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第67話 交わした約束◆

 それから一時間もしないうちに、王国軍の要塞はニーナ海賊団たちによって完全に制圧された。


 ニーナが急いでラビの元へ走ると、彼女は倒れているドラゴンの傍に寄り添っていた。そのドラゴンが、かつて洞窟で自分たちを襲った黒炎竜だと分かると、ニーナは「ラビっち、そいつから離れて!」と叫んで咄嗟とっさに弓を引く。


 けれどもラビは、「やめて!」と両腕を広げて叫んだ。


「この子は危険じゃないわ! この子は――グレンちゃんは、私を助けてくれた大切な友達なの……」


 その言葉を聞いて、ニーナは驚きを露わにする。


「……ラビちゃんまさか、この黒炎竜を手懐けちゃったの? マジで言ってる?」

「別に手懐けてなんかない。グレンちゃんは、性格は内向きだけれどすごく友達思いで、いつも私に良くしてくれたのよ。洞窟で私たちを襲ったのは、そこで見張りをするよう仲間たちに言われて仕方なくやっていたからで、彼に悪気はなかったの。……私、こんなに優しくしてくれた友達と出会えたの、初めてだった。……初めてだったのに、こんな……うぅ……」


 顔を俯けたラビの目から、ポタポタと涙が落ちてゆく。彼女が寄り添っているグレンは、既に目を閉じて動かなくなっていた。


「なるほどねぇ……」


 ラビの言葉と今の状況を見て、ここで何があったのか経緯を察したニーナは、大きくため息を吐き、それから泣いているラビの前にしゃがみ込むと、彼女の両頬を思い切りつねった。


「ひゃっ! ひょっ(ちょっ)いはいへふよ(痛いですよ)ひーははん(ニーナさん)……」

「だ〜か〜ら〜、泣くなって言ってんでしょうがっ!」


 お餅のように伸びた頬をペチンと離され、涙目で赤くなった頰をさするラビ。


 ニーナは立ち上がると、隣に倒れているグレンを見やる。


「………この子はまだ死んでないよ。微かだけれど、まだお腹が動いてるし、息もしてる。……私の治癒魔術で治るかどうか分かんないけど、試してみっか……」


 ニーナは腕まくりして集中するように大きく深呼吸すると、グレンの額に手を当てた。


「―――”治癒(大)(ヒール・マキシマ)”」


 すると、ニーナの手元がまばゆく光り始め、彼女の治癒ヒールの力が、巨大な竜の体の全身へ染み渡ってゆく。


 そしてやがて――


「………う……うぅん……」


 グレンは寝ぼけたような声を上げて、薄っすらと目を開き、体を起こしたのである。


「グレンちゃんっ!!」


 ラビは喜びのあまり、グレンの鼻の上に飛び乗るように抱き付いた。彼が頭を持ち上げると、ラビの足も地面から離れてしまう。


「んぅ………あ、ラビちゃん……おはよう」


 自分の鼻先に乗っかっているラビに向かって、呑気に挨拶を返すグレン。


「もうどこも悪くないの? 体調はどう?」

「……あぁ、うん、大丈夫……あの酔ったみたいなクラクラも無くなって、ボクは今とても気分が良いんだ……」


 相変わらずボソボソとした喋り方だったけれど、それでもいつものグレンが戻って来てくれたことが嬉しくて、「良かった……良かったよぉ……」と、ラビは目に涙を浮かべながら、いつまでもグレンの鼻先に頬擦ほおずりしていた。


「に、ニーナ船長……この黒炎竜、言葉を喋ってますぜ。こりゃたまげた……」

「それな」


 そして、ニーナとその海賊団たちは、一人の少女と戯れる巨大な黒炎竜を、呆然とした表情で眺めているのだった。


「……あっ、ねぇラビちゃん。あそこに見えてる船が、ラビちゃんの言ってた『師匠』なの?」

「そう! あれが私の恩師であり、私たちの家なの。グレンちゃんも、これから私たちと一緒に旅する仲間として、ちゃんと師匠にも挨拶しておかないとね」

「………うんっ」


 すると、その言葉のやり取りを傍で聞いていたニーナが、驚きの声を上げる。


「ちょ、まさかこの子も一緒に連れて行くつもりなの?」

「はい! だって私、グレンちゃんとそう約束したので!」



約束――そう、王国軍の要塞を襲撃する前、ラビは要塞襲撃に協力するようグレンにお願いする代わりに、彼の願いも一つ、聞き入れていたのだ。



「――その代わり、差し出がましいかもだけど……ボクのお願いも一つ、聞いてほしいんだ……いいかな?」

「ええ。何かしら?」


 ――王国の要塞を襲撃する前、敵兵たちに見つからないよう、森の中に小さく身を潜めたグレンが、要塞の偵察から戻って来たラビに向かって、こう言った。


「もし、これでボクたち生き残ることができたら……これから先も、その……ラビちゃんに、付いて行ってもいいかな? ……ボク、これまでずっと一人ぼっちでさ、初めてラビちゃんと出会ってから、何だか胸の奥がずっとポカポカしているんだ……こんなの初めてで、何て感情なのかよく分からないんだけど……でも、悪い気分じゃないんだ。どうせボクの仲間もみんな死んじゃったし、もうここに留まる理由も無くなっちゃったしさ………駄目、かな?」


 グレンは少し恥ずかしそうに目を反らしながらも、ラビに向かって問いかける。


「もちろん、良いに決まってる。……ありがとう、グレンちゃん。私、あなたがそう言ってくれて、とっても嬉しいわ!」


 ラビは、そんなもじもじしているグレンの願いを快く聞き入れ、優しく微笑んで見せたのだった。

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