第33話 地図にも載っていない港町「ルル」
それから、帆走を続けること三日。新たな大陸の影が前方に見えてくると、先導するカムチャッカ・インフェルノ号の乗組員が「大陸が見えました!」と声を上げた。
ニーナは望遠鏡を取って、島影へ視線を投げる。
「――オッケー、見た感じリベナント小大陸っぽいね~。じゃ、進路そのままでー、よろ〜!」
ニーナの掛け声を聞いたカムチャッカ・インフェルノ号の乗組員が、命令了承したことを伝えるように、船尾から敬礼を返した。
ここまでの航海で、俺は特に何の力を使うこともなく、ここまで来ることができていた。帆の微調整はマストに登ったエルフの乗組員たちが昼夜を問わず行っていたし、船倉にあるフラジウム結晶の魔力調整も、舵の横にある速力通信機のようなレバーで調節できるようになっていたため、こちらが何もせずとも、彼らだけで俺を操縦してくれるおかげで、ここまでの航海は本当に楽ちんだった。逆に何もやることが無くて暇を持て余したくらいだ。
「あの、ルルの港町って、どんな所なんですか?」
ラビが大陸の方を見つめながらニーナに問いかける。
「ロシュール王国郊外にある小さな街で、一応王国の国境内ではあるんだけど、郊外過ぎて王国兵も滅多に立ち寄らないくらい寂れたところでさ~。王国公式の空図上にも載っていないおかげで、こっちは入国税とか通行税を払わずに入港できちゃうんだよね。これめっちゃお得だし、怪しまれることもないから、私たちみたいな非公認の運び屋や密輸船なんかは、王国へ入る際に必ず立ち寄るの!」
どうやらニーナの話によれば、たとえ正式に認められていない船であったとしても、容易に入港することのできる街であるらしい。なんだか怪しい印象しかないが、今は自分も非公認で元王国貴族の娘を乗せているような身だ。下手に王国の息がかかった街に行くよりは、どこの国の支配も受けない中立地帯のような場所に身を隠した方がかえって安全かもしれない。
リベナント小大陸は、いくつもの小島が寄せ集まって一つになったような外見で、小島にはまるで髭のように木の根が何本も垂れ下がり、その周りを苔むした巨大な岩が、小惑星のようにあちこちに浮かんでいた。
カムチャッカ・インフェルノ号の後に続いて、俺は小島の間をすり抜けるようにして進んでいった。そうして群島を抜けていった先に、人工の集落が見えてきた。大陸の影に隠れるようにして、洋風の赤い屋根の家が、急こう配な崖の斜面に沿って連なっている。建て付けがどうなっているのか不思議ではあるのだが、いかにも異世界チックな街の外観をしていて、雰囲気はなかなかGoodである。
あちこちに浮かぶ小島にも集落が築かれていて、島と島の間には吊り橋が渡され、橋の上では多くの通行人が右往左往していた。そんな中、橋の下を通り過ぎてゆく二隻の魔導船を前に、通りがかりの人たちはみんな目を奪われ、口々に声を上げた。
「おい見ろ! 二本マストのブリックだ! 『ブラウン・グッドネス』様が帰って来たぞ――っ!」
「ホントだ! しかも後ろに別の船を引き連れてるぞ! 見たことねぇ船だな……」
「お帰りなさいニーナ殿~~! 今回はどんな獲物を持って帰って来たんだ~?」
「酒場で待ってるから、後で土産話をたくさん聞かせてくれよな!」
街に入った途端、老若男女問わず街を行く人全員がニーナの帰還を喜び、歓迎していた。この人気ぶりには、俺も驚いてしまう。……あのギャルエルフ、そんなに周りからの信頼が厚いのだろうか?
あちこちから降ってくる歓声に、ニーナは大きく手を振って応える。すると、横にいたラビが不思議そうに尋ねた。
「あ、あの、『ブラウン・グッドネス』って何のことですか?」
「あぁ、それ私のあだ名。『褐色の女神』。誰が付けたのか知らないけどさ~、ここへ戻って来る度にいつもそのあだ名で呼ばれちゃうんだよね~」
ニーナの話によれば、彼女はこの街の常連入港者で、入港する度にここでお世話になる駄賃として、狩りや採取で得た物を貢いでいくらしい。それが街の民にとっても大きな褒美となり、以降ニーナがこの街に返ってくると、街を挙げての盛大な歓迎を受けてしまうという。
「さてと、無事入港もできたことだし、とりまボトコン寄ってかない?」
「ぼ、ボトコン?」
「探検家船舶組合」――船を持つ者が登録することのできる、いわば冒険者ギルドのようなもの。登録者は組合から出される依頼を受けることができ、達成すれば乗組員全員に報酬が与えられ、どれだけ達成したかに応じて船乗りランクが上がっていく。ちなみにランクはF・E・D・C・B・A・S・SSまで存在し、後者になるにつれて上級者ランクとなる。
なるほど、RPGでいう最初の街にやってきたらまずは冒険者ギルドに入るのが鉄則であるように、ここでも入港したらまずは寄らなければならない場所があるということか。……しかし、結構重要そうな場所であっても、「ファミマ寄ってかない?」的な感覚で尋ねてくるこのギャルエルフ。本当に手慣れているな……
さらに街の奥へ進むと、崖の斜面に巨大な洞穴が並ぶ開けた場所にやってきた。洞穴は高さ六十メートル、幅三十メートルほどの縦穴で、横一列に八つほど並んでいる。うちいくつかの穴には既に船が停泊しており、中で荷物の積み下ろし作業が進められていた。
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【船名】フォーシールズ
【船種】カッター(1本マスト)
【用途】漁船 【乗員】25名
【武装】なし
【総合火力】25
【耐久力】270/270
【船長】ウェンディ・ランテル
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【船名】ローディアン・ギャレー
【船種】ブリッグ(2本マスト)
【用途】輸送船 【乗員】40名
【武装】8ガロン砲…4門、旋回砲…6門
【総合火力】170
【耐久力】430/430
【船長】ローディアン・ランド
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【船名】カシャロット
【船種】スループ(2本マスト)
【用途】警備船 【乗員】70名
【武装】8ガロン砲…6門、12ガロン砲…4門 旋回砲…2門
【総合火力】365
【耐久力】570/570
【船長】アマコ・キサラギ
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小型、中型の船が多いようだが、用途は多種多様で、どの船も探検家船舶組合の登録者であるらしい。様々な船種があるところから、たとえどんな用途で使っていたとしても、船さえ持っていれば登録が可能なようだ。
すると、洞穴の並んでいる中央にそびえた塔のような場所から、何やら小さな光が明滅した。
「船長、ドック管理塔よりロールス信号を確認! 『キセンノ センメイト ショゾクト ライコウ モクテキヲ コタエヨ』です。返信どうしますか?」
「えーと、組合登録船舶名『カムチャッカ・インフェルノ』、船長、Sランク登録者ニーナ・アルハ。登録番号『224001』。来航目的は『ワレ コウカイチュウ ヒドイ ソンショウ ウケ――』……あーもうメンドくさ! 多分言わなくても分かってくれるっしょ」
「イェス・マム。返信します」
乗組員の一人が、ドック管理棟に向かってロールス信号を打ち返す。するとしばらくして……
「入船許可を確認しました! 三番・四番ドックにグリーンフラッグです!」
「オッケー、じゃカムちゃんは三番、ラビっちは四番に入渠で、よろ〜!」
ニーナがそう命じると、カムチャッカ・インフェルノ号が「3」の印がある洞穴へ、俺が「4」の印がある洞穴へ、それぞれ向かっていった。船が穴の前まで来ると、そのまま頭突っ込みせず、一旦前に出てから後進をかけ、船尾から穴の中へ入れていった。まるで車の車庫入れみたいだ。
「『後ろ向き入渠』ができない船乗りは『エセ船乗り』って呼ばれるくらいだからね〜。私も最初は何回やっても船尾をぶつけてばっかで萎えてたな〜」
そんなことを話しながら、ニーナは舵をぶん回して船尾をピタリと洞穴の入口に付けると、そのままスルリと中へ船を収めてしまった。