第43話 護衛船団襲撃作戦①
――ルルの港町を出発してから二十四日目の朝。俺は雲の中を進んでいて、あちこちには白い靄がかかり、周囲はどこも見通しが悪かった。
そんな中、五の刻(午前五時)を告げる二点鐘が鳴ったタイミングで、マストの上で見張りをしていた当直のエルフが声を上げた。
「左舷前方! 下弦四十五度に船影あり!」
外甲板に居た乗組員たちはすかさず左舷側へ駆け寄り、前方の雲の中へ視線を投げる。
「何だ? 軍艦か?」
「島影じゃないのか?」
「クソ、雲に隠れてよく見えねぇ」
左舷方向を凝視する乗組員たち。得体の知れない船の存在を知らされ、彼らの間に緊張した空気が走る。
そんな中、船長室の扉が開け放たれ、船長のニーナが姿を現した。彼女は傍にいた乗組員の一人から望遠鏡を受け取ると、板渡り甲板の上を歩いて左舷突き当たりから前方下を覗き込んだ。
「……おっ、ビンゴ~~~! 護衛船団みーっけ! マジテンアゲなんだけど~!」
そして、雲の中であるにも関わらず船影の正体を捕えたのか、彼女は一人歓喜して子どものように舞い上がる。
「喜べみんな! 最初の獲物が見えたよ!」
そう言って板渡り甲板の手すりを乗り超え、上砲列甲板へ飛び下りたニーナは、乗組員たちに向かって力強く命令する。
「総員戦闘配置っ! 今日もド派手にひと暴れしちゃうぞ―――っ!」
「「「「おぉ――――っ!!」」」」
ニーナの声に乗組員全員が雄叫びを上げ、途端に船内が騒がしくなった。鼓手がドラムを打ち鳴らし、当直終わりで眠っていた非番の者たちは叩き起こされ、各々の持ち場に着く。砲手たちは大砲の準備を始め、中に込める装薬を取りに火薬庫へ走り、船体が破損したときのために、修理する大工たちが各階層に配置された。武器庫からは銃や剣が持ち出され、銃には弾が込められ、剣は刃先を研がれて、すぐに使えるよう整備された。
乗組員たちが忙しく右往左往する様子を見ながら、俺はニーナに尋ねる。
『どうしてこの辺りに護衛船団が通るって分かったんだ? その喜び方から見た感じ、行き当たりばったりで見つけたとも思えないが?』
「おぉ、さっすがおじさん。鋭いね」
するとニーナはそう答えて、懐から丸めた茶色の紙を取り出した。
「ほらこれ! ルルの港町にある酒場『スラッシー』の依頼受付で受注した依頼書!」
『クエスト? あぁ、ゲームでお決まりの、依頼をこなして報酬がもらえるってやつか。……でも依頼書なんかでどうして輸送船の場所が分かるんだ?』
俺がそう問いかけると、ニーナは依頼書の羊皮紙を広げてこれを見よとばかりに突き出してくる。その紙に記載された依頼内容は「輸送船の護衛任務」だった。
「ここにほら、行先から航路までバッチリ記載されてる! これを見て先回りしたってワケ」
依頼書を指差しながら、意地悪な笑みを浮かべるニーナ。なるほど、輸送船の護衛任務という依頼を逆手に取り、相手の航路情報を入手して襲撃する計画を練ったという訳か。汚いやり方だが、頭のキレるニーナらしい。そしていかにも海賊らしいやり方だ。
「私たちは今雲の中を進んでいるから、相手に私たちの位置は見えてない。襲撃するなら絶好のチャンスじゃない?」
『まぁ確かにそうだが……』
俺は船影の見える方へ視線を移し、スキル「遠視」を使って様子を観察する。時折流れる雲の切れ目から、相手の船団が垣間見えた。数は五隻。うち一隻は巨大で、ずんぐりむっくりとした船体をしていた。俺はスキル「遠視」からさらに「鑑定」スキルを重ね、相手の情報を見てみる。
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【船名】リトル・ジャンパー
【船種】ブリガンティン(2本マスト)
【用途】狩猟船 【乗員】65名
【武装】8ガロン砲…8門、旋回砲…2門
【総合火力】240
【耐久力】390/390
【船長】ヨアヒム・リードル
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【船名】ロメリアーナ
【船種】フリゲート(3本マスト・砲列2層甲板)
【用途】巡視船 【乗員】180名
【武装】8ガロン砲…14門、12ガロン砲…16門
【総合火力】1100
【耐久力】1200/1200
【船長】ロドリー・ブレニッツ
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【船名】セイント・ハウル
【船種】キャラック(3本マスト)
【用途】輸送船 【乗員】150名
【武装】旋回砲…6門
【総合火力】200
【耐久力】700/700
【船長】サム・デッカー
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【船名】サイレント・ニコラ
【船種】ケッチ(2本マスト)
【用途】沿岸警備船 【乗員】120名
【武装】8ガロン砲…16門、タイレル小臼砲…2門
【総合火力】500
【耐久力】820/820
【船長】ニコラ・レイマン
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【船名】シルバーズファミリア
【船種】ブリック(2本マスト)
【用途】狩猟船 【乗員】102名
【武装】8ガロン砲…10門、旋回砲…4門
【総合火力】335
【耐久力】540/540
【船長】ジム・シルバー
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『……なるほど、輸送船は一隻のみで、あとは全て護衛船のようだな。一隻だけ守るにしては、やけに護衛が多いような気もするが……』
「へぇ! そこまで分かるなんて、おじさん良い目してるね〜。でも、守りが固いってことは、それだけ重要なものを積んでるってことになるでしょ?」
確かに、これだけ前後を護衛で固めているとなると、盗まれては困るようなものを積んでいることは間違いないだろう。
「けどさ、おじさん一つ大事なところを見逃してるねぇ。船団の最後尾を行く船を、よ~く見てみなよ」
『最後尾だと?』
俺は再び「遠視」スキルで船団の最後尾へ目を向ける。確か一番後ろに居たのは狩猟船のブリックだったはずだが……
『ん? 何だあれ?』
その船をよく見ると、船尾に巨大な生き物らしき影を数匹、引き連れていた。巨大な翼を羽ばたかせ、悠々と空を飛ぶあのシルエットは――
『………ドラゴンか?』
「ビンゴ! あの船、哨戒用のコモンドラゴンを引き連れてる。狩猟船っぽい見た目をしていながら、実は小型の装竜母艦も兼ねてるってワケ。六匹の小隊で数は多くないけど、あれに船を襲われたらちょっとヤバいかも。ドラゴンはすばしっこくて攻撃力もあるから、防御魔術じゃ防ぎきれないんだよね〜」
「ってか、護衛にドラゴンまで持ち出すとかマジ警戒レベチなんだけど〜!」と文句を垂れるニーナ。どうやらドラゴンを引き連れたあの船は、かなり厄介な相手らしい。
ニーナの話によると、この世界には竜騎士と呼ばれる職業の者たちがいて、彼らはドラゴンの背中に乗って自由に空を飛ぶことができるらしい。竜騎士は軍隊でも採用されていて、竜騎士専門の部隊を艦隊や船団に編成させることで、敵襲の際、例え大砲の射程圏外であっても応戦・追撃が可能となるらしい。
なるほど、俺が転生する前の世界で例えるなら、あの船が航空母艦のようなもので、ドラゴンが戦闘機みたいなイメージなのだろう。――ちなみに、ドラゴンを発着させることが可能な専用の船も存在するらしく、そのような船を「装竜母艦」と呼ぶらしい。
『……つまりは、そんな空母も含めた船団を俺一隻だけで相手するのは勝ち目がないって言いたいのか?』
俺がそう尋ねると、ニーナはむっと顔をしかめて怒ったように言い返した。
「はぁ? なに戦う前から引け腰ムードかましてんの? おじさん諦めるの早すぎ~」
『いやいや、どう見ても現実的に考えて無理があるだろ? どうやってあの鉄壁の守りを崩すつもりなんだ? 特にあの先頭から二番目の船なんて砲列二層のフリゲートだぞ。あれ一隻だけでもやり合って勝てるかどうか分からない相手だってのに、勝算はあるのか?』
そう問いかけると、ニーナは何か秘策を用意しているらしく、またしてもニヤリと薄笑いを浮かべながら答える。
「ぶっちゃけ言うとさぁ、こんな状況前にもよくあったんだよね〜。最初はマジ無理なパティーンだと思ってたけど、いざ突っ込んでみると案外簡単にいけちゃった! みたいな? これが『褐色の女神』って呼ばれる所以だったりして?」
『はぁ?……』
きっと「自分には幸運の女神が付いてる」って言いたいのだろうが、こいつに限ってそれは無いだろうと俺は思った。
「それに……実を言うと、私もドラゴン乗れちゃうんです」
『は? お前まさか、治癒師だけじゃなくて竜騎士の職も持ってんのか⁉︎』
驚く俺に向かってウインクを飛ばし「ビンゴ〜!」とふざけて笑うニーナ。船長としても有能で、おまけにドラゴンまで乗りこなせるなんて、このギャルエルフ一体どれだけ高性能なんだ?
すると、ニーナは船首の方へ駆け出し、舳先の上まで駆け登ると、片腕を前方に向かって高くかざした。
「さ、クリーパーちゃん、出ておいで~~~っ!」
彼女がそう叫んだ途端、彼女の伸ばした手の人差し指に付いた指輪の宝石がキラリと蒼い光を投げ、かざした手のひらに巨大な魔法陣が描かれた。
そして、出来上がった魔法陣の中から、鮮やかな緑色の鱗を持つ一匹の巨大なドラゴンが、まるで幻のように姿を現したのである。
『何もない所からドラゴンが⁉ ……まさか、召喚したのか?』
「そ! マジックアイテムの二つ目、ドラゴンを召喚できる『召喚指輪』! これがあれば、どこにいてもこの子を呼び出すことができるの。スゴくない⁉」
そう言って、ニーナは召喚されたドラゴンの背中にひょいと飛び乗り、首元に付いた手綱を握りしめると、まるでナポレオンの絵画よろしく、首をもたげて勇ましく吠えるドラゴンを乗りこなし、前方へ指を指し示す。
「ってなワケで! 輸送船団襲撃作戦、いってみよ~~~っ★!」
船長であるニーナの声が甲板中に響き渡り、周りの海賊たちは「オ――――ッ!!」と叫びを上げて一致団結し、持っていた武器を空高く振りかざした。