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第44話 護衛船団襲撃作戦②◆

「………今日も静かだな。この調子で目的地まで何事もなく行けると良いのだが」


 二層の砲列が両舷に並ぶフリゲート「ロメリアーナ」号の甲板に立っていた船長ロドリー・ブレニッツは、雲のかかった空を見上げながら、一人そうつぶやいた。


 船首前方には、船団の先頭を進む「リトル・ジャンパー」号の船尾が見える。そして背後には、今回の護衛対象である輸送船「セイント・ハウル」号、その後ろには対空用の臼砲きゅうほうを備えた「サイレント・ニコラ」号、そして竜騎士ドラゴンライダーの操るコモンドラゴン部隊を引き連れた「シルバーズファミリア」号が、単縦陣たんじゅうじんを組んで後に続いている。


 ロドリーの乗るロメリアーナ号は、この船団の指揮船フラッグシップを務めており、船長である彼は、この船団の団長も兼任けんにんしていた。船団で起こること全てに責任を負わされる身であるロドリーにとって、今回の航海は何事もなく終えられるに越したことはなかった。


(それにしても、たかが輸送船の護衛任務のためにこれだけの頭数あたまかずをそろえるとは、いささか警戒のし過ぎではないかとも思うが……まぁ、今回護衛対象の輸送船には、ロシュール国王宛ての物資も積まれているようだから納得はいく。現国王様はかなり用心深いお方だからな)


 ロドリーは思考を巡らせながら、ため息を吐いて項垂れる。元々、近い大陸の間を行き来する遊覧船の船長であった彼にとって、今回の護衛任務に就くにあたり、どうしても複雑な思いを隠せなかった。


 ――さかのぼること六年前、三大陸間戦争トライアングル・ウォーが始まってから、王国では人員不足を理由に民間人からも経験豊富な船乗りを募るようになった。それまで遊覧船の船長であったロドリーも、これに便乗して王立飛空軍に入隊し、最初の戦いで多くの戦果を挙げることに成功した。そして得た報酬で船をグレードアップさせ、軍艦に匹敵するフリゲートにまで火力を高めたロメリアーナ号に乗り、数々の戦場を駆け抜けてきた。


 ところが、三大陸間戦争トライアングル・ウォーが終結した途端、ロドリーたち元民間人上がりの船乗りは、正式な王国軍人として認められず除隊を余儀なくされてしまった。仕事を失った彼らの生活は困窮こんきゅうし、船乗りを諦めて乗組員たちを解散させ、船を売ってしまった者も少なくない。中には、つのる不満を爆発させて反乱を起こしたり、海賊となって他の船を襲い、物資を奪う者も現れた。……しかし、それらの反乱分子は軍によって瞬く間に鎮圧され、各地で海賊の入港が禁止されたり、海賊狩りが行われたりして、徐々にその数を減らしていった。


(結局、最後に残ったのは、俺たちのように日々地道に依頼クエストをこなしながらどうにか食いつないでいるやつらだけ、ということか……)


 戦時中は王国軍の一員として戦い、大変ではあったが、その分高額な報酬が約束されていたし、乗組員たちも活気に満ち溢れていた。だが戦争が終わってからは、以前よりも乗組員の統一感を感じられなくなったし、不平不満を漏らす者も増えてきた。もらえる報酬が少ないことも原因の一つだろう。


 ……どうしてこうなってしまったのだろうか? とロドリーは自問する。これまで王国のため、そして国王のために誠心誠意仕えてきたにもかかわらず、戦争が終わった途端、軍から追い出され、王国からも見放されてしまった。そうして今は、そんな自分たちを見捨てた王国からの依頼クエストを熟しながらどうにか食い繋いでいる日々。


「一度見放された王国に必死になってこびを売り、すねをかじってまだどうにか船乗りを続けていられるとは……皮肉なものだな」


 ロドリーはそう独り言ちて宙を仰いだ。それまで空を覆っていた厚い雲が切れ始め、雲の隙間から陽が差し込み始める。


(今日も暑くなりそうだな……)


 そんなことを思いながら、降り注ぐ日差しを受けて目を細めた。


 ――と、そのとき、ロドリーはまぶしい陽の中に、小さな黒い影を見たような気がした。


「………あれは何だ?」


 やがて、その黒い影はこちらへ真っ直ぐ向かって来ていることに気付き――


 次の瞬間には、船団の最後尾でドーンと爆発音が上がっていた。


「なっ! 何事だっ⁉」


 驚くロドリーの元へ、船団最後尾に待機していた竜騎士ドラゴンライダーの一人が、コモンドラゴンに乗ってロメリアーナ号のところまで飛んでくる。


「船団長、報告します! 最後尾に続いていたシルバーズファミリア号が、突然太陽の中から現れたクリーパードラゴン一体に襲撃されました! 被害甚大(じんだい)で再起不能です!」


 竜騎士ドラゴンライダーの報告を聞いたロドリーは耳を疑う。


「クリーパードラゴンだと? エイペックス級のドラゴンがなぜこんな所に!」

「さらに報告します! クリーパードラゴンの背中には、竜騎士ドラゴンライダーが騎乗していることを確認! 乗っているのはダークエルフの女です!」


 クリーパードラゴンを操る女ダークエルフの竜騎士――


 ここまで聞いたロドリーは、「まさか……」と息をんだ。嘘だと思いたかったが、クリーパードラゴンを操ることのできるダークエルフなど、この界隈では一人の名前しか耳にしない。出遭うには最悪過ぎる相手を前に、彼は自分の全身に寒気が走るのを感じた。


「……これは海賊の襲撃だ! 『褐色の女神(ブラウン・グッドネス)』のニーナだ! 総員戦闘配置っ! 砲撃準備を急げっ!」


 ロドリーの命令を聞いた周りの男たちは、全員顔を真っ青にさせた。これまで噂に聞くだけだった伝説の海賊「八選羅針会はっせんらしんかい」の一人が、実際に自分たちの前に現れた。出遭えば最後、戦うか死ぬかの二択しか選べず、あだ名は女神であっても、襲いかかるときは容赦なく相手に食らいつき、骨までしゃぶり尽くすという、あのニーナ海賊団に襲撃されたのである。それを聞いただけで、どんなに古参な船乗りでさえも、恐怖のあまり顔から血の気が失せていくのが分かった。


「お前たちコモンドラゴン小隊は、クリーパードラゴンの竜騎士ドラゴンライダーを追え! おそらくそいつが海賊団長のニーナだ! 追撃して叩き落すんだ!」

「はっ!」


 ロドリーの命令で、コモンドラゴンの小隊は、ニーナの乗るクリーパードラゴンの後を追って飛び立っていった。


「しかし、妙だな……」


 ロドリーは、ニーナを追って向こうの空へ消えてゆくドラゴン一行を見送りながら、眉をひそめる。


「……だが、船長を見つけたは良いものの、肝心の船はどこにいる? いかに伝説の海賊であれ、武装船四隻率いる船団に単身で特攻するなど、あまりに無謀過ぎるではないか……」


そこまで考えを巡らせていたとき――今度は前方から、連続した砲撃音がとどろいた。


「なっ!――」


 突如として、船団の先頭を走っていたリトル・ジャンパー号から白煙が上がる。索具が弾け飛び、軋む音を立ててマストが一本根元から折れて倒れた。負傷者が出たのか、甲板からは悲痛な叫び声が上がっている。リトル・ジャンパー号は攻撃を受けたのだ。


「バカなっ! 一体どこから砲撃を……」

「船団長! 周囲に敵影ありません! 見えるのは我々の船団だけです!」


 弾薬庫に引火したのか、大爆発を起こすリトル・ジャンパー号。炎に包まれて沈んでゆく仲間の船団の一隻を目の当たりにしたロドリーは、募る焦りのあまり声を荒げて叫んだ。


「そんなはずはないっ! ならさっきの砲撃は一体何だったというのだ⁉︎ 必ずどこかに敵船が――」


 そこまで言ったところで、ロドリーはふと異変に気付いた。自分の立っているロメリアーナ号の甲板に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「おい、冗談だろ……」


 左舷へ目をやった乗組員たちが、恐怖のあまりその場で棒立ちになって凍り付く。三本マストに二層砲列、同じフリゲート並みの武装をしたガレオン船が、いつの間にか、左舷のすぐ真横にピタリと付けていたのである。


 ロメリアーナ号の乗組員たちは、突如幻のように現れた船影に驚愕し、同時にこちらへ狙いを定める計十七もの砲口に戦慄した。これほどの至近距離で一斉砲撃されれば、撃沈されることはほぼ確実。中には戦意喪失し、その場に膝を突いてしまう者も現れた。


「馬鹿な……魔法の力で、船一隻を丸ごと隠していたというのか……」


 ガレオン船の船尾に、一枚の黒い旗が掲げられる。その旗に描かれた白い髑髏どくろマークには、エルフであることを示す長い耳が伸びており、こちらを嘲笑うようにウインクを飛ばしている。少し可愛らしくも見えるが、それでも海賊旗に変わりはない。あの旗が掲げられるのは、これから始まる血みどろな戦いの始まりを告げる合図だった。


「……まったく、今日は人生最悪な日になりそうだな」


 ロドリーは固唾かたずを飲んで頬を伝う冷や汗を拭い、皮肉な笑みを浮かべながら言葉を漏らした。

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