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第66話 戻ってきた小さな英雄

「ニーナ船長! 前方に煙が見えますっ!」


 俺のマストの上に昇っていた見張りが声を上げたのは、大陸全土に嵐を引き起こした黒幕である王国軍の秘密要塞を探して、レードスの街を出航してからすぐのことだった。


 俺は視線を前方へ向けると、確かに、湖があるはずの山の向こうからもうもうと黒煙が上がっており、火災が起きているのか、麓辺りが赤くくすぶっていた。


「え、湖の近くで火災って……山火事でも起きてんの?」


 望遠鏡を覗きながら、首を傾げるニーナ。


『嵐が吹いてる中で山火事なんて普通起こるか? ……どうも妙だな。もっと接近するか』

「そだね。この高度じゃ山が邪魔で全然見えねぇし。おじさん、前進強速、上昇半速!」

『あいよっ』


 俺はニーナの指示に合わせ、自分の速力通信機エンジン・テレグラフのレバーを操作する。船底にあるフラジウム結晶に速度指示が伝達し、俺の船体は上昇を始め、山岳地帯が俺の真下を通過してゆく。


 そして、連なる山々を抜けた先に、広い湖が開けた。湖の奥側にある岸辺に、大きな炎と煙が上がっているのが見える。


「あれは………ビンゴ! 燃えてる城壁が見えた! 港に王国の船も集まってる!」


 望遠鏡を覗いていたニーナが声を上げた。


『なら百パー間違いないな。あれが王国の要塞だ。……どうやら、俺たちが襲撃するよりも前に、襲撃を成功させた輩が居たみたいだぜ』

「はぁ? ちょっと抜け駆けとかマジで有り得ないんだけど~。おじさん、全速力で突っ込んで! 手柄は全部私たちが横取りしてやるんだからっ!」

『無茶言うんじゃねぇ! 炎に巻かれたら俺らまで危ないんだぞ!』


 俺はぶつぶつ文句を垂れながらも、船首を下げて湖の水面ギリギリまで高度を落とし、湖面の上を滑るように走ってゆく。その間、スキル「遠視」を最大限に使って、要塞の中で何が起きているのかを確認した。


 見えるのは、炎に包まれた防壁や、火達磨ひだるまとなって沈んでゆく船。炎に巻かれ混乱して逃げ回る王国軍兵士たちの人影、そして―――


『………ん? あれはっ!』


 俺は見逃さなかった。群がっている王国軍兵士たちの中に紛れ込む、三角帽子トリコーンを被った蒼髪の小さな少女を――


『………ラビだ……ラビがあそこに居るぞっ‼』


 俺は歓喜のあまり、思わず声を上げて叫んだ。ニーナも、ラビのトレードマークである長い蒼髪を望遠鏡に捉え、信じられないとばかりに息を呑む。


「そんな……あの子ったら不死身なの⁉ マジ有り得ないんだけどっ‼」


 それまで活気のなかった乗組員たちも、ラビが無事であると分かった途端、海賊としての威勢を取り戻したように大きな歓声を上げ、船上は歓喜の渦に包まれた。


 ――しかし、ラビは無事だったが、王国軍に捕まってしまったらしく、兵士たちに両腕をつかまれ、今にも連れて行かれてようとしている最中のようだった。


『おいニーナ、要塞の奇襲攻撃は先制されちまったが、今はラビがピンチだ。やることは分かってるよな?』

「当ったり前じゃん! おい野郎共っ! 私たちの超絶きゃわわなラビっちに手を出す変態野郎共を一掃するよ! 総員戦闘配置っ! 砲撃準備にかかれっ‼」

「「「「オオ―――――――――ッ!!!」」」」


 乗組員たちの一致団結した声が響き渡ると同時に、船首に設置された追撃砲が押し出され、導火線に火が放たれた。立て続けに二発発射され、王国兵たちがわらわら群がるど真ん中に命中。攻撃を受けた兵士たちは、まるで巣を踏まれて慌てふためくアリのように散り散りになった。俺はすかさず舵を切り、右舷側を要塞の方へ向けたまま、スライディングするように船を横滑りさせた。


「右舷砲列、砲撃始めっ‼」


 ニーナの合図で、右舷に並んだ大砲が一斉に火を噴く。弾が次々と要塞内に着弾し、逃げ惑う兵士たちは次々と爆風に飲まれて吹き飛ばされた。


 俺はそのまま湖に着水し、焼け残っていた桟橋さんばしに船体を横付けする。すると、海賊団たちはピストルや剣を手に船を降り、雄叫びを上げながら突撃を始めた。


 王国軍兵士たちは、襲い掛かる海賊団たちを前に士気をくじかれ、泡を食って逃げてゆく。そんな彼らを、ニーナ海賊団の容赦ない追撃が襲いかかり、兵士たちは悲鳴を上げてその場に崩れ落ちていった。


『あ~あ~、みんな派手にやりやがって……』


 そう独り言ちながら、俺はラビの方へ視線を向ける。ラビは俺たちの襲撃による混乱に乗じて腕をつかんでいた兵士の手を振り払い、ヤツらの股間目掛けて思いっきり蹴りを食らわせていた。あれは痛そうだ。チビだからってナメてるからああなるのさ。


『……ほら見ろ、やっぱり俺の言った通りだったじゃないか。あいつは死んでなんかない。きっとまだどこかで生きてるって』


 誰にともなくそう言ってドヤ顔してやりたい気分だった。しかも、少し見ないうちに、また一回りも二回りも成長しているように見える。以前は泣き虫だったアイツも、今じゃ泣く子も黙る立派な海賊だ。見た目は小さくて初心うぶな少女だが、こんな少女が海賊やったっていいじゃないかと俺は思う。そして俺は、そんなラビに舵を握られて、彼女の行きたい場所へ連れて行く箱舟になる。悪くない話だ。


 ラビが再び俺の下に戻ってきてくれたことで、俺の船生ライフもまた忙しなくも充実したものになるだろう。これからもしっかりアイツを鍛えて、行く末まで見守っていてやろう。――そう、強く思った。

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