第48話 これからも、おじさんは私のものだからね♥
それから、傷付いた敵フリゲート船はあっけなく拿捕されて、船長らしき人物が、俺の甲板へ連れて来られた。
床に膝を突かされた敵船長の前へニーナがやって来ると、彼女はニヤニヤと嫌らしい笑みを浮かべながら問いかける。
「おじさん、名前は?」
「……巡視船ロメリアーナ号船長、ロドリー・ブレニッツ」
敵船長は項垂れながらそう答えた。
「へぇ、民間の巡視船にしてはなかなか武装もちゃんとしてるし、乗組員たちもしっかりしてるじゃん。ひょっとして、元王国飛空軍所属だったりして?」
「……いかにも、戦時中は王国飛空軍の一員として戦った者だ」
「ふぅ~ん、そんな実戦経験もあるようなおじさんが、ちょっと小突かれたくらいで逃げ出しちゃうなんて、超ダサ過ぎて草なんですけどwww」
そう言って笑うニーナに、ロドリーは敵意のある眼差しを向け、皮肉交じりに答えた。
「目と鼻の先ほどの至近距離から一斉砲撃されることを『小突かれた』と表現するならな」
そして彼は口調を強め、ニーナに向かって警告する。
「貴様、自分が何をしたか分かっているのだろうな? 貴様はロシュール王国の国王陛下へ献上する積み荷を載せた輸送船を襲った。これを知った陛下は激怒し、貴様らを一網打尽にするべく討伐艦隊を派遣するだろうな。そうなれば貴様も――」
「口うるさい男って私、キライなんだよね~」
熱のこもったロドリーの言葉へ水を差すように、ニーナはあきれ口調で言う。
「ってかさ~、私が襲う相手を知らずに襲撃したりすると思う?」
「なに……まさか、我々が国王宛ての積み荷を積んでいることを知って……」
「んなの当たり前じゃん。こちとらわざわざ遠い所からアンタたちの船団を追っかけて来たんだから」
「……貴様、一体国王に何の恨みがあって――」
「はぁ? 恨み?」
ニーナは鋭い目でロドリーを睨み付ける。
「……そんなの、ありよりのありに決まってんじゃん」
何だろう、それまでヘラヘラしていたニーナの態度が一変し、異様な圧を感じる。どうやらひどくお怒りであるらしい。ニーナの周りに紫色の禍々しいオーラが漂っている。正直言ってすごく怖いんだが……
「じゃあさ、元王国飛空軍の船長サマなら、当然知ってるよね? 最近、国王の息子が、とあるエルフの娘とめでたく縁談を成立させたって話」
そう問いかけられたロドリーは、何のことかと少しの間考え込んでいたが、やがて思い出したように「ああ」と声を漏らす。
「確かそんな話があったな。近々結婚式を挙げられ、王宮で盛大な催しが開かれるようだ。王子のお相手は確か、エルフの里『ウッドロット』の娘だと聞いていたが……」
そこまで言って、ロドリーはハッとする。
「ま……まさか! お前はあの娘の――」
「はいそこまで。それ以上何かしゃべったら、喉をかっ切るから」
ニーナは腰に下げていた短剣をロドリーの喉元へ突き立て、それから彼の耳元でささやくように言った。
「いい? あのウザいヨボヨボジジイに会ったら伝えてほしいんだけど。『アンタんとこのバカ息子と、私たちの同胞であるエルフをくっ付けるなんていう超馬鹿げた策を強行させたこと、この私、ニーナ・アルハが絶対後悔させてやる』ってね」
その言葉を聞いたロドリーは、彼女の威圧に耐えかねたように固唾を飲み下し、押し殺した声で答えた。
「……わ、分かった。しかと伝えよう」
「言伝よろ~。じゃ、またね~」
すると、ニーナはまたいつものようにチャラい態度に戻って、手をヒラヒラ振りながらその場を後にしたのだった。
二人の話を聞く限りでは、国王の息子、つまりロシュール王国王子とエルフの娘が近々結婚するらしい。周りはお祝いムードではあるが、唯一ニーナだけはそれを快く思っていないどころか、ひどく反対しているようだ。なぜ反対するのかは分からず終いだったが、「アンタんとこのバカ息子」と王子を表現していた辺りで、きっと王子がロクでもない人間だったからとか、そういう理由なのかもしれない。そんな王子が自分の同族と結婚させられるのを、ニーナは見過ごせないのだろう。
この辺りの事情も、いつかニーナから詳しく聞かせてもらうことにしよう。
○
――それから、拿捕されたロドリーの船は解放され、痛々しい姿のまま、王国への帰還を余儀なくされたのだった。
護送船団との戦いを終えた夜、俺は人気のない静かな小大陸の上を流れる河川に着水して錨を降ろした。
真っ暗な夜の闇の中、唯一明るい光の漏れる船内では、海賊団たちが輸送船から奪った獲物の中で最も好むもの――高級なラム酒の樽を開けて、酒を酌み交わす大宴会が開かれていた。
けれどもラビはただ一人、大いに賑わっている甲板を後にして、ニーナの居る船長室へと向かった。彼女の両手には、ニーナ用の食事が乗せられた膳が抱えられている。
「ニーナさん、お食事をお持ちしました」
「おっ、あざます! そこ置いといて~」
奥の書斎に座るニーナからそう言われて、ラビはいつものように部屋の真ん中にある卓上に食膳を置く。
「……あ、あの、ニーナさん。今日のことは――」
「ん~? あぁ大丈夫、みんなには言ってないからさ~。フツー戦闘中にあんな醜態をみんなの前で晒したら、即海賊団から放り出されちゃうんだけどねー」
戦闘中に泣いてしまった失敗を「醜態」と言われてしまい、ぐっと唇を嚙みしめるラビ。
「ほ、本当にごめんな――」
「謝罪するよりも行動で示して見せてよ。今度あんなことがあったら、私は助けてあげないから。……言ったでしょ? "自分の身は自分で守る"、って。それがこの船での掟なの。そこんとこ、よろ~」
「………は、はい」
肩を落とし、力無い返事をして部屋から出て行こうとするラビ。そんなの背中に向かって、ニーナが言う。
「ま、今夜は略奪成功した勝利の宴なんだから、ラビっちも皆と一緒にレッツパーリナイ★! してくれたまえ。……あ、ただし前みたいに飲み過ぎマーライオンは勘弁ね。OK?」
「………はい」
ラビは相変わらず肩をすくめたまま、そろそろと部屋を出て行った。
『………何もあそこまで言う必要は無かったんじゃないのか?』
ラビがいなくなってから、俺はニーナにそう問いかける。
「あっ、覗き魔おじさんまだ居たんだ」
『誰が覗き魔じゃい。あとおじさん言うなし』
軽いノリ突っ込みの後、ニーナは答えた。
「私はラビっちにこの船での掟を教えただけだよ。強くなければ、この船では生きていけない。弱いままじゃ、この船ではお荷物にしかならないってことをね」
そして彼女は、またいつもの意地悪な笑みを浮かべて言葉を続ける。
「まぁでもぶっちゃけ、彼女が強くなって、私から船長の座を奪う日が来るのは、まだ当分先のことになると思うけどね~」
『なに? お前、ラビの今後の成長を期待できないって言いたいのか?』
俺が口調を強くしてそう詰め寄ると、ニーナは「あははっ、おじさん怖~い」とヘラヘラ笑う。
「だってさぁ、あの子戦いのことをなんにも知らないんだもん。一から全部教えていたら、あの子寿命が来て死んじゃうかも。でなくても、私の船に乗っている限り、いつ『紅き薔薇の監獄』に送られるかも分からないワケだし~。望み無しよりの無しじゃね?」
そう言われて、俺は言い返す言葉に詰まる。……確かに、歌と掃除しか知らない今のラビのステータスでは、常に物騒で身の危険と隣り合わせな海賊として生き残れる望みは薄いかもしれない。
――でも、俺はラビと約束したんだ。彼女を強くして再び舵を握らせてやると。そう言ったからには、約束を破る訳にはいかない。
『決め付けるのはまだ早いだろ。ラビだってラビなりに努力しているんだ』
「あははっ、じゃあ頑張ってみれば? あの子が私から船長の座を奪えればの話だけど」
ニーナは挑戦的な口調でそう言い、小悪魔的な笑みを浮かべてウインクを飛ばした。
「……でも、とりあえずはこれからもずーっと、おじさんは私のものだからね❤」
※この時点での俺(クルーエル・ラビ号)のステータス
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【船名】クルーエル・ラビ
【船種】ガレオン(3本マスト)
【用途】海賊船 【乗員】90名
【武装】8ガロン砲…20門 12ガロン砲…18門
【総合火力】1300 【耐久力】500/500
【保有魔力】1900/1900
【保有スキル】神の目(U)、乗船印(U)、総帆展帆(U)、詠唱破棄、魔素集積:Lv3、結晶操作:Lv3、閲読、念話、射線可視、念動:Lv9、鑑定:Lv8、遠視:Lv8、夜目:Lv8、錬成術基礎:Lv4、水魔術基礎:Lv4、火魔術基礎:Lv5、雷魔術基礎:Lv5、身体能力上昇:Lv3、精神力上昇:Lv3、腕力上昇:Lv3、治癒(小):Lv3
【アイテム】神隠しランプ
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(※作中に明記はされていませんが、これでも航海中にかなり経験値を稼いだおかげで、各種スキルのレベルが上がっております)
(※ニーナと海賊団たちが乗り込んだ時点で、【用途】が「海賊船」に更新されました。やったね!)