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1.マリッジブルーと公爵令嬢の秘密

4千~5千文字 × 8話 の中編小説です。

 

 プレアデン王国のカークランド公爵王都邸の庭園――


「お嬢様、それはマリッジブルーですわ」


 わたしはオリヴィア・カークランド。カークランド公爵家の長女で十六歳。

 侍女のアンが、テーブルに紅茶を置きながら声をかけてくる。


「わたしがこんな風じゃ、いけないわね……」


 成人を迎え、婚約者との結婚を一年後に控えたわたしは、急に不安を覚えていた。


 婚約者の家に入り――

 妻としての役割を全うできるのか?

 これまでの努力の方向性は、合っているのか?

 “わたし”を押し殺すの? 自分らしくいたいのに……


 婚約者を愛しているけれど、結婚後も愛し続けられる? 愛してもらえる?

 時々、ふとした瞬間にそういう考えが頭をもたげてきて、気分が落ち込んだりする……


 それに加えて、わたしには婚約者にさえ知られてはいけない大きな秘密がある。



「アン。これ、お酒使っていない? 大丈夫?」


 ようやく訪れた半日の余暇は、王都屋敷にある庭園のガゼボで、暖かな日差しと優しい風を受けながらのティータイム。

 そよ風がわたしのハーフアップの銀髪を撫でていく。


 私の目の前には……ゆらりと湯気を風に乗せる芳醇な紅茶と、小さく刻まれたナッツやドライフルーツが散りばめられているパウンドケーキ。


「オリヴィア様、ご心配には及びません。こちらは料理長自らがお作りした物です。一滴のお酒も使っておりませんよ」

「分かったわ、ありがとう。とっても美味しそう!」


 長年わたしに付いてくれているアンが、わたしのアンバーの瞳から目を逸らさずに言うんですもの、大丈夫ね。

 それでも、恐る恐るケーキをひとかけ口に運ぶ。


 口に入ったケーキは、甘めの生地がしっとりとほぐれ、ナッツのコリっとした食感と香ばしい風味、ドライフルーツのほのかな酸味と甘みが、口内と鼻腔を駆けていく。


「うん! おいしっ」


 なぜ今年成人を迎えたわたしが、お菓子にお酒を使っていないか気にするのかと言うと……

 わたしは、お酒――正確にはアルコール分――を摂取すると“犬”に変身してしまうの。


 こんな大昔のおとぎ話に出てくる魔術みたいな事が、本当にわたしの身に起こるのです!


 お父様が極秘裏に招いて下さった、お医者様や教会の神官様に診てもらっても――


「これは……医学の領域ではありません。とても信じられません」

「神の試練としか言いようがありません」


 困惑するばかりで、理由も原因も解からないのです。


 この“秘密”は、十歳を過ぎた頃から始まった。もう六年近く悩まされているの。

 わたしは、八歳でこの国の第一王子――今は王太子となったエドワード・プレアデン殿下の婚約者となったので、お父様はわたしのこの秘密が外に漏れないようにし、解決方法を密かに探って下さっている。


 ですから、わたしを診て下さったお医者様や神官様も、王都から忽然と姿を消したそうです。

 お父様に聞いたら「人のいない静かなところで暮らしているのだろう」と、優しく微笑んでいました。


 十歳の私がお酒を飲むわけもなく、何故発覚したかと言うと――


 お転婆だったわたしが、屋敷のサロンでお酒を嗜んでいたお父様に構って欲しくて、周りをうろうろしていたらぶつかってしまい、お酒が私にかかったの。

 そう! 飲むだけじゃあなくて、身体にかかっただけでもワンちゃんになっちゃうの!


 ヒュウっと、空気を吸い込むような音と共にわたしの姿が消えて、フワーっと吐き出すような音と共に犬が現れた……そうです。


 それが、わたしが初めてワンちゃんになった時。

 お父様はビックリして、大騒ぎでした。

 わたしが犬になった事はもちろん、その大きさ!

 三五キログラムくらいだった私が、五〇キログラムくらいある大きな犬に変身したのですから!


 後でお父様が調べたところによると、わたしは真っ白く長い毛に覆われた、冷涼な山岳地帯で牧羊犬として活躍するような犬になったらしいです。

 メスらしい――って、そこまで調べられたのです、わたし!


 その時はかかったお酒が少しだったから、お父様が大騒ぎして、お母様やお兄様、メイド達が駆けつける前に元のわたしの姿に戻ったそう。

 大体一〇分くらい。

 それに、お父様は混乱していたので、お酒で変身するなんて事はまだ分からなかったわ。

 あ! 意識はちゃんと“わたし”でしたよ?


 それに、普通そんなにサイズが変わったら、お洋服が心配ですけれど、ワンちゃんに変身する時は一回もっとちっちゃくなってからワンちゃんになるらしく、服とか下着はすべて脱げているので、破れたりはしないようです。

 いや、下着を見られるのは……


 それから、次もまたサロンで好奇心に負けてお父様のお酒に口をつけてしまって……

 もちろん、口に含んだ瞬間にむせてしまって殆どを吹き出したけれど、ワンちゃんになっちゃった。

 それで、もしかしてこれは酒が原因ではないか? という事になって、一度だけ実験して確定しました。


「どうやら、酒の“濃さ”や“量”が犬になっている時間と関係するようだ」


 お父様が自慢げに言っていましたっけ……


 以来、屋敷のお酒は隠す決まりになって、お父様もご自分のお部屋でしかお酒を飲めなくなってしまいました。

 ごめんなさいね、お父様。

 でも、お酒をやめることはできなかったのね? お父様。


 わたしもこれから社交界デビューですけれど、お酒には注意しなければなりません。


 わたしがワンちゃんになるという事は、幸い目撃者が少なく、お父様・お母様・お兄様・執事長・メイド長・わたし付きのアンしか知りませんでした。

 合計六名――わたしも含めて七名は、それぞれが胸の内に秘めて、一丸となって秘密を守る誓が立てられました。


 行儀見習いとして公爵家に奉公に来た男爵令嬢のアンが、妙齢を迎えても結婚せずにわたしの元にいるのも、わたしの秘密のせい……


 秘密厳守の理由は、わたしがエドワード王太子殿下の婚約者、すなわち後に王太子妃、王妃になる人間だから。

 そして、カークランド公爵家の為。

 なにより、わたしがエドワード殿下をお慕いしているから。


 エドワード様とわたしは同い年。

 八歳の時に婚約を結んでからは、定期的にお会いし、貴族令息が通う王立学園でも一緒でした。

 エドワード様は、金髪にサファイアの深い青い瞳、見目も麗しくお育ちになられましたが、慈愛に満ち、誠実にわたしをお想い下さっています。

 そう。どこぞの男爵令嬢と恋に落ち、「真実の愛を見つけた」などと血迷う事も無く、わたしをお想い下さっていました。


 話が逸れました……


 もし、わたしの秘密が露見すれば――

 婚約が続けられてもエドワード殿下の失脚の原因になりかねない。

 そうなれば、カークランド公爵家も危うい。

 婚約が破棄されれば、当然もっと危うい。


 清廉潔白ではないかもしれないけれど、陰謀渦巻く貴族社会において、お父様は道を外れぬ生き方をなさっておいでだと思います。

 わたしを診て下さったお医者様や神官様だって、本当に人のいない静かなところで暮らしている……はず!



「オリヴィア様、いらしたようですよ」

「アン。もうそんな時間だったのね?」


 余暇は終わって、これから王城で行われるパーティー用ドレスの最終確認の予定。

 パーティーは国王陛下の主催で、エドワード殿下の弟君――バートン第二王子殿下の誕生日を祝うもの。

 招待客は同年代の貴族令息も多少はいるものの、国内の主要貴族家当主を招待してのもので、王族と各貴族を結び付ける貴重な場となります。


 わたしは当然エドワード殿下の婚約者として、招待側で列席するのですが……少し気になることがあるのです。

 最近――ここひと月ほど、エドワード殿下の様子がおかしいの。


 もちろん、御心変わりしたとかではないと思うのですけれど……

 お元気がないといいますか、お悩み事があるといいますか、物想いに耽るといった感じでした。


 お声をかけると、普段の殿下にお戻りになるのだけれど、ふとした時に黙り込んでしまう……

 殿下の従者や周りの方にお聞きしても、「政務の事でしょう。決して、オリヴィア様を悲しませるような事ではありませんよ」とのことでした。


 王太子への就任に合わせて、ご政務には、より高度な判断が求められているのかも知れませんが……以前はそのような事が無かったので、心配です。 


 以降、エドワード殿下とは変わらずお会いしていましたが、普段通りのお姿とふと黙り込むお姿、どちらも変わりませんでした。




 そして、いよいよ陛下主催のパーティー当日。


 国王陛下主催の夜会という事で、白い蝶ネクタイとテールコートのエドワード殿下。

 隣に並ぶわたしは、殿下の瞳と同じサファイア・ブルーのホルターネックドレスに肘上まであるオペラグローブ、それに殿下の御髪に合わせた金糸入りの極薄ショール。


 本当は胸元や背中を、もっと開けた方がいいと言われましたが、なにせわたしには“秘密”がありますから……できるだけ露出は避けるようなデザインにしてもらいました。



 わたしとエドワード殿下は、後からいらっしゃる陛下と王妃殿下、本日の主役であるバートン殿下に先立ってお客様達に順番にご挨拶をしてまわる。


 ひと息つきましょうか、と飲み物を頼む。けれど、わたしは果実水。当然よね……


「殿下、お飲み物は何になさいますか?」

「えっ? あ、ああ。僕も果実水で……」


 おかしいわね? エド――殿下は、成人になってお酒が飲めると喜んでいらしたのに……

 わたしが、首を傾げたのに気づいた殿下は、少し焦ったように口が軽くなった。


「き、今日は果実水でいいんだ。酔っ払って君に迷惑をかけたらいけないしね」


 エドがハンカチーフで汗を拭う。

 あ! それは、わたしが刺繍を施してお贈りした物! ……今日、お持ち下さっていたのね? 嬉しいわぁ。

 でも、やっぱり彼の挙動がおかしいわよね?


 エドはわたしの方には目を向けずに、運ばれてきた果実水をグイッと飲むと、「さ、次は誰に挨拶するんだったかな?」と歩きだしたので、わたしも慌てて付いていきます。



「あらぁ? オリヴィア様ぁ?」


お読み頂きありがとうございます。

中編小説です。

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