第40話 酒場「スラッシー」での一コマ◆
――私の名前はラビ。本名は、ラビリスタ・S・レウィナスと言います。
私のお父様はシェイムズ・ T・レウィナス公爵で、ロシュール王国レウィナス公爵領の主でした。とある事件のせいで、今はもうこの世にはいないのだけれど……
私は今、私の恩人であり恩師であるクルーエル・ラビ号と共に広い世界を旅しています。これまでずっと、壁で囲われた屋敷の庭園でしか遊んでこなかった私にとって、師匠との旅は驚くことの連続で、本当に世界は広いんだなって痛感しています。
そんな旅の道中、私たちはニーナ・アルハというダークエルフ族の女性と出会い、彼女と親交を深めました。……しかしなんと、ニーナさんは巷でも有名な伝説の海賊……えっと、は、はっせんらしんかい? の一人だったのです! これにはさすがに師匠も驚いていたようで、師匠と一対一での交渉の末、船長の座は私からニーナさんへ譲られることになりました。
ですが、実はこれも、私を修行させて強い女性に成長させるため、師匠が考えた策略だったのです! この事実を知ったとき、私は師匠の手厚い心遣いに涙があふれそうになりました。そんな師匠の想いを無下にしないためにも、ここは私がしっかり頑張らなくちゃ!
そんなこんなで、ニーナさんの船、カムチャッカ・インフェルノ号が、夜逃げした私と師匠を引き連れて、ルルの港町へ戻って来た日の夜のこと。
――私は、ヒラヒラな余所行きの衣装を着せられて、ニーナさんと一緒にルルの街中にある酒場『スラッシー』へやって来ていました。
「うぇ~~~い! みんな~~、しっかり飲んでるか~~~っ!!」
「「「「オ――――――ッ!!」」」」
ニーナさんの掛け声に、エールの入ったジョッキを掲げて応える海賊団のエルフたち。お店の奥にあるステージ上では、ピアノにヴァイオリン、それにバンドネオンがかき鳴らされ、みんな飲んで食って騒いで踊って、それはもうすごい迫力で、店内は暑苦しいほどの熱気に包まれていました。
「すいませ~~ん! こっちにエール一つオナシャス!」
「姉さん! こっちにも冷えたエール一つ!」
「こっちにも!」
あちこちから、注文に次ぐ注文が雨あられと降り注ぐ中、それらを全て引き受け、手際良く捌いていたのは――
「はぁい、ただ今~~! 少々お待ちくださぁい!」
なんと、フリフリのエプロンメイド服に身を包んだルミーネさんでした!
「ルミーネさん⁉ 何でこんなところで働いているんですか?」
私が驚いてそう尋ねると、ルミーネさんはニッコリ笑顔でこう答えました。
「あら、ラビ様こんばんは! 今宵は楽しんでいってくださいね! 私も、お金になるというなら給仕でもメイドでも何でもこなしてみせますよ! 何かご注文はございませんか~?」
どうやらルミーネさんの話によれば、港の管理人も楽じゃないようで、色々と管理費が必要らしく、探検家船舶組合の受付嬢だけでは稼ぎが悪いので、こうして酒場でバイトして日銭を稼いでいるのだとか。身一つだけでどうしてこんなに働けるのだろうと不思議に思ってしまうほどに、ルミーネさんは働き者でした。
「このお店さぁ、エールはぶっちゃけ馬の小便みたいなもんなんだけど~、その分飯が超絶ウマいんだわ~。ルミっち! 今夜のオススメの一品は?」
「本日はニーナ様よりメタルビークの肉をいただきましたので、メタルビークの串焼きを用意しておりま~す! 特性スパイスを効かせた上物ですよ~」
「おっ、じゃそれ、ラビっち分含めて二つ!」
しばらくして、わたしとニーナさんの座るテーブルの上に、鉄板に乗ってジュワジュワ音を立てた熱々の串焼きが並びました。
「ほらほら、冷めないうちに食べて食べて!」
最初、私はメタルビークと聞いて、過去にこの鳥から襲われたときのことを思い出してしまい、思わず顔をしかめました。金属製の嘴をカチカチ鳴らして嫌らしい鳴き声を上げるあの鳥のお肉なんて、本当に美味しいのでしょうか?
でも、見た目はすごく美味しそうで、ニーナさんに勧められるがままに、その串焼きに思い切りかぶりつきました。そうしたら、まぁなんて美味しいのでしょう! 口の中に肉汁がジュワッと広がって、スパイスの香りが鼻をツンと突き、さらに食欲を刺激してくれます。こんなに美味しいものがこの世にあったなんて知らなかった!
「あ、そうだ。次航海に出るときのために、いくつか依頼持って行かなきゃじゃん」
「ふぁい? 『ふえすと』っへなんへふは?」
肉を頬張りながら私がそう返すと、ニーナは私を連れて、依頼を受注する回覧板のある所へ連れていってくれました。
そこには受付のカウンターがあり、カウンター前に巨大なボードが壁にかけられていて、ボード上には、何かしらの依頼が記された羊皮紙でびっしり埋め尽くされていました。内容も様々で、モンスターの討伐依頼から、輸送船の護衛任務、要人警護や荷物の輸送、ちょっとしたお使いや薬草採取など、それはもうたくさんで、どれを選ぶか迷ってしまうほどです。
「ボトパじゃさ、こうやって好きなクエストを受注して、達成したらその分の報酬がもらえるようになってるの。でも、こういうのは自分の持ち船の用途に合ったものを選ばなきゃ駄目で、非武装の船が護衛任務なんかできないし、狩猟船じゃなきゃモンスター討伐だってできないでしょ?」
「な、なるほど……」
「おまけに、そのクエスト内容が報酬と釣り合っているかも重要だしね~。乗組員に分け与える分まで考えなきゃだし、ぶっちゃけ選ぶのめんどいんだわ」
すごい……そんなことまで考えてクエストを受注しなきゃならないなんて! 私にはとてもできそうにありません。でも、弱音を吐いてはクルーエル・ラビ号の船長として失格です。私も将来、強くて立派な船長になるのだから、ここは大先輩の技を見て覚えるのが先決!
――と、思っていたのも束の間、ニーナさんはボードから依頼書数枚をササッと選んでしまうと、それを持ってそそくさと受付に行ってしまいました。大先輩の技を見る隙すらありませんでした……
「ルミっち~! クエスト受注よろ~!」
「はぁい、ただ今~!」
今度は受付のカウンターにひょっこり現れるルミーネさん。彼女は受付嬢もやると聞いてはいたけれど、ついさっきまでバーで働いていたと思ったのに、いつの間にここへ⁉︎ 分身でもしているのでしょうか?
「そういえば、ニーナさんのような海賊の方でも、クエストって受注できるんですか?」
私はふと気になったことを尋ねると、ニーナさんは口元に笑みを浮かべ、人差し指を唇に当てて答えました。
「あのね~、さりげ私たちがクエスト受注できるのって、実はここだけなんだ。ってのも、王国側は海賊撲滅主義を掲げていて、海賊のクエスト受注を禁じてるんだよね~。私たちにクエストこなされたら、撲滅すべき海賊に活動の資金を与えちゃってるようなものじゃん? だから相手が海賊だと分かれば、クエスト受注どころか、ソッコーで港からも締め出しを食らっちゃうってワケ。これちょっと酷くない?」
「た、確かに……でも、何でルルの港町だけ海賊OKなんですか?」
「それは、ルミっちが裏で色々と手回ししてくれてるから。だよね、ルミっち?」
私とニーナさん二人して受付のルミーネさんへ目を向けると、彼女は「そんなアングラみたいな言い方しないでください」と言葉を返しながら、メイド服エプロンのポケットに入れていた眼鏡を取り出してスッと目元に掛けました。
すると、途端にキリッと態度が一変して、クールモードに変身するルミーネさん。
「我々含め、この港町の住人は、生活していく中で新鮮な食材や嗜好品、武器・防具・建築の素材から薬品まで、様々なものが必要なのだよ。この町は王国の公式空図に載っていないから、当然王国の連絡船や輸送船は来てくれない。だから我々は基本、自給自足の生活を送るしかなかったのさ。……だが、外から色々と資材や食材を持ち帰ってくれるニーナのおかげで、この港町も活気を取り戻すことができた。この港へ富を運んで来てくれるというのなら、それはもう海賊船でも幽霊船でも、何でもウェルカムだよ。王国では違法だろうが、そんなの知ったことじゃないさ」
違法であるというのに、何のためらいもなくそう言い切ってしまうルミーネさん。すごくカッコいいです! アウトローな女性はやっぱり憧れます!
「あははははっwww! そんなフリフリメイドの格好でその性格出されるとめっちゃシュールなんですけど~。マジウケるwwww」って、ニーナさんはそんなルミーネさんを指差してゲラゲラ笑っていましたが……