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第100話 レウィナス侵攻作戦①◆

 三大陸間戦争トライアングル・ウォー終結後――ロシュール王国、ライナス大大陸にある王都アステベル。国王の居城であるマイセンラート城の地下には、戦時中に捕まった敵の捕虜たちを収容する監獄があった。


 かつて、シェイムズ率いる王国艦隊へ戦いを挑み、敗北してしまったヴィクター・トレボックも、捕虜としてこの監獄に収容され、早三年以上の月日が流れていた。


 彼は、既に自分の船団と仲間を失い、自身の右目も失い、そして海賊としての資格も失ってしまっていた。どん底に突き落とされた彼は、もはや生きる気力も無くし、すっかりやつれ果て、その目はうつろとして視点が定まっていなかった。


「……『黒き一匹狼ブラック・マーベリック』か」


 すると、牢の外から唐突に声がした。ヴィクターは虚ろな目を声のした方へ向けると、檻の向こう側に、一人の男の影が立っているのが見えた。


「伝説の海賊でもあろう男が、こんな所で果てているとは、情けない限りだな」

「………黙れ。その渾名で私を呼ぶな。それに……私は、もう海賊なんかじゃない」

「ふん、仲間からも見捨てられたのか。まさに一匹狼様々(さまさま)だな」

「私をけなしに来たのなら、とっとと失せろ。……もう間に合ってる」


 ヴィクターはそう言い捨てて牢の奥へ引きもろうとしたが、牢の前に立つ人影は、首を振って答えた。


「私は別に君を貶そうと思ってここへ来た訳ではない。私は、お前を()()しに来たんだ」

「勧誘だと? 何を馬鹿なことを……」


 彼があざ笑うように鼻を鳴らすと、その影は「とんでもない、私は大真面目だよ」と答える。


「私とお前は、互いに敵を同じくしているはずだ。お前から全てを奪い取った男に、復讐する気はないのかね?」


 影からそう尋ねられ、ヴィクターは牢の奥へ進む歩みを止めた。


「…………もしそれが叶うなら――」


 彼はサッと振り返ると、檻の前まで歩み出てきて、鉄格子をガシャンと両手で力強くつかんだ。


「もしそれが叶うなら……あの憎きシェイムズの首をこの手ではねられるのなら……私は悪魔にでも死神にでも、この魂を売り払ってやる!」


 鉄格子の隙間から見せたヴィクターの表情は、まるで血に飢えた獣そのものだった。影は、彼の言葉を聞いてニヤリと笑みを浮かべた。


「……では、交渉成立だ。お前はこれから、私の部下となれ。そうすれば、この私――フョートル・デ・ライルランドが、必ずお前のかたきを討つと約束しよう」

「奴を討つのは貴様じゃない、この私だ!!」


 ヴィクターは吠えるように叫んだ。


「ふん、好きにするがいいさ」


 監獄の通路に下がったランプの灯りが、ヴィクターへ近付いてゆく影の正体――薄い笑みを浮かべるライルランド男爵の顔を、ぼんやりと映し出していた。



 ……それから数年後、ライルランドは自軍を挙げて、レウィナス公爵領に夜襲を仕掛けた。


 俗に言う、「レウィナス侵攻」作戦が決行されたのである。



 ――その夜、自分の寝室で眠りに着いていたラビは、扉の向こうから聞こえてくる妙な物音で目が覚めた。


(今の音は何かしら?)


 気になった彼女は、ネグリジェを着た姿のまま、そっと部屋の扉を開けて様子を伺う。部屋の外はしんと静まり返っていて、いつも廊下を徘徊はいかいしているはずの警備兵たちの姿が見当たらない。


 ラビは奇妙に思い、燭台にあったランタンに火を灯して部屋を抜け出し、足音を忍ばせて廊下の奥へと進んでいった。


 そして、曲がり角のところまでやって来た時、角の奥で物音がした。


「誰か居るの?」


 ラビは恐る恐る曲がり角へ目を向けると……


 そこには、複数の黒い人影がたむろしており、影たちの足元には、屋敷の警備をしていた兵士の一人が、首から血を流して倒れていた。その兵士は喉をざっくり切り裂かれており、痰の詰まったような言葉にならない声を上げて、ピクピク体を震わせていた。


「ひっ!――」


 ラビは声を上げて、ランタンを取り落とす。黒い影の一人がラビの姿に気付き、手に持っていた血まみれの剣を振り上げて、こちらへ向かって突進してきた。ラビが悲鳴を上げようとした、その時――


「お嬢様っ! 伏せて!」


 突然背後から聞こえてきた声に、ラビは反射的に頭を抱えてしゃがみ込む。


 刹那、ラビの頭上を一本の果物ナイフが飛んで行き、彼女に襲い掛かろうとした影の脳天に突き刺さった。


 仲間を一人やられて、何が起きたのかとたじろぐ影たちの前に、メイド服を着た少女――ポーラ・アルテマが立ちはだかる。


 彼女は、手に持った食事用の銀のナイフとフォークを握り締め、暗闇に紛れて影たちの中へ身を踊らせると、すかさず左手に持っていたフォークの先を一人の影の胸元へ突き立て、右手で逆さに持っていたナイフをもう一人の影の首元目掛けて切り付けた。


 影たちは悲鳴を上げる暇もなく、糸の切れた操り人形のように床に倒れ絶命した。ポーラは全員片付けたことを確認すると、すかさずラビに駆け寄る。


「ラビリスタお嬢様! お怪我はありませんか?」

「え、ええ。私は大丈夫よ……でも、あの人たちは一体何者なの?」


 ラビの問いに、ポーラは床に落ちていたランタンを拾い、ラビを襲おうとした影の一人に明かりを当てた。


「やはり……この軍服は、ライルランド男爵お抱えの軍隊のものです。恐らく暗殺に特化した部隊でしょう」

「ライルランド男爵が⁉ どうしてこんなことを?」

「分かりません。ですが、今はご主人様とお嬢様の命をお守りすることが最優先です。万が一を思って、キッチンから武器になりそうなものを持って来ておいて正解でした」


 そう言って、ポーラは血の付いたナイフとフォーク、そして暗殺者の頭に刺さったままの果物ナイフを拾うと、血を拭ってエプロンの腰ひもに差し込んだ。


「今、お嬢様を部屋までお迎えに上がるところだったのですが、間に合って良かったです。今すぐ、あなたを執務室まで連れて来るよう、ご主人様から命じられていたので」

「お父様が? どうして?」

「訳はご主人様からお話していただけるはずです。事は一刻を争います。お嬢様、私の手を握っていただけますか?」

「へっ? え、ええ……」


 ラビは戸惑いながらも、ポーラの差し出した手を握る。


「―――”転移”」


 すると、視点が一瞬にして切り替わり、気付けばシェイムズの仕事場である執務室前に立っていた。ポーラが転移魔術を使ったのである。


 執務室前には、既にテーブルや椅子、衣装棚などを積み重ねたバリケードが築かれており、武装した警備兵や、ライフルを担いだ近衛メイド隊の少女たちが集合して、辺りは物々しい雰囲気に包まれていた。


「メリヘナ、状況は?」


 ポーラは、ライフルに弾を込めていた副メイド長のメリヘナ・マルサリアに、今の状況について尋ねた。


「はい! 敵の数は少なくとも一個大隊は超えています。裏門を守っていた警備隊は全滅。敵は既に屋敷内へ侵入していたようです」

「ええ、私たちもさっき、男爵の率いる兵士たちに襲われた。暗殺専門の特殊部隊だった。あのライルランドという男、強欲さのあまり、ご主人様の命を奪ってまで、レウィナス公爵領を自分の物にしたいみたいね」


 ポーラがそう毒づくと、メリヘナは少し半信半疑な表情をしながらも、声を少し落として、ささやくようにこう答えた。


「……それが、襲撃された警備兵たちの話によれば、どうやら男爵の軍勢だけでなく、国王直属の近衛兵部隊も混じっていたのだとか……」

「そんな……まさか国王様まで、この襲撃に関わっているというの⁉」


 ポーラが驚きの声を上げたその時、執務室へ続く廊下の向こうから銃声がして、無数の銃弾がバリケードに降り注いだ。裏で身を潜めていた警備兵や近衛メイド隊の少女も、次々と被弾して倒れてゆく。


「三人負傷! 誰か早く救急箱を持ってきて! 急いで!」


 メリヘナが撃たれた近衛メイド隊の一人に駆け寄りながら叫ぶ。倒れたメイドは既に昏睡《昏睡》しており、メイド服の白いエプロンに赤い染みが広がっていた。バリケード向こうからの銃撃も激しさを増し、応戦する兵たちも苦戦を強いられてゆく。


「メイド長、早くラビリスタお嬢様をご主人様のところへ! ここもいつまで持つか分かりません!」


 そう言って、メイド長であるポーラに装填したライフルを預けるメリヘナ。


「……分かった。後を頼むわ」

「お任せください!」


 ポーラはライフルを受け取り、防衛線の指揮をメリヘナに託すと、 阿鼻叫喚あびきょうかんとした前線を目の当たりにしてすっかり怯えてしまっているラビを連れて、執務室の中へ入った。

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