第11話 別にお前を助ける訳じゃない
それから、蒼髪碧眼の少女は、首輪のせいで主人の言うことに逆らえず、夜が更けるまで酔っぱらった商人とその手下どもにお酌をさせられていた。その間、彼女はいつまたあの苦痛を味わうか分からないという恐怖におびえ続けていた。
「もうよい。此奴を奥の部屋へ連れて行け。もし逃げるようなことがあれば、そのときは分かっておるだろうな? ここは湖の上だ。泳いで逃げようが、その首輪からは逃れられん。吾輩が首輪を発動させれば、途端に溺れ死んでしまうだろうよ……それが嫌なら、大人しくしておることだ」
少女は手下の一人に連れられ、奥の船長室へと連れて行かれた。手下は縄で彼女の両手を後ろで縛ると、乱暴に部屋の中へ放り込んだ。
「そこで待ってろ。じきにお頭が、貴様の体をじっくり堪能してくれるだろうよ。へへっ……」
そう言い残して、扉が閉められた。
まだ扉の向こうで商人たちの笑い声が聞こえてくる中、部屋で一人になった少女は、床の上に倒れ込んだまま小さくなり、肩を震わせ始めた。
少女は泣いていた。猿ぐつわをはめられたまま、声も出せずに涙をこぼしていた。
俺は何とかして、彼女と会話がしたかった。クソ、何か声を伝える手段があれば……
と、そのとき――
【スキル「念話」が解放されました】
待っていましたと言わんばかりに、例の声が脳内に響いた。
【念話:口を動かさずとも念を送るだけで相手とコミュニケーションが取れる能力】
(絶妙なタイミングに合わせてスキル開放してくるこの仕組み、一体どうなってんのやら……)
まぁいい。とにかく、俺はさっそく得たスキルを使って、少女に呼びかけてみた。
『――おい、俺の声が聞こえるか?』
「………⁉」
少女は涙に濡れた顔を上げ、警戒するようにキョロキョロと部屋の中を見回す。
『静かにしろ。ビビるな、俺はあのクソ商人どもの仲間じゃない』
とは言っても、いきなり誰もいない部屋から声がすれば混乱もするだろう。少女も、いつ発動するか分からない首輪を恐れて、少し過敏になってしまっているようだった。さて、彼女に今の状況をどう伝えるべきか……
『その……いきなり言われても信じられないだろうが、俺はお前の乗っているこの船そのものなんだ。この船自体が俺であり、俺の体であるわけだ。そして俺は今、念話を使ってお前の脳内に直接話しかけている。状況、理解できたか?』
「…………(ふるふる)」
彼女は泣くことも忘れ、目を丸くしたまま首を左右に振った。そりゃそうだ。俺だっていきなりそんなこと言われたら、ただの頭くるくるぱーなヤツがほざいてる戯言にしか聞こえない。
しかし、今はゆっくり詳細を話している暇などなかった。
『詳しく説明したいが、今は時間が無い。訳分からんと思うだろうが、お前を助けてやる』
俺は「念動」を使って、船長室の壁に掛けられた数ある武器の中から、短剣を一本取って床に放り投げてやった。
『そいつで腕の縄を切れ』
「…………(こくり)」
少女は床に落ちた短剣までなんとか這い進み、後ろ手でそれをつかむと、両手の縄を切り始める。その間、俺は「鑑定」スキルで彼女のステータスを見てみた。
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【名前】ラビリスタ・S・レウィナス
【種族】人間 【地位】奴隷 【天職】錬成師
【HP】50/50
【MP】0/0
【攻撃】25 【防御】35 【体力】30
【知性】75 【器用】90 【精神】35
【保持スキル】錬成術基礎:Lv1、剣術:Lv2、鉱物学基礎:Lv1、裁縫:Lv2、歌唱:Lv3、宮廷作法:Lv2
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(やっぱり「宮廷作法」なんてスキルがあるくらいだ。貴族の娘でアタリだな)
『……にしても、一番レベル高いスキルが「歌唱」とは、さすがは上流貴族のご令嬢って感じだな』
俺はため息を吐く。もし彼女を助けて自分の船員に加えたところで、非力な少女一人だけでは何もできないだろう。――だが、あのクソ商人たちに目に物見せるためにも、彼女の力が必要だった。
少女は両腕を縛っていた縄を切ると、自由になった手で口にはめられていた猿ぐつわを外した。
「ぷはっ………あ、ありが、とう……」
彼女はかすれた声でお礼の言葉を口にする。彼女にとって、今の俺はどう見えているのだろう? 目に見えない救世主? それとも救いの神だろうか?
……だが生憎、俺はそこまでお人好しじゃない。
『勘違いするな。お前を助けたのは、俺の憂さ晴らしに利用するためだ。お前は今から、俺の指示通りに動いてもらう。言うこと聞かなかったら、即座に海に放り出すからな』
「……う、うん。分かった」
少女は少し戸惑いながらも、俺の命令を聞き入れて頷く。
『よし、なら言う通りにしろ。まず船長室の扉前にバリケードを作って塞げ。それができたら、衣装棚を開けて、中に入っている服を繋げて即席のロープをこさえるんだ。なるべく音は立てずに素早くやれ』
少女はさっそく、近くに置いてあった木箱や椅子を扉の前に固めてバリケードを作った。次に衣装棚を開けると、彼女は目を丸くして驚く。
「すごい、キレイなお洋服が一杯……」
『おい、何見とれてるんだ。早くしろ』
少女はハッと我に返ると、急いで中に入っていた衣装を取り出して、袖と袖を結び付け、人間一人を支えられるだけのロープをこしらえた。
この子、力は無い割に中々手際が良い。それに意外と器用だ。短時間で俺の言うことを淡々《たんたん》とこなしてくれる。彼女、意外と使えるかもしれない。
「……できました」
『よし、部屋の奥にある窓を開けて、作ったロープの一方を机の脚に結び付けて、もう一方を窓から垂らすんだ。ロープを伝って降りれば、一つ下の甲板に出られる』
少女は言う通り、ロープの片方を机の脚に結び付け、部屋の窓を開け放つ。船長室の下には、一つ下の甲板である上砲列甲板の娯楽室へ通じるバルコニーが見えていた。幸い、上砲列甲板から下の階層に商人の手下たちがいないことは確認済みだ。奴らは上の甲板で未だに飲んだくれている。その間に、俺たちも準備を整えなければいけない。
少女は窓から垂らした衣服のロープを伝い、船尾バルコニーへ降りると、そこから娯楽室へ入った。娯楽室に敷かれた深紅の絨毯はすっかり埃を被ってしまっていて、少女が歩くと小麦粉のような白い粉が舞い散った。
「コホ、コホッ……」
『おい、あんまり声を立てるな。娯楽室を出てすぐの所に階段がある。それでもう一層下の甲板へ降りるんだ』
少女は娯楽室を抜け、さらに下へ続く階段を駆け下りてゆく。
上砲列甲板の下には下砲列甲板がある。そこも同じく左右の舷に大砲がズラリと並ぶ広い甲板だが、ここで一つ、奴らを罠にはめるための細工をしておこう。
『いいか、大砲を船に繋ぎ止めている索具を全て外せ。大砲の固定を全て解くんだ』
「は、はいっ!」
少女は、大砲の左右に繋がれている索具に手をかけ、一つずつフックを外していった。索具一つを取ってもかなりの重さがあるから、彼女には少しきつい作業だったかもしれない。下砲列甲板にある大砲の数は全部で18門。少し時間はかかったものの、彼女は俺の言われた通り、甲板にある全ての大砲の固定を解いた。
「はぁ、はぁ……で、できました………」
『よし、じゃあ次だ。へたばるのはまだ早いぞ。さらに下の甲板へ降りるんだ。俺が案内する場所へ行って、言われたものを取って来い』
俺はさらに、彼女を最下甲板にある弾薬庫へと誘導した。弾薬庫には、大砲の弾と、大砲を一発撃つために必要な火薬の詰められた「弾薬筒」と呼ばれる袋が置かれている。その袋を二つ取って来させ、下砲列甲板へ運ばせると、指定の場所に仕掛けさせた。また、大砲の砲弾も運べるだけ上に運ばせておく。
「あ、あの……」
重い鉛の砲弾を抱えて上の階へ運びながら、少女がおずおずと尋ねてくる。
『何だ?』
「……こんなことして、一体何をするつもりなの?」
少女の疑問に、俺はフンと鼻を鳴らして答えてやった。
『奴隷のお前を買ったロクでなしの商人どもを、俺の中でブッ殺してやるのさ。そのための下準備をさせているんだよ』