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8.顛末〜乾杯

 

 王城での宰相逮捕からひと月。

 カークランド公爵邸の庭園には、テーブルがセットされ、わたしはエドワード王太子とお茶を愉しんでいる。

 テーブルの下には、ブッチがおねんね。


「キャナガンの刑が執行されたよ」

「……そうですか」


 キャナガン・バクスターについては、まさか呪術の行使に関わったなどとは公表できないので、建国以来初の反逆罪――国家君主に対する忠誠義務違反――が適用された。

 貴族たちは、何ごとがあったのかと訝しんでいたが、詳細が公表されることは無かった。


 キャナガンは、取り調べで多くは語らなかったが、経緯としては――

 エドワード第一王子の婚約者に自分の娘(リーシア)を推していたが、わたしが選定されてしまった。

 私に直接危害を加えようにも、公爵家に手を下すのはリスクが高いので、裏社会を通じて得た呪術の噂を頼ったとのこと。

 キアオラを拉致して呪術研究を進めさせ、実際に行使したが成功しなかった。


 実際は、わたしはワンちゃんに変身する身体になっていたので、半分成功と言えるけれどね……


 それでも、数年にも渡り研究させて、とうとうエドワード本人に呪術を掛けさせた。

 パーティーの騒動を聞き、一定の効果があると判断したバクスターは、バートン第二王子殿下にも呪術を行使する計画を立て、一方で、低位ながら王位継承権のある王族に接触を図っていたそう。


「権力欲に取り憑かれてしまったのね……」

「彼は仕事ぶりでも人望でも評価されて、宰相にまでなったというのに……陛下も残念がっていらっしゃったよ」


 捜査の過程で、キアオラの拉致・監禁に関わったバクスター派の貴族たちや裏社会の組織も芋づる式に検挙。

 リーシアらキャナガンの妻子は、彼の企みを知らず関わってもいなかったことが明白になった時点で、わたし達が助命を嘆願し、刑の連座を免れ、国内各地の教会へ別々に送られて、今後は神に仕える事となった。

 パーティーでのリーシアの一件は、キャナガンの指示があったとかではなく、本当にただの偶然だったそう。



 さて、キアオラの方はというと……

 宰相執務室で見つけた呪術本は、返還を前に中身の検証をしようとしたけれど、鍵が開けられず、破壊も出来なかったそう。

 キアオラによると、彼本人にしか扱えない物とのこと。


 解呪は、先日行われた。

 わたし達の呪術の解除に必要だからと、重装備のエドやシド立ち会いのもとに、本をキアオラに渡す。


 完全に術を解くのではなく、他の物に転嫁する方法だという事で、ワンちゃんのぬいぐるみを用意して、そこにわたし達の呪いを移す事した。

 キアオラは自信たっぷりに成功したと言っていたけれど、本当かしら?

 当日は怖くて、試せなかったわ……


 ちなみに、なぜお酒が引き金で、なぜワンちゃんに変身するのか?


 お酒が引き金の件は、地下での呪術行使の際に、お酒のしみ込んだ地面に陣を書き込んだからだそう。

 キアオラを捕らえていた地下には安酒も樽で保管されていて、それが少しずつ漏れて地面にしみ込んでいたからだそうなの。


 ワンちゃんに変身する件は、詳しく聞くにつけ気分が悪い話なので、思い出したくもないのだけれど……

 生贄が使われて……それが、ブッチのお母さんや生育の悪かった兄弟だった。

 あまりに可哀そうで、今でも胸が締め付けられるわ……


 そして、どこからか手に入れたわたしやエドの私物や髪の毛を媒介に呪術を行使したそう。


 ブッチはわたしが引き取って、ゆくゆくは王宮でエドと一緒に暮らして行くつもり。

 解呪で移したぬいぐるみは、ブッチのお母さんと兄弟なので、うちの敷地に祠を立てて大切にお祀りしていく。


 呪術本は王家により没収され、いずこかで厳重に管理されることに。

 キアオラは、高齢である事と、バクスターの手の者に生命を脅かされての行いという事で、刑の執行を免除された。

 現在は彼を慕う弟子らと共に、王家直轄の研究機関で天候操作や狩猟に役立つ“まじない”の研究をしているそうです。


 あっ! それと、わたしを診てくれたお医者様や神官様は、カークランド領の辺境にいらしたらしく、事件解決後には王都に戻ってきました!

 研究や信仰に没頭できる環境だったらしく、王都に戻りたくなかったようですし、実際に残った方もいるようでした……

 お父様、ほんのちょっとだけれど……疑ってごめんなさい!



「エド? お茶のお代わりを頼みましょうか?」

「……いや。オリヴィー、今考えていたのだけれど、二人で乾杯しないかい?」

「乾杯って……お酒で?」

「うん。父――陛下との初めての飲酒は散々な目にあったけど、それが解決した今、オリヴィーと乾杯したい」


 ちょっと怖い。……でも、エドとなら大丈夫。


「わかったわ。乾杯しましょ?」

「よかった! 実は、君の父上にと思って、葡萄酒を持って来たのだけど、それを開けさせてもらおう」


 アンにグラスの用意を頼むと、エドはシドに向かってアンと葡萄酒、グラスの警護を命じた。


「シド、僕とオリヴィーの初めての乾杯だ。アンも葡萄酒もグラスも、しっかり護るように」

「はっ!」


 エドったら、アンとシドを二人にする作戦ね?


 後でアンに聞いたら、この時シドの方からアンに――


「今度、お食事でもいかがですか?」


 だって! 良かったわね? アン。



 グラスに注がれた葡萄酒と、エドを交互に見やる。

 緊張する……

 エドもそうみたい。


 緊張を紛らわそうと、つい口が動いてしまう。


「エド……。実はわたし、結婚が不安だったの」

「オリヴィー……」



「もちろんエドのことを愛しているわ。将来の為に王太子妃教育も施してもらい、王太子妃の役割の大きさや重要さも分かっていた……。でも、結婚によって“オリヴィア”という自分が薄れて行きそうで怖くなったの」

「オリヴィー……」

「王妃様――お義母様のなさっていたように出来るか、エドの評判に泥を塗る様な事にならないか……不安だった。このままエドと結婚していいのだろうかとも考えていたわ」


 エドはグラスを置いて、わたしの手を包んでくれる。


「オリヴィー。君がどことなく元気が無くなっていっていたのは気付いていた。でも、僕も秘密を抱えてしまって、一杯になっていた。その時に何もしてあげられなくてごめん」

「エド……」


「オリヴィーが王太子妃になることに不安を覚える気持ちはよくわかるよ。僕もそうなんだ。王太子として、そしていずれは国王として、国を、民を率いて行く事の重圧に押しつぶされる思いだ。僕では失敗するのではないかとさえ思った」

「そんなことない! エドはいい王様になるわ」

「君もだよ、オリヴィー。今回の騒動で分かった事がある」


 エドはわたしを包む手に力を込める。わたしの目を彼の青い宝石のような瞳が捉えて離さない。

 手からも瞳からも、言葉からも、彼の温かさが直接伝わってくる……


「オリヴィーの思慮深さや、心の強さ、行動力だよ」

「そんなもの、ありません」

「ある。君は、パーティーで僕が犬になってしまった時、オリヴィーの姿のまま僕を抱えて逃げることができたはずだ。でもしなかった。僕を――王太子としての僕を護るために、自分に注目を集めるつもりだったのだろ?」


 わ、分かっていらしたの?


「それに……呪術にかかっている事に悲観せず、前向きに解決の道を見つけてくれた。僕や陛下を引っ張ってくれたんだ。オリヴィーがいなければ、バクスターの企てに屈していたかもしれない。この国全体が……」


「お。大袈裟です……」

「大袈裟なものか。僕はオリヴィーが婚約者として側にいてくれたことを、本当に感謝している」


 そして、王太子妃としてのことも――


「王太子妃の公務や付き合い、慈善活動も、オリヴィーひとりでする必要は無いんだよ。補佐をつけたり、委任できる者を就ければいい。そしてオリヴィーは、自分のやりたい事を見つけてくれていい。僕の仕事も手伝って欲しい。気付いたことがあれば僕に言ってくれ。僕もオリヴィーのしたい事を手伝いたい」


「エド……」

「僕達は、二人でひとつだ。何かあればお互いに相談しよう。お互いに支え合おう。オリヴィーとエドで、一緒に歩んで行こう」


 彼の目は真剣で、でも愛情のこもった目で、わたしを包んでくれる……


「エド……ありがとう。よろしくお願い致します」


 わたしも同じくらい――いいえ、それ以上の愛でエドを包んであげたい。


「……乾杯、しようか」


 グラスを手に取り、お互いのグラスを合わせて綺麗な誓いの音を立てる。

 お互いに目を合わせながら、グラスを口に運ぶ。


 恐る恐る葡萄酒を口に含む。

 味は……分からない。

 コクン


 葡萄酒が口から無くなり、喉を通っていく……

 変身しない!

 ホッとすると同時に、葡萄酒の余韻が、口に、鼻にいつまでも残る。

 上質な果物を食べた時のような甘みや酸味、最高級の紅茶を飲んだ時のような芳醇な香り……

 初めて飲むお酒は、エドとのお酒は、夢の中にいるような素晴らしいものだった。



 エドがお城に戻ってからも、しばらくはテーブルから動けなかった。動きたくもなかった。

 もっと幸せを噛み締めていたい。



「お嬢様? 初めてのお酒はいかがでしたか?」

「アン……。正直良く味わえなかったわ。でも、余韻は素晴らしかった。それに……結婚の儀を延期するような事態にならなくて、良かった……」


「マリッジブルーの方は?」

「そんなのどこかに飛んで行ったわ! うふふっ」


 ◆◆◆


 数年後。


 シドは、子爵家の二男であったが、バクスター侯爵反逆事件解決の功により、男爵位を叙爵。

 カークランド公爵家に近しい男爵家の長女であったアンを妻に迎えた。

 アンは男爵夫人として、王太子妃の枠を超えた活躍を見せるオリヴィアの補佐を務めている。


 そして――

 カークランド公爵邸に一枚の大きな姿絵が届けられた。


 椅子に座るオリヴィアの隣には正礼装で立つエドワード王太子。

 オリヴィアの腕には、エドワードそっくりの赤ん坊。

 その三人の前には、凛々しくお座りするブッチ。


 幸せに満ちた三人と一匹の姿が描かれていた。


             【完】


最後までお読み頂きありがとうございました!

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併せてお読み頂ければ幸いです!    柳生潤兵衛でした。

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