第37話 パーレイ!
華麗な再登場を果たしたニーナを前に、俺は一瞬思考停止する。
『は? 伝説? 今こいつ「伝説の海賊」って言ったか? このギャルエルフが?』
ウソつけ! というのが俺の最初の感想だった。……だが、先ほどの戦闘といい、相手の先手を読む戦術は見事なものだったし、乗組員たちの団結力もあり、砲撃してからこちらに乗り込んで来るまでの間、ものの数分しかかからなかった。まるで手慣れているような戦いぶりからして、やはり本当に彼女は伝説の海賊なのだろうか?
「に、ニーナさん……どうして、こんなこと……」
信じられないような顔をして、ラビはニーナに問いかける。
「はぁ? どうしても何もさ~、これが私たちの本業なんだもん。私たち『ニーナ海賊団』は他の海賊の中でも執拗で容赦ないって世間ではかなり評判なんだけどな~。もしかして知らなかったの?」
知らないも何も、この世界にやって来てまだ間もない俺が知るはずもない。ラビも知らなかったらしく、フルフルと首を左右に振った。
「えー、この世界にまだ私の名前を知らないヤツがいるとか~、マジ納得いかないんだけど」
不満そうな顔をするニーナ。するとそこへ、部下の一人が駆け込んできて、ニーナの前で報告した。
「船長、船内をくまなく調べましたが、乗組員一人も発見できませんでした」
途端に、周りのエルフたちが一斉にどよめき始める。
「誰もいないだと? まさか、本当に彼女一人でこの船を動かしてたってのか?」
「やっぱりこの船が噂に聞く『紅い幽霊船』だったんだよ!」
「おいおい冗談だろ? もしそれが本当なら、幽霊船に乗ってるのは年齢三百歳を超える魔女ってことになるぞ」
「マジかよ、あのちっこい嬢ちゃんがか?」
あちこちから声が上がる中、ニーナは床を靴底で叩き、「あぁもう! アンタたちちょっと黙っててくんない⁉」と部下たちを一蹴した。
「ねぇラビっちさ~、一体どういうことか説明してよ。この船を動かしてた乗組員はどこに行ったのかな? 収納用のマジックアイテムか何かに隠したとか?」
「前にも言いましたが、この船には私しか乗っていません! 私一人で動かしていたんです!」
ニーナの問い掛けに、ラビは反抗するように首を横に振って言い返す。俺の存在に気付かれまいと、ラビも言い訳するのに必死だ。
「あのさぁ、嘘は良くないって。正直に言ってよ。じゃなきゃ痛い目見ちゃうかもよ?」
そんなラビに、ニーナも苛立ちを露わにし、脅しをかけてじりじりと詰め寄ってくる。
――仕方がない。ここは俺が出る幕か。
『ラビは嘘なんか付いてない』
「――っ! 誰っ⁉」
突然俺が念動で話しかけたことにニーナは驚き、声の主を探してあちこちに視線を走らせる。
「? どうかしたんですか船長?」
しかし、周りにいる部下たちは皆、キョロキョロ辺りを見回すニーナを、不思議そうな目で見つめているだけだ。「は? どういうこと?」と、状況が呑み込めずに疑問を漏らすニーナ。
『俺は、お前たちが乗り込んできたこの船「クルーエル・ラビ」の主だ。今、お前に「念話」スキルを使って話しかけている。この声はお前とラビ以外には聞こえない。お前の部下たちから見れば、今のお前は姿の無い誰かに声をかけている変なやつにしか見えていない。これでもう、お前は部下には頼れなくなった』
俺の声を聞き、周りの乗組員たちの様子を見て、ニーナもようやく状況を理解したようだ。
「………ふーん、見た感じだと、どうやらそうっぽいね。なるほど、アンタがこの船を動かしていた張本人、ってワケ?」
『その通り。この船は言わば俺の庭だ。他人の敷地に土足で踏み込んできたからには、タダで返すわけにはいかない。……が、そちらが無駄な抵抗をしないというのなら、ここは平和的な交渉で事を済ませようじゃないか』
俺の打ち出した提案に、ニーナは不満そうに眉をひそめて言い返す。
「私がそんな交渉に応じるとでも思ってんの?」
『交渉に応じないというのなら、俺はこの船に乗り込んでいるお前の部下全員を、今すぐここで皆殺しにすることもできるんだぞ』
俺は見せしめとして、ニーナの近くにいた部下のエルフ一人に狙いを付け、火魔術の呪文を唱えた。
『”炎生成”!』
次の瞬間、彼の足元に魔法陣が現れ、ボッと音がして、そのエルフは瞬く間に炎に包まれた。
「うひゃっ! あちあちあちっ! ギャアアアアアアッ!!」
エルフの男は悲鳴を上げてのたうち回り、やがて火達磨になったその身を船の外へ投げ出し、空の底へ真っ逆さまに落ちていった。
【詠唱破棄:呪文の詠唱を省略して、術の名前だけで発動させることができる】
ニーナと初めて出会ったとき、彼女の保持ステータスの中にあった「詠唱破棄」というスキルを密かに図書室で調べ、頑張って獲得しておいて正解だった。以前ゴブリンたちと戦ったとき、長い詠唱に時間を取られてラビをフォローできなかった反省を生かした結果だ。
いきなり仲間の一人が発火して燃え上がったことに驚きを隠せず、恐怖心を露わにするニーナの部下たち。怯える彼らを見て俺は内心ほくそ笑み、ニーナに向かって言う。
『さて、お次はどいつを『エルフの丸焼き』にしてやろうかな? お望みならラビ以外の全員をそうしてやることもできる。……が、お前が交渉に応じるというのなら、このお遊びを止めにしてやってもいい』
そう言って強者感を見せつける俺。――しかし、実はこの言葉の半分くらいには虚勢が混じっている。実際にはルルの港町を出たときに「総帆展帆」スキルを使用して魔力40%を消費してしまい、戦闘時にも大砲を撃つのに念動やら何やらスキルを色々と使ったせいで、ここにいる全員を丸焼きにするだけの魔力はもう残されていなかった。「魔素集積」スキルで集めた魔力は全て船を浮かせるための動力に回しているから補充もできない。だからここは、ニーナが俺の恐喝に応えてくれることを祈るしかなかった。
「………ふふっ、あはははっwwww! なかなか面白い展開になってきたじゃん!」
ニーナはケラケラと高笑いすると、少し間を置いてから答えた。
「―――イイよ、交渉に乗ってあげる。こんなことするのはアンタが初めてだよ、お・じ・さ・ん♥」
俺は安堵して息を吐いた。俺の上で殺し合いが始まったらどうしようかと思っていたが、どうにか事を荒立てずに済みそうだ。
……いや、それにしても会って早々《そうそう》に「おじさん」呼ばわりは無いだろ! これでも俺が転生する前はまだ二十歳後半で――いや、この話はよそう。
こうして俺は、めでたくニーナとの交渉権を得たのであった。