第34話 エロい受付嬢と万屋のジジイ
洞穴の中はプールのように水が溜まっていて、左右に桟橋がかけられていた。俺はそのプールの中へ着水すると、乗組員たちは帆を畳んで舫い綱を下ろし、素早く俺を桟橋に固定した。
――すると、洞穴の中にカツカツとヒールが地面を打つ音が響き、桟橋の奥から一人の女性がやって来た。
作業着姿のその女性は、ウェーブのかかった若草色の長髪を伸ばし、目には縁なし眼鏡を掛けて、クールなキャリアウーマンのような見た目をしていた。それに何よりもスタイル抜群で、まるでモデルとなる星の下に生まれてきたような―――まぁ要約すれば、彼女は巨乳な眼鏡美女だった。
(………良い)
思わずそう口走ってしまいそうなほど魅惑的な体をしたその女性は、片手に持った船舶リストの紙束へ目を落とし、眼鏡を片手で押さえながら低い声でぼやくように言った。
「やれやれ……突然フリゲート級の武装船二隻が入港してきたから何事かと思えば、まさか君だったとはね、ニーナ君」
「あっ、ルミっちおひさ~~~! 最近調子どう?」
ニーナが「ルミっち」と呼ぶ女性は、小さくため息を吐いて答えた。
「調子どうも何も、大航海時代が終焉してから組合登録者は軒並み減り続ける一方。おかげでこっちの儲けも右肩下がり。最近は王国の情勢も急変して、組合探検家たちがますます動き辛い情勢になってきてる。控えめに言って最悪だよ」
「なんだよ~釣れない顔しちゃって。別に私はアンタの愚痴を聞くためにわざわざ帰って来た訳じゃないってのにさー」
そう言って、ニーナはむすっと頬を膨らませた。
「それよりも、君が連れて来たこのガレオン船は一体何なんだ? 見たところ、かなり損傷しているようだが?」
「あぁこれね~。帰り際に見つけたから拾って来たの! 乗組員はみんな死んだか逃げちゃったらしくて中はもぬけの殻だったんだけど、代わりにこんな鬼カワな子が乗ってたんだよ、ほら見て~、めちゃ鬼カワじゃない?」
ニーナに両頬をつまんで引っ張られ、「ぐぇ~~~~」とカエルのように鳴くラビを前に、その女性は片手で眼鏡を押さえながら彼女をじっと見つめた。
「ふむ、君は新顔だね。……では、初対面は自己紹介から行くとしようか……」
そう言って、彼女はかけていた眼鏡を外して服の襟にかけると、一つ咳ばらいをする。
すると、次の瞬間――
「ようこそルルの港町へ! 私はこの港の管理人兼、組合の受付嬢をしています、ルミーネ・ライラと申しますっ! 以後お見知りおきをっ!」
それまでクールだった目付きが一変し、目をキラキラと輝かせて可愛らしくウインクしてみせる彼女。まるで人が変わってしまったような豹変ぶりに、俺とラビは唖然として言葉を失った。
「あははwww その二面性キャラも相変わらずだねぇルミっちは。でも私的には今の方がめちゃカワだけどな~」
「本当ですか? ありがとうございますっ! でも、これも仕事でやってるので。何せ受付嬢には笑顔が命ですから!」
あまりの変わりように驚いて声の出ないラビを他所に、話を弾ませる二人。……いや、マジでさっきのクールな女史はどこへ行ったんだ?
「ところでニーナさん、今回同行してきたこの船は、どなたが持ち主なのですか?」
そうルミーネから問いかけられ、ニーナは「う~ん」と考え込む。
「この船見つけたときには誰も乗ってなくて、唯一乗ってたのがこの子だけだったんだよね~」
「なるほど、ではこの方がこの船の持ち主ということお間違いないでしょうか?」
「は、はいっ! ら、ラビと申しますっ。よろしくお願いします!」
ラビが声を大にして挨拶すると、ルミーネは持っていた紙束に目を落として言う。
「ではラビさん。あなたの船は組合に登録されていないため、入港料と停泊料をお支払いしていただく必要がありますね。港を管理するこちらとしては、あなたの船だけタダで停めておくわけにはいきませんから」
「ええっ! ……い、いくら払えばいいんですか?」
「入港料がどの船も一律170ペリア。停泊料は一日につき80ペリアですね」
後々になって知ったことだが、この国では「ぺリア」という通貨を使っているらしく、銅貨一枚が1ぺリア。銀貨一枚が10ぺリア、金貨一枚が100ぺリアであるらしい。つまり、合計250ぺリア。金貨二枚と銀貨五枚という計算になる。
「そんなにかかるんですか! ……ご、ごめんなさい。私、今手持ちが無くて……」
「お支払いできないということであれば、残念ですがここから即時退去ということになってしまうのですが――」
そうルミーネが言いかけると、「まぁまぁ」とニーナが割って入った。
「そう固いこと言うなよルミっち~。ここは常連のよしみで見逃してくれないかなぁ? ね?」
「そうは言われましても、ここの決まりなので、頂くものは頂かないと、こちらも生計が成り立ちませんので、ね?」
ニーナの要求にも応じることなく、ニコニコ笑顔で金を請求してくるルミーネ。……なんだか、傍から見ていて笑顔の威圧感がすごく怖いのだが……
「ちぇ~~っ、なんだよルミっちのケチ。しょ~がないなぁ、じゃあこれでどうよ?」
ニーナがそう言ってパチンと指を鳴らすと、下の甲板にいた乗組員たちが荷物を抱えて上がって来て、各々担いでいたものを床の上に降ろした。
「これは何ですか?」
「メタルビークの嘴と塩漬けにした肉、しめて二十匹分! どうよ? これなら停泊代一ヶ月分くらいにはなるんじゃないの?」
ニーナがそう問いかけると、ルミーネは並べられた金属製の嘴と肉の入った樽を凝視しつつ、困ったように言う。
「確かにそれくらいの金額にはなりそうですが、正確な値段がどれくらいになるかは、専門の方に見てもらわないと……」
「――ほう、ではワシが査定してやろうかの」
すると、突然ルミーネの背後から白髪な髭面のジジイがひょいと現れてそう言った。
そのジジイはラビと同じくらい低身長で、よれよれな男性用の白い水兵服を着て茶けた船長帽を被り、牛乳瓶の底のような丸いゴーグルを目にかけていた。かなりのヘビースモーカーらしく、口に咥えたパイプから白い煙をモクモク吐いているおかげで、彼の着ている水兵服の白い生地は煙草のヤニにまみれてすっかり黄ばんでしまっていた。
「あ、アクバんとこのジジイじゃん! おひさ~! また背低くなったんじゃない? ちゃんと食べてる? お酒と煙草は控えなきゃ駄目だよ~」
「ふん、貴様に心配されるたぁ世も末だな。やかましいわ、たかがミリ単位でゴタゴタ抜かすな阿呆が」
「あ、やっぱミリでも縮んだんだ~。めっちゃ気にしてんじゃん、ウケるwww」
「笑うなこのクソアマ! 別に気にしてねぇし!」
「……ったく、最近のアマはみんな礼儀知らずで困るわ」などとブツブツ文句を垂れながら、そのジジイは甲板に並べられたメタルビークの嘴を鑑定し始めた。その横で、ラビが小さな声でニーナに尋ねる。
「あ、あの方はどなたですか?」
「あいつはアクバ・マンセル。『万屋アクバ』を営んでるドワーフ族のジジイ。本業は鍛冶屋らしいんだけど、獲物の買取とか武器・防具の修理もしてくれる、言わば何でも屋みたいな?」
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【名前】:アクバ・マンセル
【種族】:妖精(ドワーフ族) 【地位】:鍛冶屋 【天職】:鍛冶師
【HP】120/120
【MP】180/180
【攻撃】70 【防御】60 【体力】80
【知性】160 【器用】230 【精神】90
【保持スキル】鍛冶:Lv8、商売:Lv5、火魔術応用:Lv2、疲労耐性:Lv4、土木:Lv5、木工:Lv7、体力中上昇:Lv3、腕力上昇:Lv3
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なるほど、ステータスを見ても工作仕事に強いジジイなのは明白だった。背が低いのはドワーフ族である所以なのかもしれない。
「ほぅ、こりゃなかなかの上物だな。よくこれだけ集められたもんだ。叩き直せば立派な武器に加工できるだろうよ」
「ジジイ、いくらになりそう?」
「しめて2500だな。肉も合わせりゃ3000ってとこだろう」
アクバの報告を聞いてニーナは歓喜し、「やったじゃ~ん! これもラビっちのおかげだよ~」と、傍にいたラビを思い切り抱きしめた。
「ねぇルミっち~、3000はこの子の稼ぎだからさぁ、これでしばらくの間この船をここに泊めさせておいてくれない?」
「………分かりました。今回はそれで手を打ちましょう」
「やったぁ! ありがと~~っ!」
飛び跳ねて喜ぶニーナを他所に、ルミーネはため息を吐いて俺の上から降りて行った。