第68話 船長の座へ、再び――
最初、ラビがかつて俺たちを襲った厄災の炎竜を連れて現れたとき、俺は驚いて腰を抜かすところだった。……まぁ俺船だから、腰なんて無いんだけども。
「師匠~~~っ、ただいま~~~っ!」
でも、竜の頭の上に乗るラビが、満面の笑みで俺に向かって大きく手を振りながら声を上げる姿を見て、俺はホッと胸を撫で下ろした。俺たちを散々な目に遭わせたあのドラゴンは、俺の目を離している間に何があったのか知らないが、今ではすっかりラビに懐いてしまっているようだった。気のせいか、厄災の炎竜と恐れられるドラゴンのそのいかつい顔も、どことなく嬉しそうに見える。
「……おかえり、ラビ。よく戻ったな」
俺はそう言って、温かくラビを迎えてやる。なんだか、長い旅行から戻って来た娘を迎える父親みたいに思えて、少し気恥ずかしくなった。
ドラゴンは俺の前までやって来ると、首をもたげて、頭の上に乗ったラビを俺の甲板上に降ろしてやる。
「……師匠、心配かけてごめんなさい。離れ離れになってしまってから色々あって、危ない橋をいくつも渡ったし、辛いこともたくさんあったの。……でも、こうして新しい友達もできたし、最後には師匠やニーナさんたちが助けに来てくれて、本当に嬉しかった」
ラビは、これまで一人で体験してきた苦労など感じさせないような笑顔で、俺にそう言った。
『別に謝らなくていい。前にも言っただろ? 無事戻って来てくれただけでも十分過ぎるくらいだ、ってな』
「はいっ! ……でも、師匠はどうして私の居る場所が分かったんですか?」
『えっと……それはまぁアレだ……色々と偶然に偶然が重なって、気付けば俺たちもラビと対峙する敵を同じくしていたってだけだ。正直、ラビがこんなところに居るなんて思いもしなくてな。だから、こうしてまた会うことができて、俺もとても嬉しいんだ。……本当に………よく戻ったな、ラビ』
俺も、こうしてまた会えたことがうれしくて、思わず感涙にむせびそうになる。……まぁ、俺船だから涙なんて出ないんだけれど。
でも、話す声が詰まってしまい、感極まっていることがラビにもバレバレだった。そんな俺の声を聞いて、ラビも涙を溜めたうるうるな瞳で俺を見てくれている。正直言って、抱きしめてやりたいくらいメチャクチャ可愛かった。
「ラビっちぃ~~~~!」
と、そこへ駆け寄ってきたニーナが、ラビを背中から思いっきり抱きしめていた。
「ちょっ⁉ ニーナさんっ? いきなり抱き付かないでくださいよ!」
「うっさい! この前ラビっちだって私に同じことしてたでしょうが! お返しじゃこのこのこの~~~~~っ!」
顎で頭の上をぐりぐりさせられ嫌がるラビを、放そうとしないニーナ。ぐぬぬ……俺の抱いた願望を目の前で即実践するとか卑怯だぞ! 俺だって普通の人間だったら、真っ先に抱きしめてやるものを……
「ほんっとにさぁ、私がどんだけ心配したと思って……ガチで死んだと思ってたんだからな!」
「ご、ごめんなさい……でも、私は大丈夫です。この通りピンピンしてますから」
ラビはそう言ってニーナと向き合うと、それまでずっと頭に被っていた三角帽子を外して、ニーナに手渡した。
「この帽子、お返しします。これはニーナ船長のものですから」
ラビの被っていた帽子は、洞窟でニーナから船長代理を任される際に手渡された、船長の証だった。ラビはその帽子を、はぐれてからもずっと無くさずに被り続けていたのだ。
ニーナは、ラビから手渡された帽子に目を落とし、しばらく何かを考えているようだったが、やがてため息を吐いてこう答えた。
「……これは、多分もう私のものじゃないな~」
そして、再びラビの頭にその帽子を被せたのである。
「えっ? どうしてですか?」
困惑するラビに向かって、ニーナは照れくさそうに言う。
「だって私より、私の前に居る誰かさんの方が、よっぽど船長らしい働きをしてくれたみたいだし? ………それに――」
ニーナはその後の言葉を続けるか少しだけ迷っていたが、やがて吹っ切れたようにニパッと笑顔を作り、声を大きくして答えた。
「それに私ね、本当にラビっちが死んだと思って、大泣きしちゃったんだよね! ホラ見てよこの目の下のとこ、でっかく腫れちゃってるの分かる? ウケるでしょ」
自分の目の下を指差しながら、肩をすくめるニーナ。
「……だから、泣いちゃった私は船長失格だよ。それに、ラビちゃんの船長としての技量は、今回の一件で十分に見させてもらったからね。もう私が教えることは何もないんじゃないかな~」
そう話すニーナの言葉から、船長の座を渡されたのだと知ったラビは、途端にぱあっと目を輝かせた。
「本当に良いんですか⁉」
「うむ、私の乗組員をよろしく頼むよ、ラ・ビ・船・長っ♥」
そう言われたときのラビのはしゃぎっぷりと言ったら、まるで玩具を贈られて喜ぶ子どものようだった。
「やったやったぁ! 私、やりましたよ師匠!」
『ああ、よくやったなラビ。これからはまた、お前が俺の舵を握るんだ』
「はいっ! ……でも、これから先、まだ見ない世界を旅することも初めてで、経験も浅い私に、こんな大役が務まるのかなって、少し不安もあるんです」
そう言って、正直に心の内を明かすラビ。確かに、初めて船長を任され、初めて見る世界を旅するのだから、経験のない彼女一人だけではどうにもならないときも出てくるだろうと思う。
そこで俺は、ラビにこんな提案をしてみた。
『……なら、ニーナを副長として迎えてやるのはどうだ?』
「へっ? 私を?」
驚いた顔で自分を指差すニーナ。
『船長としての経験が豊富なニーナを副官に置けば、経験の浅いラビをフォローすることもできるだろうし、案外良いコンビになると思うんだけどな』
俺の出した提案に、ラビも「なるほど! その手がありました!」とポンと手を叩く。
「ではニーナさん、あなたを私の師匠、クルーエル・ラビ号の副長に任命します! 長く培ってきた船長としての経験を、これからも私にたくさん教えてください!」
成り行きで副長を任されてしまったニーナだが、彼女はニヤリと意地悪な笑みを浮かべて笑った。
「あはははっ! これまで私の下に居たラビちゃんが、今度はラビちゃんの下に就くことになるなんて、超ウケるんですけど~! いいよ! ラビちゃんの下で働くとか、なんか楽しそうだし、マジテンション上がるわ~!」
こうして、ニーナも副長になることを引き受けてくれ、俺も少し安心した。正直、まだ船長初心者であるラビに俺の全てを任せるのは少し抵抗があったのだが、経験豊富なニーナが傍に居てくれれば心強い。これでまた、ラビと共に航海を続けていけそうだ。
新しい船長が決まった俺の甲板上に、乗組員たちの元気な掛け声が響き渡った。
「ラビ船長、万歳! ラビ船長、万歳! ラビ船長、万歳っ!!―――」