第31話 とりまシューセン(船を修理)してく?
――いやいや、こんな奴が船長なの? 冗談言うのも大概にしろよ!
俺は思わずそう叫びたくなったが、どうやら本当に彼女は船長であるらしく、俺の頭上に浮かぶ「カムチャッカ・インフェルノ」号から縄が下ろされ、まるで懸垂下降する登山家よろしく、次々とエルフの乗組員たちが縄を伝って俺の上に乗り移ってきた。
「ニーナ船長っ! ご無事ですか?」
「おー、みんなおっつ~! 私は大丈夫なんだけどさぁ、それよりもねぇ見てこの子、めっちゃ可愛くない?」
「その子どもは……生存者ですか?」
「ぽいね~。この子の他に誰も見当たらなかったからさぁ」
「一応船内を捜索しておきますか? 船長」
「あぁ、それもよろ~」
ニーナがそう答えてヒラヒラ手を振ると、乗組員たちはビシッと敬礼を返し、駆け足で俺の中へ入ってゆく。こんなチャラいダークエルフが船長を務める船なのだから、どうせ部下たちもロクでもないやつばかり――かというとそうでもないようで、意外と周りの乗組員たちはまともな者が多かった。逆に真面目な乗組員たちの中で、船長であるニーナただ一人だけ凄く浮いてしまっている感が否めないのだが……
「あ、そういえば君の名前を聞いてなかったね」
突然ニーナからそう切り出されて、ラビは慌てて答えようとする。
「わ、私は――」
『ラビ、待て!』
しかし、そこへ俺が念話を使って待ったをかけた。
「安易に本名を言うのはマズい。お前は元々没落した貴族の娘なんだ。お前が自由でいることを良く思わない輩も多くいるはずだ。そいつらに知られないためにも、今は本名を伏せておけ。あと、俺のことも秘密だ。この念話はお前としか繋がっていない。他のやつらには聞こえていないから安心しろ」
ラビは俺の言葉を聞いて軽く頷き返すと、ニーナたちに向かってこう言った。
「わ、私の名前はラビと言います! この船でここまでやって来たのですが、魔力が尽きて遭難してしまって……」
「ふ~ん。じゃあさ、”ラビっち”って呼んでもいい?」
「へっ? べ、別に構いませんけど……」
突然あだ名で呼ばれ、困惑してしまうラビ。このエルフ女、初っ端から相手をあだ名呼ばわりするところからも、ギャルのような陽キャ感がぷんぷん漂ってくる。こうなればギャルエルフとでも呼んでやろうか――
「それで、ラビっちはどうして一人でこの船にいたの? 他の乗組員は? 逃げちゃった? それともあのメタルビークたちにみんな食べられちゃったとか?」
ニーナの問いかけに対し、ラビは一言――
「いいえ! 私一人で操縦して来ました!」
……って、いやいやバカ野郎! お前一人でこのデカい船を動かせる訳ないだろうが! そこはニーナの言う通り、「他にも大勢いたけどみんな逃げた」とか話を合わせておけば良かったんだよ!
――と、ツッコミを入れるも既に遅く、ラビの言葉を聞いた周りの乗組員たちは、全員そろってポカンとして首を傾げていた。
「――ぷっ、あはははっwwww! 君面白いこと言ってくれるじゃん! 超ウケるんですけど~!」
しかし、唯一ニーナだけはケラケラと笑い声を上げて言った。
「ラビっち一人でこんな大きな船を動かしてここまで来たんだ~。ってことは、ラビっちがこの船の船長ってこと? あはは、それヤバいね。ここ王国の最北端空域にある島なんだけど、ここまで君一人の力だけで来れたのなら超ラッキーだよ。この辺は気候も変わりやすくて、私たちみたいなプロの船乗りでも遭難を覚悟して行くぐらいの鬼ヤバ空域なんだからさ。嵐で船が木っ端みじんにならなかっただけでもマジ奇跡だかんね?」
(そ、そうだったのか……)
つまり俺たちは、そんな危険な空域とは知らずにのこのこと突っ込んでしまったという訳か。旅立つ前に、図書室にある空図をよく確認しておくべきだった。
「ま、いいや。私たちも狩猟採取を終えて港に戻ろうとしてたところだし、君一人くらいなら送っていってあげてもいいよ~」
ニーナがそう言ってラビの手を取るが、ラビはそんな彼女を引き留める。
「あ、あのっ! こ、この船も……クルーエル・ラビ号も、一緒に連れて行ってくれませんか⁉」
そう懇願するラビを見て、キョトンと首を傾げるニーナ。よしラビ! その一言はグッジョブ! 短い間ではあるが、苦難を共にした俺を捨てて行くことなんてできないと思ったのだろう。船自身である俺も、こんなどこぞも知れない森の中に置き去られてはたまったものじゃない。本意ではないが、ここはなんとしてもあのギャルエルフに連れて行ってもらわなければ……
しかし、ニーナはため息を吐いて答える。
「う~ん……確かにこんな立派な船をここに置いていくのはもったいないし、持って行きたいのは山々なんだけど……帆はズタズタだし、帆桁も緩々《ゆるゆる》だし、これじゃシューセンしなきゃもう飛べないかな~」
「しゅ、シューセン?」
「そ、船を修理すること。略してシューセン。私たちケツカッチンだからさ~、ソクサリしたくてシューセンしてる暇もないワケ」
いや「ケツカッチン」て……そんな言葉、今どきのギャルも使ってないと思うぞ。
「だから残念だけど、この船は捨てていくしか――」
するとそこへ、船内を捜索していた乗組員たちが、急ぎ足で下の甲板から戻ってきた。彼らはニーナの元までやって来ると、彼女の耳元で何かをささやいた。俺にはよく聞こえなかったが、乗組員からの報告を聞くや否や、彼女は目の色を変え、「え? ガチで?」と驚きの声を漏らし、それからしばらくの間、何かを考えるように頭をもたげて黙り込んだ。
そして、やがて彼女は口を開き、困り顔をしているラビに向かって言う。
「じゃあ、ここでラビっちにグッドニュース! なななんと、この船もシューセンして一緒に近くの港まで持ってくことになりました~! パチパチパチ~!」
「ほ、本当ですかっ!」
ニーナの言葉を聞いて喜びを露わにするラビ。一体乗組員から何を耳打ちされて気変わりしたのかは知らないが、連れて行ってくれるというなら、こちらとしてもありがたい限りだ。
「ってなワケで、みんな~、この船をルルの港まで運ぶから、さっさとこいつをシューセンして飛べるとこまで持ってくよー。……あ、あと甲板に落ちてるメタルビークの死体集めといてー。解体して持ってくから」
「か、解体するんですか?」
甲板に倒れるメタルビークの死体を見て、ラビが困惑しながら問いかける。
「そ、メタルビークの嘴は鉄より強度があるから高く売れるんだ~。それに肉もウマウマだしね。普段は滅多に見ない鳥なんだけど、これだけ捕れれば2000ぺリアは下らないんじゃね? だからこいつらの解体作業もよろ~」
「「「イェス・マァム!」」」
ニーナの命令に乗組員のエルフたちが意気投合し、途端に甲板上が騒がしくなった。空中に停泊していたカムチャッカ・インフェルノ号は錨を下ろし、船から次々と修理用の資材が運ばれてくる。エルフたちはてきぱきと動き、破れた帆布や千切れた索具を手際よく修理していった。傷付いた船底にも新たに木が継ぎ当てられ、金槌や木槌が船を叩くトントンという音があちこちから響いていた。
こうして、修理作業が開始され、乗組員たちが忙しく働いている中、船長のニーナとラビはどうしていたのかというと――
「ねぇ見て見て~。この子可愛くな~い? 私が助けてあげたんだよ」
「流石です、ニーナ船長」
「ねぇ見て、ほら。お人形みたいでしょ?」
「は、はぁ……確かにとても愛らしいです、船長」
「マジでほっぺプニプニなんだから。触ってみ?」
「いえあの、自分は今手が離せないので――」
淡々と作業をこなす乗組員たちに絡んでは、ラビの可愛さを周りに言いふらしていた。周りは真面目に働いているというのに、船長がこんなで大丈夫なのか? 乗組員たちもニーナがしつこく絡んでくるせいで困ってしまっている。ニーナに腕を引かれるラビも、あちこち連れ回されては散々弄ばれ、フラフラになって目を回していた。
(いいのか? こんな平気で仕事サボって遊んでるようなヤツが船長やってて、周りは誰も不満を持たないのか?)
そんな疑問が脳裏を過るが、乗組員のエルフたちは、ラビとつるんでばかりで仕事をサボる船長を見ても何一つ文句を言わず、黙々《もくもく》と自分の仕事をこなしていた。
――いやいや、みんな真面目過ぎかよ! そこは怒っていいところじゃないの? 俺だって、転生前の世界で仕事しない上司を前にしたらぶん殴ってやりたい気持ちに駆られたんだぞ。なのに何で誰も怒らないんだ?
このギャルエルフ、一体これだけのエルフたちをどうやってここまで忠実に仕立て上げているのだろう? それだけが甚だ疑問でならなかった。