第50話 ロシュール王国諸侯会議にて②◆
――それから、長い会議が終わって、各領主が退席し会議室を後にしてゆく。
しかし、ただ一人、ライルランドだけはまだ席を離れていなかった。
「退席しないのかね、ライルランド大公殿?」
「――国王陛下、一つ申し上げ忘れました。先ほど話した『無敵艦隊』計画の件についてですが……」
そう切り出したライルランドは席を立つと、陛下の座るところへゆっくり歩み寄りながら言葉を続ける。
「会話の中で、王国の艦隊戦力増強に貢献するとは申しましたが……如何せん、この計画は私が立案したものであり、完成した無敵艦隊は全て私の所有する艦船で成り立っております。ゆえに、私の統治するライルランド男爵領とレウィナス公爵領のみに配備させるのが妥当――そうですよね、陛下?」
「な、何が言いたいのだ、大公殿……」
ライルランドに言い寄られてしまい、怯んでしまう国王。ライルランドはさらに国王へと詰め寄り、ある提案を持ち出す。
「そこでです。国王の統括する王立飛空軍の主力艦隊を、私の手に預けてほしいのです。飛空軍艦隊の力も借りれば、このライナス大大陸含め、王国領全ての大陸に艦隊を配備することが可能となるでしょう。マジックアイテムもすでに完成間近。量産の目途はまだ立っておりませんが、いずれは艦隊全ての戦艦にアイテム実装が可能となるはずです」
すると、彼の提案を聞いた第一王子ラングレートが、憤慨して立ち上がる。
「きっ、貴様! 我が王国が誇る飛空軍艦隊を全て譲れと申すのか!」
しかし、憤る王子に向かって、ライルランドは冷静な態度のまま言葉を続ける。
「現在、無敵艦隊を構成しているのは全て私の艦隊だ。国王陛下、あなたは自分が何の援助をしていないにもかかわらず、私に自分たちの領土まで守ってくれと仰るのですか? それはいささか不公平過ぎると思うのですが?」
「む……確かに、それもそうだが……」
国王は言葉を詰まらせた。
「くっ……元はといえば、戦前まで貴様らの管理する領土も全て我が王国のものであったというのに……」
歯噛みして不満を漏らすラングレート。
「ラミアン条約が結ばれ、各領主に領土を献上して以降、あなた方の権力がどこまで通用するのか、すでに御存じのはずでしょう。陛下が以前より望まれていたあの侵攻作戦にしろ、私の力添えが無ければ成り立たなかったはず。かつてのように国王が絶対的権力を持っていた時代は、もうはるか昔の話です。――時代は変わったのですよ、国王陛下」
そう皮肉交じりにライルランドは言い、くるりと国王に背を向ける。そして、会議室から退出しようとしたところで、何かを思い出したように「あぁ」と声を上げ、再び国王の方へ振り帰った。
「いけない、忘れてしまうところでした。ラングレート王子、この度はご結婚おめでとうございます。種族は違えど、人間とエルフという種族の垣根を越えて友好的な関係を築けたのは、王国の歴史上快挙となることでしょう。新たなパートナーと共に暖かな家庭を築き、共に末永き幸福が訪れるよう、祈っておりますよ」
そう言ってライルランドは仰々しくお辞儀をし、会議室を出て行った。しかし、祝辞を賜ったにもかかわらず、ラングレート王子の表情は曇ったままで、顔を背けて小さく舌打ちしていた。
○
ライルランドが会議室を出たところに、執事であるラダンが控えていた。
「ライルランド大公閣下、毎度の定例会議はいかがでしたか?」
「ああ、ラダン。つまらなくて会議中もあくびを堪えるのに必死だったよ。国王は賊に脅されたくらいで肝を冷やすような軟弱者に成り下がってしまった。あの国王が王座に着いている限り、この王国も永くはないな。私の手にかかれば、そんな少数の賊などパチンと指一つ鳴らすだけで壊滅させられるというのに」
「しかし大公閣下、相手はあの伝説の海賊と謳われた『八選羅針会』の一人とお聞きしました。かつて大航海時代にはヤツらがヴェルデシア全域の海を支配していた歴史もあります。もし、その賊が残る七人全ての海賊を従えて来たとなれば、我が戦力だけで太刀打ちできるのでしょうか?」
ラダンが懸念を口にするが、ライルランドは、まるで勝敗はすでに見えているとでも言わんばかりにニヤリと笑みを浮かべ、答えた。
「『目には目を』だよラダン。我が無敵艦隊の指揮官に候補を一人挙げてある。今回の海賊討伐の指揮は、其奴に全て任せるとしよう――ラダン」
「はっ」
ライルランドは、海賊討伐の指揮を一任する者のあだ名を口にした。
「『黒き一匹狼』に連絡して、すぐ私のところへ出頭するよう伝えてくれ」