第17話 いや、食うのかよ⁉︎
ドサッ――
お腹が減ってその場に座り込んだラビの前に、俺は自分なりに調理した食い物を放り投げてやる。――まぁ、調理とは言っても、魔法で生み出した火で炙っただけなのだが……
「……あ、あの、これは?」
『テールラットの丸焼き。お代わりもあるぞ。下の甲板にいくらでも走り回ってる』
目の前に転がった黒焦げな肉の塊を見て、ラビの眉が歪んだ。――確かに、人が食えるような物じゃないとは俺も思ったのだが、今の俺に出せるのは、せいぜいこれくらいが限度だろう。
『まさか高級ステーキがスープとサラダ付きで出るとでも思ったのか? これでも俺なりに頑張って作ったんだ。食事を出してもらえるだけでもありがたいと思ってほしいな』
「……………」
『あ、ちなみに水なら「水生成」を使えばいくらでも出せるぞ』
俺がそう言うと、ラビは何かもの言いたげな表情で不満そうに頬を膨らませながらも、黒焦げになったテールラットを抱えて船尾にある船長室へ向かった。
そして船長室に入ると、彼女は部屋の中にある棚や引き出しの中を漁り始めた。何をやっているのかと思っていると、どこから見つけてきたのか、銀食器とナイフフォークを手に戻ってきて、それらをテーブル上に並べ始めた。流石は貴族の娘というべきか、彼女は食事の際、きちんと体裁を整えてから取るタイプであるらしい。
「――いただきます」
いや、てかマジで食うのかよ!
正直、半分冗談なところもあったのだが……それでもラビは、首元にナプキンを掛け、お皿の上に乗ったこれまで見たことのない生き物の丸焼きを前に、ナイフとフォークを動かし始めた。腹を切って内臓を取り出し、皮を剥いで内側の肉を取り出し――
かなり四苦八苦しているようではあったが、彼女は器用にテールラットの肉をそぎ取って、どうにか切り取った肉片を、恐る恐る口の中へと運ぶ。
「(はむっ)……うぐっ!」
そして、口に入れて一秒も経たないうちに吐き出した。どうやら肉自体が臭くてとても食えたものではないらしい。咳き込んでいるラビを見て、俺は溜め息を吐く。――まったく、無理に食おうとするからだ。
『馬鹿、外側を軽く炙っただけだから、中まで火が通ってないだろ。火魔術を使ってもっと焼かなきゃ食えないぞ』
俺がそう言うと、ラビは渋い顔をしながら立ち上がり、再び部屋の中を物色し始める。
『おい、今度は何を探してる?』
「火を点けられるもの。ろうそくとか――」
『そんなもの無くても、火魔術を使えばできることだろ? 四元素魔術の基礎なんだから、お前でも簡単に習得できるはずだぞ』
俺がそう言うと、彼女は首を左右に振る。
「……私、魔素拒絶体質症候群なの。魔素を体が受け付けない珍しい病気で……だから、私の体は魔力を蓄積できない。つまり、魔法を使うことができないの」
魔素拒絶体質症候群――これは後々調べて分かったことなのだが、この世界の大気に含まれる魔素は、人間などの生命体にも魔力として蓄積され、魔法を生み出す原動力となっているらしい。しかしラビの場合、本来体内に魔力として蓄積される魔素を拒絶してしまう体質であるために、魔力を蓄積できない、ゆえに魔法を使えない体質を持ってしまっているのである。
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【名前】ラビリスタ・S・レウィナス
【種族】人間 【地位】なし 【天職】錬成師
【HP】50/50
【MP】0/0
【攻撃】25 【防御】35 【体力】30
【知性】75 【器用】90 【精神】35
【保持スキル】錬成術基礎:Lv1、剣術:Lv2、鉱物学基礎:Lv1、裁縫:Lv2、歌唱:Lv3、宮廷作法:Lv2
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確かに、彼女のステータスを最初チラ見したときは気付かなかったが、魔力であるMPはゼロ。保持スキルに魔法・魔力系のスキルは錬成術基礎以外にない。唯一魔力を使用する錬成術基礎は、彼女の天職が錬成師ゆえに得たスキルなのだろうが……なるほど、使用するにも魔力が無いから使えず、それが理由で今までずっとLv1のままだったという訳か。
『でも、天職が錬成師なのに、どうしてそんな体質を?』
「天職は、生まれる際に一部の限られた者だけに付与される特別な力。でも力を与えられるとはいえ、その力が与えられた者の体質に合っているとは限らない。生まれつき体が弱かったり、手脚が不自由な人間にだって勇者や拳闘士の天職が与えられることもあるし、私みたいな先天性の魔素拒絶体質症候群の人間が、魔術師や錬成師の天職を与えられることもある」
なるほどな……この異世界でも、そう都合良く物事は決まってくれないって訳か。
『つまりお前は、「錬成師」ゆえに錬成術という強力なスキルを持ちながら、病気のせいで四元素魔術基礎みたいな簡単な魔術も使えないってことか。それじゃあ宝の持ち腐れだな』
「……ええ、その通りよ」
少女は悲しげな顔をして頷く。誰でも魔法を使えて当たり前。おそらくはそんな風潮の世界で、ラビのようなごく少数の人間には周囲の風当たりが強く、彼女も常に悩んでいたのだろう。
しかしまぁ、ごく一部の奴にしか付与されない天職と、珍しい病気を一緒に持ってこの世に生を受けるとは、彼女は良い意味でも悪い意味でも、なかなかレアな一例なのかもしれない。
安心しろ、お前が使えない分、俺がしっかり使ってやるよ――俺は心の中でそうつぶやきながら、自分のステータスを眺めていた。