第3話 まずは船内確認から
とりあえず、俺はユニークスキル「神の目」を使って、船内すべての区画をくまなく見て回った。光の入らない船内はどこも真っ暗だったが、あらかじめ獲得していたスキル「夜目」のおかげで暗闇の中でもよく見通すことができた。
暗い船内を探索していると、船長室らしき部屋の机に、この船の見取り図らしき図面が広げて置かれていた。なるほど、俺の中身はこんな感じになってるのか……
その見取り図には、各デッキの名称なども記載されていた。異世界の言葉で書かれていたが、なぜか普通に読むことができた。以下がその見取り図だ。メモ程度ではあるが、各階層を見て回ったときの様子や、見つけた部屋について分かったことも、合わせて記しておく。
<船の見取り図>
①舳先
天使のような衣をまとい、剣と盾を装備した木製の女神像(なかなかな美人顔だ)が添えられていた。あと、船首に底板を丸くくりぬいた長ベンチが置かれていたんだが……これって、ひょっとして便所か? おいおい冗談だろ? こんな壁も屋根もない場所で雨風受けながら用を足せってのか? 俺は絶対にゴメンだね。
②前甲板
帆をかける支柱であるフォアマストが立っていて、マストの左右には、マストへ上る足場となる縄ばしごが伸びている。あと、前方攻撃用の大砲が2門置かれていた。左右両舷には大砲がたくさん並んでいるってのに、前にはたったこれだけしかないのか? これじゃ正面から突っ込まれたら終わりじゃないか。
③板歩き甲板
物騒な名前だが気に入っている。細い通路が船体中央から左右に伸びていて、メインマスト経由で後甲板へと続いている通路甲板。何でこんな複雑な構造をしているのかはよく分からん。下の甲板へ指示を出すのに、上官たちが使っていたのだろうか?
④後甲板
ミズンマストの前に操舵輪が置かれている。どうやら、船の操縦や指揮は主にこの甲板で行うようだ。ちなみに、左右に突出した半円デッキは「バルコニー」と呼ばれているらしい。
⑤船長室
中には深紅の絨毯が敷かれ、高級そうな彫刻を施した家具や衣装棚、衣装棚の中には豪華な衣装がたくさん保管されていた。壁には剣やピストルまで飾ってある。趣味は悪いが、これは間違いなく船長用の個室だろう。すぐに舵を握れるよう、操舵輪のある後甲板の真後ろに位置しているのも納得だ。
⑥船尾楼甲板
船長室の上にあるデッキ。ここから下の各デッキを見渡すことができる。船尾にある巨大なランタンは、船同士の衝突を避けるために夜間灯されていたらしい。
⑦上砲列甲板
板歩き甲板の真下に位置する甲板。左右にそれぞれ九門、計十八門の大砲が並べられている。天井が低いから、背の高い奴は天井の梁に頭をぶつけてしまうだろう。
⑧娯楽室
上砲列甲板の船尾側にある部屋。ここも船長室と同じく高価な家具、その他ピアノやヴァイオリンなどの楽器、ボードゲーム盤や駒などが置かれていた。たぶん、船員たちが自由時間にここで演奏やゲームを楽しんでいたのだろう。他の甲板と違い、この部屋は船尾側が窓になっているから、陽の光が差し込めばかなり明るくなるはずだ。部屋の両側にある扉は船尾バルコニーへ通じている。船尾は豪華な装飾が施され、まるで舞台のようだ。
⑨下砲列甲板
両舷に十六門の大砲、さらに後方攻撃用の大砲が船尾に二門並んでいる。メインマストの柱の横に巨大な調理用ストーブが置かれていて、食事の際にはここでコックが料理を作って船員に振舞っていたのだろう。何十人もの食べ盛りな船員たちのための食事を、全てここで賄っていたとは驚きだ。
⑩最下甲板
いかり綱や予備の帆などが収納されている格納庫、医療器具や薬品の並ぶ医務室、書籍の並ぶ図書室、砲弾や火薬の置かれた弾薬室、その他用途不明の空き部屋が多数見つかった。今後何かに使えるかもしれない。
⑪船倉
おそらく船内で最も不潔な場所だ。船体のどこかに穴でも開いているのか、底には腰下が浸かるくらいまで水が溜まってしまっている。船倉の中は広かったが、積み荷は見当たらなかった。金銀財宝をどっさり積んでいるのでは? と密かに期待していたのだが、そんなわけないか。
――それにしても、一体どれくらいの間放置されていたのか知らないが、どこもかしこも埃っぽくて、大砲の砲身もすっかりさび付いてしまっていた。これではいざというときに使い物にならない。この船の総合火力が100しかないのも納得だ。
あと、船倉の汚さといったら、まるで下水道の中を見ているようだった。一体どうすればこうなるんだ? 溜まった水はもう何年も放置されているようですっかり腐ってしまい、水面には大量の藻が浮いて緑色に濁ってしまっていた。きっと臭いも相当キツイはずだ。まぁ、俺には嗅覚がないから平気だったわけだが……
それでも、こんな汚水が俺の腹の中に溜まっていると思うだけで気持ち悪かった。今すぐにでも全部腹の中から排出してしまいたいところだが、船である今の俺にはどうしようもならない。ちくしょう……この体、やっぱり不便でしかないじゃないか。
そんな不潔極まりない船倉で、俺はもう一つ不思議なものを見つけた。
『なんだこれ……』
船体中央部、ちょうどメインマストの柱が立つところに、真っ黒なモノリスが置かれていた。モノリスの周りは金属の柵で囲まれ、見るからに重要そうなものに見えるのだが……
『これは黒曜石か? 表面がキラキラ光ってるぞ……』
モノリスの表面には、まるで葉脈のような模様が浮かび上がっていて、時折水で濡れたように光っていた。それに、ドクンドクンとかすかに心音のような音も聞こえてくる。まるで生きているみたいだ。
『船長室にあった見取り図にもこんなものなかったし、一体何に使うんだ?』
まだまだ分からないことが多すぎて、俺は頭を抱えてしまった。
○
そんなこんなで、あっという間に時間は過ぎ、全階層を探索し終える頃には、もうすっかり日が昇ってしまっていた。俺は視点を船内から船外へと切りかえ、外の様子を見てみる。
『……これが、異世界の日の出か………』
視界に飛び込んできた光景を前にして、俺は息を呑む。
――そこに広がっていたのは、絶景だった。夜、遠くの空に浮かんで見えていたいくつもの大陸は、昇ってくる陽の光を受けて鮮やかに色付き、黄金のようにキラキラ輝いていた。黄金郷とは、まさにあのような場所のことを言うのだろう。朝焼けのグラデ―ジョンの中、はるか遠くまで続く無数の浮遊大陸群は、転生されたこの場所が、無限に広がる果てしない世界であることを、俺に伝えていた。
行ってみたい――あそこには一体何があるのか、この目で確かめてみたい。気付けば俺は、夢のような絶景を前にして、そう切に願っていた。
『……とはいえ、水の上しか走れない今の俺には、無理な話だよな………』
遠くへ行ってみたいとは思うものの、自分が船である現実に引き戻されて、俺はため息を吐く。
そうして悲観に暮れている中、ふと朝焼けの空の中に、隊列を組んで進んでゆく小さな影を見た。
最初は鳥かと思った。しかし、よく見るとそうではない。
『あれは……いやまさか、そんなはずない!』
俺は目を疑った。もし自分が人間であったなら、何度も目を擦って見返していただろう。
だが、それは間違いなく、空の中を進む船団だった。
【スキル「遠視:Lv1」が解放されました】
俺はすかさず得たスキル「遠視」を使って、遠くの空を進む船影を見た。まだLv1だからか、拡大してもぼんやりとしか見えなかったが、それでも、風にしなる三本のマストや、はためく白い帆布……そして、船尾に掲げられた国旗らしき旗も捉えることができた。
『……もし、あれが本当だとしたら………俺も――』
俺も空を飛ぶことができる……のか?