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第26話 ゴブリンとの戦い②

『マストに登れ! 縄ばしごを使うんだ!』


 俺はラビに向かって声を上げた。高くそびえ立つメインマストへ続く縄ばしごが、追い詰められた彼女に最後の逃げ道を示してくれていたのだ。


 ――しかし、ラビは縄ばしごに手をかけるのを一瞬ためらう。前に一度登ろうとして、トラウマのせいで登れなかった記憶が脳裏を過ってしまうのか、なかなか次の一歩を踏み出すことができない。


 じりじりと迫り来るゴブリンたち。引こうにも引けなくなったラビは、思い切ってはしごに足をかけ、マストを登り始めた。容赦なく吹き付ける風、揺れるはしご、ギシギシと縄のきしむ音が、ラビの恐怖をかき立ててゆく。ゴブリンたちも後を追って縄ばしごをよじ登り始め、追い付いた一匹が、ラビの足をつかんだ。


「ケヒヒヒヒッ!」

「ひっ!……こっ、来ないでっ!」


 ラビはつかまれた足をジタバタさせ、近寄ってくるゴブリンの顔を足の裏で踏み付けた。ゴブリンは「グギャッ!」と声を上げてはしごから手を放し、手すりに頭をぶつけて湖へ真っ逆さまに落ちてゆく。


 このとき、うっかり下を見てしまったラビは、そのあまりの高さに「ひゃっ!」と声を上げて縄ばしごにしがみ付いた。恐怖のあまり足がすくんでしまい、ラビはそこから一歩も動けなくなってしまう。


『おい! 下からゴブリンが迫って来てるぞ! 早く登るんだ!』

「駄目……やっぱり私には無理だよ……っ……」


 のしかかる恐怖に心を圧し潰されそうになり、涙目になりながら声を絞り出すラビ。足元では、彼女の後を追って登ってくる後続のゴブリンたちが、すぐそこまで迫って来ていた。


 俺はやるせない気持ちで一杯になる。……確かに、以前のお前なら無理だったかもしれない。俺と出会う前のラビなら、きっと何もできずにゴブリンたちに殺されているのがオチだっただろう。最初に出会ったときは、本当にそれくらい何もできない奴だった。


 ――だが、今は違う。俺の乗組員として引き入れてから、少なくとも今の状況を打破だはできるくらいには鍛えてやったつもりだ。ここで心折られてしまっては、これまで面倒見てやった俺の面目めんぼくが立たないだろうが!


『ラビっ! ()()()()ならできるはずだ! これまで積んできた修行の成果を見せてやれ!』


 恐怖で縮こまっているラビの肩がピクリと震える。これまで体験してきた苦難と苦行の日々を思い出したのか、彼女の目にキラリと光が戻り、顔を上げて真上に広がる空を見据えた。強くなりたいと願う思いが、それまで怯えていた彼女の心に火を点ける。


「……はい、師匠っ!」


 ラビは涙を拭い、再びはしごに足をかけて登り始めた。縄ばしごはメインマスト中腹にある檣楼しょうろう(物見の台)へと伸びており、ラビはそこまで上り詰めると、腰に下げていた短剣を抜き、応戦の構えを取った。これより先はもう本当に後がない。まさに背水の陣ともいえる状況で、ラビは絶対に生き残る覚悟を決めて奮い立った。


 登ってくるゴブリンたちに向かって、ラビは容赦なく剣を振り下ろす。ゴブリンの一匹は腕ごと切り落とされて湖へ転落し、もう一匹は剣の柄で頭を強打され、真下の甲板に激突し息絶えた。


 残るは三匹だけとなったが、檣楼しょうろうの上まで登って来られてしまい、狭い台の上でみ合いになった。三匹が覆い被さるように伸しかかり、身動きが取れなくなってしまうラビ。興奮したゴブリンたちの荒い息が近く、口元から垂れるよだれがラビの頬を伝った。


「ギャギャギャッ!」

「キヘヘヘッ!」

「くっ……その汚い手を退けなさいっ!」


 ラビはゴブリンたちを押し退けると、一匹の腹を思い切り蹴り付け、檣楼しょうろうの外へ弾き落とした。


『ラビっ! 飛べ!』


 唐突な俺の叫び声に、ラビの表情が固まる。


「えっ?……」

『大丈夫だ! 俺が受け止めてやる!』


 俺の声を聞いたラビは一瞬、戸惑いを露わにした。――当たり前だ。下に受け止める者など誰もいないというのに「飛べ」なんて言われれば、誰だって躊躇ちゅうちょして当然だろう。しかも彼女は過去に一度、()()()()()()()()()()()トラウマを持っているというのに。


 そのときのトラウマが蘇ったのか、ラビの顔から途端に血の気が失せてゆく。


「わっ、私には………」


 何かを言いかけるラビに向かって、俺は構わず言葉を続ける。


『お前を二度もどん底へ落させなんかしない! 今度は俺の手でしっかり受け止めて、お前を奈落ならくの底から引っ張り上げてやる! だから………だから、俺を信じろ!』


 俺の声が、果たしてラビの心に届いたかどうかなんて分からない。


 ――しかし、気付いたときには、ラビは目を閉じて両手を胸にギュッと押し当て、自らの意志がおもむくままに、宙へ足を踏み出していた。


 予想外の動きに巻き添えを食ったゴブリンたちが、甲高い悲鳴を上げてラビと共に真っ逆さまに落ちてゆく。俺はすかさず念動スキルを発動させ、落ちてくるラビを宙で受け止めた。


 ドシャッ! と醜い音と共に、二匹のゴブリンが甲板に打ち付けられて無残に潰れる。


 ゴブリンの死体が無数に転がる甲板の上で、唯一ラビだけが空中にフワフワと浮かんでいた。


『怪我はないか、ラビ?』


 そう問いかける俺に「……はい、私は大丈夫です」と、ラビは顔を俯けたまま答えた。


『その……無理を言って悪かった。ああするしか方法がなかったんだ』


 追い詰められたラビを救うために機転を利かせたつもりではあったのだが、今回もまた彼女に過去のトラウマを彷彿ほうふつとさせるような怖い思いをさせてしまった。いくら命を助けるためとはいえ、いささか強引が過ぎたかもしれない。俺はそう感じて、彼女の前で謝罪したのだが……


 顔を上げたラビは、なぜか怒っていなくて、それどころか柔和な笑みを浮かべ、俺に向かってこう言葉を返したのである。


「―――ありがとうございます、師匠。……私、師匠のおかげで、少しだけ変われたような気がします。以前よりも、少し強くなれたような気がします!」


 俺は驚いた。まさか感謝されるなんて思いもしなくて、返す言葉を失う。どうやら今回の件で、ラビは知らないうちに過去のトラウマを克服してしまっていたようだ。俺がその克服に一役買ってしまっていたこともあって、ラビは本当に心の底から俺に感謝の意を示してくれていた。予想外の反応に意表を突かれはしたのだが、次の瞬間には思わず笑いがこぼれてしまっていた。


『……そうか、良かったな』

「私、これからもずっと師匠と一緒に居たいです。師匠の乗組員として、もっと修行を積んで、もっと強くて立派な女性になりたいです!」


 フンスと鼻息荒くして意気込むラビを、俺はそっと甲板の上に降ろしてやる。


『当たり前だ。ラビは俺の乗組員第一号だからな。たとえお前が泣きべそかいて「降りたい」なんて抜かしても、絶対降ろしてやらないぞ』

「そんなこと言って、今日私に一日だけ自由を与えて船から降ろしてくれたのはどなたでしたっけ?」

『なっ……そ、それはだな……』


 痛いところを突かれて言葉を詰まらせてしまう俺に、ラビは悪戯っぽく両手を後ろに回し、楽しそうに笑うのだった。

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