第39話 ニーナ海賊団に新入りが来たってよ!
伝説の海賊であるニーナと交渉成立させた俺たちは、取りあえず損傷した船体を修理してもらうため、再びルルの港町へ連れ戻された訳なのだが……
先の戦闘で舵を撃ち壊されてしまった俺ことクルーエル・ラビ号は、自力で操縦することができず、仕方なくニーナのカムチャッカ・インフェルノ号にロープで繋がれ、曳航される形で港に戻った。なんだか首輪付けて引っ張られている犬みたいに思えて、気分は最悪だった。
「――で、めでたくニーナ海賊団の一員として認められたという訳かい」
カムチャッカ・インフェルノ号と並んで洞穴の並ぶドックに停泊した俺のところへ、何でも屋のアクバのジジイがやって来た。そして、ニーナから経緯を聞いた彼は、引き連れられたラビを見て、あきれ顔でそう言った。
「だから警告したろうが。このクソアマと関わるとロクなことがないってな」
「はぁ? ジジイ、私の知らない間にラビっちにそんなこと言ってたの? マジオコなんだけど〜! 余計なこと言わないでくれる?」
「うっせぇ。俺はこの嬢ちゃんに事実を伝えただけだっつうの」
そんなの心外だと言わんばかりに唇を尖らせるニーナと、無愛想に言い返すアクバ。
「でも、誰が何て言おうとも、この船とこの子は私のものだから。ごめんね〜」
そう言ってベーッと舌を出す彼女に、アクバは「ちっ」と舌打ちをしながら俺の船を見て回った。
「あ〜あ、これまた手酷くやりやがって。修理するこっちの身にもなってほしいぜ」
そうブツブツ独り言を言いながら各甲板の破損個所を確認してゆくアクバ。こればっかりは俺もジジイの言う通りだと思った。本当に、破壊されるこっちの身にもなってほしいよ。
「さてさて~、ではラビっち! 我がニーナ海賊団に新メンバーが増えたことを祝って、今日はみんなでパーッと祝杯を上げようではないか!」
「みんなも騒ぎ足りないだろ――⁉」とニーナが声を上げると、周りにいた海賊団全員が「うぉおおおおっ!」と腕を高く掲げて叫んだ。
「こいつら全員、休暇中なのに再招集かけられて気が立っちゃってるんだよね~。少し発散させてあげなきゃ、不満爆発してボイコット起きちゃうかもだし」
どうやら、俺とラビが港から逃げ出した際、ニーナが街へ遊びに繰り出していた海賊団全員を再召集してしまったせいで、彼らはロクに飲まず食わず騒げないまま出発することになってしまったらしい。せっかくの休暇を潰されて、海賊たちのヘイトもかなり溜まっていたようだ。
「ってなワケで、ラビっちも同伴よろ~。……あ、これ船長命令ね。拒否権無いから」
「は、はい……」
「あ、そうだ! せっかく街へ行くんだから、おめかしもしていかないとね~! じゃあまずは船長室で着るもの選びからいこっか!」
そう言ってラビを船長室へ引きずってゆくニーナに、俺はたまらず声をかけた。
『おいニーナ。連れ回すのは良いが、ラビはまだ子どもだ。あまり無理をさせるなよ』
「あははっ! なに父親みたいなこと言ってんの~。この子は私のものなんだから、おじさんが指図する筋合いはないはずだよ?」
そう言ってニヤリと笑みを浮かべるニーナ。ちくしょう、あのギャルエルフめ。俺の提案を逆手に取りやがって……俺は内心唇を噛む思いで一杯だった。
「じゃ、ほらさっさと入った入った! 私が寸法もきちんと図ってあげるからね~ぐへへへへっ」
「うぅ……師匠~~」
『…………すまない、ラビ。修行だと思って耐えてくれ』
「そんなぁ……」
ラビが落胆した表情を見せたところで、バタンと船長室の扉が閉められた。
――それから、ラビはニーナの着せ替え人形として散々セクハラ紛いなことをされた後、キレイな外行きの恰好に着替えさせられ、陽が落ちる頃になってニーナと共に夜の街へ連れ出されていった。
できるなら俺も一緒に付いて行ってやりたかったのだが、この体では留守番しかできない。ラビ、本当にごめんよ……
○
そうして、ラビたちが帰ってくるまでの間、俺は彼女のことが心配でたまらなかった。道中で暴漢に襲われたりしてないだろうか? 迷子になっていないだろうか? ニーナにセクハラされていないだろうか? 考えれば考えるほど不安要素が浮かんできて、気が気でならなかった。
これまでは俺の目に見えるところにラビがいてくれたから良かったものの、少しの間離れただけでこんなに不安を抱くようになるとは。ラビと共に過ごす中で、俺はかなりの心配症になってしまったようだ。子どもの帰りが遅い親の気持ちが身に染みてよく分かるぜ……
『ちくしょう、俺も人間になれたらな……』
そんなことを独り言でつぶやきながら、さらに待つこと数時間。ようやくニーナたちが戻ってきたのは、夜が明けた次の日の早朝だった。朝日が差し込むドックに、ニーナは両腕にラビを抱き抱えて戻ってきたのだ。
『ラビに何かあったのか⁉︎』
俺が思わず声を上げると、ニーナは首を横に振って「何でもないって、ただの飲み過ぎだよ」と答えた。
「この子、酒場とかに行くの初めてだったっぽくてさー、多分雰囲気に慣れなかったんじゃないかな?」
ニーナはそう言って、自分の腕の中ですっかり泥酔してしまっているラビを見て笑った。
『だから言っただろ、無理させるなって』
「うっさいなぁ、ラビっちが自分から勝手に飲んでたんだから仕方ないじゃん。言っとくけど、私たち全然イッキとか強いてないんだからね」
そう言い返すニーナ。多分、ラビは酒を飲むのも初めてだったのだろう。俺も転生前、入社したての頃に上司に散々飲まされてひどい目に遭ったものだ。
「うぅ………に、ニーナさん……私、もうダメ………吐きそう」
「おっ、リバる? リバる? いいよいいよ、桟橋の下に思いっきりやっちゃえ!」
「うっ……おぇえええええええっ‼︎」
こうして、ラビはモザイクのかかった虹色の液体を口からぶちまけるマーライオンと化したのだった。
――それから、休暇を終えた海賊団たちも次々と船に戻って来て、英気を養い元気になった彼らは、ニーナの指示で再び仕事に取りかかり始めた。
まず彼らは、カムチャッカ・インフェルノ号から俺の中へと積荷を移し始めた。その際、とある一つの木箱が運ばれて来たのだが、他の積荷と比べて大事なものなのか、数人がかりで慎重に運び込んでいる。
『その木箱には何が入っているんだ?』
船尾楼甲板で手下たちに指示を出すニーナにそう尋ねると、彼女は「あぁ、あの中にはね~、私たち最強の武器が入ってるんだ」と答えた。
『最大の武器?』
俺は不思議に思い、ニーナの部下たちが木箱を開ける様子をじっと観察する。
木箱の中には、緩衝材の木くずと布に埋もれて、一つの手持ちランプが収められていた。一見すると、何の変哲もないただのランプである。
『ランプ? あれのどこが武器なんだ?』
「これね、実はマジックアイテムなんだ~。『神隠しランプ』。ダークエルフ族秘伝の技術で魔法の炎を起こすことができる超レアなアイテムなの。マジでヤバくない? これに火を点けると、どんなものでも神隠しの加護を受けて相手の目に映らなくなるんだよ」
そのランプは、風よけの囲いと共に俺のミズンマスト前に固定されたのだが、設置された瞬間、俺のステータスに変化が起きた。
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【船名】クルーエル・ラビ
【船種】ガレオン(3本マスト)
【用途】無指定 【乗員】1名
【武装】8ガロン砲…20門 12ガロン砲…20門
【総合火力】1060 【耐久力】500/500
【保有魔力】1600/1600
【保有スキル】神の目(U)、乗船印(U)、総帆展帆(U)、魔素集積:Lv1、結晶操作:Lv1……
【アイテム】神隠しランプ
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ステータスの一番下に「アイテム」の枠が追加されたのである。アイテムの解説を見ると――
【神隠しランプ:使用中は神隠しの加護が発動し、姿を隠して相手の目を欺くことができる。また、相手が鑑定スキルを使用した際に偽りの情報を付与することも可能】
なるほど、先のニーナとの戦闘で、何もない所からいきなり船が現れたのも、ステータス内容に偽りの情報が記載されていたのも、全てはこのアイテムが原因だったということか。
「”相手に気付かれぬことこそ最大の防御であり、最強の武器である”。私たちダークエルフ族の古い格言なんだ~。どう? カッコ良くない?」
そう言って笑みを浮かべるニーナ。確かにこれがあれば、どんな船にだって容易に奇襲攻撃をかけることができる。こんなチートアイテムがあれば、海賊稼業もはかどるだろうな。
「やれやれ、もう出発するのかい、ニーナ」
すると、遠くから低い声がして、桟橋から眼鏡をかけたルミーネがやって来た。
「あっ、ルミっち~! これからまたしばらく留守にするから、私のカムちゃん号をお願い! 持ち船が二隻になったから、必要な人材もお金も二倍になるし、しっかり稼がなくちゃね!」
「まったく、いつも忙しないね君は。……だが船のことなら心配するな。私がしっかり管理しておくよ。その分、停泊代はきっちり頂くがね」
「あざっす! さっすがルミっち! 頼りになるなる~」
ウザい絡み方をしてくるニーナに、あきれてため息を吐くルミーネ。
「まぁ、取引相手が港を発つというなら、私も見送らなくてはなるまい……」
そう言ってルミーネは眼鏡を外すと、途端に態度をガラリと一変させ、ニッコリ笑顔で手を振りながら言った。
「では、行ってらっしゃいませニーナ様! またのご来航をお待ちしております!」
そのあまりの変貌ぶりに、彼女は二重人格なのではないかと疑ってしまう。どちらが本物でどちらが演技なのかも分からない。まぁ多分、今のニコニコ受付嬢モードが芝居で、本性がクールな眼鏡女史なのだろうけれど……
「さて! じゃあ積み込みも終わったことだし、早速出港しちゃおっか! 準備は良いかね、新入り君?」
隣にいるラビにそう問いかけるニーナ。ラビはまだ二日酔いが残っているようで、おぼつかない足取りをしてはいたものの、「はい、なんとか……大丈夫です」と弱々しい返事をした。
「おじさんも、大丈夫そ?」
『ああ、いつでも』
俺もそう答える。――今回、色々と一悶着あって、ラビからニーナへ船長の座を明け渡してしまったものの、「伝説の海賊」と名乗る彼女なら、俺の舵を任せても大丈夫であるような気がした。見た目はチャラくて、とても伝説なんて言葉とは程遠い性格をしてはいるけれど、彼女の立ち振る舞いには、どことなく玄人な船乗りの雰囲気を感じた。実際、俺たちを強襲したときの手際も見事だったし、彼女の指揮能力やリーダーシップも本物だった。彼女の素性にはまだ分からない点も多いが、今はとりあえず、このギャルエルフに舵を預けてみるとしよう。
船長のシンボルである三角帽子を乗組員の一人からもらい、頭に被るニーナ。帽子のつばから覗く紅の瞳は、これから始まる冒険への好奇と、獲物を求める野心に満ちてキラキラと輝いていた。
「オッケー! じゃ、出港~~~~‼ 錨を上げろ~~~っ‼」
ドック内に、ニーナの元気な掛け声が響いた。