第28話 影の仕掛人◆
ロシュール王国、トカダン中大陸にある街、ライデルン――
周囲を緑に囲まれた自然豊かなこの街は、かつてラビの父親であるシェイムズ・T・レウィナス公爵が統治するレウィナス公爵領の土地だった。
しかし、約一ヶ月ほど前、フョートル・デ・ライルランド男爵の率いる軍隊が邸宅に奇襲攻撃を仕掛け、レウィナス公爵を殺害。この「レウィナス侵攻」と呼ばれる事件により、ライルランド男爵はトカダン中大陸を始めとするレウィナス公爵領の全ての土地を自らの支配下に置いた。
そして彼は、レウィナス公爵から奪い取った土地を正式に統治する権利をロシュール国王から認めてもらい、最低爵位である男爵から、最高爵位である公爵のそのまた上位――大公にまで上り詰めたのだった。
○
「ライルランド大公閣下」
ライデルン郊外にある領主邸にて、一人の執事が大きな木製の両扉の前に立ち、扉を小さくノックした。
「――入れ」
その言葉を合図に、執事は扉を開けて部屋の中へ入る。その部屋は執務室らしく、部屋の奥には大きな机が置かれており、中年と思しき一人の男が、机に向かって書類にペンを走らせていた。
「あぁ、ラダンか。どうしたのかね?」
その男――ライルランド大公は、入ってきた執事を見るとペンを置き、凝り固まった体をほぐすように首や肩を回しながら、ため息交じりに問いかける。
「報告いたします。これまでレウィナス公爵により統治されていた全大陸への軍の配備、および兵営の設置が完了いたしました。各指揮官には、領主が変わったことによる反乱や暴動は芽吹く前に速やかに摘み取るようにと申し付けておきました」
「ふむ、それは結構。……他には?」
「はい。昨日王都の方へお送りしたライルランド公国建国の立案書について、国王陛下からご返答を頂きまして――」
「それで、陛下は何と?」
「国王陛下は、新公国の樹立をお望みになられてはいないようで、立案には賛同できないと……」
執事の言葉を聞いたライルランド大公は眉を歪め、「そうか……」と落胆するように肩を落とした。
「まったく、あの頭の固い御老人は、かつて私が王国に売った恩を忘れてしまったようだ。三大陸間戦争の際、我々領主が自軍を挙げて助太刀に入っていなければ、今頃王国はとっくに帝国と連合王国の勢いに飲まれて併合されてしまっていただろうに。今回の侵攻だって――」
と、そこまで言い掛けて、ふと彼は言葉を切り、席を立ち上がる。
「まぁ過ぎたことを今さらどうこう言っても仕方あるまい。……やれやれ、もうあの忌々《いまいま》しい公爵の顔を見なくていいと思うとせいせいするよ。この椅子と机も、元々はやつの物だったらしいが……ふん、所詮は宝の持ち腐れだな」
そう言って彼は鼻で笑う。
「――そういえば、あの公爵には一人娘がいたな。奴は娘を大切に育てていたようだが、剣の振り方も知らんような世間知らずの小娘では、この土地のリーダーは務まらん」
「公爵の娘でしたら、大公閣下のご用命通りタイレル侯爵に引き渡し、『タイレル商会』にて奴隷として売り払ったと仰せつかっております。とある旅商人が鮮やかに競り落としたのだとか……」
執事の言葉に、太公は「そうか」と興味無さげな軽い返事をするだけだった。
「ふん、役立たずな娘でも、誰かの慰み者になるのなら本望だろう。……それよりも、あの老いぼれ国王め、まだ自分が王座に着いているからといって、少々傲慢が過ぎるようだ……しかしまぁ、その虚勢もいつまで続くか――見ものだな」
ライルランド大公は歯噛みしながらも、口元を釣り上げて不敵な笑みを浮かべていた。