礼している様子は、傍から見れば何ともシュールな光景に映った。


「あっ、あの……みんな構わず作業を続けて」

「イェス・マム!」


 周りから敬礼されたラビも、少し気恥ずかしそうにしながら、そそくさと舵輪のある後甲板アフターデッキへ向かった。


 後甲板アフターデッキには既にニーナが立っていて、甲板に上がってきたラビを見て敬礼する。


「いつでも出航可能っすよ、船長キャプテン!」

「ありがとうございますニーナさん! ……でも、ニーナさんは、カムチャッカ・インフェルノ号の方には戻らなくて大丈夫なんですか? ずっとドックに置きっぱなしになっちゃってますけど……」

「あぁ、私の船ならヘーキヘーキ。リドエステでの依頼クエストがあったときに船で待たせていた乗組員も、みんなこっち(クルーエル・ラビ号)に乗せちゃったから、今あの船には誰も乗ってないの。船のことはルミっちに任せてあるし、大丈夫でしょ」


 クルーエル・ラビ号の副長に任されてからというもの、ニーナは元々自分の船である快速船カムチャッカ・インフェルノ号とすっかり疎遠になってしまっていた。しかしニーナは、俺の上で副長として働いている方が断然面白いらしく、自分の船はまだしばらくルルの港に預けておくらしい。スピードなら俺にも劣らない高性能な船ではあるのだが……


「では、行きましょう師匠!」

「ん? ああ、そうだな」

「前進微速! 上昇微速! ヨーソロ!」


 ラビの言葉に合わせ、隣に居たニーナが速力通信機エンジン・テレグラフのレバーを操る。俺の体はゆっくりと浮き上がり、ドックの洞穴を抜けた。


「おやおや? ラビっち、今日はなんか張り切ってるね~」

「はい! 今回、私が船長になって初めて、()()()()()()()()んですから!」


 そう言って胸を張り、俺の舵を握るラビ。


 ――実はルルの港町に戻って来てから、ラビはニーナと共に港町の酒場「スラッシー」を訪れ、そこでいくつかの依頼クエスト見繕みつくろってきていた。


「最初はどんな依頼を受けるのが良いのでしょうか?」

「そうだな~、オススメは輸送船の護衛依頼とかだけど、積み荷の輸送依頼なんかを引き受けて、荷物を積み込んだらそのままトンズラしちゃうってのもアリかもね~。まぁ、フツーに依頼こなして報酬貰った方が早いって話もあるけど」


 これまで過去に依頼を利用して数々の海賊行為をこなしてきたニーナが、自分の体験を踏まえつつ、どの依頼を受けるのがベストなのかをラビに聞かせてくれる。しかしラビは、首を横に振ってこう言った。


「普通に依頼をこなすだけでは海賊じゃありません! ここは輸送船の襲撃を念頭に置いて、依頼を選びましょう!」

「お、マジで? ついこの前輸送船を襲撃したときには散々敵にやられて泣きっ面見せてたラビっちが、今じゃそんなこと言えるようになったんだ~」


 そうからかってくるニーナに、ラビは顔を赤くしながら、「そ、それはもう昔の話ですから……」と恥ずかしそうに目線を落として答えた。


「ん~、でも輸送船を襲うとなると、依頼を受けた他の探検家船舶組合ボトコンのヤツらが参加して船団を組んでることも多いから、最初の獲物にしてはちょっとムズいかもしれないな~」

「えっ……じ、じゃあ、なるべく他の方が参加していなそうな、あまり人気のない依頼をお願いできますか……」


 ニーナの言葉を聞いて臆病風に吹かれてしまったのか、それまでの意見と一変して無難な方を選ぼうとするラビ。


 「う~ん、じゃあこれは?」とニーナが一枚の依頼書をラビの前に提示した。


「これは――『奴隷運搬船の護衛依頼』?」

「そ。護衛と言っても奴隷船を襲う船なんて滅多に居ないし、報酬も少なめだから、受ける人があんま居ないんだよね~。これだってほら、奴隷船一隻の警護で、武装もそんなヤバくないから、初襲撃記念としちゃあ、良いレベルなんじゃない?」


 そう言われて、ごくりと唾を呑むラビ。かつて自分が奴隷だったときのことを思い出し、最初はあまり気乗りしないような表情だったが、それでも意を決したのか、その依頼書を持って受付のカウンターへ向かうと、机の上にそれを叩き付けて言った。


「……この依頼、引き受けます!」



 ――と、そんな経緯で奴隷船を襲撃することとなった俺たちは、襲撃する船が航行するルートであるローデンシア双子大陸へ一足先に回り込んでいた。


「依頼書の空図によれば、目標の船は多分このローデンシア双子大陸の間を通っている断層の中を進んでいくはず。ここは輸送船や奴隷船が近道としてよく使う秘密のルートなんだけど、左右を崖に囲われているせいで、襲撃されたら逃げられないって欠点があるんだよね~。そういう意味でも、襲撃する側にとってはうってつけの場所ってワケ」


 どうやらニーナの話によると、護衛役の船を得られず、それでも急いで積み荷を目的地に運ばなければならない船などが、よくこの秘密の抜け道を使うらしい。航路のショートカットには便利だが、それでも一度入れば賊に襲われるリスクが極端に高まる危険な抜け道だ。


 ローデンシア双子大陸は、ロシュール王国ケースベルク伯爵領内に位置しており、見た目は一つの大陸のように見えたが、近付いてみると、大陸の中央に、巨大な断層が走っているのが確認できた。亀裂の幅は約百メートルほど。俺くらいの大きさの船が二隻ギリギリすれ違えるかくらいの幅しかない。


「……ラビちゃん、ひょっとして船を襲うつもりなの?」


 すると、ラビの付けている召喚指輪サモンリングから、弱々しいグレンの声が聞こえてきた。ラビの指輪から突然声がしたことに驚くニーナだが、すぐにその指輪がただの指輪でないことに気付く。


「あれ? それ召喚指輪サモンリングじゃん! いつの間に手に入れたの?」

「あっ、これはその……港で『万屋アクバ』に立ち寄ったとき、アクバさんから頂いたんです」

「はぁ⁉ これ貰ったの? タダで? ……むぅ~あんのクソジジイ、私が買ったときは法外な高値で売り付けてたくせに! マジ有り得ないんですけど~~!」


 ラビと自分であまりに異なるアクバの待遇ぶりに、一人憤りを隠せないニーナ。そんな彼女を他所よそに、ラビは指輪の中に居るグレンに向かって答えた。


「今回はグレンちゃんの出番は無いと思う。私たちだけで頑張れると思うから、グレンちゃんは指輪の中に隠れていてね」

「うん……ボク、あんまりそういう物騒なことはやりたくないから、できれば呼んでほしくないなって、思っていたところだったんだ……」

「いやいや、グレンちゃんに炎のブレス吐かれたら、相手の船一発で灰になっちゃうでしょ。奪うもの奪う前に灰にしちゃ意味ないっつーの」


 ニーナが指輪の中に居るグレンに向かってそう言い返す。確かに、あれだけ威力のあるブレスを吐かれては、奴隷船はひとたまりもなく木っ端みじんになってしまうだろう。しかもあんな狭い場所では、下手すればこちらまで巻き込まれかねない。今回はグレンの出番が無いことを祈ろう。


「……うん、分かった。出しゃばってごめんね……じゃあボクは大人しくしてるから、全部終わったら、また呼んでね」


 そう言ってグレンは眠ってしまったらしく、それからいくら指輪に話しかけても、彼は一言も喋らなかった。

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