第53話 だから、墓荒らしは罰当たりだっつってんだろ!
ニーナたち調査隊が船を降りてトレジャーハントしている間、俺は周辺に転がる船の残骸を観察していた。船体に大穴を開けられて沈んでいるものもあれば、火災で焼けて骨組みしか残っていない船もあったのだが、それらの残骸を見た俺は妙な違和感を感じていた。
『おかしいな……』
「どうかしたんですか、師匠?」
船長代理を任されてからずっと緊張でソワソワしていたラビが、不安そうな顔でそう尋ねてくる。
「いや……これだけの船、しかも軍艦の残骸があるとなれば、艦隊同士の砲撃戦でもあったんじゃないかと疑いたくなるが……そもそも、こんな洞窟の中で撃ち合いをすること自体がおかしいだろ?」
「確かにそうですね。いくら広い洞窟であるとはいえ、こんな辺鄙な場所で戦うのは変だと私も思います」
ラビが俺の意見に同意を示す。ここにある沈没船はどれもかなりの日数が経っているせいでひどく劣化しており、どこ国の軍艦なのかまでは判別することができない。
――しかし、重要なのはそこではない。
「それに、沈んだ船はみんな大破するか火災で燃えてしまっているけど、どの船も大砲によって受けた損傷がどこにも見当たらないんだ」
「えっ? でも、ここにある沈没船は全て砲撃によって沈められたんじゃ……」
「砲撃なら、砲弾を受けた穴とか、ある程度小規模な傷跡が残っているはずだろ? だが、ここにある残骸はどれも、船底に大穴が空いていたり、船体は綺麗なのにマストだけ根こそぎへし折られていたり……まるで何か巨大な力で一気にねじ伏せられたような……そんな壊れ方をしているんだ」
「……砲撃によって沈められたのではないとなれば、ここにある沈没船たちは、どうやって沈められたんですか?」
そこが問題だった。こいつらは一体何と戦っていたんだ? 俺は考えていく中で、とある仮説に行き着く。
この洞窟には、強大な力を持つ何かが潜んでいて、過去にその何かを討伐しようと、多くの者が艦隊を率いてここへやって来た。しかし、圧倒的な力を前に艦隊は全滅。破壊された残骸だけがここに残された。……これなら、辻褄が合う。
もしそうだとすれば、その何かというのは、まだこの洞窟の中に居る――?
「あ、あの、師匠………」
洞窟を覆う暗闇の中を望遠鏡で覗いていたラビが、ふと声を上げる。
『どうした?』
「あ、あそこに、赤く光る二つの点が見えるのですが……あれは何でしょうか?」
ラビの指差す先に視線を向ける。
……確かに、洞窟の奥に立ち込めた濃い闇の中に。赤々と光る二つの星が見えた。
――いや、あれは星じゃない。
『……っ! ラビ! 船を動かすぞ!』
俺は咄嗟に自力で船体を動かし、錬成術によってできた岩の土台から離れた。
赤い星だと思ったそれは、唐突にぐらりと動き出し、巨大な影を伴って、こちらにゆっくりと迫ってきた。あの翼の生えたシルエットは、間違いなく――
『……ドラゴンだ』
全長は二十メートルを超えているだろうか? ニーナの乗っていたクリーパードラゴンすら凌駕するほどの大きさを持つ体には、メタリックな光沢を放つ黒々とした鋼の鱗が何十にも重なり、全身を覆い隠していた。ヤツが一歩地面を踏み締めるたびに地震のような振動が襲い、重なった鱗と鱗が擦れて赤い火花を散らす。
俺は、現れた超大型ドラゴンを鑑定スキルで見てみた。
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【名前】グレンサール・デ・ラトゥアス
【種族】黒炎竜 【地位】なし 【天職】なし
【HP】2870/2870
【MP】4300/4300
【攻撃】4100 【防御】1020 【体力】980
【知性】220 【器用】400 【精神】170
【保持スキル】火炎放射(U)、炎操作:Lv10、肉体再生:Lv8、再生強化、甲殻強化:Lv10、物理耐性Lv8、無痛鈍化、四元素耐性Lv5、闇耐性Lv6、生命感知:Lv5、気配遮断:Lv7、消音飛行Lv3
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――結論から言おう、強過ぎる! とても真っ向から立ち向かって勝てるような相手じゃない。それに何だ? このドラゴン、モンスターのくせに名前を持っているのか?
「お、おい、あの黒い鱗はまさか……」
「ああ間違いねぇ! 黒炎竜だ! 厄災の炎竜が現れやがった!」
「早く逃げねぇと、俺たちまで個々の残骸の二の舞になっちまうぞ!」
俺の上で海賊団たちが現れたドラゴンを指差し、口々に声を上げている。あいつ、厄災の炎竜なんていうカッコいい二つ名まで持ってるのかよ……
吹き荒ぶ嵐にも怯まなかった勇敢なエルフたちでも、突然現れた漆黒のドラゴンを前にして恐怖を露わにし、顔を青くして震え上がる。中には、ニーナたち調査隊がまだ戻って来ていないというのに逃げ出そうと進言してくるヤツらまで出てきた。いやお前ら、さっきまでの船長への忠誠心はどこへやったんだよ⁉ お前らがニーナにブッ殺されるぞ!
しかし、あの命知らずなエルフたちが震え上がるほどに、あのドラゴンは強敵であるようだ。
「せ、船長代理! 指示をください!」
「どうしますか? 船長代理!」
「船長代理ぃ!」
乗組員のエルフたちは、皆挙って船長代理であるラビの前に集まった。
こうなると、困ってしまうのはラビの方だった。全ての決断を託されてしまった彼女は、戸惑いの表情を浮かべたまま、その場に固まってしまう。
「わ、私は……」
『ラビ、報告だが、この洞窟内は思ったより大気中の魔素が薄いみたいで、魔素から魔力への変換が追い付かない。このままだとすぐに魔力が枯渇して動けなくなるぞ』
「えっ! そ、そんな――」
俺の言葉にラビが驚いて声を漏らした時、突然遠くの方でドォン! と轟音が上がった。音のした方へ目を向けると、厄災の炎竜と呼ばれる巨竜が、のっしのっしと地面を踏み締めながら、周囲の船の残骸を蹴散らしていた。しかし、歩いて来てはいるが、なぜか俺のところからは遠ざかっている。どうやらあのドラゴンはこの船の存在にまだ気付いていないらしい。となると、ヤツが狙っているのは――
『どうやら、ニーナたち調査隊を追っているようだな』
「えっ! だったら助けに行かないと!」
『待てラビ。さっきも言ったはずだ、ここの空気は魔素が薄い。魔力が枯渇している状態でヤツに挑んでも勝算はゼロだ。それに……こう言っちゃアレだが、これはある意味で逃げるチャンスかもしれない。あのドラゴンはニーナたちを追っていて、まだ俺たちの存在に気付いてない。この隙に、残った魔力をマジックアイテム「神隠しランプ」に費やせば、ヤツに気付かれずこの洞窟から逃げることができる』
俺がそう提案するが、ラビは大きく首を横に振る。
「そんなことできません! ニーナさんたちがピンチなんですよ! 放ってなんておけないです!! 助けに行かなきゃ!」
逃げようと提案する俺に、己の正義感が許さないとばかりに声を上げて抗うラビ。そんな他人想いで真っ直ぐな彼女に向かって、こんなことをキツく言うのは気が引けたし、俺だって助けに行きたい気持ちはあった。
――が、現状からして救出に向かう行為が愚策としか思えなかった俺は、心を鬼にしてラビに言い放つ。
『ラビ、考えてもみろ! 今ニーナたちを助けるためにあのドラゴンに突っ込んだところで、どうなると思う? 俺は魔力切れで制御不能に陥り、動かなくなったところを奴に襲われて敢えなく撃沈。ニーナもお前も、誰も助からない。そして俺はこんな暗くてジメジメした洞窟の中で、めでたく残骸たちの仲間入りを果たすわけだ。――どうだ! これでも助けに行くのが最適な決断だと言えるのか⁉』
「ぐっ………」
ラビは言葉を詰まらせた。船長への忠誠心がどうとか言う問題じゃなければ、正義感の問題でもない。シンプルにどの選択肢を取れば、一人でも多くの乗組員たちが無事に生きて帰れるか、そこが問題なんだ。
ラビは苦渋の表情で、眉間にしわを寄せて俯き、目を閉じて沈黙する。そんな彼女を心配そうに見守るエルフの乗組員たち。彼女の決断が、彼らの命を左右することにもなるのだ。
〇
このとき、ラビの脳裏には、ニーナの放ったあの言葉が絶えず過っていた。
「そりゃ、基本は助けに来てほしいけどさ~、船も乗組員も危なくなって超大ピンチ! ってなったときは――”自分の命は自分で守る”ってことで、よろ!」
”自分の命は自分で守る”……この言葉を聞いたとき、ラビはニーナが何を意図しているのか、薄っすらだが理解していた。
『もし私の船に乗って、それが原因で死んじゃったとしても、それは私の船に乗ろうと決断した自分の責任でしょ? ましてや海賊稼業なんて命いくつあっても足りるような仕事じゃないからさ』
『だから、私の命令で大勢の仲間が死んじゃったとしても、それはあいつらの自業自得であって、私の責任じゃないし~』
『死んでったこいつらも、それは分かっていると思うし、私は気にしないな』
ニーナから教えられた言葉が次々と脳裏を過ってゆく。
(……もし、ここで私がニーナさんを見捨てて師匠と一緒に逃げる決断をしたとしても、ニーナさんはきっと私を恨まない。あの人は、自分もいつか死ぬときが来るだろうことを分かっていて、私にそう言ったんだ。いつか自分がいなくなったときのために、師匠を私の手に託したんだ)
それなら、ニーナ船長の意志を継ぐためにも、師匠と共に一刻も早くここから逃げ出すことが最善の決断だろう。ラビはそう考える。
でも―――
込み上げてくる感情を、ラビは自分の中で押さえられなかった。どちらを選択すべきか分からなくて、混乱してどうにもならなくなって、思わず泣きそうになる。
(でも、例えニーナさんは気にしなくても、きっと私はこの先、ニーナさんを助けなかったことを後悔する。死ぬまでずっと、後悔する。………そんなの――)
「………そんなの、絶対に嫌ですっ!!」
ラビの蒼い眼が開いた。
『――だから、どんなときでも常に船長は悠々と構えて胸を張っていなければならないってワケ。嵐のときも、戦いのときも……そしてたとえ、死が間近に迫ってきたときも、ね』
「分かってます……分かってますよ、ニーナさん!」
ラビは涙を拭いて顔を上げる。覚悟を決めた彼女の眼には揺らぎない蒼の炎が宿り、立ち塞がる強敵を前に怖気付くことなく煌々と輝いていた。
「お願いです師匠! 私にやらせてください。私に考えがあるんです!」