第25話 ゴブリンとの戦い①
俺は念動スキルで左舷の全砲門を開き、大砲を勢いよく押し出した。そしてスキル「射線可視」を使って、向かって来るゴブリンたちに狙いを合わせる。砲身を持ち上げて高く飛ぶように仰角を調整し、狙いが定まったところで、炎生成を唱えて導火線に火を付けた。
ドン!
爆音、そして衝撃と共に撃ち出された大砲の弾が、丘向こうから迫るゴブリンたちのすぐ手前に着弾した。地面が抉れて土煙が舞い上がり、ゴブリンたちは爆風で散り散りに吹き飛ばされ、ギャアギャア喚きながら逃げてゆく。
遺跡で花を摘んでいたラビも、砲撃音に驚いて顔を上げ、背後から近付いていたゴブリンたちの存在を知って、慌てて岸へ向かって駆け出した。
『やっと気付いてくれたか……』
俺は安堵して息を吐く。
――が、安心するのはまだ早かった。さっきの砲撃で追い払ったはずのゴブリンの一匹が、唐突に空に向かって角笛を吹いたのだ。くぐもった音が丘一帯に鳴り響き、鳴り止んでから暫くすると、丘の上からさらに多くのゴブリンたちがわらわらと現れたのである。
『まさかあいつら、仲間を呼びやがったのか⁉』
その数は三十を下らない。四十、五十……いや、もっといるだろうか? 一匹が助けを呼んだだけで、あっという間にこれだけの数が集まるとは、正直言って奴らの結束力をナメていた。
『ラビ! 急いで船に戻るんだ!』
丘の向こうから続々とやって来るゴブリンの大群に、ラビも戦慄してひたすら走る。ゴブリンの中には弓矢を持っている奴らもいて、逃げるラビに向かって一斉に弓を引いた。
『させるかっ!』
俺はすかさず次の大砲に視線を移し、弓矢でラビを狙う一団に向けてぶっ放す。集団の中心で砲弾が炸裂し、ゴブリン数匹の体がトマトのように弾け飛び、真っ赤な血煙と共に奴らの四肢が四散した。
『よし次っ!』
俺は、次から次へと別の大砲に視点を切り替え、狙いを定めて撃ち放った。逃げるラビの背後に着弾し、轟音と共に吹き飛ぶゴブリンたち。遺跡の柱に隠れて砲撃をやり過ごそうとしている奴らもいたが、柱の根元に砲弾を撃ち込んで柱をなぎ倒すと、全員が下敷きになって潰れた。
迫り来る爆音にラビは両耳を抑えながら走り、湖に飛び込む。俺はラビが無事に船に戻るまで援護射撃を続け、ゴブリンの群れを蹴散らし続けた。
しかし、ゴブリンたちもなかなかしぶとく、いくら砲撃して蹴散らしても、さらにまたたくさん湧き出てくる。しかも、湖に入ったラビを見るなり、どこからか手漕ぎのボートまで持ち出してきた!
『しつこいなあいつら! たかが女の子一人相手にそこまでやるかよ!』
しかし、追いかけて来るからには、こちらも応戦の手を緩めてはいられない。ゴブリンたちは運んで来たボートを湖に浮かべると、七、八匹のチームに分かれてオールを漕ぎ始めた。丸太をくり抜いただけの簡素なボートとはいえ、大人数で漕げばかなりのスピードが出る。俺は大砲の照準を向かって来るボートに合わせて、導火線に火を放った。湖にいくつもの水柱が上がり、近くを走っていたボートの一そうが横転し、もう一そうは砲弾を受けて木っ端みじんに吹き飛んだ。大迫力な砲撃戦は、まるで戦争映画でも見ているかのようだ。
ようやくラビが俺のところまで泳ぎ着き、ずぶ濡れの体で乗船する。
『ラビ、船長室に行って武器を取ってこい! 奴らが乗り込んでくるかもしれない』
「えっ……でも私、剣術はあまり得意じゃなくて――」
『そんなこと言ってる場合か! 早く取って来るんだ!』
ラビは急いで船長室に向かい、壁に掛けてあった武器の中から、長剣と短剣をそれぞれ腰に差した。ゴブリンたちの操るボートは、俺の集中砲火によってその大半は沈めたのだが、うち三そうのボートが砲火をくぐり抜け、俺のところまでたどり着いてしまう。
『撃ち漏らした奴らが乗り込んでくるぞ。構えろラビ!』
「は、はい師匠っ!」
ラビは戸惑いながらも腰に差していた剣を抜く。ゴブリンたちのボートは俺の船腹に横付けすると、ギャアギャア雄叫びを上げながら甲板へよじ登ってきた。
「ひっ……」
次々と船内へ侵入してくるゴブリンたちに、ラビは恐れおののいて後退る。ゴブリンは船の中にラビ一人しかいないことを確認すると、舐めくさったように下劣な笑いを上げて、彼女の周りを取り囲んだ。
そして、ゴブリンの一匹が飛びかかろうとした寸前――
『“――顕現せよ、炎生成”』
俺の放った炎魔術の詠唱が間一髪で間に合い、襲い掛かろうとしたゴブリンはたちまち炎に包まれる。
「ヒギャアアアアッ⁉」
火達磨になったゴブリンは甲板の上を踊り狂い、黒焦げになって倒れた。このまま残りの敵も全員火炙りにさせたいところだが、詠唱に手間がかかることもあって、俺だけではとても全部倒せない。
『ラビ、お前も戦え!』
「でっ……でも、私――」
唐突な実戦を前に、尻込みしてしまうラビ。これまでに戦闘など経験したこともない彼女に向かっていきなり剣を振れと命じるのも鬼畜の沙汰なのだろうが……それでも、今は非常事態だ。彼女にも戦ってもらわなくては、ゴブリンたちに俺が乗っ取られてしまう。それだけは死んでもゴメンだ!
『ラビっ! あの憎い商人と対面したときのことを思い出せ! お前を散々こき使ったあのブサイクな小太りジジイに踏み付けられて散々罵られたとき、お前は何を感じた?』
俺が声を上げると、途端にラビは不快な表情を見せ、眉間にしわを寄せた。思い出したくない記憶が蘇り、彼女の鮮やかな碧眼に、殺気の満ちた鋭い眼光が走る。
「――許せなかった。……あんな奴、人間じゃないって思った」
『なら、そのたぎる怒りを剣に込めて、目の前の奴らにぶつけてやるんだ。遠慮なんかするな!』
「っ………はい、師匠‼」
ラビは剣を両手で強く握りしめると、目の前のゴブリンに大きく斬りかかった。振りかざした剣の刃先は、ゴブリンの体を袈裟に切り裂き、噴き出した血しぶきがラビの顔と体を赤く汚した。それでも彼女は顔に付いた血を拭い、次の相手に斬りかかってゆく。
俺も、炎魔術や雷魔術を使ってラビの死角に回り込む奴らを一掃し、可能な限り彼女をサポートした。
しかし、次から次へと乗り込んでくるゴブリンたちに数で押されてしまい、ラビは甲板の隅へ追いやられる。背後に回ったゴブリンの一匹が、こん棒を振り上げてラビの持っていた剣を叩き落した。
「くっ!………」
追い詰められてしまったラビは、船縁の手すりの上によじ登る。背後には湖が広がり、もう後がない。
(――いや、逃げ道ならまだある!)
俺は、四面楚歌に陥ったラビに向かって、とっさに叫んでいた。
『ラビ! マストに登るんだ!』