第38話 話し合いの結果
「じゃ、アンタたちはここに待機ね。変な真似はしないで、大人しくしてること。オッケー?」
何が起きているのかわからず途方に暮れるエルフの部下たちに、ニーナはそう強く言い付けると、ラビと共に船長室へと入っていった。
部屋の真ん中にある長机に、向かい合って腰掛けるラビとニーナ。伝説の海賊を前に緊張してしまうのか、ラビは椅子の上でもじもじしてしまっている。それに実を言うと、交渉を持ちかけた本人である俺自身もひどく緊張していた。
『……で、結局さぁ、この船はおじさんが動かしてたってことでいいんだよね? 私たちに向かって砲撃してきたのもおじさんでしょ?』
「ああそうだ。正確に言うと、この船が俺の体であり、俺自身だ。魔法を使えば自分一人でも動かすことはできるし、大砲を撃つこともできる。が、それではすぐに魔力が枯渇してしまう。それに、大砲の装填や帆の展帆といった細々とした作業ができないこともあって、ラビを乗組員として雇っているという訳だ」
『ふぅん、なるほどね………』
ニーナはそう言って、目の前に座るラビに視線を向ける。
「……で、同じくラビっちにも、まだ私に明かしていない秘密があるっしょ?」
「ふぇっ⁉」
ラビは驚いて声を漏らす。――やはり、勘付かれていたか……
『ラビ、話してやれ。お前の本名を』
俺がそう後押しすると、ラビは少し迷いを見せながらも「……はい」と答えて、ニーナの前で事実を明かした。
「私、本当の名前はラビリスタ・S・レウィナスといいます。ロシュール王国五大貴族のうちの一人、シェイムズ・T・レウィナス公爵の娘です」
「あはっ! やっぱりビンゴだった~!」
そう言って手を叩き、一人喜ぶニーナ。
「あ、あの、どうして分かったんですか?」
「そりゃ見れば分かるって。ラビっちの日頃の言動を観察していれば、嫌でも貴族の出であることがバレバレ。それにその髪。こんなにキレイな蒼い髪をしている子なんて、そうそう見つけられないからね~」
なるほど、ニーナのやつ、航海中も常にラビのことを目に付けていたのか……このギャルエルフ、観察眼もなかなか鋭いようだ。
「ってことはさ~、あの『レウィナス侵攻事件』で滅んだはずの公爵領主の娘がここにいるってことだから、何か色々とややこしい事情がありそうだね」
「レウィナス侵攻事件」と言われて、一瞬何のことか分からなかったが、すぐにラビの両親が命を落とした、ライルランド男爵の引き起こしたクーデターであることを思い出した。ラビは膝に置いた両手をぎゅっと握りしめ、苦い顔をして唇を噛みしめる。
「そ、それは……」
『――そろそろ本題に移りたいのだが、良いかな?』
そんなラビを見て、俺はこれまでの話を断ち切るように、ニーナへそう切り出した。
『まず、どうしてニーナが俺の船を執拗に狙ってきたのかだが……これはだいたい推測はついている』
「へぇ、そうなんだ。教えてよ」
『最初、遭難した俺たちを見つけたとき、お前は俺を捨てていくと言った。だが、船内を調べた部下の言葉を聞いた途端、意見を一転させた。どうやら、そう簡単に捨てられないくらい大事なものが、俺の中にはあったみたいだな。違うか?』
そう問いかけると、ニーナはにやりと笑みを浮かべて「ビンゴ〜!」と声を上げた。
「船倉にあるフラジウム結晶。私、あんなデカい結晶を船に乗せてるの、生まれて初めて見たんだけど! スゴくないあれ⁉︎」
やはり結晶狙いだったか。最初の湖で傲慢な商人が俺の中へ乗り込んできたときも、船倉にある結晶を見て、その大きさにひどく驚いていた。「出力魔力なら大砲百二十門の戦列艦にも匹敵する」とか「オークションに出品すれば、大金貨五百枚は固い!」とか、そんなことを言っていたっけ? 価値観が今ひとつよく分からんが。
「ふふっ、その通りだよおじさん。私の狙いはこの船、つまりおじさんが欲しいの! 今使ってるカムちゃん号もかなり手酷くやられちゃったからさぁ。そろそろ代えが欲しいなーって思ってたとこだったんだよね~」
なるほど、やっぱりそう来るよな。……ならば、ここからどう話を持っていくか……
俺は少し考えてから、ニーナに向かって言った。
『……なら、こうしよう。これまで、唯一の乗組員であるラビに俺の船長を任せていたが――今からはニーナ、お前を船長として認めてやる』
「えっ! いいの⁉︎」
唐突な船の明け渡し宣言に歓喜するニーナ。同時に、「そ、そんなっ!」とラビが声を上げた。
「で、でも師匠は私を船長にするって、あのとき言ってくれたじゃないですか!」
『待てラビ、話はまだ終わってない』
船長の座を降ろされてしまい感情的になるラビを抑えて、俺は言葉を続ける。
『――ただし、明け渡すに当たって、一つ条件がある。……ラビを、お前の海賊団の一員にしてやってほしい』
「えっ?」
「………はぁ?」
そう、俺の狙いはこれだった。
『お前がここで船長を務めている間、航海するうえで必要な知恵や技術を、この子に伝授してやってほしい。将来有能な船長になれるよう、鍛えてほしいんだ。……そして、もう何も教えることが無くなって、一人前の船長としてやっていけるようになったとお前が判断したら、ラビを再び俺の船長に戻してほしい。それが条件だ』
俺の提示した条件に、ニーナは少し眉をひそめる。どうやら、ずっとこの船を自分のものにできないことが不服らしい。だが、残念ながら誰が何と言おうと、俺自身《この船》はラビのものだ。そこは絶対に曲げられない。
「し、師匠……」
驚いたような表情で見つめるラビに向かって、俺は『大丈夫、心配するな』と言い聞かせる。
『悪かった。俺が最初に言っておきながら、ラビを船長の座から降ろしてしまったことは謝る。……でも、強くてアウトローな女になりたいんだろ? なら、俺だけと一緒にいるよりも、海賊を生業としてる彼女も一緒にいた方が、学べることも多いはずだ。俺もできる限りお前をフォローしてやる。色々と大変なこともあるかもしれないが、そこは強くなるための修行だと思って耐えてほしい。これもお前のためなんだ』
「師匠……私のために、そこまで考えてくれていたんですか? うぅ……ありがとうございますっ! 私、師匠の期待に応えられるよう、精一杯頑張りますっ!」
涙目になりながらぐっと両手を握りしめるラビ。その健気な姿に、俺も思わず頷き返してやりたくなる。
「ねぇちょっとぉ! 勝手に提案を受ける流れで話を進めないでくれる? 私まだその条件を飲んだワケじゃないんですけど~」
不満そうに膨れっ面して言い返すニーナ。
『提案を受けられないというのなら、俺はお前の物にはなれない。乗組員を引き上げさせて、早急にこの船から立ち去れ。それも嫌で歯向かうというなら、どうなるか分かってるよな?』
俺は二人の座るテーブルの上に一瞬だけ魔術の炎を起こして見せる。脅しのつもりだったが、効果あっただろうか?
「ふん、私がそんな脅しに屈するとでも思ってんの?」
やっぱり駄目か……
とうとうニーナは交渉決裂と言わんばかりに椅子から立ち上がる。すると、そこで彼女はふとラビと目が合った。ラビは提案を受けてほしそうに、胸の前に手を組んで祈るようにニーナを見つめている。そんな彼女を見たニーナは何を思ったのか、ドキッとするように肩を震わせる。
「………そ、そんな脅しが……わ、私なんかに――」
そう続けようとして、とうとう我慢ならなくなったのか、ニーナはラビのところへつかつかと歩み寄ると、彼女に思いっきり抱きついた。
「きゃわわわわ~~~~~~っ!! ダメぇ~~~! やっぱラビっちの可愛さには勝てないよ~~~~っ! 受ける受ける! その提案受けま――――すっ!」
(……このギャルエルフ、ラビの可愛さを前に自分のプライドをかなぐり捨てやがった……)
あまりに安直すぎる手のひら返しに、俺はあきれてため息も出なかった。
「えっ? てことはさ、私の仲間にできるってことは、ラビっちに何してもオッケーってこと⁉ うへへへへっ………じゃあ~、私専属のメイドにでもしちゃおうかな~?」
『なっ……め、メイドだとっ⁉』
ラビの頬を突きながらそんなことを口走り始めたニーナに、俺は意表を突かれて戸惑う。
「見る人みんながキュン死にするようなカワイイ衣装着せちゃってさ~、お部屋の掃除とか食事の用意とかも全部任せちゃおっかな~? あ、あとお風呂も! 二人で一緒に裸の付き合いしちゃって~、そのままベッドインであんなことやこんなことまでしちゃったり~? キャハ~~~ッ! マジテンアゲ~~~っ!」
赤く染まった頬を両手で押さえ、有頂天になって叫ぶニーナ。いやいや、どんだけエッチな妄想に浸ってんだよこのギャルエルフは⁉ 好きな子を自分専属のメイドにして何でもさせようなんてそんな羨まし……じゃない! そんな破廉恥なこと許せる訳ないだろうが!
俺はすかさずそう反論したが、ニーナは意地悪な笑みを浮かべて言い返す。
「あれぇ? でも私の乗組員になったってことは、部下の扱いは私が全部決めて良いはずだよね~? 違う?」
『ぐっ………』
そう言われてしまうと、もうぐうの音も出なかった。そこまではさすがにラビを擁護しきれない。
「し、師匠ぉ………」
まるで抱き枕みたいにニーナに絡まれて動けないラビが、「助けてください」と言わんばかりにこちらへ上から目線を送ってくる。……いや、そんな目で俺に訴えられても。
『………すまないラビ、こればっかりはどうしようも……』
「やた―――――っ!! じゃあこれから一緒に仲良くしようね~ラビっち♥」
ラビを部下に迎えられる喜びに胸躍らせるニーナと、彼女の胸に抱き寄せられて今にも泣きそうなラビ。
――何だろう? 俺の提案が受け入れられて交渉成立したというのに、ものすごく敗北した気持ちがあるのは気のせいだろうか?
………あとラビ、頼むからそんな「師匠なんて大っ嫌い!」みたいな目で俺を睨まないでくれ。罪悪感で胸が張り裂けそうだ。