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4.キアオラという男を探しましょう!

 

 陛下の口から出た『キアオラ』の名は、わたしのために色々調べたり、伝手も当たったであろうお父様にも初耳のようです。


「キアオラ……。そ、その男はどこに!?」


 お父様も身を乗り出し、陛下やエドに答えを求める視線を送る。


「落ち着くがいい、カークランド卿。まずは――」


 陛下も、少人数かつ極秘裏に解決策を探るうちに、ひとつの情報に触れる。


『王都の外れの深き森に、“呪術”なるものを研究する一派あり』


 それはあまりに荒唐無稽で、胡散臭く、無視すべきものであったけれど、陛下は愛するエドの為、藁にもすがる思いで頼ることにしたそうです。


 陛下の手の者が捜索したところ……

 森の奥深くに、確かにそのような一派が存在した。

 その代表を、王都外の民家を装った“王家の隠れ家”に連れていき、富裕商人の子息に成り済ましたエドを診せたそうです。


『これは、おそらく我らが師匠の“呪術”だと思われます』


 にわかには信じられない返答だったそうです。

 そして、実際に現場にいたエドが話を引き継ぐ。


「信じる事は難しかったけど、原因が分かるのなら解決策もあるはずだと問えば、術者本人ならば解けるはずだという……」


 ならばっ! とは思うけれど、上手くいっていればエドはパーティーで犬に変身することも無かっただろうし、わたしも……


「では、その“術者とおぼしき師匠”はどこだと問い詰めたのだけれど、十年近く行方知れずとのことだった」

「十年?」


 わたしや家族がこの現象に気付いたのが八年ちょっと前だから、同一人物によるものの可能性も無きにしも非ずね。


「自分の意思で消えたのか、事件・事故に巻き込まれたのかは分からないが、忽然と姿を消したままだそうだ」

「もっ! もし、その方が亡くなっていた場合……解決しないという事ですか?」


 急に、得も言われぬ不安に襲われる。


「それは、その男では分からないと言っていた」


 キアオラは、“呪術”に関して飛び抜けて詳しかった。

 だからその男も他の弟子たちも、キアオラを師と仰ぎ、彼と共に森の奥でほぼ隠遁生活のような研究活動をしていたそうです。

 といっても、人を犬にするとかではなくて、例えば“雨乞い”や“狩りの獲物を弱らせる(まじな)い”を学んでいたそう。


「ただキアオラ本人は、鍵付きの重そうな本を肌身離さず持ち歩き、弟子たちにも明かさぬ研究を隠れて進めていたそうだ」


 秘密の研究……


「興味深かったのは、“狩りの獲物を弱らせる(まじな)い”の方で、――」


 追っている獲物の足跡に槍や剣を突き刺して、その獲物の逃げ足を鈍らせる(まじな)いの発展系がある。

 毛や爪など、相手の身体の一部だった物を手に入れて、儀式を行って、相手に影響を及ぼすものがあるそうです。


「だけどその弟子は、そういう話を聞いたことがあるだけで、実際の方法や儀式を教えられたわけではないという」


 結局そのお弟子さん達は、“呪術”の表面的な事しか分からないまま、師の帰りを待っているだけみたいね。


「うーん……」


 師匠と弟子の能力の乖離……それは、もしかしたら弟子とさえ呼べない程の大きな差。

 エドやわたしの問題の解決につながるかもしれない人物がいるのに、十年以上も行方不明だという事実に、無力感さえ感じてしまう……


 聞けば、そのキアオラは七十歳近い高齢。

 王国貴族の平均的な寿命は六十数歳と言われ、平民であればもっと低いのは自明の理。

 陛下も捜索の人間を送り込んでいるとは思うけれど、生きているかも疑わしいのよね……


 会議室には『手詰まりか……』という空気に包まれる。


 なにかいい手は無いかしら?

 捜索に長けた人間以上の何か……


 もし本当に呪術があるのなら、違う超常な能力もあったりしないかしら?

 物を透かして見られるとか、遠くの物を触れられるとか、遠くの音が聞き分けられるほど耳がいいとか、鼻が異常に利くとか……


 ――! 鼻?


 鼻なら十分に利くじゃない! わたしなら利くわ!


「探しましょう!」


 みんなが手詰まり感に俯いてしまい、長いこと静まっていた会議室で、わたしが大きい声とともに立ち上がったので、みんなが驚いて顔を上げる。


「探すだって? オリヴィー、何を言っているんだ」

「オリヴィア嬢。私の方でも優秀な人員を使って探しているんだ。内容が内容だけに人員を増やすわけにはいかないが。……これ以上どうやって?」

「オリヴィア! 陛下は我々の知らなかった情報も掴んでおいでだった。その陛下が最善を尽くして下さっているのだ。お任せしたほうがいい」


 エドと陛下のお言葉はごもっともです。お父様のおっしゃることも。

 ですが、捜索の適任者は貴方がたの目の前にいますよ!


「同じ方法では、陛下がお使いの方以上の人間はいないでしょう。ですが、違う方法なら話は別です!」

「違う方法? 何だい?」

「オリヴィア嬢。何かあるのか?」

「……嫌な予感がする」


 なぜかお父様が頭を抱えたわ。

 でも、他のみんなは顔を上げて、視線を私に向けている。


「ここを使うのです!」


 わたしは、人差し指で自分の鼻をツンツン突っつく。


「――! 鼻!」

「鼻がどうした?」

「あー、やっぱり!」


 エドは気付いて、陛下はあとひと押し、お父様は嫌な予感が的中した、という感じね。


「陛下、鼻です鼻! わたしは何になってしまうのでした?」


「……犬?」

「そうです! ワンちゃんです。犬は鼻が利くと言いますよね?」

「ああ」


「そのお弟子さんに、キアオラという方の私物を貸してもらい、犬になったわたしがその匂いを覚えて探せば、見つかると思うのです!」


 忽然と消えたのなら、森の奥に私物だって残っているはず!

 彼らだって、師匠の物を捨てたりしないでしょう。


「甘いぞ、オリヴィア! 十年も経っていれば、匂いなど追えるはずがない!」

「そうだよオリヴィア……」


 お父様とお兄様は否定的ね。

 というか、やっとしゃべりましたね? お兄様。


「確かにそうですが、やってみなければ分かりませんよ? 失敗してもともと。試す価値はあります!」

「それはそうだが……」

「ほら、商いで成功を収めた方がおっしゃっているではありませんか、『やってみなさい』『見ていてください』の精神ですよ」


 …………


 白けたのか、困惑しているのか、みんな黙り込んでしまいました。

 どうしてしまったの?

 やってみましょうよ!


 この沈黙の中、口を開いてくれたのはエド。


「僕もやる」

「えっ?」

「僕もやる」


「兄上! 何をおっしゃるのです!」

「そ、そうだぞ? エドワード……」


 陛下とバートン殿下がビックリして、止めにかかる。

 わたしも、もちろん反対!


「エド、ワード様は王太子であらせられます。この国にとっても、わたしにとっても大事なお方です! 殿下を危険に晒すわけにはいきません!」

「だったら、オリヴィーは、その僕の大事なひとだ。君も危険に晒すわけにはいかない」


 エドぉ……嬉しい。自然と口元がゆるんでしまう~。

 いやいや、エドの気持ちは置いておいて、本当に止めなければ。


「殿下は子犬ですよね?」


 かわいいかわいい……ね!


「だけど、“猟犬”のだ。小さくても、牧羊犬の君よりも、鼻は利くはずだよ?」

「ですが! ……先日拝見した限りでは、あまりに可愛――幼かったので、体力は無いのでは?」

「そうだぞ? エドワード。気持ちは分かるがやめなさい」

「そうです。王太子殿下に、もしものことがあれば……」


 エドは、陛下の諭す言葉や父の諫言に――


「いざとなれば、この国にはバートンがいる」


 と、バートン殿下の背に手を当てる。


「兄上! その様なことをおっしゃらないでください!」


 エドとバートン殿下は一歳違いで、エドは正妃、バートン殿下は側妃からお生まれになった。

 確執の起きそうな関係ではあるけれど、実際はとても仲のいい御兄弟です。


 エドが王太子・国王になる為に励めば、バートン殿下はそれを支える為の勉学に(いそ)しんでいらっしゃる。

 権力闘争にならぬように早い段階から王太子も定め、その様に周知されています。


 しかし、王族内では既定路線通りに事が運んでいるように見えても、権力を得たい・拡大したい勢力が裏で蠢いているのも事実……

 エドに身体的な問題があるとされれば、いくら箝口令が敷かれていようが、バートン殿下を担ごうとする勢力が噴出しかねないわ。


 今のバートン殿下の言葉も、心の奥底からの本音です。

 それを分かっているエドは、弟を安心させるように続ける。


「万が一の話さ。実際に動く段には、きちんと陛下の指導・協力の元で綿密に計画を立てて動くさ」

「兄上……」


 エドの言葉に、表情に、彼も陛下も渋々引きさがります。

 子や兄を心配し、それを分かりつつ自分の意思を通そうとする親子・兄弟の愛、いいわ~。


「――いやいや、お三方! 解決しておりませんよ? エドワード様、貴方も一緒って……どうやってですか?」


 王家の愛に流されそうになっていたけれど、ハッと思い直して尋ねる。


「オリヴィー。僕たちはパーティーの日に一度やっているじゃないか」


 やっているって……咥えるの?

 エドに目で問えば、彼も頬笑みを浮かべて頷く。


「あれは、結構安定感があったし、なにより安らげていたんだ」


 わたしは必死でしたけど? あの時!


 そんなわたしを余所に、エドは自身の案を陛下と父に披瀝(ひれき)する。


「オリヴィーが機動力を活かして、僕が鼻を活かす。オリヴィーが大きいとはいえ、人間が隠れるよりも何倍も目立たないはずだし、僕と彼女の間で会話もできるから、二人で協力すれば成果を挙げることができるはずです!」


 エドの提案に、私以外の男連中は絆されました……


 詳細を詰める男連中の熱が高まっていくのを、わたしは席に着いてすっかり温くなった紅茶を頂きつつ見守るのでした。


「……はあ」



 あの日、会議室では実際の捜索に至るまでの工程も、綿密に練られました。


 基本的にわたしもエドも、人前には極力出ないように念を押されていて、わたしは基本的に屋敷に籠っていたし、彼は非接触で済む公務をこなしていた。

 ただし、捜索に出る為の条件検証の為に、毎日のように例の“王家の隠れ家”に集まって実験をさせら――繰り返した。

 時には泊まり込みでの実験もありましたね……


 まぁ、エドと毎日お会いできたので、ある意味幸せな日々でした。


 実験とは、王国で一番強いお酒の瓶一本での変身時間の確定作業。

 一日に可能な変身回数や、回数と時間の相関関係。解除方法の再模索。気象などの周辺条件によって変動するかの調査等々。


 結果は――

 そのお酒の瓶一本で、何回目でも四時間近くは変身したまま。回数制限は特に認められず。

 解除方法も発見に至らず、諸条件下での変化も認められなかった。


 回数制限がないと言っても、ワンちゃんの状態で運動すれば疲れるわけで、結局は一日二~三回、八~十二時間が限度だろうと落ち着いた。

 成犬のわたしと、子犬のエドに時間の大差は無かったけれど、体力差はあって、エドは大変そうだったわ……


 それだけにとどまらず、四時間での大まかな移動可能距離を実際の犬を使って割り出す試験も重ねられた。

 まあ、散歩や駆け足で検証するくらいでしたけれど。


 それら諸々を明らかにした上で、ようやく国王陛下のご裁可が下されました。

 国王陛下も慎重ね……。いいえ、王太子が関わるのだから当然よね。



 そして、ひと月近い検証期間を経て、とうとうこの日がやってきました!


お読み頂きありがとうございます。

中編小説です。

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良きところで評価して頂ければ幸いです。

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