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第72話 万屋アクバに立ち寄る

 ラビの持つ小さなフラジウム結晶に意思転移できるスキルを得た俺は、ラビと共に港町にある「万屋アクバ」に立ち寄った。


「いらっしゃい! ああ、来たか新米船長の嬢ちゃん。お前の噂なら、耳にタコができるほど聞いてるよ。リドエステで最強ドラゴンを手篭てごめにして、そのドラゴンに乗って王国要塞に一人で殴り込みをかけ、土地神様の怒りを鎮めたんだって?」


 店に入った途端、店主のアクバからそう言われて、「いえあのっ、色々と語弊がありますよっ!」とラビは慌てて首を横に振った。


「まったく、まだ子どもだってのに、これだけ手柄を立てられたとなりゃ、界隈が大騒ぎするのも無理ないわなぁ。周りじゃ、可愛いチビっ子新米船長に付いて行きたい輩が、次々と乗組員候補に名乗り出てるそうじゃないか」


 アクバの言う通り、俺たちがルルの港町へ戻って来てからというもの、新たに船長となったラビの下で働きたいと願い出る船乗りたちが頻繁に現れるようになった。そうしてついには、俺の入渠にゅうきょしているドックに長蛇の列ができてしまうほどの人気ぶり。……俺は流行りのラーメン屋か何かか?


 ――しかし、乗組員を新たに雇うのも良いのだが、その分彼らを養う費用や食料の問題も出てくる。リドエステでの活躍で大金を得てはいたものの、船の修繕や備蓄食料の買い足し、乗組員たちの給料などで瞬く間に飛んでいってしまい、気付けば財布も空っぽ寸前。世の中そう甘くはない。


 俺はラビと相談した結果、もう少し金銭面で余裕ができてから雇うと皆に約束し、早々に解散させてしまったのだった。


「クルーエル・ラビ号で働いてくれるのは嬉しいんですけど、あんなにたくさんの船乗りを雇ってしまって、ちゃんと全員分のお世話をできるのかなって思ったら、自信なくなっちゃって……」


 そう言って肩を落としながら本音を漏らすラビ。


「何を言ってやがる。船は幼稚園じゃねぇんだ。自分のケツくらい自分で拭けるようでなきゃ、一人前の船乗りとは言えねぇ。奴らは自分の船を動かすための駒だと思って、お前は自分の気の赴くまま、好きな場所へ行けばいいのさ。そうすりゃ周りのヤツらはみんな、お前の後ろを付いて来る」


 腕を組んでそう一人語るアクバ。彼の言葉を聞いたラビは、クスッと笑みを漏らした。


「ふふっ、まるでニーナさんみたいなこと言うんですね」

「あぁ? あんなクソあまなんかと一緒にすんじゃねぇよ。不名誉極まりないぜ」


 「不名誉なんかじゃありません。ニーナさんは私に船長とは何たるかを教えてくださった先生なんですよ」と、ラビはアクバに言い返す。……確かに、チャラい態度とウザい話し方は完全にギャルのそれではあるのだが、ああ見えても一応、ラビに船長とは何たるかを教えてくれた恩師なのである。


「……ふん、まぁいいさ。――で、今日は何の用で来たんだ?」


 アクバがそう尋ねると、ラビは彼の居るカウンターの前までやって来て、テーブルの上に例の小さなフラジウムの小結晶(俺)を置いた。


「ん? こりゃフラジウム結晶だな。随分と小さいが、まさか自分で錬成して作ったのか?」

「いえあの、リドエステの洞窟で拾ったんです。とても綺麗だから、ペンダントにしてもらおうと思って……」


 そうラビが言うと、アクバは興味深そうな目で結晶をじっと睨み、それからはかりに載せて重さを量った。


「こりゃ5グリムもねぇぞ。水上での魔導走行くらいなら問題は無いと思うが、普通この結晶は10グリムあってようやく小ボート一艘が空に浮かぶ力を出せる。フラジウム結晶は普通、実用性が重視されるんだが、これだけの重さじゃ本当にただの飾り物になっちまうぞ? それでもいいのか?」

「はい。ただ見た目が綺麗なので、首元に飾りたいと思っただけですから」


 そう話すラビだが、実際にこの結晶をペンダントにしてもらうよう頼んだのは、他でもないこの俺である。ペンダントにしてもらい、ラビに肌身離さず身に着けてもらうことで、俺もこの小結晶に「意思転移」して、いつでも彼女と行動を共にできるようにしようという狙いだ。


「そうか、分かったよ。とは言っても、穴開けて紐を通すだけだから、今日中には終わるだろうな。他に欲しいものはあるか?」

「あっ、あともう一つだけ。……その、ニーナさんが指にはめているマジックアイテムの『召喚指輪サモンリング』って、このお店で取り扱ってたりしますか?」

召喚指輪サモンリング? 何でそんなものが欲しいんだ?」

「いえその、新しく乗組員になった黒炎竜のグレンちゃんがあまりに大きいので……いつも船の後ろから付いて来させる訳にもいかないし」

「新しい乗組員って……お前、まさか手篭てごめにしたあのドラゴンまでお供に連れて行こうってのか?」

「だから手篭めにしたんじゃないですってば!」


 顔を真っ赤にして怒るラビ。リドエステで仲良くなったという黒炎竜のグレンは、他のドラゴンと違い、人間の言葉を理解し、話すことのできる特別な竜だった。ゆえにラビと意思疎通し、今ではすっかりラビに懐いてしまっている。


 ……しかし、ラビと仲良くなったは良いものの、最初グレンを引き連れてルルの港町に戻って来たとき、グレンを見た町の人々は、ドラゴンが町を襲撃しに来たのだと勘違いしてしまい、大騒ぎになってしまった。町の警備兵たちが出動する事態にまで発展してしまい、港の管理人であるルミーネが、事態を収拾させるためにかなり頑張ってくれていた。


 ちなみに今、グレンはどうしているかというと、港にある洞穴ほらあなドックの一つを借り、そこに腰を下ろしてスヤスヤ眠っていた。体長二十メートルを超えるドラゴンを収容できる場所といったら、町の中でもここくらいしかなかったのだ。普段は船しか入らない場所なのだが、グレンのためにドックを一つ貸してほしいと、ラビがルミーネに頼みに頼み込んだ結果、特別にドック一つの貸出が許されたのだった。その代わり、「その分、入港料と停泊料も倍額払っていただきますからねっ!」と、ルミーネはぷんぷん怒っていたのだけれども…… でもまぁ、ただでさえ町に押しかけて来たドラゴンに振り回されてしまった挙句、そのドラゴンのためにドックを一つ貸してくれと言われれば、怒るのも無理ないのかもしれない。


 ただ、そのときは眼鏡をかけていない茶目っ気のあるルミーネだったから良かったものの、もし眼鏡を外したルミーネ女史だったらどんな怒り方をされていただろう? そう考えるとゾッとした。


「なるほどねぇ、入港料に加えて停泊料まで倍額となれば、そりゃ出費もかさむだろうな……分かった分かった。良いのがないか、探してきてやるから待ってろ」

「あ、ありがとうございますっ!」


 アクバはラビから手渡されたフラジウム小結晶(俺)を持って、カウンターの奥にある作業部屋へと引き下がっていった。


 それから、俺は作業台の上に乗せられ、ドリルのような道具で穴を開けられ、紐を通された。それから、アクバは一旦作業台から離れて物置きの方へ行き、何かを探しているのか、ガサガサと物を漁る音がいつまでも聞こえていた。


 そうして数時間後、ペンダントになった俺を持ってアクバ店に戻る頃には、ラビは店のカウンター席にうつ伏せてスヤスヤ寝息を立てていた。


「待たせたな嬢ちゃん。ほれ、ペンダントの出来上がりだ。首にかけて、そこの姿見の前に立ってみな」

「ふぇ? ……あ、はいっ!」


 慌てて起きたラビは、アクバからペンダントを受け取り、首に付けて姿見の前に立った。鏡に映ったペンダントは、彼女の胸の上で紫色に輝いていた。まるで巨大なアメジストのようだ。


「すごくキレイ……ありがとうごさいますアクバさん! 大切にします!」

「おっと、例を言うのはまだ早いぜ嬢ちゃん」


 アクバはそう言って、ポケットから小さな指輪を取り出して見せる。


「それって、もしかして……」

「あぁ、『召喚指輪サモンリング』さ。物置の奥に一個だけ、まだ在庫が残っててな。かなり古いが、そいつをくれてやる。持ってけ嬢ちゃん」

「えっ、あの、お代は良いんですか⁉︎ マジックアイテムって、かなり高価な物だってニーナさんから聞いていたんですけど……」

「あぁ、もちろん値はそれなり張るぜ。何せドラゴン一体を丸ごと収めるだけの強い呪文がかけられてるからな。だから、もしそいつを亡くしちまったら、原額の倍を払ってもらうとするかな」

「そ、それってつまり、幾らくらいになるんですか?」


 ラビがそう尋ねると、アクバから「耳を貸しな」と言われ、耳打ちでその額をささやかれる。途端に、ラビは思わずクラッとふらついてしまった。


「――いいな? だから絶対に無くすんじゃねぇぞ。分かったな」

「死んでも絶対に離しませんっ!」


 大声で即答するラビ。一体どれくらいの額を吹き込まれたのか知らないが、そんな大層なものを駄菓子のおまけみたいにラビに与えるアクバもどうかと思う……


 そんなこんなで、ラビはこの日、アクバにペンダント代だけ払い、店を出たのだった。

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