第15話 掃除屋ラビ
【経験値が一定値に達しました。各種スキルLvが上昇します】
【ユニークスキル「乗船印」が解放されました】
ラビを初めて俺の乗組員として認めたそのとき、俺の中で声がした。
「ん? ユニークスキルだと?」
俺はさっそく、自分のステータスを確認してみる。
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【船名】なし
【船種】ガレオン(3本マスト)
【用途】無指定 【乗員】1名
【武装】8ガロン砲…20門 12ガロン砲…18門
【総合火力】760
【耐久力】500/500
【保有魔力】680/680
【保有スキル】神の目(U)、乗船印(U)、閲読、念話、念動:Lv7、鑑定:Lv7、遠視:Lv5、夜目:Lv7、水魔術基礎:Lv3、火魔術基礎:Lv4、雷魔術基礎:Lv5
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さっき商船の奴らを殺したおかげで幾つかの経験値をもらえたらしく、ステータスが僅かに上昇していた。
……だが問題は、新しく増えたこのスキルだ。
【乗船印(U):自船の乗組員のみ使用可。使用することで相手の体に印を刻み、主人に隷属させることができる。また、この印を刻んだ相手の天職スキルをレベル保持した状態で解放させることができる。使用可能人数:1名】
乗組員を主人に隷属? それに天職スキルって……そういえば、このラビという少女は天職持ちだったはずだ。
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【名前】ラビリスタ・S・レウィナス
【種族】人間 【地位】奴隷 【天職】錬成師
【HP】50/50
【MP】0/0
【攻撃】25 【防御】35 【体力】30
【知性】75 【器用】90 【精神】35
【保持スキル】錬成術基礎:Lv1、剣術:Lv2、鉱物学基礎:Lv1、裁縫:Lv2、歌唱:Lv3、宮廷作法:Lv1
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錬成師……ってことは、この錬成術スキルが俺も獲得できるということだろう。
『おいラビ。そこを動くな』
「へっ? あ、はい!」
咄嗟な俺の呼びかけに、ラビはぴしっとその場に気をつけする。
俺はラビに向かってスキル「乗船印」を使った。すると、ラビの胸元に刺青のような模様が浮かび上がり、印として肌に刻まれる。
【スキル「錬成術基礎:Lv1」が解放されました】
なるほど、このスキルを使えば、印を刻んだ者の天職スキルを俺も使用することができるらしい。「レベル保持した状態で」と記載があるから、もし相手の持つ天職スキルのレベルが高ければ、そのレベル分も初期化されずにそのまま引き継ぐことができる。つまり、相手の持つスキルがLv10ならLv10のスキルが俺の中で解放されるということか。これは使えそうだな!
……でも、天職スキルであるにもかかわらず、ラビの錬成術は基礎、しかもLv1……ううむ、さては使う相手をミスったか?
けれど錬成術とあれば、いずれどこかで役に立つだろうから、持っていて損はないはずだ。使用人数も限られているようだから、これから乗組員を増やす中で、この印を刻む者は慎重に選んでいった方が良いかもしれない。最初だということもあって、ラビには実験感覚で使ってしまったけれど……
「あ、あの……この印は何なのですか?」
『ん? ああ、それは俺の船の乗組員になった証だ。その印がある限り、お前は俺の体の一部だ。だから、逃げることは絶対に許さないからな』
胸元に刻まれた印を見て戸惑うラビに、俺はそう釘を刺しておく。この船の乗組員になって早々に音を上げて逃げ出されても困るからな。
「むう……私は逃げたりなんかしません!」
しかしラビは、俺の言葉に歯向かうように、膨れっ面をしてそう返した。彼女の意志は固いようだが、これからここで働いてゆく中で、その気持ちが揺らぐときも来るかもしれない。実際に帆船での生活は非常に過酷であったことが、図書室にある『図解 魔導帆船大全 ~完全版~』にも書いてあった。彼女の小さな体で、その固い意思がどこまで持つのか試してやるとしよう。
俺はそんなことを思いながら、ラビに言葉を返す。
『そうか。まぁせいぜい頑張るこったな。今日はもう遅いから、早く寝ろ。船長室のベッドを使っていいから』
「あ、はい……ありがとうございます」
小さな少女ラビはそう言ってぺこりと頭を下げると、すごすごと船長室へ入っていった。
○
――次の日、俺は朝早くからラビを呼び出した。
その理由は、もちろんこの船を飛ばすための仕事を彼女にやらせるためだ。……が、あいにく船員が一人増えたくらいで、俺の体はそう簡単に空を飛んではくれない。
錨を引き上げるのも、Lvの上がった俺の「念動」スキルでどうにか引き上げられないか試してみたが、水深が深すぎて無理だった。仮に上手く引き上げられたとして、その錨を船体に固定する作業も必要で、その作業は俺一人ではできず、多くの人手が必要だった。ラビ一人でその作業を肩代わりできるとも思えない。
だから、今からでも手っ取り早く彼女に任せられる仕事。それは――
『じゃあまず、お前には掃除をしてもらう』
「は、はいっ!」
俺はラビにモップとバケツを装備させ、甲板に立たせた。まずはこの汚れた外見をどうにかしなければ、見た目からして完全に幽霊船である。それに、昨日俺が殺した商船の手下たちの死体を、そのまま甲板の上に転がしておく訳にもいかない。
『まず下に降りて、水を汲んで来い。そうしたら、下の甲板に転がっている商人の手下どもの死体を片付けるんだ。血で汚れた床もきちんと拭き取れ。死体は湖に捨てろ。そうすれば、あの恐竜親子が喜ぶ』
「は、はい」
ラビは下の階へ行き、バケツに水を汲んだ。下砲列甲板へ降りるための階段は、昨日俺が吹き飛ばしてしまっていたため、応急処置として、ラビに縄を張らせた。
下砲列甲板はほぼメチャクチャの状態だった。俺が手下どもを殺すために砲台を動かしたせいで、大砲の配置はバラバラ。床には、大砲の下敷きになって頭や腹を潰された手下の死体が無惨に転がっていた。
「うっ……」
さすがにラビも、中身の飛び出した奴の死体を前に耐えられず、思わず口を手で塞いだ。辺りには火薬の爆発による硝煙と舞い上がる埃で、空気も悪そうだ。ここに血の臭いまで混じれば、吐き気をもよおすのも無理ないだろう。まぁ、俺には鼻が無いから分からないのだけれども……
『まずは換気だな。左右の砲門を全部開けろ。そうすれば陽も入るから明るくなるはずだ』
「……ええ、分かったわ」
ラビはどうにか吐き気をこらえると、左右の砲門を全て開け放ち、新鮮な空気と陽の光を甲板の中に入れた。それから、彼女は手下の死体を引きずって、開いている砲門から外へ捨てていった。
作業している間、少女はなるべく死体に目がいかないよう、顔を背けながら死体を運んでいた。大人の男を一人運ぶだけでも、小柄な少女にとってはかなりきつかったようで、二人目を船の外へ捨てた時点で、ラビの体は既に汗だくになり、息も弾んでいた。
続いて三人目を担ぎ上げて運ぼうとするが、血に濡れた甲板に足を滑らせてしまい、倒れてしまうラビ。そこへ死体がラビの上に被さってしまい。顔を上げると、ラビの目に頭を潰された死体が映った。
「うっ!――」
ラビはその場から逃げようと藻掻いて、上に覆いかぶさった死体からどうにか抜け出した。この時点でもう限界だったらしく、彼女は甲板に倒れ込むと、思いっきり胃の中の物を床にぶちまけた。
『おい、掃除しろと言ったはずだぞ。さらに汚してどうするんだよ』
「ご……ごめん、なさい……ううっ――」
手で口を押さえ、嘔吐くのを必死にこらえながら、彼女は涙目で謝ってくる。
(だから、俺の前で泣くなっての……)
嫌いなんだよ、涙は……内心でそう愚痴を吐きながら、俺はラビに尋ねた。
『人の死体を見たのは初めてか?』
するとラビは、俯きながらも小さく頷く。そりゃそうか、元貴族の娘だったものな。きっと虫も殺せない聖人のように育てられたに違いない。……その割には、商人に向かって殴りかかるような大胆な行動も見せていたけれども……
『別にいいよ、吐きたいなら吐け。出すもん出したら、スッキリするだろ』
「う、うん………おえぇっ――」
結局、彼女は自分の胃の中が空っぽになるまで、ひたすら吐き続けていた。