第22話 迫力満点の砲撃演習
床磨きを始めて一週間後――ラビは船倉を除くすべての甲板の床をピカピカに磨き上げた。おかげで、それまで黒ずんでいた甲板は元の木の色を取り戻し、木目まではっきり見えるほどになった。ラビも、同じ甲板を何度も磨いているうちに俺の船内構造を全て頭に叩き込んだようで、甲板の上をまるで自分の庭のように駆け回っていた。
『よし、じゃあ次は大砲だ。俺の中には、全部で38門の大砲が積まれている。ずっと放置されてたせいでさびだらけになってるから、砲身の中までキレイに磨き上げるんだぞ』
「は、はいっ!」
ラビは早速、船内にある大砲を一門ずつ磨きにかかった。まずは大砲表面に付着したさびを落とし、次に先端に布を巻いた棒を砲身の中に突っ込んで、中もきれいに掃除してゆく。砲身に突っ込んだ棒を抜き差しする度、中にこびり付いていたさびが粉末状になって噴き出してきて、ラビは途中何度も咳き込んでいた。
こうして、次の一週間は全て大砲の掃除に費やし、船内にある全ての大砲がピカピカになる頃には、ラビの着ている衣服や蒼い髪はすっかりさびまみれになって、体中が茶色に染まってしまっていた。
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【船名】なし
【船種】ガレオン(3本マスト)
【用途】無指定 【乗員】1名
【武装】8ガロン砲…20門 12ガロン砲…18門
【総合火力】1060
【耐久力】500/500
【保有魔力】700/700
【保有スキル】神の目(U)、乗船印(U)、閲読、念話、射線可視、念動:Lv7、鑑定:Lv7、遠視:Lv5、夜目:Lv7、錬成術基礎:Lv1、水魔術基礎:Lv3、火魔術基礎:Lv4、雷魔術基礎:Lv5、身体能力上昇:Lv1、精神力上昇:Lv1、腕力上昇:Lv1、治癒(小):Lv1
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大砲の掃除が終わってから、俺は自分のステータスを確認してみると、なぜか総合火力が爆上がりしていた。多分、これまで大砲がさび付いていて火力が落ちていたから、今回掃除をして使えるようにしたことで、元の火力を取り戻したのだろう。
そして、大砲が使えるようになったということは……俺が前から一度やってみたかったことを実践できるようになったということだ。それはずばり――
『ラビ、大砲の試し撃ちをするぞ!』
「た、試し撃ち?」
下砲列甲板の井戸で水を汲み、さびにまみれた顔を洗っていたラビが、唐突な俺の指示に困惑しながら濡れた顔を上げた。
『そうだ。帆船映画や海賊映画に砲撃戦は欠かせないだろ? 大砲が撃てないと、いざ敵が攻めて来たときに応戦する手段がない。だから、お前には大砲の撃ち方も覚えてもらうぞ』
まず初めに俺は、ラビに大砲を撃つための道具をそろえさせた。俺に積まれている大砲は、それこそ帆船映画で見るような古いタイプのもので、一発撃つたびに、いちいち砲身を掃除して、火薬と砲弾を別々に砲口から投入しなければならない。おまけに大砲はかなりの重量があるため、装填する際はそれぞれ役割を与えられた五、六人の砲手が連携して、流れ作業のように装填してゆくのが本来のやり方であると、「図解 魔導帆船大全 ~完全版~」には記されていた。
「う~んっしょ……」
重い大砲の弾を両手で抱え、がに股になりながら必死に運ぶラビ。普通なら大人数名が連携してやる作業を、ラビ一人で全てこなさなければならないとなると、かなりの重労働になるだろう。貴族の出である彼女にこんな力仕事なんてできるのか? という不安はあるものの、こればかりは仕方がない。ラビには大変かもしれないが、これも修行の一環と捉えてもらおう。
ゴロゴロゴロ……
「あぁ、待って!」
甲板の上を転がってゆく大砲の弾を慌てて追いかけたり、誤って火薬を床にこぼしてしまったり、固定索に足を引っかけて転んでしまったり――俺が危惧した通り、ラビは慣れない大砲の装填にかなり苦戦していた。装填するための道具も上手く扱えず、何度も失敗しては俺が正しく教え直した。
『足元に気をつけろ。甲板が斜めになれば大砲も動くから、砲台の車輪に足を潰されるぞ』
「はい師匠!」
『馬鹿、弾を入れる前にまず火薬を詰める方が先だろ!』
「ご、ごめんなさい師匠!」
『腰を入れて弾を砲身の中に押し込め、もっとだ! 奥までしっかり入れろ!』
「は、はい師匠!」
……そうして長い奮闘の末、ようやく大砲に火薬と砲弾が収まり、導火線を繋げて、発射できる準備が整った。俺は念動スキルで大砲を発射位置まで押し出し、右舷の砲門が一つだけ開いて、砲口が顔を出した。
『ラビ、耳を塞いでろ』
「はいっ」
耳に両手を押し当て、その場にしゃがみ目を閉じるラビ。俺は「炎生成」を唱えて、導火線に火をつけた。
刹那、爆音と共に白煙が舞い上がり、大砲が背後へ飛び退く。その一秒後、ここから少し先の湖面に水柱が高く上がった。すげぇ……初めて大砲を撃ったが、これはかなりの迫力だ。帆船映画の砲撃戦を彷彿とさせる絵面に、俺は思わず舞い上がってしまう。水柱の位置からして、距離は大体三十メートルくらいだろうか? やはり旧式の大砲だと、射程距離もこんなものなのだろう。だが、砲身をもう少し上に傾ければ、もっと飛距離も伸びるかもしれない。
『ラビ、もう一発撃つぞ、次弾装填急げ。砲身を掃除するのを忘れるなよ』
「えっほ、えほっ、えほっ……は、はい師匠!」
甲板内に立ち込める白煙に咳き込み、煙が染みて涙目になりながらも、ラビは必死に次の弾を大砲に込め始める。
こうして、この日は陽が落ちるまでに全部で十発もの砲弾を飛ばし、大体の射程と狙いを付けるコツを学んだ。これで自衛する手段は得られた訳だが、ラビにももっと訓練が必要だろうし、38門もの大砲を扱うには人手の数も全然足りていないから、実戦をするにはまだ準備不足だ。先は長いな……
それから次の日も、俺は丸一日かけて、大砲の射撃訓練を行った。今度は火薬の量を増やしたり、砲身を上に持ち上げたりして、もっと高く、もっと遠くへ砲弾を飛ばすことを目標にした。
こうして砲撃訓練を続けるうちに、面白いスキルが手に入った。
【スキル「射線可視」が解放されました】
「なんだそれ?」
結論から言うと、このスキルを使うことで、大砲から撃ち出されて飛んでゆく砲弾の軌道を見ることができるようになった。――つまり、俺の狙った通りの場所へ砲弾が飛んでゆくようになったのである。まるでシューティングゲームをやっているようで、思わずハマってしまいそうになった。
結局この日も、ただひたすら大砲を撃ちに撃ちまくって終わった。最後に、甲板にある全ての大砲に弾を込めて、いつでも発射できるよう準備しておいた。何時またあの商人のような敵が現れるとも限らない。即時に応戦できるよう、予め全ての大砲に弾を込めておくことで、俺が炎魔術を使うだけで砲撃できる態勢を作っておいたのである。
ラビも、最初こそ度量が分からずに何度も失敗したり手順を間違えたりしていたものの、何度も繰り返すうちにコツをつかんできたようで、砲弾の装填にもスピード感が出てきた。俺が常に彼女を急かしていたというのもあるのだが……
『――よし、今日はここまでだ、ラビ』
「は、はい……」
今日最後の砲撃を行った後、満足した俺がそう言うと、きな臭い白煙が立ち込める甲板の中から、ラビの弱々しい返事が聞こえてきた。一日中硝煙の漂う甲板の中で働かされていたラビは、全身煤まみれで、顔も黒ずんでしまっていた。
――それによく見ると、彼女の様子がどこかおかしい。ラビは両手を腹部に押し付け、苦しげに顔をしかめて背中を丸めている。
『どうした? どこか調子でも悪いのか?』
「へっ? あ、いえ、何でもないです……」
『何で両手を隠してるんだ? 見せてみろ』
俺がそう言うと、ラビは少し恥ずかしそうに俯きながらも、俺から見えるように両手を差し出した。煤で真っ黒に汚れた彼女の手には、無数の血豆ができていて、そのうちのいくつかは潰れて血が滲んでいた。それに、撃った後の過熱した砲身に触れてしまったのか、腕には痛々しい火傷の跡も刻まれていた。
(こんなボロボロな手になりながらも、俺の指示に従って必死に作業をしてくれていたのか……)
俺は感激のあまり胸が詰まった。――よくよく考えてみれば、俺も大砲を動かしたりと手伝いはしていたものの、大抵は指示出ししてばかりで、ラビの負っている苦労などろくに考えもしなかった。
……なるほど、こんなふうに部下のことを何も考えられないような奴が上司になることで、俺が就職していたようなブラック企業は生まれるんだな。俺は今、自分が指示する立場になって、初めてそのことに気が付いた。……ちくしょう、危うく俺をこき使っていた鬼畜上司の二の舞を演じてしまうところだった。
「……あ、あの、大丈夫です! 一晩経てばきっと治りますから」
『アホ、そんな手じゃフォークも握れないだろ。手を出したまま動くな』
俺は彼女の差し出した手に向かって、スキル「治癒(小)」を唱えた。すると、見る見るうちに彼女の手に負っていた傷が癒えていき、腕の火傷跡も消えてしまった。
「あ、あれ? 手の痛みが引いてる……それに、火傷の跡も」
『治癒魔術を使ったんだ。いいか、これからはどこか怪我したり、体に不調があったらすぐに報告しろ。俺が直してやるから』
そうラビに言いつけると、彼女は少し驚いたように目を見開き、それから少し表情を崩して柔和な笑みを浮かべた。
「……ありがとうございます。――意外と優しいんですね、師匠」
『勘違いすんな。お前は俺の船にいる唯一の乗組員で、俺の手足なんだ。そう簡単に失いたくないだけだ』
何だかツンデレみたいな返しになってしまい、俺は自分で放った言葉に恥ずかしさを覚えながらも、その感情を隠すように言葉を続けた。
『ほら、さっさと体の汚れを落として、今日はもう寝ろ。明日も早く起こすからな』
「はい! 師匠」
蒼髪の少女は元気に返事をすると、胸を弾ませて下の甲板へ駆けていった。