3.王家との話し合い
しばらくは、縄にぶら下がるエドの可愛さを眺めていたけれど――
エドの「手伝って!」と言いたげな、これもかわいい視線に気付いて、わたしが取っ手に近い部分をひと噛みして、縄を引く。
あっさりと扉が閉じた……
扉から離れてホッとしていると、エドが元の姿に戻りました。裸で!
彼は視点が子犬の低さから青年の四つん這いの高さになった事で、ハッとした表情になり慌てて執務机に向かって走り出します。
急に男性の裸を見ることになったわたしも動揺しますが、犬ですから表情には表われません。
エドは下腹部を手で覆いながら奥に向かうので、臀部が丸見えでした……
かわ――たくましいお尻!
「オ、オリヴィーは向こうを向いていてくれないか?」
白い大型犬のわたしに、違和感無くオリヴィーと名を呼んで下さいます。
エドは、着替えを用意していたようで、執務机の椅子の陰に隠れながらいそいそと服を着込んでいます。
取っ手に縄まで括りつけた避難場所や着替えを用意しているなんて……エドは凄いわ。
エドが着替えを終えるかといったその時、今度は彼をボーっと見ているだけだったわたしの変身が解けてしまった!
あ! わたしも裸ぁ!
「キャッ!」
あわてて応接ソファの後ろに回り込むけれど……エドに見られたかしら?
ソファの陰から下着とペチコートに手を伸ばしながら、恐る恐るエドの方を見ると……
シャツのボタンを留めようとしたまま、こっちを向いている!
目が合ってるっ!
エドは口を「あわわ」とパクパクさせて、すぐに目を逸らしました。
胸は隠せていたとは思うけれど……見られていたでしょうね……
なんとか下着とペチコートは取れたけれど……
問題は上半身よ! 下半身の下着しか無いの! どうしましょう!
「オリヴィー! これを!」
エドの声がしたので、ソファの背もたれの陰から頭だけを出して覗くと、宙にひらひらとバスローブが見えて、私の方に飛んで向かってきていた。
「予備で用意していたんだ。オリヴィーが使って!」
予備にバスローブまで備えているなんて……エド、貴方は凄いわ!
「ありがとう!」
男性用の大きなバスローブを纏って下着を穿くと、多少羞恥心が薄れたのでソファに座らせてもらって……
エドは執務机に着いて、気まずそうにしている。
「まさか、エドもワンちゃんになるとは知りませんでした」
「僕もだよ。君があんなに大きな犬になるんて!」
大きくて悪うございました。
頬でも膨らまそうかと思ったけれど、ここまでエドの首根っこを咥えて連れてきたことを思い出した!
「それより、エド! 貴方を……その……乱暴な運び方をして……ごめんなさい!」
「えっ? あ、ああ!」
エドは一瞬驚いたけれど、すぐに手を振って否定する。
「いやいや、従者に抱えられて逃げることになると思っていたら、まさかオリヴィーに――それも大きな犬の姿で、連れて行かれるとは考えてもみなかったけれど、首根っこを咥えられてかえって安心感を覚えたよ」
彼はそう言ってくれると、何故だか急に顔を赤くなさった。ん?
「それに……君の香りに包まれて、幸せな気分だったよ……」
フイッと目を逸らされた。
ん? 私の香り?
涎? それは無いわ。だってエドをわたしの下着で包……
「下着っ!?」
エドは耳まで真っ赤になってるし!
わたしも、エドを下着でくるんでしまったと認識したら、急に恥ずかしくなってしまう……
変態? いいえ、エドを包んだのは私だもん、変態ではないか……
でも、ここで言わなくても……でも、今は二人きりだからいいのか……
いずれにせよ、この話は恥ずかし過ぎるわ!
咳払いをして、話題を変える。
「エドは、お酒が原因――と言いますか、契機だとご存知で?」
「ああ。知っている」
「それなのにわたしを庇って下さって……」
「そ、それは当然だろ? 愛するオリヴィーを守るのは」
エドぉ~! 素敵!
エドのストレートな物言いに、また顔が熱くなってくる……たぶん真っ赤になっているわね。
「エ、エドはいつから?」
「ひと月ほど前かな……」
「ひと月っ!? 」
思わず声に出しちゃった! わたしは六年前なのに、ひと月前?
「あ、ああ。初めての酒は父――陛下と、って決めていてね……その時に」
彼は、陛下と二人きりで成人の祝い酒を飲んだそうで、その時に初めて犬に変身してしまったそう……。
「それ以前は?」
「それ以前は、酒は飲んでいなかった。悪巧みをするような学友もいなかったしね」
「では、いつからそうなっていたとかは分からないのですね?」
「いつからか……。そんな考えは無かったな。今まで『ひと月前から』としか考えていなかったよ」
そう言ってエドは口に手を当てて考えていたけれど、ふいにわたしに話を振る。
「オリヴィーは?」
ドキッ!
六年です。なんて言ったら……引かれるだろうし、「どうして黙っていた!」なんて言われかねないわ……
わたしがどう答えたものか逡巡していると、エドは言葉を続ける。
「君と僕が“同じ”問題を抱えていたとは……」
同じではありません!
犬は犬でも、エドはかわいい子犬! わたしは大型犬の成犬ですよ?
でも、やっぱり犬は犬よね……
「……これからどうしましょう?」
「そうだね」
二人とも押し黙ってしまっていたら、執務室の扉が荒々しくノックされ、返事を待たずに開かれた。
「エドワード!」
「オリヴィア!」
駆け込むように入って来たのは国王陛下と私の両親と兄。
「父上!」
「お父様お母様……お兄様まで」
わたしもエドも驚いて、立ちあがって迎える。
控えの間で報せを受けた陛下は、パーティーを一時王妃殿下とバートン殿下に任せて駆けつけたそうです。
私の家族は、兄が私の変身を見ていたらしくて、会場が騒然とする中、両親を見つけて一緒に私を探したそう。
途中で陛下と鉢合わせになって、エドの従者から執務室だろうと聞きつけて、共にこちらにいらしたと……
陛下は、わたしのバスローブ姿を見て仰天していらしたけれど、それよりもわたしも犬に変身した事を驚いていらした。
「まさかオリヴィア嬢も、犬になるとは……」
エドが、皆にひとまず座るように促していると、彼の従者がパーティー会場から礼装を回収して持って来てくれた。
私の分も回収してくれたようで、よかったわ。
「我々王家とカークランド家を含めて、色々と話さねばならないことがあるが……今日のところは招待客に箝口令を敷くしかあるまい」
国王陛下は「これ以上招待客を待たせる訳にはいかない」と、後日協議の場を設けるとしてパーティー会場に戻る事に。
エドは陛下から、今日のところはパーティーに戻らなくてもいいと告げられた。
彼は犬の姿を直接目撃されたわけではないけれど、突如姿を消したことは事実なので、好奇の目に晒されかねないものね……
まぁ、わたしは自分から進んで犬になっちゃった――それも大型犬にね! ――から、大勢の方に見られているので当然戻るなと言われる。
エドから部屋を借りてドレスを着た後は、家族と共に招待客の目につかない出入り口から屋敷に戻りました。
そして数日後、王城の一室に集まって、改めての話し合いが行われることに。
国王陛下の執務室に隣接する会議室には、陛下とエドとわたしの他に、バートン第二王子殿下とわたしの父と兄の六名。
長方形のテーブルの両端に半円のテーブルを合わせた突端の席に陛下がお座りになり、王家とカークランド家が分かれて座っています。
わたしを含むカークランド家の面々は、これまで王家に対してわたしの事を秘密にしていた負い目から、緊張感が半端じゃない!
陛下専用の会議室だから広いのだけれど、壁に並ぶ歴代国王の大きな肖像画の圧もすごい! まるで睨まれている様に感じてしまう……
後から入っていらした陛下とエドのお顔も、まともに見ることができない状態。
しばらくの沈黙に、我々カークランド側は、ただ俯くしかありません。
目なんて合わせられません! 恐くって!
給仕係によって各人の前に紅茶が置かれる――カチャ、カチャという――音だけがして、その給仕も音を立てずに出て行く。
「ウヴンッ」
しんと静まった中の陛下の咳払いに、わたし達はビクリとする。
「先日のパーティーの件だが……」
陛下も言いにくそうに話し始めるが、私の父も意を決したようで――
「その件につきましては、オリヴィアのことを黙っていて、申し訳ありませんでした。私どもで、この摩訶不思議な現象の調査と解決策を模索していたのですが、見い出せませないままでおりした……」
この際に、わたしが牧羊犬タイプの大型犬の成犬になるのだとお伝えした。
「メスです」
その情報、要ります?
お父様はなんでそういうこと言うかなぁ! ムッとしていると、陛下が父を制します。
「カークランド卿よ、よいのだ。こちらもエドワードのことをひと月も黙っておったのだ」
ひと月黙っていたのと、六年黙っていたのでは、大きく違いますけどね。
さすがにお父様も六年間とは、言い出せませんよね?
「卿がしたように、我々も侍医や教会関係者などに色々と調査させたのだ」
やはり王家でも、方々に当たってお調べになったそう。
「しかし、分かった事と言えば、エドが変身してしまう犬は、鳥類の狩猟に適した猟犬のオスの子犬だという事だけであった」
オスかメスかは結局調べるのですね……
「では、やはり……犯人と言いますか、原因は?」
「分からず終いだ」
王家もカークランド家と同じで、手掛かりを得られていないのね。
再び会議室が重い空気に包まれるけれど、エドが口を開いた。
「陛下、“彼の者”のことは?」
「おお、そうだな」
エドの言う“彼の者”とは、この件に関して有力な手掛かりを持っていそうな人物だという。
「ど、どなたですか?」
わたしも思わず身を乗り出して聞いてしまう。
陛下は、ひとつ頷くと、お教え下さる。
「太古に存在したとされている魔術。その派生の“呪術”研究の第一人者とされている、キアオラという男だ」
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